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学園幻想曲 桜の咲く季節に埴輪


 その学校は、一風変わった学校であった。幼等部から大学院までの一貫教育を行っている学校であり、広大な敷地を有している。世界各地からさまざまな学生が集まるその学園は、創始者のポリシーゆえに、学園そのものに名前がついていなかった。それゆえ、学園は単に『学園』と呼ばれるようになった。


 アインは、学校の近くの公園で絵を描いていた。そろそろ桜が咲く季節であり、現在学校は学年に関係なく休みである。とはいえ、明日はもう入学式、すでに休みも終りである。
「・・・・・・。」
 無意識に舞い散る花びらを描きこんでいく。今年は比較的早咲きで、満開とは言わないが、すでに見事な桜が咲いていた。
「綺麗な絵ですね・・・。」
 絵に没頭していると、女性に声をかけられる。知らない声だ。感じから言って、大体高校生ぐらいだろうか。綺麗な声だ。
「そうかな?」
 彼自身の感覚では、目の前の光景の魅力を、半分も表現できていない。
「ええ、そうですよ。」
 少女は、力強くいいきる。長い白銀の髪と深い翡翠の色をした瞳が魅力的な、綺麗な少女である。体型は・・・ちょっと発展途上である。
「納得がいくほど綺麗じゃないんだけどなぁ・・・。」
 一般人から見れば、ずいぶん贅沢な言いぐさである。
「それは贅沢って言う物ですよ。だって、どんな綺麗な写真も、大抵は現物の魅力を表現しきれないんですから。」
「そうだけどね。写真でも絵でも、方向は違えど対象の魅力と変わらないほどの魅力をあらわすことはできる。」
「やっぱり、贅沢ですね。」
「だろうね。僕の力量じゃ、そんな絵はとても描けない。」
 分かっていて贅沢を言っていたらしい。
「贅沢なかたですね・・・。」
「やっぱり、できるだけ高いレベルを目指さないとね。現実に描けるかどうかは別だけど。」
 飄然と言って立ちあがる。
「もう、おしまいですか?」
「うん。そろそろ絵を描くのは難しいからね。」
 確かに、そろそろ日が沈み始めている。すぐに暗くなるだろう。
「それに、娘も待ってるしね。」
「娘? お子さんがいるんですか?」
 ずいぶん若そうに見えるのに意外である。
「とは言っても、養子だけどね。行くところが無かったみたいだから、引き取ったんだ。幸い、うちは僕しかいないから一人分ぐらいのお金の余裕はあったからね。」
 どうやら、このこの青年はお金持ちらしい。だが、そう言う風には全く見えない。
「それじゃあ。」
「はい、さようなら。」
 挨拶をして立ち去る青年。それを見送って、一つの事実に気がつく。
「あ、自己紹介を忘れてた・・・。」
 だが、何となく再び会える、そんな気がしていた。


 入学式が終り、講堂から新入生が多数出てくる。とはいえ、半数ぐらいが内部からの持ちあがりだが。
「セシル、これからどうするの?」
 昨日アインと話していた銀髪の少女が、栗色の髪の少女に呼びかけられる。
「う〜ん、折角だから、学校を見学していこうと思うの。」
「ふ〜ん? じゃあ、今日はこれでお別れだね。あたしはちょっと、買い物があるから。」
 その話を聞いていたのだろう、二人の生徒が彼女達のほうに寄ってくる。
「学校見て回るんだ。」
「案内しましょうか?」
 黒髪と緑の髪の少女が声をかけてくる。全く知らない顔だが、二人とも物怖じするタイプではない。
「セシル、案内してもらったら?」
「うん。」
 あっさり頷く。
「そう言えば、自己紹介まだだったよね。」
「あ、そういえば。私はセシル。セシル・カーセルトです。」
 白銀の髪に緑の瞳の少女が自己紹介する。
「アタシはルーティ・ワイエス。ルーティでいいよ。」
「あたしはディアーナ・レイニーです。」
 黒髪の少女が、ついで緑の髪の少女が自己紹介する。どうやら、二人は持ちあがりらしい。
「アタシはルフィーナ・シェイル。」
 セシルと一緒にいた少女が自己紹介する。買い物と言っても急ぎではないので、ルフィーナは少し話をしていくことにした。
「でも、さっきの生徒会長さん、カッコよかったよね。」
「あ、アレフさんのこと?」
「あの人、凄くナンパな人なんだよ。二人とも・・・特にセシルは気をつけてね。」
 ルーティの台詞にちょっとむっとするルフィーナ。
「どうせアタシは、セシルほど綺麗じゃないよ・・・。」
