「まずは渋谷の労働基準監督署に、アサシンの違反を申告します。そのために必要な材料は、すでにそろえてありますからね」
「必要な材料というのは具体的に、どういうものなんだい。残業をしたことの証拠になるタイムカードの写しだとか、それにもかからず残業代が支払われていないことを示す給料明細だとかかな」
「まだ今の時点では、それらは必要ありません。それより前に、どういう違反をアサシンがしていたのかということを明らかにするのが先決なんですよ。そこで私は、こういう書類を用意してみました」
そう言いながら北山は一枚の紙を取り出し、それをテーブルの上に置く。大石と幸倉がのぞきこんでみると、その紙には以下のような内容が箇条書きにされていた。
A. |
週四十時間の労働時間以外に、最低でも毎日一時間半以上の残業を強要した。
(労基法三二、三六条違反。三六協定は存在せず、裁量労働制も採用していなかった) |
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B. |
週四十時間の労働時間以外に週一回、九時に出社して清掃を行うよう強制した。
(労基法三二、三六条違反。同社の出社時刻は九時半もしくは九時五十分) |
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C. |
月曜日から金曜日までで週四十時間労働なのに、月一回土曜日の出勤を強制した。
(労基法三二、三六条違反) |
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D. |
以上AからCまでの労働に対し、時間外賃金を全く支払っていない。
(労基法三七条違反) |
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E. |
月曜日から金曜日まで四十時間を超えて労働した者が土曜日や日曜日に出勤しても一日あたり日給の半額以下しか賃金を支払っていない。
(労基法三六、三七条違反) |
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F. |
深夜労働に対する割増賃金を、全く支払っていない。
(労基法三七条違反) |
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G. |
減給に関する規定が就業規則に存在しないのに、遅刻した従業員を減給した。
(労基法八九条違反) |
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H. |
試用期間を三か月として採用した従業員の試用期間を、正当な理由なく延長した。
試用期間を終了した以降も勤務し続けていた従業員に対し、正当な理由がないのに正社員としての採用を拒否し、解雇した。
(解雇権濫用法理違反など) |
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I. |
裁量労働制を採用していないのに、裁量労働制だから時間外賃金は支払われないと従業員に対して虚偽の説明をした。 |
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「これだけ具体的な内容を示して申告すれば、労働基準監督署が調査を進める上でも役に立つことでしょう。タイムカードや給料の支払い記録などは、その時に労働基準監督署が資料として会社に提出を求めるはずですよ。申告を行なう我々の側が、とりたてて用意しておく必要はありません。しかしアサシンが事前に社内の書類なんかを書きかえ、ごまかそうとしないとも限りませんからね。それを防ぐためにも、こちらの手元に写しをそろえておくべきではないでしょうか」
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