「前夜」 〜葵 ver. 〜 作・暦神楽 |
あなたと知り合ったのは、桜咲く季節だったわね。
つい昨日のことのような。遠い昔のことのような。
あなたと出会って、いろんな事を体験したわね。
楽しいこと。
悲しいこと。
出会い。
別れ。
そして、再会。
人を慈しむこと。
人を愛すること。
私は、あなたにいろんな事を教えてもらった。
あの日、私はあなたと共に歩んで行きたいって言ったけど
あなたに追いつけたかしら?
あなたと共に歩んで行けてるかしら?
あなたを支えていけてるかしら?
明日、私はあなたの元に嫁いで行きます。
―前夜・葵Ver―
ふと高校時代のアルバムを眺めたくなって、本棚から引っ張り出してきた。
高校時代、私の人生が決まった時代。
大切な人を見つけた時代。
かけがえの無いモノを手に入れた時代。
アルバムを眺めながら、高校時代にあった出来事を思い返す。
コンコン!
私の部屋の扉をノックする音で我に返る。
「はい、どうぞ」
がちゃ、
扉が開くとそこには私の妹・マリィがいた。
彼女・マリィも高校時代に知り合って私の家の養女となった。
過酷な生活を強いられ、歳相応の生活をすることも許されず時を止められていた彼女。
しかし、あの人に助けられ、私と共に過ごすうちに彼女に時は再び動き出した。
それは私だけじゃ絶対に出来なかったこと。
あの人がいたからこそ、彼女・マリィも心を開いてくれたのだと思える。
「・・・ャン、葵オネエチャン!」
また、考え込んでいた私をマリィの声が呼び戻す。
「ご、ごめんなさいね。マリィ」
慌てて、マリィに謝る私。
「モウ!、明日、式だからって浮かれてボーっとしてたら皆に笑われるヨ!」
私をからかうように笑いながら私に言った。
「それより、どうしたの?」
「ソウダ!小蒔オネエチャンが来てるヨ」
用件を思い出したマリィは私に用件を伝えた。相変わらず彼女・マリィはすこしおっちょこちょいなところがあった。
もう大学生になったのだから少しは落ち着いたらいいのだが、そこがマリィの魅力の一つなのかもしれないと思うと
自然と笑みが浮かんだ。
「小蒔が?」
「やっほ〜、あっおい〜!」
そう言って扉から顔を出したのは高校時代からの親友・桜井小蒔だった。
「へへへっ〜、何してるか気になってさ。遊びにきちゃった♪」
そう言って、部屋に入ってきた。
「うふふ、小蒔ったら」
「で、葵は何をしてたの?」
そう言って、私が見ていたアルバムに目をやった。
「うわっ!これって高校のときのアルバム?」
「ええ、ふと見たくなってね」
「マリィもミタイ!」
そう言って2人が私の側へやってきた。
「あっ、これって体育祭のときのだ!」
「京一はこの頃と全然変ってないや」
「あっ、ヒスイだよ!」
「葵オネエチャン、オバケの格好ダ!」
「うわっ!はずかし〜」
などと小蒔とマリィはアルバムを見ながらはしゃいでいた。
「あっ、この時の写真って・・・」
2人が一枚の写真に目を止める。そして私のほうに目を向ける。その目は私にはニヤリと笑っているように見えた。
「な、なんの写真?」
私は冷や汗が背筋を流れたような気がした。
「葵オネエチャン、この写真はナンナノカナ〜?」
「あ〜お〜い〜?」
一枚の写真を手にとってにじり寄ってくる二人。
その写真には、私が彼と腕を組んで写っている写真だった。
高校時代、彼と初めてデートしたときの写真。みんなに内緒で二人っきりで行ったデートの時の写真だった。
「葵ってたしか彼とデートしたのってクリスマスが初めてって言ってたよね〜!」
「これって夏服だよね〜 どういうことかな〜?」
たしかに小蒔には彼との始めてのデートはクリスマスって教えていた。しかし、初デートは実は夏に一回していたのだった。
「あ、あのね。小蒔・・・」
私は慌てて弁明しようとするが
「うふふふ、これは借りておくね〜 明日の披露宴楽しみにしててよね〜!」
妙な笑いをしながら写真を懐に収めた。それを取り返そうとする私。しかしマリィによってそれは阻止された。
「ちょ、ちょっと小蒔ったら!」
「ダメダヨ〜、オネエチャン!」
マリィも小蒔側に附いたのか小蒔の見方をする。
「でも、葵もとうとう結婚か〜」
小蒔が話をそらそうと話題を変える。私も諦めて、新しい話題の方に耳を傾ける。
「そうね。明日になれば私は結婚するのよね。もう、美里葵ではなくなるのね」
どこか感慨深く空を見やる。
「デモ、マリィはウレシイナ! オニイチャンがホントのオニイチャンにナルンダカラ!」
にこにこと嬉しそうに笑うマリィ。 小蒔も嬉しそうに笑う。
「そうだね。やっと結婚するんだからもっと嬉しそうにしなよ。葵!」
そう言って私の肩をたたいた。
自分のことのように喜んでくれる2人。
でも、私は不安があった。それは、私と彼の背負う宿星のこともあるが、一番の不安はあの時の約束。
高校を卒業した時の、彼に告白した時に言った約束。
小蒔が帰ったあと、家族だけで取る最後の夕食。
そのときも私は不安であまり会話が頭に入らなかった。
母に何か悩み事があるの?と聞かれたが曖昧に返事して部屋に帰った。
いつの間にか机の上に置いてある携帯にメールが入っていることに気づいた私は、
また悪戯メールかなと見てみたが違った。彼からのメールだった。
彼からのメールには
『 俺は葵に出会えて良かったと思う。
葵に出会って色んなことを教えてもらった。
人を慈しむこと。
人を愛すること。
これからも葵と共に歩んで行きたい。
葵を支えていけて行きたと思う。
何があっても2人でなら乗り越えていける筈
愛を込めて・・・・』
と入っていた。
涙が出た。
どうして彼はこんなに私のことがわかるのだろう?
どうしてこんなに彼のことが愛しいのだろうか?と
これだけは胸を張って言える。
『私、美里葵は彼のことを誰よりも愛している』
今はそれで十分じゃないか。
追いついていないなら、追いつけばいい。
支えきれてないなら、支えなおせばいい。
そう思ったら、かなり気が軽くなった。
あなたと出会った桜咲く季節。
明日、私は嫁いでいきます。
あなたの元に。
美里葵は緋勇葵になります。
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