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とある魔術師の騒動幻想曲
ふぉーちゅん


   悠久幻想曲二時創作『とある魔術師の騒動幻想曲』

   第一話 女性と少女と行き倒れ


   一、

 その日、ジョートショップの女主人ことアリサ・アスティア女史は朝から妙な気分を抱えていた。

「御主人様〜〜、どうしたんッスか〜〜?」
「うーん。何か変なのよね……」
 彼女にとって唯一の家族であるテディの怪訝そうな視線と言葉――もっともアリサには良く見えていないが――にそう答える。
 まるで奥歯に物が挟まったようなもどかしい、何か漠然とした感覚――強いて言うならば空気に何か異質なものが混じっているような感覚。それが彼女を悩ませ続けている原因である。
 それなりの年月を生きてきて、更に言えば普通の人よりも少しばかり密度の高い人生を歩んできた彼女だが、このような感覚はこれまで何度も感じたことはない。ついでに言えば、その『何度か』は大抵大事に発展したりした。
(……ひょっとして、今回もそのパターンかしら……?)

 つつーっ

 こめかみの辺りから一筋、汗が流れる。過去の出来事の一部を思い出したのだ。炎上する都市、海に沈む砂漠、崩れ去る山――殆ど、というか完璧に天変地異以外の何物でもない。
「…………まずいわね」
「どうしたッスか?」
「テディ」

 がしいっ!

「痛いッスうぅぅぅっぅ!!」
「あ、ごめんなさい」
 いきなり掴み上げられて目を白黒させるテディ。なお頭蓋骨が軋むようなミシリという音がしたのは――気のせいに違いない。また慌てたアリサがいきなり手を離したせいで床に顔から落ちていたりするが、とりあえず問題はない。
「森に行きたいんだけど、案内お願いできるかしら?」
「うぃ……分かったッス……」
「じゃ、行きましょ」
 何事もなかったかのように歩き出すアリサの腕の中、上下にシェイクされながら辛うじて言葉を返すテディ。その姿には何処となく哀愁が漂っていたりしたが、他に誰もいないその場には、彼の境遇を嘆いてくれる者は一人としていなかった。


   二、

 突然だが、その青年は死にかけていた。

 ぐうぅぅぅ〜〜〜

「…………腹減った」
 自治都市エンフィールドの北に広がる広大な森の一角。街道筋からは少し離れたその場所で彼は行き倒れていた。
「くっ……もう少しで町だというのに……」
 前の町を発ってから六日と半日――既にその半分以上を食事無しに過ごしている。本来充分な量の携行食を用意していたのだが、ちょっとした事故でその殆どを失ってしまい、それ以来殆ど食べていないのだ。水だけは何とか補給していたが、それも今朝方には尽きてしまっていた。
「こ、このままじゃまぢで死ぬかも……?」

 くぅぅぅ…………

 腹の虫の鳴き声も心なしか元気がない。
 やはり森に入ったのは失敗だった。食料を確保しようとして――果物くらいなら何とかなる――あるいは近道をしようとしてのことではあるが、何しろ彼はサバイバル技術などとは縁のない、言うなれば素人である。無理あるいは無謀なことをするべきではなかったのだ――今更悔やんでも詮無いことではあるが。
(本名不明、名字不明。森の中で行き倒れて死ぬ――そんな墓碑銘は嫌だなあ)
 それどころか、ちゃんと墓が建てられるかも怪しい。このまま死体になったとして、森の中である以上、発見される可能性は高くない。それに様々な外的要因――動物とか虫とか――の存在は彼の身体に原形を留めさせることを許さないだろう。
(そうなったら……化けて出るしかないなあ……)
 少しばかりずれたことを何とはなしに思ったとき――『それ』が聞こえた。

『きゃあああぁぁぁ……』

 悲鳴、それもおそらくは若い女性のもの。それが鼓膜を震わせた次の瞬間、青年は先程までの状態が嘘であったかのように、跳ね上がるように起き上がった。そしてそのまま声の方向に――それほど離れてはいない――走り出す。
 おそらく狼か何かと遭遇したのだろう。あるいは前の町で聞いたようにモンスター――狼なぞよりよっぽどか危険である――の類かもしれない。いずれにせよ、悲鳴の次に聞こえてきたのが断末魔の叫びである、なんてことになったらいささか目覚めが悪い。
 それに――声がするということは人がいるということである。
「これで行き倒れから脱出!よっしゃあっ!」
 歓喜の叫びを上げる行き倒れ青年。しかし――彼は忘れていないだろうか?行き倒れて死ぬのも戦って死ぬのも、墓碑銘の中身は大して変わらないということを。


   三、

 謎の行き倒れ(未遂)青年が大きな河の向こうから大勢の人間においでおいでされていた、ちょうどその頃――その少女は薄い砂埃を漂わせている街道を、てくりてくりと歩いていた。

