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とある魔術師の騒動幻想曲 第二話
ふぉーちゅん


   悠久幻想曲二時創作『とある魔術師の騒動幻想曲』

   第二話 医者見習いと青年と女経営者


   一、

 目を覚ました時一番に俺が考えたことは、何故に自分がベッドに縛られて――ついでに言うと仰向け――いるのかということだった。

「…………………………………………何故だ?」
「それは勿論医者の浪漫だからです」

 長い長い沈黙の末の呟き。何の反応も期待していなかったことに反して何故か聞こえてきた声に顔を向ける。
「…………君は?」
 全く気付かなかったがベッドの横――左手の方――に人が立っていた。
 十代に入ってまだあまり日を送っていないだろう年齢の、白衣姿の女の子。大き目の眼鏡と緑色の瞳、同じく緑色の髪の毛――染めているのだろうか?――が人目を引く。顔立ちはまあまあというか、公平に見て可愛らしい部類に入るのだろうが――
「……何故にメスを持っているんです?」
「それはわたしが医者だからです」
 女の子はそう言ってメスを構える。なるほど、確かに白衣姿は医者に見えなくもない――だがどう考えても年齢が足りないような気がする。それとも十二、三に見えるのは外見だけで、実際にはもっと年上なのだろうか?
 とはいえ女性に年齢のことを言うのは場合によっては生命の危険に直結するので――
「えーっと、それでは何故に私は縛られているのでしょうか?」
 質問を変えることにするが――
「さっき言ったとおり、それは医者の浪漫だからです」
「ロマン?」
「浪漫です」
 結果、更なる身の危険に直面した――ような気がする。お願いだから眼鏡を光らすのは止めろ。怖いから。特にその振りかざしたメスが――
「って、何故にメスを振りかざすんです?」
「……………………(にやそ)」
 何故に笑みを浮かべる?やたらと危険な予感がするのはおそらく――気のせいじゃないな……。
 案の定――
「いえ、ちょっと貴方の身体を調べてみようと思いまして」
 こう来たよ……。
「大人しくしていてくださいね?すぐ終わりますから」
「いや、謹んで辞退させていただきたいんですけど」
「大丈夫です。ちょっと血を抜くだけですから」
 採血するのにメスは要らないのではないか?
「大丈夫です。改造はしませんから」
 ちっとも安心できん――というか信用できん。そもそも改造って何だ!?
「大丈夫です。最初はちょっと痛いかもしれませんけど、慣れてくると段々気持ち良くなりますから」
 そういう意味深な科白を女の子が言わないように――ってこのままだとさすがにまずいな。とりあえず――
「大丈夫です。目を覚ました時に『スリープ』」

 ばたんっ…………くぅくぅくぅくぅ……

 問答無用で眠らせて――

『ウィンド・カッター』

 手首足首の紐を真空の刃で切っていく。
「結構難しいな」
 慣れないので結構手間がかかる。五分ほどもかけてやっと二本、両手首の自由を取り戻した、ちょうどその時――

 どんどんどんっ……ばたんっ!

「ディアーナはここかっ!?」
 部屋に駆け込んでくる青年。女の子(危険指定)と同じデザインの白衣を着ており、おそらく年齢は三十くらいだろう。結構視線が鋭いが――
「……………………」

