「葵、明日の休み、付き合ってくんないかな?」 「え?」 いきなり生徒会室に乗り込んできた龍麻が、他の委員の目を全く気にせず、葵の前まで来てそう言った。 「前から見たかった映画があってさ。姉ちゃんがくれた二人分の券があるから見に行かない?」 「……私と?」 「うん」 生徒会室がザワめいた。 「あの〜、緋勇先輩」 書記の1年男子がおずおずと聞いてきた。 「なに?」 「それって……、デートの申し込み、ですか?」 「そだよ。明日の9時にでも待ち合わせして映画見て食事して街をブラブラと歩いてみようかと」 龍麻が一息でそう言うと、さらに室内がざわめき、生徒会室の前を通りかかった生徒たちも何事かと、開けっぱなしのドアから覗いている。 「え……あの……龍麻?」 「一緒に行ってくれる?」 ザワザワザワッ! デート申込が廊下の生徒達にも伝わったらしく、いよいよ騒然としてきた。いよいよもって、葵は答えづらい状況です。 「どうしたんだ?」 「いや、今、緋勇が美里さんにデート……うわッ!」 背後からかけられた問いに答えようとした男生徒が悲鳴に近い声をあげた。振りかえると、タバコを燻らせる犬神が立っている。 「どうも暇な奴等が多いようだな。お前等、生物室の教材の片付けがあるんだが……」 言い終わらないうちに、生徒たちは姿を消していた。 「こんなときだけ素早い奴等だ……、緋勇」 「あい?」 「校内で堂々と、不純異性交友を推奨するような行為をするな」 「純異性交友ッスよ?」 「そうか……。まあ、俺には関係ないことだが、騒々しくするな。人の目の届かないトコロでコソコソとやっていろ」 「へーい」 多分に皮肉を込めて言っているのだが、龍麻にはそれが全然効かない。 「ふん……」 それ以上何も言わず、犬神が去っていく。それを見送ってから、龍麻がしばらく考え込む。 「ん〜〜〜〜〜〜……、んじゃ、葵」 「は、はい!?」 「後で家に電話すっから、返事はそん時で。そんじゃ」 言いたいこと言って、犬神と同様、それ以上何も言わず生徒会室から出ていった。 後には、ポツーンと残された葵と、興味津々な視線を向ける生徒会役員たち。 「……え、えーと、あの、次の議題だけど……」 たどたどしく話題を仕事に戻そうとする葵の姿に、生徒会の面々はクスクスと笑っていた。 体が縮こまるような心境の葵は、ただ耳まで紅潮するだけだ。 翌日――― AM8:30―――待ち合わせ場所 「少し……、早く来すぎちゃったみたいね」 腕時計に落としていた視線を上げ、空を見た。青空。いい天気だ。 「龍麻との……デート。ホントにデートなのかしら?」 言っていたとおり昨日の晩連絡が来て、今日、待ち合わせ場所にいるというのに、実感が沸かない。 まあ、あの申込では仕方ないとも言える。 もしかしたら、デート=単なる外出という図式が、龍麻の頭の中にあるのかもしれない。 「そ、そうよね。だって、私たち、交際してるわけ……でも……。龍麻は、私のこと―――」 「アーオーイちゃ〜ん」 「きゃッ!?」 背後からいきなり抱きすくめられ、葵の心臓が思いっきり跳ねた。 「誰かと待ち合わせかしら〜〜」 「その声……沙希さん?」 「正解」 軽く腕を回されているように感じるわりには、ガッチリと動けなくされていた葵は、聞き覚えのあるその声から、龍麻の義姉の名前を出す。 腕が解かれ、後ろを振り向くと、思ったとおりの人物がそこにいた。 「ハァイ、葵ちゃん。これから、デート?」 「え……いや、そ、そうゆうんじゃなくて……」 「……フフ、アハハッ!」 「? さ、沙希さん?」 いきなり爆笑している沙希に、通行人の視線が集まる。 「龍麻でしょ? 待ち人は」 「えッ、あッ、はい……知ってたんですね?」 「まァね。でも、本人が言ったわけじゃないのよ。昨日、あいつの様子がおかしかったからね。