かい雨。



遠くで激しい雨音が聞こえてきた。
外がいつも感じている水の気配に満たされていくのがハッキリと分かる。
これはどうも、かなりひどく降りそうだ。
時刻はそろそろ夕方と云ったところ。
この雨では客足も遠のくだろうと店主は肩をすくめ、今日は早々に店を閉じる事にした。
―さて、これからどうしようか
買い物は済ませてきたからいいとして、湯も湧かしているから
その間に、読みかけの本があったはず・・・
ふと、そこで、最近めっきり姿を見せない彼の事が頭に浮かんだ。
読みかけの本は、彼がいつの間にか持って行ってしまったんだったな
忙しいらしいが、こうも顔を見せなくなると・・・
自分の考えに苦笑してしまう。彼はいつも思わぬ時に姿を見せるから。
今度はいつ来るのだろうか
そっと目を伏せると、雨に混じるように、愛しい人の名が口から滑り出た。
「村雨・・・」

「・・・よお」
「?!」
空耳にしてはリアル過ぎる
驚いて目を向けると開け放してある戸の向こうには、いつもの笑み。
深めに被った帽子を少しあげて村雨がこちらを見ていた。
「・・・本当に思わぬ時に姿を見せるんだな、君は」
自分らしくない、気配も感じなかった。雨に紛らわせてきたのか・・・
当の村雨は、悪戯が成功した子供のような実に満足げな顔である。
しかし、未だ戸の向こう側に居てこちらに入ってこない。
良く見れば、手に傘も持っていない。
店内が濡れてしまうのを考慮して外に立っていたのか。
「・・・・別に濡れても構わないから入ってきたまえ」
「わりぃな」
「今更何を言ってるんだい、いつもなら遠慮なく入ってくるのに」
戸をくぐって入ってきた村雨は見た目にも分かる程に全身濡れていた。
制服は水を吸いきって先から雫が落ち、帽子にも水が浸透して髪が頬に張り付いている。
一体どのくらい外に居たのだろう
「・・・ずいぶんと外に居たんだな、冷たくなってる」
そっと頬に触れ、濡れて額に張り付いた髮をかき分けてやる。
体は冷えきっていた。
躊躇わず、体温を分けるかのように強く頭ごと抱き締める。
村雨は抵抗せずされるがままだ。
「ちょっとヤボ用でね、近かったから雨宿りさせてもらおうかと」
「・・・それだけかい?」
「・・・濡れちまうぜ?」
「構わないさ、湯は張っているから」
「・・・・・・」
髪に、制服に滲みていた水を吸って如月の着ていたシャツもすぐに濡れてしまう。
それでも如月は村雨を離そうとしなかった。
村雨もあえて腕を振り解こうとはせず、少し目を閉じて如月の肩に頭を落としていた。

「・・・あったかいんだな」
「え・・?」
「同じ水なのに旦那の方が暖かいんだな」
コイツの腕の中は、水のニオイがする、雨の中にまだ居るかのように。
少し違うのは、ほんわりと暖かい事。
「冷たい雨の中よりは、ずっと居心地いいぜ」
「当たり前だろう、酷いな」
苦笑して如月は更に抱き締める腕に力を込める。痛ぇよという講議の声は無視して。
―こうしていれば君はここにいると実感できるから。
 離せばまたどこかへ行ってしまうんだろう?
 自分に彼を拘束する権限などない・・・それでも君はここに来てくれたから
 居心地がいいと、言ってくれたから。

「・・・早く湯に入らないと風邪を引くな。着替えを出しておくから早く入ってくるといい」
「おう、悪ィな」
ゆっくりと、名残惜しそうに腕が解かれる。
極力床を濡らさないように気を付けながら居間に上がろうとした時
何かを思い出したかのように如月がこちらを振り向いた。
表情は先刻の自分より意地悪かも知れない。
「・・・言っておくが宿代は高くつくよ?」
「・・・守銭奴め」
「一体何日ぶりに君がここへ来たと思ってるんだい?」
好きで来れなかった訳じゃねえよと一瞬反論を返したくなったのだが、戸を閉めているので表情は見えないから止めておこう。
・・・声が非常に冷たかったのだけは気のせいだと思いたいが。
こんな時は意地を張っても仕方ない。後々の事を考えても言い訳はしない方が良いようだ。
「・・・・悪かったよ。だから急いで来たんだろうが」
最後の言葉だけなんとなく小さく発してしまう。
如月には聞こえないように。
「?」
「何でもねえ、着替え出しといてくれよ」
「ああ」

村雨が浴室に消えるのを見送ってから、着替えを出す為に自分も居間に上がる。
これから夕食を作って、2人で食べて・・・
思わず苦笑が漏れる。君が居るだけでこんなにも違う日常。
雨音は未だ激しく響いている。
「惜しいな、こんなに雨音が強かったら君の声が聴こえないじゃないか」
そう独白して浴室に足を向ける。
街は激しく降る雨の中、ひっそりと夜の帳に包まれようとしていた。



・・何なんでしょうねコレ
取りあえず如村が書きたかっただけなのですが、コレを書いてて疑問という名のツッコミが数点
1;季節いつやねん 2;戸開けっ放しで何してんですか 3;水浸しでうろちょろしてる旦那
んでもって一番ナゾなのはこの収拾の付け方でしょうかねぇ・・・・誰やねんオマエら

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