 ぐいっ

 彼は床に倒れている女の子を発見すると何も言わずにその襟首を引っ掴み――

 ずるずるずるずる……ばたん

 やはり無言のまま引き摺って行ってしまった。
「……縄解いてけよ、おい……」
 半ば呆然としながらの俺の突っ込みは誰にも聞かれることなく宙に消えた。


   二、

 三分後に扉が開いたとき、部屋に入ってきた人間の数は五倍に増えていた。

「ふむ、意識はちゃんとしているようだな」
 先程の出来事をきっぱりと無視しながらカルテに何やら記入している白衣の青年。
「あらあらあらあら……」
 にこにこ笑みを浮かべている年齢不詳の美女。
「ベッドに縛られた美青年……耽美です。倒錯的で素敵です。今度の小説のネタはこれですね……」
 何やら危険なことを呟いているお下げ髪の眼鏡少女。
「ねえねえ、お兄さんの名前なんて言うの?」
 元気一杯という感じで尋ねてくる大きな黄色いリボンが目立つ少女。
 そして――
「あ、君は……」
「先程は有難うございました」
 青い髪の少女がぺこりと頭を下げる。彼が眠っている間ずっと起きていたのか、その目は少しばかり赤くなっていた。なぜか顔も赤くなっていたが。
「怪我はありませんでしたか?」
「はい、おかげさまでなんともありません。あ、私、クレア・コーレインと申します――貴方様は?」
「メルフィ・アインスです。どうぞよろしく――貴方方は?」
「トーヤ・クラウドだ。この診療所の医師を務めている」
「アリサ・アスティアよ。よろしく」
「あ、あの、シェリル・クリスティアです」
「トリーシャ・フォスター!エンフィールド学園の生徒だよっ」
「皆様が貴方を運ぶのを手伝ってくださったんです」
 自己紹介+説明する青年&女性&少女達。謎の青年改めメルフィはそれに対し――
「そうですか。皆さん、有難うございました(にこっ)」
「「「……………………(ぽっ)」」」
 満面に浮かべた笑みに顔を赤らめる少女三人。……彼女たちが『墜とされる』のは時間の問題だろう。
 しかしながらこういう場合のお約束として――
「それでコーレインさん?」
「は、はひっ!?」
「……そんなに大声出さなくても」
 やはり気付いていなかった。今度は苦笑を浮かべ、クレアに続きを促す。
「なんだか『ディス・インテグレート』を使った後の記憶がないんですけど――あの後どうなったんですか?」
「あ、はい。あのオーガ達が消えてしまった後、その……メルフィ様は気を失われてしまいまして」
 どうやら空腹の上に大魔術を使ったのでエネルギーを使い果たしたらしい。なお『ディス・インテグレート』の辺りで女性二人が顔を引き攣らせていたが、ちょうど死角になっていたので生憎と彼は気がつかない――なおこのことが後で彼に厄介事をもたらすことになるのだが、神ならぬ身の彼が知るはずもなかった。
「正直な話、私一人では殿方を運ぶことなどできません。それでその場で困っていましたところ――アリサ様がいらっしゃいまして」
「少し用事があって行ったのだけれど、タイミングが良かったわ。テディに頼んで皆さんを連れてきてもらったの」
「テディ?」
「わたしの家族よ」
「それじゃ、その方にも御礼を言わなくてはいけませんね」
 何か用事があって席を外しているのだろう――アリサの言葉にそう納得するメルフィ。実際には魔法生物といえど動物を病室に入れるのはまずい――この場合衛生上よりもむしろイメージの問題だが――という理由で待合室の方にいるのだが。
「それでクラウド先生やトリーシャさん、シェリルさんに貴方を運ぶのを手伝っていただいたの。それでクラウド先生……」
 アリサに言葉を向けられカルテに視線を落とすトーヤ。メルフィの容態を説明するのだろう、その場にいる者は皆そう思ったのだが――
「その前に――メルフィでいいか?」
「構いませんよ」
「じゃあメルフィ。お前、何日食事してない?」
 予想外の事を聞かれたメルフィは一本、二本と指を折り曲げる。
「五日、ですね」
「なるほどな……だが五日だけにしては栄養状態が悪いな。はっきり言って今のお前、栄養失調直前だぞ。心当たりはあるか?」
「さあ?でも街中の五日と旅中の五日は違うでしょう。特に森の中で遭難しかかっているような場合では」
「そんなものかな……」
 納得したような、納得していないような、微妙な表情になるトーヤ。自分は経験のないことだから否定しきれないのだろう。しかしメルフィとしては納得してもらわなければならない。なぜなら――
(実はこれ、魔力の使い過ぎなんだよな)
 オーガとの戦闘――というよりも一方的な虐殺――で使用した魔術二発、より正確には一発目の『限定空間熱発生術』で魔力を消耗し過ぎたのだ。