なんとなく」 「はあ……」 「でも、おかしいわねェ」 沙希がキョロキョロしている。 「あいつ、私より早く出たハズなのに、まだ来てないわね。なんか忘れ物でもしたかな?」 ポンッ。 いきなり沙希が手を打つ。その顔は、なにか良いこと思いついたわッ、という顔だ。 「ちょーど、すぐそこに開いてる店もあるみたいだし、あいつが来るまで、話でもしない?」 「え……、あ、はい。……ところで、沙希さん。なぜ、ここに?」 「ん? そりゃ決まってんじゃない。デバガメよ」 「…………」 同時刻―――某所 「やべェ、やべェってッ!」 龍麻は走っていた。それはもう、100メートル世界新でも出せそうな速度で、街の中を駆け抜けていた。 しかも、逆走。途中で自宅へと戻っているのだ。 「アレ忘れるとはなァ、初デートでうかれすぎか、俺?」 「おや、龍麻くんじゃないか」 「おッ?」 道路に焦げ跡でもつきそうな音をたてながら急停止すると、見知った顔の一団があった。 「如月。それに雨紋に、雪乃ちゃん、雛乃ちゃん」 「よォ、龍麻サン、えらく急いでんな」 「朝っぱらから、バカみたいに元気だな、お前」 「姉様、その言い方は、緋勇様に失礼です」 「珍しいんだか珍しくないんだか判んない組み合わせだね」 龍麻が素直な感想を述べると、如月が首を傾げた。 「そうかい?」 「ああ。で、何でみんな新宿にいるの?」 「偶然、出くわしただけだよ。ちょっと商品のことで、新宿に用事があってね。その途中で、雨紋に捕まってしまってね」 「しばらくオレ様たちが話してると、雪乃サンたちとバッタリ、ってわけさ」 「なるほど」 「龍麻様は何をされておられたのですか? 何かお急ぎのようでしたが……」 「いや、それがさ。これから――――」 龍麻の動きが固まった。 「どうした、龍麻くん」 「ゴメン、時間ギリギリだったんだ。またねッ」 シュタッと手を上げて、そう言うと龍麻は、一陣の風の如くその場を後にした。数瞬後にはもう影も形のない。 「めずらしいな、あんな慌ててる龍麻サン」 「珍しいっつーより、あの能天気野郎があせってる姿なんざ、想像もしたことないぜ。なァ、雛乃?」 「そうですね。緋勇様は、どんな事でもすり抜ける柔軟な精神の持ち主ですのに……」 「へェ、葵ちゃんって、まだ誰とも付合ったことないんだ?」 「は、はい」 「ほー、もったいないわねェ。女の子でも惚れそうな娘なのに」 沙希が紅茶の入ったカップを受け皿に置き、珍しい物でも見るかのような目で、葵を見ている。 「成績優秀スポーツ万能、生徒会長で学年問わずに慕われる真神のマドンナさん。 身持ちのかたい貴女が、龍麻のデートの申し入れを受けたのは何故かしら?」 「……それは」 性格は違うけど、兄弟揃って言葉を返しにくいことを言う。美里がそう思いながら、いくつかの返答を頭の中に並べてみる。 「…………」 何度か繰り返し考えをまとめてみるが、最終的に行きつく答えは一緒だ。 「貴女が今思ってること、当ててみようか?」 「え?」 「美里葵は、緋勇龍麻のことが好き」 「じゃあな」 「うん、またッ!」 恐ろしいほどの加速で離れていく龍麻の背中を、醍醐と紫暮が見送る。 「何を慌てているんだ、龍麻は」 いつになく焦る龍麻の様子に、醍醐が首を傾げていた。 「おおっとッ、ごめんッ!」 角を曲がったところで、子供とぶつかりそうになった龍麻が短く謝り、疾走を続行する。 「ああ、もうホントに猶予がねェや」 チラッと見た腕時計の針の差す時刻を確認し、舌打する。予想していたより、かなり時間をロスしていた。 「なんで今日に限って、みんな新宿にいるんだよォッ!」 マンションに帰ってくるまでに、なぜか知り合いにばかり会う。 最初の如月たち四人、そして高見沢と藤咲、マリィの三人、その後に小蒔と裏密、最後にマンションの前で醍醐と紫暮に会った。 