「でも、私はルフィーナちゃんやディアーナさんほどプロポーション良くないし・・・。」
「アタシより胸、あるじゃない・・・。」
 確かに発展途上と言っても、ルーティほどなだらかでないことは制服の上からでも分かる。それほど、ルーティの体は凹凸に乏しかったりする。
「そう言えば、昨日凄く綺麗な人を見かけたの。」
 雲行きが怪しくなったのをみて、セシルが話題を変える。
「凄く綺麗な人?」
「でもこの学校、綺麗な人とかカッコイイ人って、結構いるよ。」
 さすがに持ちあがりだけあって、二人とも心当たりは一杯居るらしい。
「え〜っと、大学生ぐらいの男の人で、青い髪をしてた。この学校の近くの公園で絵を描いてたの。そういえば、娘が居るって言ってた。」
「ってことは、アインさんかな?」
 ディアーナが、候補を上げる。
「しか居ないよね。娘がいる人なんて、この学校じゃアインさんぐらいだから。」
 ルーティも同意する。
「娘がいるって、一体どんな人なのよ。」
 意外と潔癖そうなルフィーナが、眦を釣り上げる。
「アインさんは去年、怪我して倒れてた女の子を助けたんです。」
「それで、その子に家族がいなくて、行くところが無いって分かったから、そのまま引き取ったの。」
 それを聞いて一転、感心したような顔をする。
「へえ、凄いじゃないの。普通にできることじゃないわよ。」
「優しい人なんだけど、ちょっと変わってるんです。」
「うん。敵に回したらろくなことにならないって、いろんな人が身を持って証明してくれてたよね。」
 どうやら、やはりろくな人間じゃないらしい。
「まあ、あの人の事を少しでも知ってたら、普通敵に回そうとは思わないものですけどね。」
「そんなに凄いの?」
 目を丸くするルフィーナとは対照的に、セシルはそうだろうなと納得する。
「凄いのなんのって、四年連続で成績学内トップだし、毎年行われる大武闘会も、やっぱりここ四年はずっとアインさんが優勝してるし。」
 アインの学内イベントでの行動を指折り数えるディアーナ。
「絵も音楽も彫刻も全部プロ並にこなすし、まさしく万能っていうのはアインさんのためにあるような言葉だよ。」
 補足するルーティ。聞けば聞くほど実態がわからない。
「なんでスキップしないんだろうって、みんな不思議がってるんだ。」
「それなのに全然威張らないから、結構本気で好きになってる人も一杯居るみたいですよ。」
「あ、そう言うところはアタシも好きなんだ。歳に関係なく対等に接してくれるし。」
 聞いていると偉人か何かのように聞えてしまう。
「で、どこが変わってるの?」
「ちょっと、口で説明しづらいの・・・。」
 と、言った端から
「僕がどうかした?」
 アインが現われる。
「あ、相変わらず神出鬼没ですね・・・。」
「別に、君達を驚かそうとしたわけじゃないよ。マリアに用があってこっちに来たら、たまたま僕の名前が聞えてきたから、何かなと思ったんだ。」
 名前がでたのは結構前のことである。
「あの、どの辺から聞いてました?」
「う〜んと、聞えたのは僕が四年連続優勝したって所から。その時、僕はあそこの角を曲がったところにいたかな?」
 かなり離れている。決して大声で話していたわけではないので、普通ならその距離では聞えない。聞えないのだが・・・。
「よくあんな距離から声が聞き取れますね・・・。」
 呆れていうディアーナ。
「マリアを探してたからね。」
「なんか、理由になってないような・・・。」
 ルーティが突っ込む。
「マリアの声を拾おうとしてたんだ。そうしたらたまたま、ね。」
 肩をすくめるアイン。動作の一つ一つがいちいち飄々とした印象を与える。どうも、イメージ的に年齢不祥な感じが付きまとう。
「た、確かに綺麗な人だけど・・・。」
「? どうかしたの?」
「絶対、この人変な人だよ・・・。」
 セシルに小声で伝えるルフィーナ。ひそひそやったところで聞えているだろうが、アインは苦笑しただけで何も言わない。
「そう言えば、確か君は・・・。」
「昨日、公園でお会いしましたよね。」
「だね。で、今気がついたんだけど、自己紹介してなかった。」
 苦笑して、アインが言う。
「昨日、すっかり忘れてましたね。私はセシル・カーセルトです。」
「僕はアイン・クリシード。」
 それから、セシルの指を見てポツリと呟く。
「フルートか。」
「分かるんですか?」
 驚いたのは言い当てられた当人より、その親友であった。
