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真・Water Gate Cafe

 

 東京魔人学園変奏史「江戸異聞録」

著作/イクズ・エム ikuz-m

 

 

世界は、今から三〇〇〇年の昔、統一された。
大地に流れる強大な≪氣≫の流れ――龍脈の化身・黄龍の力を手に入れた
「緋勇」の手によって。
強大すぎる力を使い、緋勇が望んだのは、富よりも権力よりも、
平穏なただの日常だった。
かくして荒れた世界に、平和が訪れる。
遠い未来――現代において、「黄金時代」と呼ばれる歴史があった。
 
 

東京魔人学園変奏史「江戸異聞録」
再 会 〜十年前の約束〜
 
 
 二九八九年神無月某日――。
 
 幼なじみの五人は、今、初めての別れを迎えていた。
「絶対忘れないからな! 約束だぞ!」
「ああ、俺も忘れない!」
 二人の少年が、前に立つ三人に約束する。
「きっとだよ? 絶対忘れないでよ?」
「身体に気をつけてね。帰ってくるの、待ってるから」
「その代わり、約束に遅れないでね?」
 二人の少女は目に涙を溜め、一人の少年は静かに手を差し伸べた。
「遅れるもんか。十年後、必ず会おうな!」
 二人の少年が、それに応じて固くその手を握る。
 十歳前後の幼い子供にとって、約束の十年は想像の外にある、永遠にも等
しい時間。
 子供達は、その約束を固く心に誓い合った。
 

 二九九九年卯月某日、昼九つ、江戸へ続く街道付近の茶屋――。
 
「時が経つのは、早いなぁ……」
 茶屋の娘が運んできた茶を飲みながら、つくづく彼は思った。
 十年――正確には九年と半分――前には想像も出来なかった「今」が、も
う手の届く場所にある。
 久しぶりに外へ出て、足を伸ばしたこの茶屋も、古びた柱や机などに十年
の時間の経過が見て取れた。
(やっぱり変わってないのは僕だけか……)
 約束の時からたった三年。ちょっとした出来事があって、七年が経った今
も彼はまったく“変わって”いなかった。
(もし会ったとしても、今の僕じゃわからないかな?)
 そんな事を考え、彼は少し気が重くなる。
 気を晴らそうと店内を見回して、ふと一人の女性と目が合った。
 腰まで届く艶やかな黒髪、ほっそりとした華奢な身体を包む藤の絵柄の着
物が良く似合っている。思わず見惚れる程の、文句なしの佳人だった。
 気になるのは、幼なじみの一人・美里藍を思い出させる容姿。
 まさかと思った次には、現実がやってきた。
「あの、ちょっと良いかしら?」
「え?」
 いつの間にか、前に座っていた女性がすぐ横に立っている。
「……何ですか?」
 彼は、手に持った茶碗の暖かさで気を落ち着けると、見ず知らずのはずの
女性へにっこりと笑顔を向けた。
 笑顔のおかげで、女性は逆に確信に近いものを手に入れたらしい。彼女は
少々信じられない気持ちを抑え、はっきりと聞いてきた。
「やっぱり龍君なのね?」
「……藍ちゃん?」
 どうして分かったんだろう……と考えながら、嬉しそうにうなずく彼女を
彼・緋勇龍斗は見つめていた。
 

 江戸、昼九つ、内藤新宿――。
 
 緋勇が世界を統一してから、この街は「世界の首都」という名誉を得た。
 時には戦火に呑まれることもあったが、その度に世界中の様々な文化を取
り込み、新たな復活を遂げるきっかけとなったのもそのおかげだ。
 今の江戸は、日本文化の和と西欧諸国の洋風文化が程よく合わさった、和
洋折衷の街として生まれ変わり、そして今なお変わり続けている。
 