「こりゃ、次に誰かと会っても、立ち止まってられないな。今までのパターンでいうと、次に来るのは……」 「おっ、龍麻じゃねェかッ! ちょうどいいッ!」 「ハーッハッハッ! アミーゴ、なんだか元気デスネ――」 「京一、アラン……ゴメン!!」 脳裏に浮かんだ二つの顔と、目前に迫った二種の笑顔が重なった瞬間、龍麻は迷わず《八雲》を繰り出していた。 まさか、出会い頭で瞬間連撃を喰らうなんざ、夢にもおもっていなかった二人の身体は、一種美しいと想えるほど、綺麗に弧を描いて飛んでいた。 「ゴメーンッ、ちょっと立ち止まる時間もなくってさ―――ッ!」 「あ……あのなァ……」 「アウチ……」 地面と壁に叩きつけられたままの二人には、その声は届いていなかった。 「…………」 「わっかりやすい子ねーッ。顔にいろいろ書いてあるわよ」 すっごく面白いものを見つけた子供のような表情で笑ってる。葵は、おもわずガラスに写る自分の顔を見てしまっていた。 「続けるね。だけど、貴女はそれを形にし、相手にぶつけることを恐れている。言葉にし、龍麻に伝えることを恐れている」 「……」 「心地良い場所。安心できる心の拠所。穏やかな空気の今の環境を、貴女は壊したくない」 「・・・・・・・」 葵は、顔を俯かせた姿勢で固まっている。それを確かめたかのように、一呼吸置いて、沙希が続けた。 「自分の心を表に出せば、波を立てるかもしれない。だったら、今のままでいい。口を硬く閉ざせば、言葉は出ない。 風を立てなければ、空気が流れない。現状を維持できる」 「……そ、それは」 「だけど、それは無理。口を閉ざしてしまえば、密閉された想いは膨らむだけ」 「……」 「ふふッ、どう?」 その言葉に、葵はやっと顔をあげた。沙希は薄く笑みを浮かべ、こちらを見ている。一分ほど、そのまま沈黙が続く。 「……言われたとおり、なのかもしれません」 「…………」 「私は……、楽しかった。龍麻と出会い、小蒔や京一くん、醍醐くんがいて、そして、皆がいる。 死と隣り合わせの非日常の中で、彼等との日常は、今までに感じたことのない、安堵感がありました。 私の心に生まれた感情は、それに傷を刻むかもしれない」 「……」 椅子の背に体を預け、数瞬天井を見上げる。視線を戻してみれば、葵は再び俯いていた。 「……あの子はね、とんでもない能天気な男よ。かわらないわよ、何があっても」 「……」 「……きっかけを作りましょ」 「え?」 顔をあげ、沙希と目を合わせる。沙希は、龍麻とよく似た、子供のような無邪気な笑顔を浮かべていた。 「今日のデートが終了したとき、今より龍麻を想う気持ちが強くなっていたら、きっかけとなるものを作りなさい」 「きっかけって、何の……」 「あなたが、今、向こうでへたばってる男の子に、想いを伝えるためのきっかけよ」 そう言って、沙希が指差した先には、龍麻がいた。待ち合わせ場所で、ぜぇはぁ言ってるようだ。 店内の時計は、ちょうど9時を指していた。 同日―――夕刻 「龍麻、今日はありがとう」 「ん?」 葵の自宅へと送っている途中、龍麻が振りかえった。五歩ほど離れた場所で、葵が立ち止まっている。 「とっても楽しかったわ」 「そりゃ、良かった。ところでさ……、やっぱウチの姉ちゃんに何か変なこと言われたんじゃないの?」 「え、な、なんで……?」 「だって、いつもと違ったからさ、今日の葵。何か、考え込んでたみたいだし……」 「ごめんなさい……、せっかく誘ってもらったのに」 「そゆことは気にしてないからさ」 本気で気にもしてない様子で返し、葵に近づく。 「なんか心配事なら、相談に乗ろっか?」 葵は、首を横に振り、心配無いから、と笑いかける。 「それより、龍麻こそどうしたの? 沙希さんの話だと、結構早く家をでたんでしょ?」 「ああ、それね」 龍麻がバッグを肩から下ろし、中をゴソゴソしている。 