中央改札 交響曲 感想 説明

ありえたかもしれない日常9
FOOL


 抜けるような青い空。陽光を受けて輝く海原。潮の香りを運ぶ風。

 大陸の南方にある海水浴客で賑わうリゾート地『エスペランザ』。

 観光客で賑わう砂浜から少し離れた海辺の岩場で二人の青年がとぼとぼと歩いていた。

 彼らは地元の若者で、観光客目当てのナンパを決行して見事に玉砕してきたばかりであ

った。

 特に、今日はレベルの高い一団がやって来たこともあり張り切っていたのだが、保護者

らしい威勢の良い中年親父に出刃包丁でもって見事に撃退され、かろうじて話しかけるこ

とに成功した少女からはまな板の洗礼を受けてしまい満身創痍であった。



「今日は日がわりいなぁ…」

「ああ…」



 自分たちでもわかる。凄まじい落胆振りだ。青年たちは溜息とともに海を眺める。

 ――――そこで一筋の光明を見た。

 海に向かって岩場に座り込む一人のうら若き少女。

 強めの潮風にされるがままに吹き上げられる蒼銀の髪。

 海を向いているので顔はわからないが絶ッッッッ対に美人だと断定。

 水着の上にパーカーを羽織ってもわかる豊かな双丘と、岩の上に投げ出された触り心地

の良さそうな二本の足に視線を釘付けにされる。

 横に置かれた大量の買い物袋が気になるがそんな物に構う二人ではない。




「………行くぜ相棒っ」

「応っ」



 まあお約束だし。



「ねえ君。こんな所で何をしているんだい?」

「……え? 何ですか?」

「――っ」



 振り向きこちらを見上げるその顔は、二人の想像以上だった。

 すっきりと整った鼻梁に、どこか物憂げな印象を与える蒼銀の瞳。

 どこか現実味の無いその美貌は、あたかも天上に住まいし天使の如く。




「…あの?」

「――ハッ。あ、いや、俺達、地元の人間なんだけど、こんな所に人が居るの滅多に見な

いんだ。だから、何してるのかなって」

「そうなんですか。ちょっと人を待ってるんです。ですから、お構いなく」

「人を? こんな所に君のような綺麗な子を待たせるなんて、その人の常識を疑うな」



 自分でも気障で阿呆な台詞だなと思う。しかし、どうやらかなりテンションが上がって

いるらしい。

 一人岩場に座り込む寂しげな美少女。そんな子を見かけて声をかけない男が居ようか!

 否、である。



「常識の所は同感です」



 少女はクスクスと笑いながら肯定する。

 その意外にも幼い仕草に青年たちの胸がドクンと跳ね上がる。



「でも、私が勝手に待ってるだけですから。放っておくと何をするかわかりませんし」



 ここで男たちは確信する。彼女が待っているのは『男』だと。

 すでに予約済み? いやまさかもしかしてひょっとして売約済みっ!!?

 いやいやその程度で諦めるには惜しすぎる。

 このちょっぴりはにかんだような笑みなんかお持ち帰り決定っ! みたいな!?