 龍斗と藍が茶屋で再会した頃、そんな江戸にたどり着いた二人がいた。
 茶色く、ろくに手入れもしないで伸ばし放題にしていた髪を結い上げ、大
形の羽模様の着物を乱雑に着流し、腰に大小二本の刀を挿した浪人のような
男・蓬莱寺京梧。
 僧服に身を包み、左目の上に小さな刀傷、肩からは手で握れるほどの大き
さの珠で作られた数珠をかけた僧侶……というより、修行僧のような雰囲気
の大柄な男・醍醐雄慶。
 二人共、十年前まで江戸に住み、龍斗達と同じ時を過ごした幼なじみで、
京梧は育ての親と共に剣の武者修行に、雄慶は両親の勧めで京の高野山へ
僧としての修行を積みに行っていたのだ。
「……腹減った……」
「お前なぁ、せっかく戻ってきた第一声がそれか……?」
「しょうがねぇだろ? 腹が減ったんだから」
 呆れる雄慶に、京梧は腹をさすって提案する。
「久しぶりに、あの蕎麦屋へ行ってみるか」
「お前の蕎麦好きも本当に変わらんな。だが、行くのは先に用事を済ませて
からだ」
 彼の変わらない様子が懐かしくもあり、羨ましくもある雄慶だったが、彼
はこれだけは譲れないという態度で、さっさと歩き出してしまう。
「おい、ちょっと待てよ! 雄慶!」
 怒鳴るしかない京梧。その声に、ある少女が反応して近づいて来た。
「……雄くん? え? 京梧!?」
 先を歩く京梧や雄慶を見て、驚きの声を上げたのは、一人の少女だった。
 突然名前を呼ばれ、振り返って少女を見た二人も、声がとっさに出ないほ
ど驚く。
 動きやすさを重視してか、まるで忍び装束の類の様に、袖は根元から、裾
はひざ上まで切り取ってある着物を着て、肩には矢筒と長い弓。昔とあまり
変わっていない容姿の少女・桜井小鈴。
「こ、小鈴!?」
「小鈴殿!?」
 数十秒の沈黙の後、我に帰った二人は、ようやくその名を呼んだ。
「久しぶりだねっ、二人共!」
 先月十九歳になった彼女は、十年前と変わらない笑顔で再会を祝した。
 
 
 昼八つ、時諏佐家、門前――。
 
 雄慶と京梧が江戸に戻るきっかけは、雄慶の恩師・円空和尚から頼まれた
仕事だった。
 手紙を無事に、江戸の時諏佐百合へ届けること。
 これが仕事の内容。当然、京都での修行でお世話になった恩師の頼みを、
雄慶がないがしろにするわけはなく、京梧の「蕎麦屋へ寄ってから」主張を
一蹴して、三人は時諏佐家の屋敷へ向かった。
 
「ほんとにかわらねぇな、お前も」
「なんだよ、京梧だってほとんど変わってないじゃないか」
「いい加減にしろ、二人共」
 子供時代のように、言い合いをする二人を止めるのは雄慶の仕事。
「もうお屋敷に着いたのだから、静かにしていろ」
 時諏佐家の門を目の前にして、久しぶりに訪れる雄慶は礼儀にうるさい。
「は〜い」
「ほら、やっぱり子供じゃねぇか」
「な、何だって!?」
「京梧! 小鈴殿も落ち着け」
 ついに我慢の限界がきた雄慶は、京梧の頭を殴りつけ、小鈴を諭す。
「痛っ!」
「だって京梧が!」
 抗議の声に返答する間もなく、外から一人の女性が入り込んだ。
「まったく、何時までそこに突っ立ってるつもりだい?」
 声のする後ろを見る。そこには、
「百合ちゃん!」
「先生!」
「百合さん!」
 三者三様の呼び方で名を呼ばれた一人の女性。
 白い百合の柄の着物を優雅に着こなし、清廉な雰囲気で身を包んだ、江戸
でも有数の名家、時諏佐の女当主・時諏佐百合、その人だった。
 彼女は、人の大きさを感じさせる微笑を浮かべ、三人を家に招く。
「さあ、お入り。小鈴はともかく、京梧と雄慶は私に用があるんだろ?」
 門を開けて先に中に入った彼女の背中を見て、京梧と小鈴は思った。
『一番変わってないのって、あの人かも』
「馬鹿な事言ってないで、早く中に入れ」
 雄慶も口には出さず、同じ事を思っていた。
 