「はい、両手出して」 「え、うん」 言われたとおり葵が両手を前に出した。その手の上に、バッグから取り出したものをポンッと置いた。 「……これは?」 手のひらに軽く乗るくらいの小さな紙袋が、ピンクのリボンでラッピングされている。 「葵、誕生日おめでと」 「ありがとう……」 スパッと普通に言われてしまい、おもわず普通にお礼を言ってる。 「龍麻、私の誕生日が今日だって知ってたの?」 「一週間くらい前までは知んなかったけどね。小蒔から聞いたよ」 バックのチャックを閉め、肩に担ぐ。珍しく、苦笑しているようだ。 「時間も金もなくってねェ。大したモンは用意できなかったんだけさ」 「……ううん、とても、嬉しい。開けても……いい?」 「もちろん」 葵が丁寧にリボンを解き、紙袋が破れないように慎重に口を閉じるシールをはがす。 中からは、小奇麗な板に固定された一組のイヤリングが出てきた。 「これって・・・・」 「ああ、本物じゃないけどさ。もちっと早くに知ってりゃ、用意できたかもしんないんだけど」 いきなり正直に言って、苦笑する。葵の持つイヤリングには、蒼い宝石が光っていた。 「葵……」 龍麻が葵の手から、イヤリングの付いた板を手に取る。 「…………」 葵の長い艶のある髪を掬い、イヤリングをその耳につける。 「うん、似合ってる」 「……龍麻」 「18歳の誕生日、おめでと」 翌日―――放課後 「ハァイ」 「あ、沙希さん」 帰路の途中、待ち伏せしていたかのように――実際待ち伏せてたわけだが――葵の前に沙希が現れた。 「どうだった?」 「…………昨日、一晩考えました。いつ、どうするか」 「そう」 「修学旅行が始まる日、その前日の朝です」 葵が笑みを浮かべる。沙希もそれに答えるように、龍麻のそれに似た笑みを浮かべた。 「学校に着く前に、もし彼と会えたとき――それを《きっかけ》にします」 「……ふふッ、がんばりなさいよ」 ポンッと葵の肩を叩き、そのまますれ違う。振り向きもせず、そのまま葵の通ってきた道を行く沙希の背中を、葵は見送っていた。 「…………」 曲がり角を曲がり、先の姿が見えなくなった後、葵は静に頭を下げ、心の中で深く礼を告げていた。 「…………」 沙希はしばらく歩いた後、後ろを振りかえる。曲がり角の向こうの気配は、こちらに来る様子はない。 沙希は携帯電話を取りだし、ある所に電話をかけた。 「……あ、私、緋勇といいますが、小蒔ちゃん――じゃなくって、小蒔さんは居られますか? あ、はい。……………………あ、小蒔ちゃん? ちょっと、頼みたいことがあんのよ。 修学旅行の前日にね、龍麻と葵ちゃんを――――――――」 修学旅行前日――― 「あ、おはよー」 「おはよーさん」 日常。いつも通りの朝。葵の横を、生徒達が通りすぎていく。 「あッ、美里せんぱ〜い!! おはようございま〜す」 「あら、おはよう」 「キャー、憧れの美里さんに挨拶してもらっちゃった!」 「うッそォ〜、いいなァ〜」 見覚えのある下級生に葵が挨拶を返すと、その生徒が友達と黄色い声をあげながら、学校へと向かう。 「うふふ。今日もいいお天気・・・・」 遠ざかっていく二人の後ろ姿を微笑みながら見送り、空を仰いだ。抜けるような青空。 「嘘みたいに、平穏な朝――――、あッ」 視線を戻したとき、見覚えのある背中が見えた。一つ、心臓が大きく跳ねた。 きっかけ。はずみ、気勢、チャンス。 なんでもいい。踏み出すための後押しが欲しかった。 「おはよう――――」 早足で駆け、《彼》の背中に声をかけた。《彼》は振り向き、いつも通りの笑顔を見せてくれた。 「おはよう――、龍麻」 『きっかけは生まれた。だが、この日に《心》が《言葉》になることはなかった。 だけど、私には、それは大きな一歩。 彼の背中を見続ける歩みから、彼の隣を歩むための、大きな一歩―――――――』 |