羽村市

羽村市
 はむらし 東京都北西部、多摩川の東岸にある住宅都市。市域は武蔵野台地の西端部にあたる。1991年(平成3)市制施行。面積は9.911km2。人口は5万5099人(1995年国勢調査速報)。
1962年(昭和37)、市街地開発地域に指定され、無公害工業の工場を積極的に誘致した。日野自動車工業・カシオ計算機技術センター・国際電気・光洋精工などが進出し、職住接近の住宅都市として発展している。JR青梅(おうめ)線、国道16号、奥多摩街道、新奥多摩街道が通じる。

羽村駅の近くに、地面をすりばち状に地下水面近くまでほりさげ、らせん状の歩道をつたって底へおりて水をくむ、「まいまいず井戸」がある。鎌倉時代につくられた井戸とつたえられ、東京都指定の史跡になっている

1653年(承応2)に玉川上水の取水口である羽村堰(せき)がもうけられ、現在、付近は公園になっている。大正・昭和初期は養蚕が盛んだった。



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玉川上水
 たまがわじょうすい 神田上水とならび、江戸市民の飲料水をまかなった二大上水のひとつ。 江戸の市街地の発展にともなう、水不足を解消するため、1652年(承応元)幕府は多摩川の水を江戸市中までひく計画をたてた。翌年、この計画を請願したとされる江戸の町人、庄右衛門・清右衛門の兄弟が水路開削工事の請負人に任命され、工事を開始。多摩郡羽村(はむら:東京都羽村市)から引水し、拝島・小金井をとおって、新宿の四谷大木戸まで四十数キロメートルの水路をつくり、新宿水番所から石や木などの地下配水管で通水する工事を54年に完成した。

上水は、江戸城から四谷・麹町(こうじまち)・赤坂などの山の手の高台と、芝・京橋方面まで給水された。水路途中の武蔵野台地の村々でも生活・灌漑(かんがい)用水として利用され、のちの武蔵野の新田開発にも大きく貢献した。上水の完成後、功績をみとめられた庄右衛門・清右衛門兄弟は、幕府から200石の扶持(ふち)をうけ、玉川の姓を名のることを許可され、上水を管理する玉川上水役となった。1737年(元文4)幕府は両家を罷免して直営にした。

東京に改良水道ができたため、1901年(明治34) 市内給水が廃止された。水路自体は65年(昭和40)まで利用されたが、その後、下流域の水質悪化をまねき、清流復活へむけてのさまざまな試みがおこなわれ効果をあげている。

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