<アウトドアマン「よし庵」のルーツを探す>

小学校時代
  家の前が川ということもあり、毎日川、田圃、山を遊び場所として過ごす。

中学校時代
 とくにクラブをするわけでなく、バイクなど乗り回す(もちろん無免許で)普通の子供であった。
 しかし親父が神宮林の手入れの仕事の関係で、山によくついて行った。その頃2つの洞窟探検の思い出がある、1つは竪穴といわれる直径10メーターほどの洞窟を沢沿いに入り遊ぶ、石を投げ深さを確かめたりちょっと降りたり、しかし怖かった記憶が残る。
 もう1つは磯部の天の岩戸で有名な鍾乳洞の上部にあたる、山頂近くの洞窟を訪れる、ここも道は無く伏流水をたどり鍾乳洞へたどり着く。ここはろうそくでの探検だったはず、手付かずの鍾乳石に驚き感動した記憶が残る。
高校時代
 バイク乗り回す、普通の高校生活を送る。
20才代の頃
 東京生活が続き、徹夜のアルバイトなどに忙しく毎日遊んでばかりにの日々。
 この頃はやりの蟹族で北海道、東北など約1ヶ月を費やし歩く。
北海道編:夜行八甲田号で青森へ、青函連絡船で函館へ着く(現在2つともに無くなっている)。札幌駅泊、スポーツ新聞を買い、読んだ後場所確保に利用、札幌時計台のイメージとのギャップに愕然。旭川、大都会。阿寒湖泊、湖畔の天然温泉の横に寝、温泉三昧及び泳ぐ。摩周湖、大晴れやはり綺麗。屈斜路湖泊、砂堀温泉作り、泳いだり。網走湖泊、朝飛行機の爆音で目覚める。利尻島泊、海岸線の花々が綺麗。小樽泊(友達の家)、おいしい鮨の食べまくり、久しぶりのまともなご飯、小樽倉庫街でボート部の部室を案内して貰う、当然当時は1件の店も無い。
 山は覚えてないが、硫黄のきつい山、利尻岳は大雨で中止、などちょこっとたずねたが記憶に残っていない。いつもヒッチハイクで交通費を安く上げる、いつも親切に乗せて貰うことが出来た。
東北編:今は無き八甲田号で青森へ、ねぶた観賞、豪快な迫力にビックリ。続き弘前のねぷた観賞、熱気が全然無い。八幡平、頂上の池が綺麗、あと温泉をつなぎ縦走。後生掛温泉、オンドルの部屋が安い、ほとんど混浴(30年前です)、おばさんと一緒に入浴。十和田、奥入瀬渓流歩く、なぜか一軒宿があり宿泊、女だけによる経営。竜仙洞、地底湖の青さにびっくり、山越えの途中役場の車に拾ってもらう、日本一おおきい村「田の畑村」の宣伝を聞く。陸中海岸、ウミネコにえさをやる、観光客化がおもしろい。田沢湖、温泉三昧、茅葺の宿で混浴及び秋田の山を楽しむ、乳頭山秋田駒など縦走?名前をよく覚えていない。あと仙台までのんびりヒッチハイク、国道沿いに寝ることしばし。
30台の頃、めずらしく勉強、仕事にいそがしい日々。
40台の頃、やっと余裕が出て、30年前に行った山を再訪したり、アウトドアの復活。
48歳、靭帯損傷をきっかけにホームページの作成に入る。
    ・・・・現在に至る・・・。
        こんな格好で登っています。

 などなどごく普通の一般生活を送ってきました、期待を持って読んで頂いた人にはつまらなくてどうもすいません、これからは衰える体力にムチ打って頑張りますのでよろしく。