「ふう……もう少しですね」
 背中のリュックサック(大型)を揺らしながら歩きつづける少女。彼女の外観をとりあえず解説すると、以下のようになる。

 ・年の頃は十四、五歳
 ・青みがかった黒の、肩の辺りまである髪。ちなみに少し癖っ毛
 ・やや釣り目がちの双眸。色はブラウン
 ・小柄かつすらりとした身体。出るべきところと引っ込むべきところは適当

 結論。一般的に見て相当な、少なくとも水準をかなり上回った美少女である。それもどちらかというとお嬢様然とした雰囲気の。
 町から離れた街道を一人で歩いている――即ち一人旅。
 この辺りの治安は悪くない方ではあるが、基本的に女性の一人旅というものは何かと物騒なものだ。それも育ちの良さそうな少女では、尚更である。
 であるのに、どうして少女が一人街道を旅しているのか、それは――
「全く兄様ったら家を出たきり何の音沙汰もないんですから……たまには手紙の一つくらい寄越すべきですわ」
 どうやら、家を出たきり音信不通の兄を訪ねてきたらしい。とはいえこめかみに青筋がうっすら浮いている様子からして、ただ会いに来ただけではないのだろうが。
「年始年末にも帰ってきませんし私や父様母様の誕生日にも電話一つ寄越しませんしお見合いの肖像画は全て送り返してきますし…………」
 エンドレスでぶつくさ言いながら歩きつづける――そのため少女は気付かなかった。足の赴く先が道を外れ、森の中に入っていたことを。
 そして――

「ぐおおおおおおおっ!!」
「な、なんでモンスターがっ!?」

 少女にとっては突然現れる、オーガ(はいぱーばーじょん)その一。いきなり押し付けられたその現実は少女を容易にパニックに陥らせ――

 ぶんっ
「きゃあああああっ!?」

 避けようのない腕の一振りがリュックサックの上から彼女の身体を殴りつけ、弾き飛ばした。


   四、

 その場に駆け込んできた青年が見たものは、まさに惨劇一歩手前という感じの光景だった。
 森の中に少し開けた、五メートル四方ほどの空間。下草だけが生えたその広場の中央にオーガ――普通のものより若干体格が良い――が仁王立ちしている。鋭い爪を生やした腕が大きく振りかぶられており、その行く先には――
「っ!」
 一抱えほどもある木の根元、仰向けになったままぐったりと動かない少女――それを認識した瞬間、青年の頭と身体は勝手に動いていた。

『ヒート・ブラスト!』

 一秒にも満たない時間で印を組み上げ、発動させる。そして一瞬――比喩ではなくまさしく一瞬――の後、『それ』が起こった。

 ばしゅっ!

 突然に、前触れもなくオーガの上半身が消滅する。残された腰から下は自分の死を認められない、あるいは気づきさえしなかったように二歩、三歩と歩き――無限とも思われる数秒の後地面に崩れ落ちる。
 一体何が起こったのか――傍から見ていた者がいたとしても、それは分からなかっただろう。オーガの頭を中心とした半径一メートルほどの球状閉鎖空間――その中の温度が一瞬だけ数十万度に達し、目標を蒸発させたなどということは。
 まあそれについては後で詳しく説明するとして――
「君、大丈夫……?」
 木の根元に屈みこみ、件の少女の容態を観察する。
 目立った外傷なし。脈拍正常、呼吸も正常。その他に関しては、今のところ確かめようがない。町に着いて医者に見せなくては――
「――って、町への道が分からないからこうなってるんだっけ」
 そもそもの原因を思い出しながらぶつぶつ言い、横たわる少女に再び視線を戻す。
「……………………どうしよっか?」
 対応に困る。
 先程のオーガのことを考えると何時までもこの場に留まっているのは危険であるが、気を失っている――それも頭を打っている可能性がある――人間を動かしていいのか判断がつかない。元々彼の医学的知識など、応急処置が精一杯なのだ。
「とりあえず頭を高くした方がいいか」
 少女の背中に腕を回し、姿勢を変えさせる。その弾みで巻きスカートの裾が割れ――剥き出しになった脚は真っ白く綺麗だった――それを直そうと彼が少女の服に手を伸ばしたその瞬間――

「あ……?」

 動かしたせいか少女が意識を回復し――そしてそのまま硬直する。
 そして――
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………き」
「き?」
「きゃあああああああああああああああああっ!!!」
 これまでで最大級の、オーガに襲われた時よりも大きな悲鳴が周囲一キロ四方に響き渡った。


   五、

 冷静に考えれば無理もないのかもしれない。
 道を歩いていたらいきなりオーガに襲われて――正確には道ではなかったというのはこの際無視――、気絶から目覚めたら男に抱きしめられていて顔がアップで迫っていて、ついでにスカートの中に手を入れられて(彼女主観。実際は違う)いたのである。
 パニックに陥ったとして、むしろ当然であるかもしれない。
 だがしかし――
「変質者!痴漢!」
「あの、ちょっと」
「気を失った私に何をなさったんですか!?」
 助けたはずの対象に薙刀(折り畳み式)で斬りかかられているというのは――彼ならずとも不条理さとか納得のいかないものを感じるだろう。それも空腹と疲労で足をふらふらさせている身とあっては尚更である。
(……なんか、すごく間違ってないか?)
 心の中のみの青年の呟き。しかし少女はそんな彼の心情を察するでもなく――当たり前だが――叫びつづける。
「ああっ!もうお嫁に行けませんっ!」
「いや、だからね」
「こうなりましたら貴方を殺して私も!」
「…………やかましいっ!!」

 どごおんんっ!!

