なつのおもいで。


「終わらねェ…………」
夏ももうじき終わるといった時分の真夜中。
俺は目の前の分厚い参考書を片手に呟いた。
終わらない、終わらない、夏休みの宿題が(吐血)
俺の通っている高校は地元でも良く知られている非常に国公立大学への進学率の高い優等生の集まる
いわゆる進学校であり、進学校、の名はダテではないとばかりに夏期講習はやるわ課題は山のように出るわともう散々である。
英語構文暗記50P、数学テキスト30P×2冊、政経テキスト、倫理テキスト、現文、古文、漢文テキスト。
まだあるぞ、ついでに化学テキスト2冊、読書感想文に作詩やら。できるかっつーの。できるかっつーの(壊れ気味)
苦手な数学や化学は通っている塾でなんとかセンセイにやっていただき、読書感想文と作詩は現役小説書きに任せ
古文漢文は得意だという某ぴかねーに解説を依頼した。とことんダメ人間だがもう何とでも言ってくれ、な気分である。
学校側から言えば「大事なのは日々の積み重ねであって、毎日計画を立てて少しづつやっていけばきちんと終わる量です。
そして夏休み明けにちゃんと努力は結果に出て実力も確実にアップしています」だそうだ。たいした御高説である。
いくら進学校だからといって夏休み中毎日参考書とお見合いするキチ●イなんてごく少数っつーんだコンチクショウ!
(その割に夏休み明けクラスメイト達はちゃんと宿題を終わらせていることに皇は気付いていない)
ひととおり悪態をつきたおしてみたが、参考書を罵ったからといって解答が埋まって行く訳もない。
幸運な事にまだ始業式まで数日(といっても片手で数えられる日数なのだが)あることだし
例え授業が始まっても誤魔化す術はいくらでもある。
愚痴口言うのはここまでにしてとりあえず片付けられる分だけは片付ける事にした。

氷雨皇、ダメ高校生活半年目の夏。

ちゃららら〜〜〜♪

「…………………………………」
構文暗記でアタマがあったかくなってきた頃、突然携帯が鳴り出した。しかもメルではなく着信。
ちら、と腕時計を見てみる。午前1時半。
ちら、とディスプレイを見る。着信:久嶋桜子。

見なかった事にしよう(即断)

今だメロディーの流れ続ける携帯をマクラの下に突っ込み、ついでに抱き枕も乗せて更に布団をかぶせる。
俺ハ何モ見なかっタ俺ハ何モ見なかっタ、よし、刷り込み完了。
さ〜〜ておべんきょうしなきゃな〜と心にも無い事を呟いて再び参考書を手に取った。

…と、

ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽ〜ん♪

「?!」

がばりと顔を上げる。こんなチャイムの鳴らし方をしやがる奴なんて……………心当たり多すぎて泣けてきた。

ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽ〜ん♪

出るまで鳴らすぞ、と言わんばかりの勢いのチャイムに俺は慌てて玄関へと駆け出す。
近所迷惑だと苦情でも漏らされては大変だ。カギを開け、勢い良くばんっと扉を開けた。
『こんな夜中になにやってんだボケーーーーーッ!!←あくまで小声』
「なんだ矢張りおるではないか」
悪びれもせずそこに立つのは桜子と夏姫、そして……………
「オマエまーたコイツ呼び出したのか?」
「呼び出されたわ………また」
『また』という部分を協調しつつ、女共の後ろにちょこっと高野勇一が遠い目をして立っていた。
それを同情と哀れみの意を込めて一瞥し、再び桜子を見遣る。
「で、何しに来たんだ?」
「氷雨皇」
「あんだよ」
「牛丼が食いたくは無いか?」
「は?」
相変わらず桜子の言動は夏姫と同じくらい(いやそれ以上か)突拍子が無い。……………牛丼?
「そうだ牛丼だ。一人暮らしには必ず乏しくなる牛肉だぞ。深い味わいと歯ごたえ。少し濃いめの味付け。
そして多めの出汁と肉汁が米と絡み合い最後にそれをかきこむ。食いたいとは思わぬか?」
「はぁ…………」
「と、言う事で今より吉●へ行くぞ!」
「んでそのココロは」
「………………ひー、私と夏の思いで一緒につくろ(きらっ)」
「どうせ宿題も終わっておらず今頃腐っとるだろうキサマを笑いに来たに決まっておろう」
「帰れテメェらーーーーーッ!!(泣き叫び)」

結局●牛へは行く事と相成った。家からはすぐ近くなのでぶらぶらと夜道を4人で歩いて行く。
未だ暑さの残る昼間とは打って変わる残暑の風が心地よい。
「ったくバイト終わったと思ったらまーたサクから電話入って何かと思えば『牛丼が食いたくは無いか?』だし
腹減ってたから食いたいって思わず漏らしたら『よし、では今すぐこちらに来い』だしさー」
「お主も牛丼が食いたいと申したから誘ったのでは無いか」
「いや確かに食いたいですけどねーーー!吉●なんかどこにでもあるわ!!(泣)」
「なんだお主●牛を馬鹿にすると言うのか?!ここ数年彼の店の成長ぶりを知らぬなお主!」
後ろで桜子と高野のやり取りが聞こえる。何だかんだ言いつつも3時間(プラスウチまで来るのに1時間)もかけて
牛丼食いに来てしまう高野も物好きだ。って言うかアホだ。
てことはギリギリデッドラインの夏休みの宿題ほっぽりだして牛丼食いに行く俺もアホか………?
「ひー」
「あん?」
「宿題終わったか?」
「そう言うお前は?」
お互いに沈黙が流れる。考える事は大体同じ、いつもの駆け引きだ。
「ひーの事だし、数学と科学は終わって(らせてもらって)るだろう?」
「そう言うお前の事だ、どーせ政経・倫理はさっさとカタつけてあんだろ」
再び沈黙。
「タマゴ」
「俺タマゴかけねー」
「じゃお新香」
「安っぽいなオイ。今ならサラダ付いて並400円だったぜ?」
「寝言は寝てから言うもんだぞ、アイボウ★」
「…………………けんちん汁」
「えー」
「えーかよオイ!えーじゃねぇだろけんちん汁なけんちん汁!」
結局味噌汁に押し切られるんだろうが一応主張はしておく。
「相変わらず仲が良いのぉ、あやつらは」
「な…仲いいのか?アレで?」
「うむ、よい」
後ろから聞こえてくる会話は無視する事にしてうっすらと良く見るオレンジの看板が見えた所で俺は歩みを速めた。

