水兼沢線上の疑問符

水兼沢線上の疑問符


1993年3月4日

その沢は疑問符で満ち満ちていた。起点は定かではないが、終 点だけは、はっきりしていた。

全ての道がローマに通じるように、清里の水は、大門ダムに至 る。そこを終点とする水兼沢の奇妙な風景を歩いてみる。

清里の表玄関ともいえる大門ダムを見ながら、弘法坂を上がる と、途中で倉沢橋が有り、その下を水兼沢川が大門ダムに落ち 込んで行くのが見える。国道141号線上にある倉沢橋から水 兼沢川に沿って舗装されぬ道が有り、そこを北上していくと、 奇妙な光景が見えてくる。

いわゆるトマソン現象とでも呼べそうな、誰も使いそうもない 舗装された道が突然、沢の雑木林の斜面に出現し、その道を尾 根に向かって登って行くと、やはり何もない。唐突に林の中で 行き止まり、一体誰がなんの目的で舗装までした道を造ったの か理解できないのだ。

でも、尾根のロケーションを見て、ここにホテルやラブホテル を造ったら、さぞいいだろうと思えるような場所であることに 気付いた。そして、何かの理由で工事が中止になったのだ。

さて、そこを去り、また水兼沢を北上しよう。すると今度はも っともっと凄い立派な舗装された道に出食わす。これはただ事 ではないほど壁工事もなされ、その道を辿って行くのだが、こ れまた何もない。森が切り開かれたまま原っぱとして、ぽつん とあり、何か大工事がなされぬまま放置されたのだ。その原っ ぱの向こうに森がつづき、その森もすぐ川俣川の渓谷の沢とし て落ちこんでいく。

さて、そこも去り、水兼沢を先に進む。いつしか道も舗装され、 別荘団地になり、やがて巨大なリゾートマンションが沢全体を 覆いかぶすかのように出現する。それがビラージュ八ヶ岳だ。 以前そこは、テニスコート場であった。水兼沢川も小さい水路 となり、蛇行しながらマンションを迂回し、追跡が難しくなっ ていく。行く手には県有林が視野と侵入を遮る。警告の立札。 見失ってしまった水兼沢川。

冬の林は見通しがよく、ひっそりと丘の公園・ゴルフ場が、工 事用に使用したであろう残された道の痕跡の向こうに見える。 その辺りに、水兼沢川は流れているはずで、いってみる。鉄線 で境界を示し、侵入を拒んでいる。その鉄線の下に水路があっ た。その水路はどこまで行っているのだろう。鉄線の境界線に 沿って林の中を歩く。起伏のきつい林の中で水路が突然消えた。 地下に潜った。もう帰ろう。と、目を鉄線の内側のゴルフ場の グリーンに向けたその時、消えたはずの水兼沢川がグリーンの 真中に悠然と流れていたのだ。それをどう解釈すればいいのか。 それは正しく排水抗のように。だから、100パーセント農薬 は、大門ダムに流れ込んでいる。そう断言していい。

その後の水兼沢川は追跡できない。その延長線上に何があるか。 嘘とごまかしだけがある。