「何をやってたかぐらいはね。さすがに手を見たぐらいじゃ、腕前までは分からないけど。」
「子供の頃からずっと、やってきたんです。あんまり、上手じゃ無いけど。」
 はにかんで言うセシル。
「ちょっと、軽く手を握ったり開いたりしてみて。」
 少し不思議そうな顔をするセシル。だが、言われた通りに2、3回、手を動かす。
「謙遜しなくても、十分一流の腕だと思うよ。」
「聞いてもないのに、そんな事分かるんですか?」
 いい加減なことを言ったと思ったのか、ルフィーナが噛みつく。
「じゃあ、きみはセシルの演奏が下手だと思ってるのかな?」
「そ、そんなことはないですけど・・・。」
「さっきいったと思うけど、手を見ればその人が何をどれぐらい熱心にやってきたかぐらいは分かる。で、その手の動きを見れば、大体の力量は分かる。」
「・・・・・・。」
 変な人だけあって、感覚も変らしい。


「そう言えば、マリアはどこかな?」
「さっき、総司さんとなにやら話をしていましたけど・・・。」
「分かった。」
「そう言えば、マリアちゃんに、どんな用事があるんですか?」
 その言葉に、分厚い冊子を取り出す。
「これを頼まれてたから渡しに来たんだ。」
「それ、なんですか?」
 そこに、先ほど話題に上がっていた人物、龍牙総司が割り込んでくる。
「あら、この人もカッコイイ。」
「それはどうも。」
 ルフィーナの台詞ににっこりさわやかに笑う。だが、総司の場合、この笑顔の下で怪しげな企みを行っている事が多い。
「・・・ルフィーナちゃん・・・。」
 呆れるセシル。節操がない。
「あはははは。」
 乾いた笑い声を上げるルフィーナ。
「あ〜、アイン。それなに?」
 そこに、マリアが割りこんでくる。
「マリアに渡す本だよ。」
「マリア、そんなの頼んでない!」
 因みに、マリアのこの様子を見て、外部入学組が考えたことは、
(子供っぽい・・・。)
 である。
「僕が使ってる魔法についての資料だろ? だったら、世界のどこを探してもこれしかないよ。」
「・・・一体なんなんですか?」
 アインの使う魔法、という点で総司も興味を惹かれたようだ。アインの使う武術、魔法は、総司やリカルド、ゼファー、ランディなども知らない物である。
「魔法学会の論文集。僕がここに来る前のやつだから、大体4年前のやつかな?」
 アインは、途中編入という形でこの学園に入っている。
「・・・どうしてそんなもん持ってるんですか?」
「そりゃまあ、発表こそしなかったけど、論文は提出したからね。」
 その台詞に怪訝な顔をする総司。
「いやね、公爵たるもの、教養も大事ですぞ、とか言ってきた人間が多くてね。鬱陶しいから爵位は要らないって言ってもファーナも陛下も聞かないし。」
「・・・それで?」
「しかたがないから、その手の連中を黙らせるために博士号を取ったんだ。その時のやつ。」
 一同沈黙する。鬱陶しいから、で博士号など取れるものでもない。
「で、基礎理論が世に出たのがこの時期で、まだ他の人間も初歩の実験に入ったぐらいだから他の書物もまだ出てないし。」
「・・・あの、アインさん・・・?」
「なに?」
「貴方は、一体何時学士の資格を取ったんですか?」
 総司が突っ込む。どう計算しても計算が合わない。
「ベルファールが戦争をはじめる前だよ。変わった学校があってね。実力さえ伴っていたらちゃんと世界に通用する資格をくれるんだ。そこでとりあえず、一番取りやすかった魔法学の学士を取ったんだ。」
 ちなみに、そこに行けば総司も学士ぐらいは余裕であろう。
「じゃあ、何故わざわざ博士を?」
「誰も信用しなかったから。」
 もっともな理由だ。もっともな理由だがもっともすぎて笑えない。
「そう言えば、爵位って?」
「アインさん、ベルファール王国の公爵なんです。」
「ベルファールの戦争で手柄を立てて、爵位を頂いたんですよね。」
 その言葉に苦笑する。
「ま、そう言うわけだからマリア。知りたかったらこれ使って自分で勉強すること。」
 その台詞に、マリアの顔がひきつる。
「そ、そんな〜! 無茶言わないでよ〜!!」
「あの・・・、いくらなんでも高校生には無理なんじゃ・・・。」
「総司当りなら大丈夫だと思うけど?」
 比較対象が間違っている。
「ま、頑張って。」
 それだけ言ってアインは立ち去る。後には、呆然とした連中が取り残されたのであった。
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