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看板娘のいる光景埴輪


 久しぶりののんびりとした1日。早く仕事の終ったアインは、色づき始めた公園の木々を絵に収めていた。
「なんか、今週は慌しかったな・・・。」
 小さくため息をつきながらぼやく。仕事が多かったのも原因だが、今週は特にマリアやピートがらみの騒動が多かったのだ。
「トリーシャにしても、そろそろ落ち付いてくれたらいいのに・・・。」
 今週は、トラブルを起こす人間が、そろいもそろって何故かトラブルを起こす。特にトリーシャなどは起こす側と治める側、どちらにもなるので油断が出来ない。
「・・・・・・?」
 背後に気配を感じる。が、害意を感じないので絵の方に集中しようとする。
「だーれだ。」
 不意に視界をふさがれて、絵を描くどころではなくなる。
「シーラ、見えないと絵が描けないんだけど・・・。」
 苦笑気味に言う。ぱっと手が離れ、見知った女の子が前に回りこんでくる。
「やっぱり、簡単にわかっちゃうか・・・。」
「なんか、最近ずいぶんお茶目になったね。」
 苦笑するアイン。何となく、鉛筆をスケッチブックに走らせる。
「そんなに意外かしら?」
「ここに来た頃だったらね。」
 昔と違い、今ではずいぶんと男にたいしても免疫がついた。年齢的にももう、結婚適齢期である。
「いつも、絵を描いてるのね。」
「一番落ち付くからね。」
 そこでふと、思いついたことを言う。
「そうだ。シーラを描いてあげようか?」
「え?」
 意外な申し出である。基本的に、公園ではアインは風景画しか描かない。
「いいの?」
「うん。たまにはね。」
 アインの言葉を聞いて、一つうなずく。
「お願いするわ。」


「じゃあ、適当に座るなり何なりして。後、別に多少動いてもいいから。」
 アインが人物画、それもモデルのいるものをあまり描かないのは、単に面倒だからである。
「こんな所でどう?」
 微笑んでシーラが言う。
「うん。いいとおもうよ。」
 シーラの微笑にもさほど心を動かされた様子もなく、あっさりアインが答える。しばらく、鉛筆が動く音だけが聞える。
「・・・・・・。」
 ほとんど身動きできないシーラだが、退屈でも苦痛でもなかった。滅多に見られないアインの真剣な顔、それを独り占めできるだけで何となく幸せだったからだ。自然、表情もどことなく幸せそうな微笑になる。
「・・・・・・。」
 アインの視線が何度も何度も紙の上と自分の元を往復する。一言も言葉を発しない。だが、それでもシーラにとっては幸せなひととき。
「こんなもんかな・・・?」
 いつのまにか、アインの絵は完成したらしい。今回は絵の具ではなく色鉛筆で彩色したようだ。
「別に、そんなにじっとしてなくてもいいのに。」
 最初の姿勢のままでじっとしていたシーラを見て苦笑する。
「え?」
 どうやら、アインの事を見ているうちに、身動きすら忘れていたらしい。
「疲れなかった?」
「大丈夫。」
 事実、ちっとも疲れは感じない。アインの描いた絵を覗きこむ。
「これが私?」
 なんだか、綺麗すぎて自分ではないような気がする。
「うん。見たまま描いたらこうなったんだ。」
「え・・・?」
 ということは、アインの目には自分はこう映っているということである。少し赤面する。
「私、こんな顔してたんだ・・・。」
 自分でも信じられないほど優しい表情。どこか無防備な表情。
「うん。シーラは大体こんな顔をしてるよ。」
 アインの台詞は意識してのことではないだろう。だが、それでもどんどんシーラの心を揺さぶってくる。
「アイン君・・・。」
「なに?」
「どうして私の絵を描いてくれる気になったの?」
「何となく、そう言う気分だったんだ。」
 そういうと、絵を差し出してくる。水彩画とも油絵とも違う柔らかな色彩の絵。
「シーラにあげる。」
「ありがとう。」
 微笑んで受け取る。二人っきりになれた上に思わぬプレゼントまで受け取ってしまう。だが、シーラの幸せも長く続かなかった。


