中央改札 交響曲 感想 説明

ある魔術師の物語 第4話
埴輪


 プリムがオランに落ちついてから約一月。これといって問題も起こらずに日々を過ごしていた。ガブリエルは、親切に術を教えてくれるので、魔術師としてのレベルは少しだけ上がった。だが、ウェイトレスとの2足のわらじが忙しく、さほど修行が進んでいるわけではない。
「いらっしゃいませ!」
 目の回りそうな忙しさの中、元気よく挨拶をするプリム。もはや、看板娘と言ってもいいようななじみようだ。客の中には、彼女を目当てとしている者もいる。
「よう、プリム! 元気してたか!?」
「あ、グインくん。今晩は。」
 山ほどの皿を抱えていたプリムが、元気よく挨拶する。グイン・ラッド、15歳、駆け出しのファイター。どうやら、プリムに気があるらしい。
「エール6杯!」
「は〜い!」
 皿を担いだまま返事を返し、そのまま厨房に戻る。手際よくエールを杯に注いでゆき、お盆に載せて危なげなく持ち出す。
「お待ちどうさまでした。」
 混雑していると言うのに、メモもなしに正確に注文があったテーブルに運ぶ。この記憶力と把握力、観察力は店主ならず、この店の常連全員が一目置いている。
「どうだ、プリム。ちょっとはでかくなったか?」
 そう言いながら、たちの悪い酔っ払いが彼女の尻に手をはわそうとするが、すばしっこくかわして次の注文を取る。
「ちっ!」
 舌打ちしてそのまま酒に戻る。
「プリム! そろそろ飯に入れ!」
「は〜い!」
 盛っていた料理の最後の一品を運び終え、厨房に戻ろうとしたその時、事件は起きた。
「ネェちゃん、ちょっと付き合えよ!!」
 たちの悪い酔っ払いが、突如抱き着いてきたのだ。かなりの巨漢である。身長差は40センチ以上、体重差は倍ではきかないだろう。
「ちょっと、困ります!」
 意外と発育のよい体の感触を楽しんでいた酔っ払いだが、すぐに中断する羽目になる。
「やめてください!!」
 ものすごい力で振りほどく。巨漢と互角以上の腕力である。
「いいじゃねぇかよ。」
 しつこく絡む酔っ払いがいきなり吹っ飛んだ。プリムが本気で酔っ払いの顔面にお盆を叩き込んだのだ。腕が自由に動く状態だったようだ。鉄製のお盆が、酔っ払いの顔の形にへこむ。クリティカルしたらしい。
「ぐへっ!」
 よろめく酔っ払い。その一撃で本気になったらしい。怒声を上げながら飛びかかってくる。
「きゃあ!!」
 悲鳴を上げながら避けるプリム。すばしっこさでは彼女のほうが圧倒的に上だ。酔っ払って足元が怪しい奴の攻撃などあたりはしない。
「いい加減にしてください!!」
 お盆の残骸でもう一発顔面をひっぱたく。それで、ノックアウトされる酔っ払い。
「・・・え?」
 グインが、信じられないと言う顔をしている。
「プリムが怪力だって、知らなかったみたいだな。」
 いつの間に来ていたのか、店主がそうコメントを残す。店中がシーンとしている。
「さて、こいつの始末はやっとくから、飯食ってきな。」
「はい。」
 そのままとてとて厨房のほうへ歩いていく。
「頭がよくて怪力だなんて、無敵じゃねぇのか?」
「あれで人並みに器用だったらな。」
 この場合の人並みとは、冒険者の基準である。
「逆にシーフギルドに入ったのは正解かもしれんがな。」
 不器用なシーフなど、笑い話である。だが、怪力で魔法の腕がずば抜けていれば?
「ま、魔法を使わずに酔っ払いを始末できるようになったんだ。よしとしよう。」
 酔っ払いを外に放り出した店主は、そのまま厨房に戻った。
「魔法を使わずにって?」
「そうか、お前は日が浅いからな。」
 グインに対して、同じパーティの先輩冒険者、イエンがプリムの武勇伝を語ったのだった。