 いい加減苛立ったのだろう、青年は衝撃波を地面に叩きつけた。半径二メートルほどのクレーターができたがとりあえず気にしない。そんなことよりも重要な問題が今はある。

 がしっ

「……少しは人の話を聞きなさい」
「は、はい」
 青年の剣幕に呑まれたのか、両肩を掴まれたままこくこく頷く少女。なお『単に破壊行為に怯えてるんじゃないか?』という突っ込みは却下である。
「旅の途中で食料が尽きた僕は森の中で倒れていた。そしたらどこからか悲鳴が聞こえた――ここまではいいね?」
「その割には元気でいらっしゃるようですけど……」
「……そういう突っ込みは却下だ」
 自分でも説得力がないな、と思いながら話を続ける。
「――とにかく、悲鳴が聞こえたんで来てみたら女の子が倒れてて、オーガが襲い掛かろうとしていた。君、あれに襲われたんじゃないか?」
「あれ?」
 青年の視線の動きにつられて『それ』を見てしまう少女。超高温で炭化する時間もなく蒸発させられた『それ』の切り口は非常に鮮やかな色彩を誇っており――
「……………………ふうっ」
 倒れそうになる少女を慌てて抱き留める。
 どうやら少々刺激が強すぎたらしい。良家の子女という雰囲気の彼女には、『血の滴る生肉状態』のオーガの死体はインパクトがありすぎる。気を失っていないのがせめてもの救いだ。
「とまあ当面の危機が去ったんで、君を介抱することにした。とりあえず頭を高くするべきだと思ったんで姿勢を変えさせた」
「そ、その……スカート……は……」
「……姿勢を変えさせた時にスカートの裾が割れた。足が剥き出しになったんでスカートを直そうとした時君の目が覚めた。その後、現在に至る」
「そ、そうですか……申し訳ありませんでした」
 わざとそっけない口調で言う青年に、顔を真っ赤に染めて俯く少女――場合が場合であれば微笑ましく、またあるいは絵になる光景であっただろう。
 だがしかし――

「「「「「ぐおおおおおおおおっ!!」」」」」

 運命あるいは偶然の神様は状況がラブコメに突入するのを許してくれないらしい。
 広場のほぼ中央に立っている二人――それを包囲するように五体のオーガが現れた。そのどれもがいわゆる『はいぱー・おーが』である。(というか、あれだけ騒いでたから来たのではないだろうか?)
「ひっ」
 恐怖に表情と声帯を引き攣らせる少女。青年の腕の中、小さく身を震わせる。
 超オーガの戦闘能力は人間で言えば一流の戦士に匹敵する。それが五体、自分達を完全に包囲しているのだ。しかもこちらの戦力はモンスター相手の戦闘ではろくに役に立たない(絶対的な筋力が足りないのだ)自分と謎の行き倒れ未遂青年のみ――彼女ならずとも絶望に囚われるところだろう。
 だがしかし――
「懲りない連中だ――早逝を望むか?」
 少女の目の前にいる青年はあらゆる意味で規格外だった。狼狽している少女を左腕だけで抱き抱え、右手を宙に走らせる。

『原初の理、秩序と混沌を司る力。世界を構成せし力』

「古代精霊語!?」
 先程とは別の意味で驚愕の声を上げる少女。しかし青年はそれに構うことなく更なる呪文を紡ぐ。

『偉大なる光、闇、炎、氷。反する力なれど今一時は我が手に集いて意思ある力を生み出さん』
『我が前に立ち塞がりし愚かなる者、その意味を解き放ち始源の混沌へと返さんことを欲するものなり』

 そして呪文が完成する。

『ディス・インテグレート』

 その瞬間、炸裂する光が少女の視界を埋め尽くした。


                               (第一話・終)



   『後書きという名の作者の戯言』

 一部の方にはお久しぶり、大多数の方にとっては初めまして。『ふぉーちゅん』と申します。
 一年ほど前に投稿させて頂きました作品のプレストーリーになる予定です。一応連載の予定ですが、かなりペースはゆっくりになると思いますので、読んでくださる奇特な方は気長にお待ちください。
 それにしても他のSS放っておいて何新作増やしてるんでしょうねえ?私って。
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