 時諏佐家の当主、自ら入れた茶を供され、昔話にも一息つく。
 頃合を見計らって、時諏佐は本題に入った。
「さて、そろそろ話を聴こうか」
 居住まいを正す彼女を見習って、雄慶と小鈴も同じくする。
「京の円空和尚様より、手紙を預かってまいりました」
「そうかい、遠路はるばるご苦労だったね」
 受け取った手紙に目を通した彼女は、ただ一人、茶菓子を口に運ぶのに忙
しい男に顔を向けた。
「京梧、お前神夷から≪氣≫の使い方は教わったのかい?」
「ああ……って何でんなこと聞くんだよ?」
「手紙には、そのことが?」
 雄慶は意外そうに尋ねる。
「いいや、あんたの事さ」
「俺の?」
 時諏佐は手紙を見せて、内容を要約して教えた。
「しばらくこっちであたしの手伝いをさせるって書いてある」
「そういえば、百合さんって何の仕事してるの?」
 小鈴の問いには京梧も興味があったのか、手を休めて彼女を見る。
 しかし時諏佐はそれには答えず、逆に京梧達に問い返した。
「龍斗の事は聞いているのかい?」
「知ってるの!?」
 小鈴が驚いて彼女に詰め寄る。その過剰な反応に、京梧と雄慶は顔を見合
わせた。
「龍斗がどうかしたのか?」
「……あ、そっか。京梧達は知らないんだっけ?」
「何のことだ?」
「龍斗は、七年前からずっと姿を見せないんだよ」
 時諏佐の静かな言葉に、全員が言葉を失った。
 
「…………冗談だろ?」
 長い沈黙の後、京梧がまず口を開いた。
「……冗談じゃなくて、本当だよ。私と藍は、ぜんぜん会ってない」
 明るい小鈴も、この時ばかりは気が重いらしい。
「何故だ?」
 雄慶が尋ねると、彼女自身もよく分からないという様子で言った。
「詳しいことは知らないけど、龍王のおじさんが言うには、ひーちゃんは強
くならなきゃいけないって」
「強く……?」
「……どういうことだ?」
 小鈴の言葉に、雄慶と京梧は顔を見合わせる。
 世界の王である龍王・龍牙の子、龍斗は、京梧達と出会った時にはすでに
大人顔負けに強かった。
 それは、緋勇の家に伝わる特別な武術のおかげでもあったが、当時、子供
だった京梧と雄慶はそれにずいぶん憧れ、よく自分達にも教えてくれとせが
んだものだ。
「……百合ちゃん。もしかして、龍斗は……」
 ――修行のために、藍達に会わなかったのか? 俺達よりも、修行の方を
取ったのか?
 京梧の飲み込んだ言葉を時諏佐は、ほぼ正確に理解していた。
 だからこそ、彼女ははっきりと言葉を紡いだ。
「お前達は、大切な幼なじみを信じてやれないのかい?」
「!!」
 息を呑む三人に、時諏佐はさらに言葉を続ける。
「今の龍斗はちょっと特殊でね。身体の≪氣≫を探らないかぎり、あの子を
探すのは難しいんだよ。だから、さっきお前達に≪氣≫が使えるかどうか聞
いたんだ。小鈴と藍には私が教えてるから問題はない」
 彼女の言葉を、京梧達は無言で聞き入っていた。
 いったん言葉を句切る。一息入れた時諏佐は、それに、と前置きを置く。
「お前達と一緒の時を過ごした、緋勇龍斗がどんな人間か、それを考えれば
少しは読めてくるだろ?」
「……ひーちゃんは、ボク達を守るために?」
 小鈴だけでなく、京梧や雄慶も同じことを考えた。
 昔、王宮に入れなかった仲間のために外で遊んでいた龍斗には、絶えず身
の危険が付きまとい、ときには京梧達もとばっちりが来たりしていた。
 そんな時、龍斗は一人でその首謀者のところへ行き、そいつを京梧達に突
き出して謝らせた。当然そいつは後で捕らえられたが、その後、龍斗は一人
一人に「巻き込んで悪かった」と謝ったのだ。
 自分が原因で、大切な人間が何かに巻き込まれることを、彼は酷く嫌って
いた。
「……それが原因だろうな……」
 雄慶の結論に、京梧と小鈴もうなずく。
「……なあ、百合ちゃん。あいつにはもう会えないのか?」
 京梧が問うと、時諏佐は嬉しそうに笑っていた。
「今頃は、街巡りでもしてるんだろうね」
「え? 城から出てるの!?」
「朝、連絡があったよ。今日一日は、街巡りでもするらしいね」
 その言葉に、小鈴達三人は顔を見合わせて立ち上がる。
「お邪魔しました!」
 慌しく飛び出していく彼らを見送り、時諏佐は静かに庭を見つめた。
「……京梧は神夷から、雄慶は円空和尚から、小鈴と藍は私から。皆それぞ
れの方法で≪氣≫を会得している。だからきっと大丈夫……」
 願いを込めて、まぶたの裏に思い出される十年前の五人の子供達を、彼女
は思い浮かべていた。
 
