中央改札 交響曲 感想 説明

Snow Memory埴輪


 妙な違和感を感じる。自分が、あるべき場所にいないような、そんな感覚。その感覚に疑問を感じ、目を開ける。
「なんでここにいるんだ・・・?」
 眠っていたはずのベッドはなくなり、上下も分からないような空間に放り出されている。しかし、一番の問題は、そこはアインにとって、見覚えがある空間だ、と言う事である。
「まいったな・・・。なんでここに来なきゃいけないんだ?」
 常に揺らぐ空間。目の前には、たくさんの泡がある。
「ん?」
 袖を引かれる感触。振り向く前に、声をかけられる。
「アインさん・・・。」
 マリーネの声だ。不安をたっぷり抱えた声である。
「マリーネもここにはじかれちゃったのか・・・。」
 よく分からない、という顔をするマリーネ。やはり不安そうな表情である。
「ここは事象の海、とでも言う場所かな? 普通の人間は、こんなところには絶対に来ることはできない・・・はずなんだけど・・・。」
 これでは、マリーネが普通の人間ではない、と言っているようなものである。
「元に、戻れるの・・・?」
「うん。やるべきことを、済ましたらね。」
 と言ってから、考えこむ。
「ただ、いまいちやるべきことが分からない。」
 とりあえず、目の前に浮かんでいる泡をいくつか観察する。そして、得心する。
「なるほど・・・。矛盾している、枝分かれできなかった過去の修正か。」
「・・・・・・?」
 不思議そうなマリーネに、簡単に説明することにする。
「そうだね・・・。一番簡単なのは、過去に死んだ人が、今生きている、って言うことかな?」
「・・・・・・?」
 それなら、よくあることのはずである。
「過去のある点で、確実に死んだ人がいる。なのに、今その人が生きている。そうすると、過去と現在の間で矛盾が発生する。」
 何となく分かってきた。
「本来なら、そこで流れが枝分かれしなきゃいけない。なのに枝分かれせずに流れている。このままだと、世界が自分を認められなくなって、その枝は消滅する。」
 よく分からないが、凄く大事なのではないか?
「で、ぼくたちは、矛盾が無くなるように枝を継ぎなおさなきゃいけない。それか、まったく別の事象に移動するかのどちらかだ。」
 そう言ってから、アインはじっと空間を見つめ始めた。


「・・・・・・。」
 金髪のうら若い女性が、雪の中に立っていた。どうやら、誰かを待っているようである。傘に積もった雪が、彼女が待っていた時間を教えてくれる。彼女の周りだけ、ぽっかりと穴が開いたようになっている。これで2日? 3日?だが、彼女はまだ立ちつづける。帰ってこない待ち人の為に。
「・・・・・・。」
 不意に、気配を感じて振り返る。そこには、一人の不思議な雰囲気をまとった青年が立っていた。その姿には靄がかかっており、はっきりとした輪郭は分からない。
「・・・・・・だれ?」
「・・・・・・。」
 女性の言葉に、青年は答えない。ただ、女性に対して、何かを伝えようとしているようだ。
「何が言いたいの?」
 その言葉に、青年は薪をくべるような動作をする。何となく、言いたいことが分かってくる。
「駄目・・・。私はここで待ってるって約束したの。だから待たなきゃ・・・。」
 その言葉に首を振る。そして、自分の家があるほうを指差すと、薪をくべるような動作をする。今度は、それに付け加えて、何かを食べる動作もする。
「貴方が何か食べたいの?」
「・・・・・・。」
 首を横に振る。そして、先ほどと同じ動作をする。
「帰ってあったかくしろって言われても、できないものはできない・・・。」
「・・・・・・。」
 それに対し、青年は今度は女性のおなかのあたりを示す。別段、出ているとかそう言うわけではない。
「おなか、がどうかしたの?」
「・・・・・・。」
 なんだか、連想ゲームをしているような気分になってくる。無視してもよかったのだが、とりあえず辛抱強く付き合う。色々やっているうちに言わんとすることが分かってくる。女性は頬を赤く染め、
「それ、本当なの?」
 と聞く。微笑んでうなずく青年。顔などははっきり分からないのに、何故か微笑んだと分かる。
「だったら、帰らなきゃいけないね・・・。」
 ごめんなさい、と一言呟いて、おなかを愛しそうに撫でてから帰路につく。それを見届けた青年は、その場から姿を消した。


「・・・あなた・・・。」
 墓にすがり付いて泣く。誰も、彼女の涙を見たことなど無かっただろう。こんな事がなければ。
「・・・どうして、どうして・・・。」
 彼女の顔には疲労の色が濃く、美しいはずの顔も、不健康に痩せこけている。そんな彼女を、雪が優しくつつんでいく。
「・・・どうして、私も連れていってくれなかったんですか!?」
 そう叫んだ瞬間、後ろになにものかの気配が現われる。彼女は、目が不自由である。全く見えないわけではないが、日常生活にも支障が出てくるレベルだ。それゆえ、その分気配などには敏感である。
「・・・・・・だれ?」
 振りかえって、可能な限り目を凝らす。が、そんなことをしなくても、不思議とはっきりその姿が見える。そう、見えるのだ。最も、顔など細部は霞がかかっていて分からないが。
「・・・・・・誰なの・・・?」
 だが、目の前の青年は答えない。
「・・・・・・。」
 ジェスチャーで、帰って休めと言う。だが、彼女はうなずくことはできない。弱弱しく首を振る。
「・・・・・・。」
 それに対し、上を指差してから首を振る。
「・・・分かってる・・・。でも、私には・・・。」
 青年は首を横に振る。そして、また、何かをジェスチャーで伝える。
「・・・・・・どうして、生きていかなくちゃいけないの?」
 弱弱しい問。それに対して答えたのは、青年ではなかった。
「・・・・・・誰?」
 彼女に、小さな少女が抱き着いて来たのだ。年のころは10歳ぐらいだろうか? やはり顔ははっきりとしない。
「・・・・・・え?」
 ジェスチャーを理解し、戸惑いの声を上げる。それはありえない。それだけはありえない。
「・・・だって・・・私達には・・・。」
 だが、青年は微笑みながら首を横に振る。不意に、少女の声が聞えたような気がする。遠慮がちな、小さな、綺麗な声。
「・・・本当・・・なの・・・?」
 微笑みながらうなずく青年。少女の言葉が、彼女の行動を決めた。
「わかったわ・・・。私、待つことにする・・・。」
 二人に向かって微笑みかける。それは、本来の彼女が持つ、優しくて強い、美しい微笑であった。


