はるさめ

ふと気配を感じて、如月は読んでいた書物から目を離した。
目線を空に向ける。
漆黒の空にもはっきりと目にとれる、どんよりとした雨雲が
窓から見渡せる限りに続いていた。
「一雨くるな、こりゃあ」
その事を言おうとして、自分の前に座る人物に先を越されてしまう。
座卓を挟んだ前。
村雨は組んでいた胡座を崩し、片肘をついてそう呟いた。
―いつもの様に龍麻や壬生達がこの店に麻雀をする為に集まった週末の夜更。
かなり長い時間皆騒いでいたが、とうに隣の部屋は静まりかえっている。
一人だけ居間で読書をしていた如月を見つけて、どうにも眠れなかった村雨は
自分も何をする訳でもないが、ついでに畳に腰を降ろした。
当の主人は何も言わず、薄い茶を村雨に煎れてやったのだ。

「何故分かった?」
「んぁ?」
茶を啜りつつ、上目遣いに村雨が聞き返してくる。
「雨が降ると。……そこから窓の外は見ないだろう?」
窓の外が見える方に座っているのは自分、村雨は窓を背にしているので
外の景色は伺えない筈だ。
「何故って」
さも当たり前のような顔をして村雨は答えた。
「水の匂いがするじゃねえか」
少し目を細めて顔を窓の方に向ける。
闇の向こう側では既に雨は降り始めていた。
若葉の出る頃、静かに降る細い雨。
―春雨
「春の匂いと、旦那のニオイがする」
口の端をあげて村雨が笑う。
「僕の、ニオイ…?」
少し目を見張って、村雨を見遣る。
確かに自分は水の忍者だが、雨というだけで直ぐに自分と結び付くとは
「雨が降る前はどうも旦那が側に居る気がしてなんねえんだよな」
「僕がか?」
それだけ自分がこの男の隣にいる時間が長いと云う事なのだろうか。
少し可笑しくなって如月は微笑った。いつもの不敵な笑みで。
―僕は君の中にちゃんと存在していると自惚れても、いいのだろうか

「それは光栄だ」
「うるせえ、悪ぃかよ」
少し口を尖らせて村雨はフン、と顔を背ける。
いつもの大人びた顔とは違う、村雨のまだ未熟な面を見れた気がして、
如月の頬が自然と緩む。珍しくくつくつと笑い出した。
「何だよ旦那、気味悪ぃな」
「いや、悪いな。」
余りにも可笑しくて、余りにも嬉しくて。

「……ところでもう眠れるかい?」
「へッ、旦那の所為で目ぇ覚めちまったぜ」
まだ少し肩を揺らしている如月に、一体何なんだと怪訝な顔をしつつ
悪態を吐いて、机に伏す。
その子供っぽい仕草が、更に彼を微笑わせる原因だとも知らずに。
それを見、何かを思い付いたように如月はそっと立ち上がった。

「なら責任は取った方がいいか」
机に伏していた自分の上からその声が降りてきた事に驚いて
頭を上げようとした時、ふわりとやさしく如月の手が髪に触れた。
かたく、癖のある髪をそのままかき混ぜ始める。
「……何すんだよ旦那」
きっと如月はまだ微笑ってるのだろう。
「安心して寝るといい、先程の茶は安眠作用がある」
質問の答えになってねえぞといつもなら言い返す所なのだが
悔しい事にその手は余りにも優しくて、少しずつ自分を眠りに誘う。
暖かく、どこか懐かしい感触に安心する自分が居ると、
なんだか到底いつも考える事のない思いに駆られる。
耳に入るのは微かに響く雨の音。
それに雑ざって、もっと微かな如月の声が、耳に入ったような気がした。
「……?」
今何て…と問おうとした瞬間。

バンッ!!
勢い良く、店への続く扉が開いた。
「やはりここでしたか。急用です、今すぐ来なさい村雨。」

折角良い時にッ!!そう密かに思いつつ、物凄く聞きたくない声を
耳に入れ、咄嗟に手を離して如月は扉の方に体を向けた。
背まである艶やかな黒髪。一つ一つが洗練されたかのように優雅な佇まい。
雨の中、裾一つ濡らさず、冷ややかな面持ちで御門は居間に上がり込んできた。
「『残念』でしたね。急用ができたのでコレは貰ってゆきますよ。」
「誰が『コレ』だ、誰がッ」
ずいと2人の間に割り込んで、村雨の首根っこを片手で掴み、
自分の扱いに文句を漏らす事など気にも留めず引きずってゆく。
(『残念』の意味に村雨は気付きもしないぞ、気付けオイ!)
「では、悪しからず。」
ピシャリと戸が閉められ、独り如月だけが残された。
現状を把握しきれていないのか、何とも間抜けな面持ちで戸の方を眺めている。
―出際に扇子の隙間からちらりと見えた、勝ち誇ったよーな笑みは何だったのだろう。
……あ、相も変わらず嫌味な奴だなぁぁぁッ!!
やっと我に返った如月は
恨みを込めて心の中でそう叫びつつ、新たな闘志(何のだ)を燃やすのであったとさ。

取り敢えず御門1勝。(謎爆)



謝りますごめんなさい(平伏)
俺の正しいミカサメカメサメ像…
サメがガキんちょですね、誰だオマエ
文章崩れまくりで短い上にヤマもイミもオチもねえ
でもこんな3人だといいなあと密かに願ってマス故

■戻■