 
 暮六つ、王森公園――。
 
 日もほとんど沈みかけ、公園内にはもうわずかな人数しかいない中を、藤
の柄の着物を着た若い女性と、白いフード付きのマントを着た十歳くらいの
少年が歩いていた。
 女性は美里藍。少年は……緋勇龍斗である。
 彼の“変わって”ない事とは、身体の事。
 龍斗は七年前のある出来事からその成長が止まり、今までずっと十二歳の
ままで過ごしてきたのだ。
 茶屋で再会してから二人は、幼い頃に遊んだ思い出の場所を巡っていた。
 森の中にあるこの王森公園も、その一つだった。
「藍ちゃん、今日はありがとう」
「え? 何が?」
 龍斗が心からの礼を述べると、藍は素知らぬ様子ではぐらかした。
「だって僕のために、いろいろまわってくれたんでしょ?」
 藍は顔が赤くなるのを感じ、そんな動作が龍斗には昔の幼かった彼女と
重なって、つい笑ってしまう。
「僕の他にも変わっていないものがあるって、教えてくれたんだよね?」
 ――七年前から姿の変わっていない僕のために。
 藍の心を感じ取って、龍斗は口には出さずもう一度、心から感謝する。
 そんな時、ふと龍斗は気付いた。
「藍、止まって!」
「どうしたの?」
 彼の鋭い声に、藍は足を止めて振り返る。その瞬間、藍と龍斗の周囲を五
人の浪人達が取り囲んだ。
「何か用でもあるの? だったら、その物騒なものから手を離してよ」
 五人のうちの何人かは、すでに刀の柄に手をかけている。物怖じせず、逆
に睨みつける龍斗に、そのうちの一人が脅しをかけるかの様に話し掛けた。
「ガキに用は無い。怪我したくなけりゃ大人しくしてな」
「そうもいかないよ。大切な友達を危険な目に合わせるわけにはいかないか
らね」
 ほとんど即答で言い返し、龍斗は浪人達から藍を守れる位置に移動する。
「あなた達は、一体何が目的なのですか?」
 一触即発といっていい雰囲気に、藍は口をはさんだ。
 元から争いを好まない彼女にとって、自分に原因があるならばそれを取り
除きたかったのだ。
 凛とした雰囲気を身にまとう彼女の強さに、龍斗は心の中で時間の流れを
改めて感じ取る。
 幼い頃の彼女には無かった強さが、ここにあった。
「美里藍だな? 我らと共に来てもらおう。大人しくしていれば、手荒なこ
とはせん」
 そう言って、浪人の一人が強引に藍の手を取ろうとする。
 手が彼女に触れる前に、龍斗は動いていた。
――バキィッ!
 一種、爽快感のある音が響き、浪人は崩れ落ちた。あまりの痛みに失神し
たのだ。見れば、手首が完全に変な方向に曲がっている。
 医療の知識がある藍の見立てでは、もしかしたら筋まで切れているかもし
れない……というもの。
 それは、手ではなく、足で蹴り飛ばしたから。背が足りなかったのだ。
「た、龍君!?」
「力がうまく乗らないから足にしたけど、ちょっとやり過ぎたかな?」
 驚く藍に、龍斗はニッコリと笑って誤魔化すと、そのまま浪人達の方を向
いた。
「怪我したくなかったら、さっさと帰れ」
 藍に向ける笑顔とは違い、その目は冷え切っていた。
 子供とは思えない目をする龍斗との格の差を悟った者も一人はいたが、他
の浪人達は仲間を倒された怒りでついに刀を抜き、襲い掛かってくる。
「人間相手は久しぶりだから、ちょっと痛くても我慢してね」
 賢明にもその場に留まった浪人に前置きして、龍斗は動き出した。
 