「ハハハ、なんかその人とんでもないトラブルメーカーって感じだね」

「いえ、そういうイメージは確かにありますけど、実際にはあまり。でも……」

「でも?」

「でも、確かにその場にいたなら騒ぎの中心になっちゃってますね」



 そのとき、少女の眼前の海から盛大な潮柱が吹き上がった。

 空高く舞い上がる一つの影。

 その影は大きくその身を振り回しながらも放物線を描き三人の頭を飛び越えてその背後

に落下した。

 落下してきたのは―――――5mをゆうに超える巨体を誇る、サメだった。



「うわっ、わわわわわわわわわわわッッッッ!!!!??」

「さ、さささ、さめぇっ!?」

「終わったみたいですね」



 慌てふためく男達とは対照的に、少女はさっと立ち上がり砂を払う。

 先程の潮と比較すれば可愛らしい、ちゃぽんとでも表現すべき音とともに海から一人の

男が上がってきた。

 海水の滴る甘栗色の髪を鬱陶しそうにかき上げ、水着ではなくハーフパンツとTシャツ

という出で立ちで上陸したその男には左腕が存在しなかった。

 男はどこからか取り出した伊達眼鏡をかけながら立ち上がった少女に気付くと、怪訝そ

うに眉を顰めた。



「先に戻ってろって言っただろう」

「たった一人でずぶ濡れであのサメを引き摺って帰るつもりだったんですか? それじゃ

思いっきり不審者ですよ。ほら、頭出してください、拭いてあげますから」

「子供じゃないんだから」



 差し出されたタオルを引っ手繰るようにして奪うと男は適当にガシガシと頭を拭き、い

まだ陸地で元気良く大暴れするサメの横腹に蹴りを入れ、エラの部分に手を差し込んで”

がっ”と背負う。



「んじゃ、行くぞ。連中もいい加減腹を空かせてるだろうからな」

「毎年こんな事やってるんですか?」

「余った分はさくら亭の期間限定メニューだ」



 気だるげにしながらも、数百キロの重量を背負っているとは思えぬ足取りで去っていく

男とその後に続く少女。

 先程までサメが暴れ周り、見るも無残に破壊された岩場を見つめながら、青年たちは二

人を見送るのだった。



「………俺たちの存在意義って、ナニ?」

「………さあ?」





















 ここはエンフィールドより遠く離れた南国の地。

 ショート財閥会長から巻き上げた軍資金を元手に、NOA関係者その他達は優雅なリゾ

ートと洒落込んでいた。

 シェフィールド一家は事情により来る事が出来なかったのが残念ではあるが。

 とは言うものの集まるのはいつもの面子。やること起こることはどこだろうと変わりは

しない。

 そしてそれは、レニス=A=エルフェイムもフィリア=ラーキュリーも変わらない。



「―――とまあ、その時冗談半分で絞め落としたサメを陸見が皆に振舞って以来、こうや

って俺が素潜りしてるわけだ」

「なんでわざわざ人食い鮫を狙うんですか」

「一種のイベントだからな。ちゃちな獲物じゃ盛り上がらん。とはいえ、去年は小さいと

は言えシーサーペントだったからな。どう足掻いてもランクが下がるのは仕方あるまい」

「……どうやって仕留めたんです?」

「素潜りの漢が使う獲物は銛しかなかろう」



 いや、そういう問題じゃなくて。

 喉元まで出掛かった言葉を辛うじて飲み込み、フィリアはその理不尽な出来事に嘆息す

る。

 そもそも、レニスの戦闘能力など高が知れている。

 彼の強さはしょせん種族的な強さのみ。技巧的な部分はひどく喧嘩慣れしている程度で

しかない。

 一般人というには強すぎるが、エンフィールドにはそれを軽く上回る一撃の王者もいる

おかげかあまり問題視されていない。

 ――――――まあ、昔からの騒動で住民が慣らされた、というのもあるのだが。


 閑話休題


 とにもかくにも、その程度の戦闘能力しか所持していないレニスが、亜流とはいえ立派

な竜族であるシーサーペントを倒せるのか?

 遠慮する事柄でもないので、フィリアは率直に尋ねてみた。



「ああ、俺は大したことはやってない。ハルクが作った電撃トラップの位置まで誘き寄せ

ただけだ。それで一発昇天」



 シーサーペントを一撃で仕留める電撃トラップ。

 ハルク=シェフィールド、アンタイッタイナニモノダ?



