現在工事中の有料道路は、国道141号線上のX地点から長坂インターの D地点までを結ぶことになっている。という事は、仮に国道141号線 の渋滞緩和が実現したとしても、たかだか4、5キロのX地点からF地点 の短距離区間なんだ。X地点に信号機を設置すると、渋滞緩和どころか、 渋滞を誘発するだろう。
渋滞緩和のための交通量の分散は、新たな有料道路の新設などせず、既存 の道路体系の中で解決できる。それは、国道141号線上のA地点で長坂 インターへの交通量を八ヶ岳横断道路に分散し、横断道路上のZ地点から 大泉経由による長坂インターへのアクセスルートが最も現実的経済的では ないのか。信号機の分岐地点での電光掲示板による渋滞情報と迂回路案内 で、交通量を確実に分散できる問題なんだ。
今、道路地図を見ながら重要な仮説を思い付いた。それは清里高原有料道 路とは、長坂インターの存在理由を作るために開設されるのだという。
長坂インターがほとんど必要性のない、利用されてないインターで、それ が、ある政治家の政治力によって設置されたことは誰もが知っている。国 道と交わらない上に、高速道路のインター設置条件の常識を無視した形の、 須玉インターに極めて近距離で隣接している長坂インターは、最初から存 在理由を持っていない。あれば便利で利用する人もいるという程度は、 インター設置理由にならない。実際そのインターを利用する車両は極めて 限定されているだろう。
そういう本来あってはならない存在理由のないインターが存在しているこ とは、政治的経済的に困ったことで、そういう負積を拭い去る何らかのト リックを編み出す必要がでてくる。長坂インターを利用・経由させる何ら かの装置が必要なのだ。須玉インターではなく、長坂インターを必要とさ せる装置。それこそが清里高原有料道路なんだ。そのためには、人を呼び 寄せるための観光的な付加価値が不可欠だ。新たな名所を捏造しなければ ならぬ。そのために、清里の最後の聖域である川俣川の沢が生け贄になっ たのだ。