桜子は24時間営業のチープなファストフードが実は好きだった。ファストフードって言っても吉●とか松●みたいなトコだけど。
家を抜け出して、夜の街をのんびりと歩いて最近よく遊びに来てはたまに何か食べたいとぬかして食べに行く。ついでに夏姫も誘って。
聞けば誰も居ないであろう時間につい行きたくなるらしい。ネオンだけが光る寝静まった街中に煌々と灯りが漏れる吉牛につい心惹かれるのは分からんでもないが…この際マヌケだなんつーツッコミは置いておいてやろう。

「はらへったーーーーー」
「…………もしかして何も食ってねぇのか?」
「電車の中で死んでた」
「コウ、特盛りを頼め特盛りを(わくわく)」
「…………並に…………ひータマゴおごれ」
「けんちんおごってくれたらな」
「タマゴより値段高いからヤダ」
「………………並にタマゴひとつ」
「並に味噌汁くださいー」

予想した通り客は誰もおらず、有線の流れた店内に俺達の会話だけが延々と続いていた。

「あーーーーー腹一杯〜〜」
やっと落ち着いたと言わんばかりの笑顔で高野が俺の前を歩いている。俺はと言うと………ただでさえ並でも量の多い俺にとって
特盛りを凄い勢いで平らげた高野の食べっぷりに‥‥‥思い出してしまって胃を押さえた。うぇ。
腹ごなしに少し遠回りして帰ろう、と言う提案を聞き入れて俺達4人はアテも無く再び夜道をうろつき始めた。
「っつーかオメーらこれからまた家帰るのか?」
「何を言うか、お主の家に泊まるに決まっておろう」
「…………決定事項なのな………」
「無論だ」
暫くうろうろと無意味に住宅街の探索などしてしまったのだが、ふと夏姫が足をとめる。
「ひー」
「おう」
「海の音がするな」
「あぁ、もうそんなトコまで来たんだな」
ふむ、と夏姫が少し考えるフリをした。フリなのはもう考えている事が決定事項として自己完結しているからなのだろう。
「ひー、行くか」
「へいへい」
「む、何をするのだ?」
「行きゃー分かるよ」

途中でコンビニに寄って、大量に花火を買い込んで

「いえー」
「覇気が無いぞ氷雨皇!」
「もう無邪気にはしゃげる歳じゃねぇんだよ俺も」
桜子はばちばちと弾ける火花を両手に持ってたまにぶんぶん振ったりしている。楽しそうだが危険なので真似しないように。
夜中の海は暗く、海鳴りの音だけが響いている。その音に耳を傾けつつ俺も桜子の持っている花火から火を拝借。

ばちっばちばちばちっ

華が散る姿を眺めていると嫌な事も色々と忘れられそうだ。色々とな(強調)
「終わるのか…宿題…」
「終わらずとも何とかするのがお主であろう?」
「………久嶋ぁー」
「お主の家に所蔵の酒で手を打とうでは無いか」
花火に照らされて浮かぶのは微笑。
「…………お前俺らに似てきたな」
「それ相応の代価を要求するのは当たり前であろう?」
「高野はこんなんになんなよ」
「俺サクみたいにひねくれてねぇもん」
「何!誰がひねくれておるのだ!」
「ひーが一番ひねくれもの」
「自分差し置いて何言ってやがるコラ」

終わらない軽口を叩きあいながら、バカみたいにはしゃいで
今年の夏も、こうしてまた、終わる。

きらきらと高野が目を輝かせていた。見ないフリ見ないフリ。
「ひーーさん〜〜〜〜」
「あんだよ」
「山荘ぅぅぅ〜〜〜」
「うるさい」

俺の家に皆で帰ってから、姑くは宿題の片づけに皆没頭していたのだ。暇人だった高野がベッドの布団をめくるまでは。
布団の下に埋もれていた俺愛用の熊の抱き枕『山荘』(命名某小説家風宮牧師)を偶然発見した
ファンシーグッズ大好き男子高校生は山荘に一目惚れして山荘を自分のリュックにおもむろに詰め込んだ。はみだしてるっつーの。
現在は没収して参考書暗記中の俺の膝の上。もう暗記どころでは無かったりするのだが。

「さんそうプリーズ!!」
「誰がやるか!」
「『ゴキジェット、両手に構えて峰打ちと、私に向けて大噴射。そんなあなたは美しい』…………………………………作詩?」
「氷雨皇!酒はまだか酒は!」

―結局宿題は、終わらなかった。