「俺も少しばかり巻き添え食らって背中が炭化したが、まあ今ではいい思い出だ」

「――――マスターの非常識には慣らされたつもりだったんですがね……」



 まさかNOAのなかで比較的まともと思っていたシェフィールド氏が、とは。



「言っておくが、俺達の中で最も敵に回しちゃいけないのがシェフィールド夫妻だ。覚え

ておけ」

「マスターも陸見さんもセリカさんも置いておいて、ですか?」

「下手に良識と忍耐があるぶん爆発力が侮れん。ハルクなんか、昔はただの生きた盾だっ

たのに……」

「……理由が分かった気がします」

「レナは手が遅くなっただけだな。遅いだけだから出るときは出るし、その分チャージ時

間が長い」

「よくシーラはまっすぐに育ちましたね……」

「そりゃそうさ。なんたって…っと」



 まだ息が有ったらしいサメが数度身体を大きく暴れさせる。

 しかしそれが限度だったのか、ピクと最後に震えると完全にその動きを停止させた。



「止め刺し損ねてたか」



 いささかバツが悪そうに頭を掻く。周囲の人間は何事かと視線を向けて絶句。

 今まで目立っていなかったわけではないが、これでかなりの注目を浴びることになって

しまった。

 それに加えて先程の衝撃で眼鏡の位置がズレ、レニスは不快そうに眉根を寄せた。

 その不愉快そうな顔を見かねたか、フィリアはレニスの一歩前に出て



「マスター、ちょっとしゃがんでください」

「ん?」

「眼鏡を」



 確かに、今のレニスは右腕が塞がっている。左腕は先日失くした。

 しかし眼鏡を直す程度サメを一旦降ろせば良いのだし……なのだが、ここでレニスの怠

惰な性格が災いした。



「ん。スマン」



 わずかに上体を屈め、フィリアに顔を差し出す。

 フィリアはそっと手を伸ばし、鼻に引っ掛かっただけの眼鏡に手を添えて――取っ払っ

た。



「――って取るのかよっ!?」

「せっかくの海なんです。こんな野暮ったい眼鏡なんてかけずにもう少し若者らしくして

ください」

「服装がこれなんだから眼鏡の一つや二つで変わらんだろう」

「いえ、随分変わりましたよ? カッコ良いですよマスター。十歳ぐらい若返った感じで

す。声なんてかけられたら、きっと警戒心なんて起こらないままについて行っちゃいそう

です。アレフさん辺りは泣いて悔しがりますよ」

「あーはいはい。いいから返せ。それが無いとどうにも落ち着かん」

「駄目です。隣を歩いている私の身にもなってください。この旅行中はこの眼鏡は没収で

す」

「知るか。返せ。略奪者には死を」

「あ、器用ですね足でなんて。でも捕まりませんよ〜」

「おりゃあっ!」

「って口ですかっ!? そこまでします!?」

「チイッ、逃したかっ」



 なんだかんだで真夏の海の陽気に当てられテンションが上がっているのか普段からは見

られないようなはしゃぎっぷりである。

 しかも周囲の人間にしてみればサメを背負うという奇行以外は正真正銘唯我独尊絶対無

敵なバカップルである。

 さらに本人たちに自覚無し。一人身には辛い光景である。



「くっ、これでも駄目かっ!」

「身も蓋も無い事を言ってしまえば、マスターが一回行動する間に私は最低五回は行動で

きますから」

「お前の辞書に手加減という文字は無いのか?」

「残念ながら今回は適用はされません」

「随分と楽しそうだな」

「いつもの仕返しです。普段の私の心労はこんなものじゃないんですよ?」

「ふむ。隙在り」

「え?」



 額に入れて飾りたいほどの綺麗な足払い。

 足の角度、スピード、タイミング、呼吸の外し方、全てが絶妙。

 一瞬何が起こったのかわからずそのまま倒れるフィリアの背にレニスの膝が押し当てら

れる。

 そのままレニスは跪くようにしゃがみ、上手にフィリアの身体を受け止めた。



「フッ、俺を相手に慢心とは……まだまだ未熟よのう」