 雪が小さくちらついている。目の前の小さな墓に対して、黙祷をささげる一人の青年。その背中には、すべてに対して投げやりな何かを感じさせる。白衣を着ていることから、医者なのかもしれない
「・・・・・・。」
 気配を感じて振り向く。一人の青年が、穏やかな微笑を浮かべて立っていた。全体的に靄がかかっており、その姿がはっきり視認できるわけではないのに、何故か、微笑んでいる事が分かる。
「なんのようだ・・・?」
 鋭く、険しい声で言う。その声には、何処か捨て鉢な響きがある。
「・・・・・・。」
 青年は微笑むだけで答えない。雪がいくつも降りかかる。
「・・・・・・なんの用かは知らんが、放っておいてくれないか?」
 すさんだ目でにらみつけてくる青年医師。
「・・・・・・。」
 首を横に振る青年。その態度に、次第にいらつきを隠せなくなる医師。
「・・・何処かに行ってくれと言っているんだ! これ以上かまわないでくれ!!」
 だが、青年は首を横に振るだけである。
「・・・・・・。」
 ジェスチャーで何かを伝えてくる。
「・・・・・・。」
 ジェスチャーを理解した医師は、顔をしかめる。
「俺のような無力な者に、どうしろと言うんだ?」
「・・・・・・。」
 首を横に振ると、またジェスチャーをする。
「・・・・・・肉親一人救えなかったこの俺がか・・・?」
「・・・・・・。」
「ははははは。こいつは傑作だ。そんな俺に、どうして人が救えると言うんだ!?」
「・・・・・・。」
 身振り手振りで何かを伝える。
「貴様は、どうしても俺に今の仕事を続けさせたいようだな・・・。」
 微笑みながらうなずく。
「・・・・・・俺ごとき、変わりはいくらでもいる!」
「・・・・・・。」
 首を横に振る。その後も、青年は辛抱強く何かを伝えてくる。どれほどの時が足っただろうか・・・。
「誰だかは知らんが・・・、どうやら逃げを許してはくれないようだな・・・。」
 ため息を一つつくと、彼は墓に背を向けた。
「すまんな。患者が待っている。」
 それを見届けた青年は、音もなく姿を消した。


 彼は、酷い怪我をしていた。普通の人間なら、簡単に死ねるほどの怪我だ。そして、彼の目の前には、その怪我を与えた存在が立っていた。
「貴様、本当に―――か?」
「・・・・・・なんのこと?」
 意外としっかりした口調でたずね返す。実際のところ、相手の言った単語に聞き覚えはない。
「まあ、いい。なんにせよ、貴様には死んでもらわなければならない。貴様に殺された仲間のためにもな。」
 闇色の翼をはばたかせ、その存在は彼に剣を振り下ろそうとする。
「・・・・・・。」
 だが、その剣は彼に届くことはなかった。姿もはっきりしないような青年が、二人の間に立ちふさがっていたからだ。
「貴様・・・、何者だ!?」
 その青年は何も言わない。ふと、翼を持つものの姿が歪む。
「な、なんだ・・・? や、やめろ!!」
 何が起こったかも分からぬうちに、翼を持つものの存在が消える。
「・・・・・・君は・・・?」
 だが、青年は答えない。そのまま、街道の一方を指差す。
「そっちへ行けって?」
「・・・・・・。」
 微笑みながらうなずく。顔をしかめる彼。
「この怪我で動けってか?」
「・・・・・・。」
「無茶言うなよ。いいよ。もうここで死んでも。」
 何処か面倒くさそうな光が彼の瞳に浮かぶ。青年は首を横に振って否定する。
「へえ、生きろっていうのか? どうして?」
「・・・・・・。」
「どうしてもってか? 分かったよ。助けてもらったんだ。行けるところまでは行ってみるよ。じゃあな・・・。」
 ふらつく体に活を入れ、なんとか荷物を担いでおぼつかない足取りで歩き出した。


「なるほど・・・。」
 ベッドからおきあがったアインは、窓の外を見て納得する。外は、一面白銀の世界だった。
「雪の記憶・・・か・・・。」
 着替えながら、そんなことを呟く。その時、控えめなノックが聞えてくる。
「どうぞ。」
「・・・おはようございます・・・。」
 マリーネが入ってくる。テディも一緒だ。
「アインさん、今日は珍しく遅いッスね。」
「ちょっと色々あってね。」
 マリーネに目配せをしながら答える。
「もう、朝ご飯ができてるッスよ。」
「どうやら、大分寝坊したみたいだね。」
 苦笑するアイン。
「ウィッス。でも、まだ仕事が始まるまでは十分時間があるッス。遅刻じゃないッス。」
 そのまま、彼らのいつもの1日が始まるのであった。
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