 龍斗の動きを見切れた者は少ない。
 一瞬前に白い龍斗のマントが微かに見えると、気付いたときにはもう身体
は動かなくなる。それほど龍斗の動きは速かった。
 左右双方から振り下ろされた刃を半歩下がって躱すと、右側の浪人の懐へ
一歩踏み出し、右手の掌底で鳩尾へ打撃を叩き込む。続いて左手を振って勢
いをつけ、左足を軸にして真後ろの位置にいる浪人の顎を蹴り砕く。
 残る一人の浪人に背を向ける形になって、その隙を逃さず振り下ろされた
刃は空を切る。いつの間にか背後に移動した龍斗は、振り下ろす動作で手頃
な位置に移動した首筋へ、踵落しで決着をつけた。
 わずか数回、瞬きする間の出来事。
「どうする? まだ続ける?」
 ただ一人、賢明な判断をして立っていられた浪人は、彼の不敵な一言で体
を竦ませる。
「ど、同士の命だけは……」
 震える声で頼む浪人に、龍斗は安心させるように笑いかけ、約束した。
「大丈夫だよ、死んでないから。彼女に手出しがなければ、ちゃんと助けて
あげる。でも、これからも手出しがあるようなら、どうなるかは保証できな
いからね」
「わ、わかった」
「じゃあ行っていいよ」
 逃げるように走り出した浪人の背を見送り、彼は藍に目を向ける。
 互いに笑い合い、何かを言おうとしたその時。
「藍!  ひーちゃん!」
  聞き覚えのある女性の声で突然名を呼ばれ、二人は振り向いた。
 

 暮六つ半、王森公園入り口――。
 
 時諏佐家から飛び出した三人は、街中で瓦版屋の遠野杏花と出会い、藍が
王森公園へ入るのを見たという情報を得た。
 その時、見慣れない子供も一緒だという話も聞いたので、京梧達は、もし
かしたら……という思いで公園へ急ぐ。
「あ、あれっ!」
 最初に見つけたのは小鈴だった。
 後の二人――京梧と雄慶も小鈴の示す方向を見る。
 美里藍と、白いフード付きのマントを着た少年が、四人の浪人達に囲まれ
ている。一人はその場に崩れていた。
「あれは……藍と、もしかして龍斗か!?」
「……それ以外の誰があんな≪氣≫を持ってるってんだ?」
 驚く雄慶に、自分も信じられない面持ちで揚げ足を取る京梧。
 京梧の目には、少年の小さな体から湧き上がる、蒼い清浄な≪氣≫が見え
ていた。その力強さと大きさは、昔よりも格段に深く強大になっているとは
いえ、龍斗のそれを思い起こさせる。
 さらに。
「おい、見えたか? 今の?」
 次の瞬間に次々と倒れる四人の浪人達への攻撃について、雄慶は尋ねる。
「ああ」
「めちゃくちゃ早かったね」
 京梧と小鈴は当然、という様子でうなずいた。
 しっかりと龍斗の動きを見切った三人は、それぞれがもう確信していた。
 ――あの少年が、緋勇龍斗。自分達の幼なじみであると。
「藍! ひーちゃん!」
 小鈴は、我慢できなくなって二人に駆け寄っていく。
 京梧達も歩み寄り、驚く藍と龍斗に挨拶する。
「久しぶりだな、龍斗に藍」
「二人共、元気そうで何よりだ」
「帰ってくるなら、手紙で教えてくれればよかったのに」
 藍は、嬉しそうに言った。それに小鈴は何度もうなずく。
「そうだよ。歓迎会の準備も出来ないじゃないか」
「お前の場合は、俺達よりも食い物のほうが重要だろうが」
「な、何だって!?」
 京梧と小鈴のいつもの言い合いが始まる前に、雄慶が二人の間に入る。
 そんな変わらない様子を見て、龍斗は思わず呟いた。
「何で皆、僕が龍斗だってわかってるわけ?」
 それに対して、全員が口を揃えて答える。
『だって、龍斗だから』
「それはそうだけど……」
 一人納得のいかない龍斗だったが、まあいいや、と他の四人と共に笑顔に
なる。
 二九九九年卯月某日。この日、五人の幼なじみは『約束』を果たした。

 

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