「それは良いんですけど、この姿勢からどうやって取り返すんです?」



 言われてフィリアを見下ろし、レニスの目元が一瞬引きつった。

 目的のブツの在り処は目の前だった。

 折り畳まれたフレームが水着の胸元に引っ掛けられ双丘の間で揺れている。



「お前ホントにフィリアか。キャラ違うぞ」

「さてどうでしょう? それで、どうするんです?」

「普通の男ならいざ知らず、俺が躊躇すると思うか」

「なら悲鳴を上げましょう」



 クスクスと、小悪魔属性ぷらす10%の微笑み。



「ここからならきっとアリサさんにも良く聞こえます」

「犯すぞこのヤロウ」

「普段の奇行はともかく、婦女暴行は流石に見逃してはくれないですよ?」



 触れる直前にまで顔を寄せ合ったまま睨み合う雇用者と被雇用者。

 傍から見ればじゃれあった末に倒れ込み、今にもキスしそうな勢いで見詰め合っている

ようにしか見えない。

 結局、根負けしたのは襲う側の人間だった。



「……ぁ〜…ったく、わかったわかった。その代わり壊すなよ」

「はい、潔くて結構」

「連勝中だからといい気になりおって…っ」



 立ち上がり、悔しそうに歯噛みするレニス。

 しかもフィリアにポンポンと頭を叩かれているせいで情けなさ倍増だった。



「じゃあ行きましょうマスター。きっとみんな待ってますよ」

「はいはい。……初めて会ったころはもう少し淑やかだったのに」

「なにか?」

「祝、フィリア=ラーキュリーNOA正式入会」

「じゃあ今日からマスターは下っ端ですね」

「おう。今日から黒タイツの戦闘員さ。――と言うわけで幹部連中(陸見達)の手綱は任

せた」

「あっ、あっ、やっぱり無しです。私が下っ端で良いですっ」

「不許可だ」



 少し焦り気味なフィリアを置いて、あはは、と笑いながらレニスは歩き出す。

 追いかけようと足を踏み出し、そういえばとフィリアは思う。


 ――こうやって笑うマスターって初めて見ます


 普段よりも若干、声に気力が満ちているようで、それが心地良く耳朶を打つ。

 そのことを少し嬉しく思いながら、フィリアはサメを背負う男の背を追うのだった。


























「おそいっ!! 一体どこでフィリアちゃんを襲っていたっ!?」

「1パターンだな」



 砂浜に沈む陸見を放置し、獲ってきたサメを簡易調理台の上に置く。

 少し遅れて戻ってきたフィリアも買ってきた荷物をその傍に置きながら



「でも襲ってきたのは事実ですよ?」

「兄さん……」

「レニス、あんた……」

「この場合、男の言い分は聞き入れられぬのが世の常なんだよなぁ」



 アリサとセリカから送られる冷たい視線を受けながら嘆くように空を仰ぐ。

 顔の前に手をやった直後に眼鏡はフィリアに取り上げられたことを思い出した。



「真に受けるな阿呆。フィリアも遊ぶな」

「ふふ。ごめんなさい兄さん」

「ま、わかってたけどね。フィリアちゃんに眼鏡取られて取り返そうとしたって所かしら

?」

「若者らしくしろだとさ。四十過ぎのおやじによ」



 苦笑しつつも怒っている様子は無く、むしろどこか楽しそうな気配すらさせながらレニ

スは言う。

 自分自身でそのことに気付いていないレニスの姿はちょっぴり可愛らしかった。



「で、アリサ。ガキ連中は何をやっているんだ? 例年なら飯が遅いとクレームをつけに

来る連中が」

「それがね……」



 レニスの見る先には忙しなく波打ち際をうろつく子供たちの姿。

 泳ぎに自信のあるアレフやピートなどは何度か海に潜っていっている。

 そして、困ったように頬に手を当てながら、アリサは事の経緯を語りだした。

 その表情には焦りや緊迫したものは見られないものの、ほんの少しの不安も見て取れる





「パティちゃんが戻ってこないのよ」