 通常、魔術を発動させるには
  一.呪文の詠唱
  二.仮想世界面と現実世界の接続
  三.干渉発生
というプロセスを経る。例えば『限定空間熱発生術』の場合、
『原初の理、秩序と混沌を司る力。世界を構成せし力。
 我ら全てに宿りし始源の海、その力もて我に更なる力を与えよ。
 我が手の内に星々の力、それもて全てを焼き尽くさん』
というのが呪文。『ヒート・ブラスト』と言うのが仮想世界・現実世界接続トリガー。そして現実世界に干渉――魔術の効果が発現する。
 このように書いたが、実のところ、呪文詠唱は必ずしも不可欠というわけではない。大昔ならいざ知らず、現在では詠唱省略の技術が幾つか開発されている。
 これは純粋に実用性の問題である。
 呪文を唱えている間、術者は基本的に無防備になる。
 精神を集中させているのだから当たり前なのだが、戦闘時ではこれは致命的な隙だ。のたのた呪文を唱えている間に剣でバッサリ――ということになりかねないのである。
 そのため古来から呪文を極力短くする、あるいは詠唱なしで術を使う方法が研究されていて、幾つかの手法は実用化されている。ただそのいずれも大量に魔力を消費するので――殆ど力技で裏道を押し通しているから――、使い手は自ずと限定されるのだが。
 メルフィの場合、時間短縮に使っているのは『連鎖起動式分離型呪文』という方法で、術式構成の一部を印に代行させることによって最速レベルの起動速度を誇る。ただしその代わり、必要とする魔力は通常詠唱法の五倍に達しており、使える術は小技に限られる――普通ならば。
 そして『限定空間熱発生術』は筋金入りの高等魔術である。
(それに加えて存在消滅まで使ったんだからなあ……倒れても無理ないか)
 なお『存在消滅術』(ディス・インテグレート)は魔術師ギルドの導師レベルでも使える者が殆どいない、半ば伝説級の魔術である……。

「まあそれはそれとして――二、三日は入院した方がいいな」
「……あまり持ち合わせがないんですが」
「出世払いで構わん」
 医は仁術――そうは言っても世の中は世知辛いのである。特に先立つ物に関しては。
 だがしかし――
「いきなり余所者を雇ってくれるような物好きなんているはずが」
「あ、メルフィ君。良かったらうちの店手伝ってくれないかしら?」
「……………………」
 どうやらその『物好き』がいたらしい……。
「ジョートショップっていう何でも屋なんだけど、わたししか従業員がいないからいつも人手不足なのよ。若い男の子が来てくれると有り難いんだけど」
「えーーーっと?」
「あ、部屋なら空いてるから住み込みでOKよ」
「いえ、そうじゃなくて。それにご家族の方に断りもなく」
「大丈夫よ。一人暮しだし」
「その方がよっぽどまずいでしょうが……」
 もっともと言えばもっともなメルフィの言。しかしながら正論というものはしばしば力技で粉砕されるものである。例えばそれは――
「やっぱりこんな小母さんと住むのは嫌?」
「いえ、その」
「そうね、やっぱり若い娘の方がいいわよね……」
 例えばそれは美貌の未亡人の涙(ちょっと演技入ってる)だったりするわけで――
「…………お世話になります」
 あっさりと陥落されたメルフィ青年であった。


 なおその頃隣の部屋において――

「ふむーーーっ!ふむーーーっ!!」

 後ろ手に縛られて猿轡もかまされたとある緑髪少女が忘れ去られていたりしたが、まあ特に問題はないであろう……きっと、おそらく、多分。



                              (第二話・終)


   後書きっぽい落書き

 ……ディアーナが壊れてます。ってゆーか、あの娘ってからかうと面白いタイプなんですよね。私的には。
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