「シーラだけずるい・・・。」
「ぐ、偶然よ・・・。」
 慌てて弁解する。
「へえ、偶然会って、偶然絵を描いてもらったんだ。」
 少しとんがった声でパティが言う。
「そ、偶然。」
 肩をすくめてアインが言う。正確に言えばアインの気まぐれである。
「でもずるい・・・。」
 恋する乙女は理屈ではない。事の元凶であるアインは、この状況をどうこうするつもりはないようだ。
「絵が完成するまでの間二人っきりで、しかもできた絵はプレゼントしてもらったんでしょ?」
 シーラにささやく。
「う、うん・・・。」
 パティの迫力に押されてうなずくシーラ。
「立派な抜け駆けじゃない。」
「運がよかっただけよ。」
 どちらかと言えば、勘の方かもしれない。何となく、どんどんパティの持つ雰囲気が険悪になっているような気がする。
「今度、さくら亭の絵を描こうかと思うんだけど・・・。」
 そんな二人の様子を知ってか知らずか、アインが言う。
「当然私も描いてくれるんでしょうね?」
「はいはい。」
 苦笑するアイン。
「とはいえ、今日は無理っぽいね。混み合う時間だから、悠長に絵なんて描いていられない。」
「そうね。」
「次の休み、だね。」
 とりあえず商談(?)がまとまる。ほっとするシーラ。少し胸が痛むが、今はこれ以上を望むのは贅沢であろう事もわかっていた。


「で、なんでみんないるのよ?」
「だって、アインさんが絵を描いてくれるんでしょう?」
 決して能動的とは言えないシェリルだが、どうやらこう言う機会を逃す気はないらしい。
「パティだけってのはずるいよ。」
 トリーシャが当然と言う顔で言う。そんな彼女達のやり取りを気にする様子もなく、黙々と絵を描く準備を進めるアイン。
「それは先にシーラに言ってよ。」
「へ?」
「だって、一番最初に絵を描いてもらったの、シーラよ。」
 その言葉に、この場に集まっていた少女達がひそひそと話し合う。
「抜け駆けしたんだから、後でお仕置きしなきゃいけないかな?」
 エルまで物騒なことを言う。
「そうですね・・・。」
「最近、シーラばっかりでずるいと思ってたんだ。」
 やり取りを聞いていたパティが苦笑する。ちなみに、この場にシーラはいない。どうやら気まずかったらしい。
「みんな、できたらいつも通りにしてくれない?」
 アインが一応注文を出す。
「え? うん、わかった。」
 トリーシャが応える。そのまま、本気でいつものように世間話をする。
「でさあ、そこのアクセサリがまた可愛いんだ。」
「そういうの、本気で好きだねえ。」
 トリーシャの言葉に呆れるエル。
「アタシは、アインが作るやつのほうが好きだね。」
「それは当然だよ。アインさんが作るものよりいいものなんて、どこにもないよ。」
 ずいぶん買かぶられた物である。だが、アインはその言葉が全く耳に入っていないかのように、絵を描くことに集中する。


「できたよ。」
 しばらく駄弁っていると、絵が完成したことを告げられる。
「え? もう?」
「なんか早かったな。」
「そうでもないよ。もう二時間は経ってる。」
 話に夢中になっていて、全く気にしていなかった。
「で、どんな感じ?」
「はい。」
 見せられた絵は、暖かな色使いが基調となっている、どこかほのぼのした柔らかな絵である。
「なんか、いいなあ・・・。」
「これ、一枚しかないんだよね・・・。」
 羨ましそうにパティを見る。
「駄目よ、これはアタシのなんだから。」
「さすがに、もう描かないよ。モデルも疲れるだろうけど、描くほうもつかれるんだから。」
 パティとアインの両方から突っ込まれてしまい、動きが止まる。
「うう・・・、でも欲しいよう・・・。」
 トリーシャが心底欲しそうに言う。口には出さないがエルとシェリルも似たようなものである。
「だったら、印刷してもらおう。」
「印刷?」
「別に、元絵でなくてもいいんでしょう?」
 顔を見合わせる。
「これはパティのために描いた絵だから、元絵はパティのものだ。だけど、同じものは印刷すれば手に入るよ。」
「でも、そんな簡単に頼めるの?」
「知り合いが居るからね。ちょっとお金かかるけど、何とかなるだろう。」
 あっさり請け負う。
「いつも思うんだけど、そのつながりはどこから出てくるの?」
「全部、仕事のつながりだよ。ジョートショップで働けば、顔も広くなるよ。」
 納得せざるを得ない。実際、彼女達もそう言うつながりでできた人脈はいくつもある。
「もらえるんだったら欲しい!」
「じゃあ、まだ時間あるから頼んでくるよ。」
 こうして、四人でおそろいの絵を手に入れることができ、マリア達を大いに悔しがらせるのであった。
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