「あ? 買い物は俺とフィリアが行っただろう。どこに行ったんだ?」

「そうじゃないのよ兄さん。パティちゃんが沖のほうまで泳いでいったきり戻ってこなく

なっちゃって……」

「わたしは別に心配してないんだけどね。見た限りしっかり泳いでたし、一応あんたが泳

ぎを教えてくれたんでしょ」



 セリカの言い様に母親としてそれで良いのかと思わないでもなかったが、レニスは軽く

頷いた。

 確かに、先月辺りから陸見に頼まれてパティに泳ぎの特訓をさせていたのは確かであっ

たし、その成果もしっかり見届けている。



「ですがマスター。パティのカナヅチはかなりの筋金入りだったと思うのですが……本当

に、大丈夫なんですか?」

「チッ、一々心配性だなお前らは。――お、噂をすればだ。戻ってきたみたいだな」



 釣られて視線を転じれば、確かに沖のほうから小さな波飛沫がこちらに向かって来てい

る。

 かなりの遠距離ではあったがフィリアの視力なら少し集中するだけで特に苦も無く視認

できる。

 そしてフィリアはその整った眉を微かに顰めた。



「……あの、マスター。本当にパティに泳ぎを教えたんですか?」

「お前は何を見ているんだ? しっかりと泳いでいるじゃないか」

「それは、そうなんですけど……」



 言葉を濁し、納得できない心情をありありと顔に出しつつも言葉では納得するフィリア



 レニスはそんな彼女をおいてスタスタと波打ち際に歩いていく。



「おうお前ら。お探しのお姫様は沖に居るぞ」

「なにっ、パティが――ってなにぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!!??」

「えぇっ!? 嘘っ、ホントっ? パティさんが泳いでるっ!」



 アレフが叫び、トリーシャが口に手を当てて目を見開く。他の面々の反応も似たような

ものだった。

 まるでこの世の終わりでも見たかのようなその表情に、レニスは少しだけパティに憐れ

みを覚えた。



「当然だ。この一ヶ月、この俺がマンツーマンで徹底的にコーチしてやったのだ。泳げな

いはずが無い」

「すげぇ…っ あのパティを泳げるように出来るなんて。アンタ凄い人だったんだなレニ

スッ!」

「ボクは今日ほどレニスさんのことを凄いと思ったことは無いよっ」



 周囲から向けられる尊敬の眼差し。このとき、レニスの尊厳は一撃の王者を超えた。



「ねえねえっ、一体どんな特訓をしたの?」



 興味津々なトリーシャの問い掛け。

 それに対する答えは、初っ端から物騒なものだった。



「フッフッフッ。まずは小手調べに水の中に叩き込む」

「おい」

「それで川向こうの花畑を五回ほど遠くから見つめさせ」

「…そ、それって」

「後は簡単、力の限り沖の方まで放り投げる!! 溺れてもしばらく放っておいて河の向

こうへ渡った辺りで引き摺り戻して再び沖へと放り投げる!! 以下エンドレス!!!」

「渡らせるの!?」

「あまりにも何度も来るので船頭さんが渡し賃をサービスしてくれるようになったそうだ



「それはサービスなのっ!?」

「こうすればアレだ、命の危機には不思議パワー炸裂でどんなピンチもバッチリ解決って

感じで潜在能力解放。そしてご覧の通り見事な泳ぎを身に付けたパティはあんなに楽しそ

うに水泳を楽しんでいるということだ」

「……あれは、必死の形相で何かから逃げてるようにしか見えないんだけど……」

「そこは生温い視線でカバー」

「できるか!!」

「しろ」



 背後からのフィリアの溜息が、いつもより大きく耳に響いた。























「モグモグ、しかし今年はサメか〜。クラーケン辺りを獲ってきてくれると信じてたのに



「情けねーぞレニスーっ」

「じゃあ来年からはお前らが担当な、アレフ、ピート。俺も肩の荷が一つ下りたぜ…」

「わーっ ちょっとタンマっ、タンマだレニスッ!」

「そ、そーそーっ。レニスの大事な仕事を横取りなんて、なあ?」

「遠慮するな、俺ももう年だからな。そろそろ隠居したいと……」



 先程の衝撃から立ち直った皆は、レニスの獲って来たサメ肉仕様のバーベキューを片手

に談笑をしていた。

 ピートやアレフなどはレニスに手玉に取られ、トリーシャやパティはどちらかというと

焼くほうに集中しているようだ。

 しかし獲って来た量も膨大。大食いに自信のある面子が頑張ってはいるものの早々減る

わけも無い。

 セリカやアリサ、復活した陸見などは既にお持ち帰り用の肉の梱包作業に移っており、

今年のさくら亭の期間限定メニューはかなりの量をお客様に提供できそうである。



「ん?」



 そんな中、レニスに向かってあらぬ方向からビーチボールが飛んできた。

 食べている途中なので右腕は使えず、仕方無しに足でいなしてポンと頭の上に落下させ

受け止める。



「はて、うちの連中じゃないしな」



 食べかけの串を皿に置き、とりあえず飛んできたほうを向いてみる。

 予想通り、ビーチボールの所有者らしい水着姿の女性が少し慌てた様子で駆けて来る所

だった。



「すっ、すみませんっ。ボール、変な方に飛んじゃって…っ」

「ああ、気にしないで」



 軽くボールを放り投げ、コンと叩いて女性のほうへと押しやる。

 羞恥でか、顔を真っ赤にした女性が受け止めるのを見て、レニスはわずかに苦笑した。


「気をつけろよ。時々ガラ悪いのも居るから」

「は、はいっ。本当にすみませんでした」



 先の羞恥とは別の意味で頬を染めながら、逃げるように女性はその場を後にした。



「レニス、なんであのまま帰したんだよっ。かなり可愛い子だったじゃないか」

「阿呆。こういう旅行のときぐらいその悪癖は抑えとけ」



 アレフの頭を小突きながら食事を再開しようとしたレニスの前に、さっとなにかが差し

出される。



「…? フィリア?」

「どうぞ。お返しします」

「旅行中は眼鏡没収じゃなかったのか」

「あれはあの場の勢いですし、それに、今は隣を歩かれてるわけでもありませんから」

「……ふむ。じゃ、遠慮なく返してもらおう」

「はい、どうぞ」



 レニスが眼鏡をかけたのを見届けて、フィリアはそっとその場を離れた。

 そして、離れたその先で、にっこりと微笑むアリサと遭遇。



「ふふ。それじゃあ、眼鏡を取った兄さんは、フィリアちゃんだけのものなのね」

「そういうのではなくて、べ、別に他意はありません。――なんで笑うんですかアリサさ

んっ」

「眼鏡を取ったレニスって、まあ二枚目だからねぇ〜」

「セリカさんもっ!」



 二人に言い様にからかわれ慌てふためくフィリア。

 そんな彼女らとは少し離れた場所で、レニスと陸見はぬぼーっと空を見上げつつ。



「ううっ、みんな、みんな良く成長してくれた……」

「泣きながら言うことか。大体どこを指して言っている」

「去年までパティは揺れなかったんだぞっ」

「あー、はいはい。あんまりそんなこと言ってると二人に殺されるぞ」

「純粋に娘の成長を喜ぶ父親の真心に疚しさなど無いっ。それに俺はセリカ一筋だっ!」

「あ、向こうで由羅が走ってる」

「揺れるB90ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっっ!!!!!!!!」



 直後、ある意味聞き慣れた打撃音。そして静寂。

 それ以前に由羅はメロディ共々この旅行には来ていない。

 沈黙した陸見の行く先は気にしないようにしながら、



(そういえばうちの女性陣はほとんど揺れるな)



 などと同レベルのことを考えるレニスであった。
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