「ま、状況はさっきとほとんど同じだ。あの娘は目立つからな。」
 苦笑とともに語り始める。確かに、水準以上といっていい、後五年もすれば絶対絶世の美女になると言いきれる容貌である。妙なちょっかいをかける奴はいくらでもいるだろう。
「で、何があったのさ。」
「スタッフもなしにエネルギー・ボルトを発動させて、一人ノックアウトしたんだ。死なない程度には手加減してたが、ちっとは名が知れた冒険者が一撃だ。」
「・・・物騒だな。」
「本人に言わせれば、身の危険を感じたそうだが、この場合、どっちがより災難かは微妙だな。」
 ちなみに、半分ぐらいの人間は、むしろ当然と言った態度をとっていた。理由は簡単、レインたちから彼女のとんでもない魔術の腕前は聞いていたからだ。
「で、マスターに注意されて、自衛の手段を探している内に、シーフギルドに誘われちまった、って事だ。」
 一口にシーフと言っても、そのタイプは千差万別である。プリムの場合は遺跡荒らしを専門としているタイプだ。一般人の懐を狙ったりはしない。最も、そう言う経験はないが。
「誘ったのは?」
「カルドの奴さ。」
 レインの仲間の一人、エルフのシャーマンの顔を思い浮かべる。確かに、彼のやりそうなことである。
「グイン、彼女をモノにしたいんだったら、相当の努力と度胸が要るぞ。」
「俺、なんだか自信が無くなってきた・・・。」
 世の中には、神様に愛されているとしか思えないほど、天賦の才に恵まれている人間がいるのだ。


「やっほ〜、プリム。修行、進んでる?」
 学院の廊下で、ファナと出会う。一応、彼女もここの正魔術師である。
「はい。なんと、ファイア・ウェポンが使えるようになりました!
「そう。ほかには?」
「忍び足とか武器の使い方とかを覚えました。」
「なんでしーふ?」
 思わず台詞がひらがなになるファナ。
「カルドさんに進められて。」
「あの馬鹿、後でとっちめておかなきゃ。」
 少ししげしげとプリムの体を観察する。華奢で細身の体。しなやかでたおやかな腕。一つ気になったファナは、先ほど買ってきた胡桃をプリムに渡す。
「ちょっと、これを思いっきり握り締めてみてくれない?」
「へ?」
 怪訝な顔をしながら、言われたとおりにする。グシャ。片手で殻が砕ける。
「また、パワーアップしてるわね・・・。」
 彼女の暮らしていた島は、アップダウンが激しく、体を鍛えるのにもってこいの環境だったらしい。その上、水くみをするためには、住んでいた小屋から小山を駆け下りて駆けあがらなければならない。ひたすらパワーが勝負である。
「そんなことありませんよ〜。」
 抗議の声を上げるプリム。どうやら、少しは気にしているようだ。
「ま、いいんじゃないの?」
 あっさり受け流して、自分の部屋に戻る。その時、ファナはなにかを思いついたらしい。部屋に戻ってすぐに資金を数え出した。


 数日後。
「やっほ〜、プリム。頑張ってる?」
「あ、ファナさん、いらっしゃいませ。」
 後ろにはミリアムもいる。ミリアムはなにかの包みを持っている。
「今日はあんたに御土産があるんだ。」
「はい?」
 注文を聞きにきたプリムに唐突にそう切り出すファナ。ミリアムが笑いをかみ殺した顔でうなずく。
「御土産、ですか?」
「ええ。これよ。」
 ファナが差し出したのは一つの腕輪だった。複雑な文様が記されているそれは、魔術の心得があるプリムには一目でマジックアイテムとわかった。最も、悲しいかな知識不足で正体までは分からないが。
「こっちはあたしとファナから。」
 大きな包みをテーブルの上に置く。どうやら武器の類らしい。
「なんですか、このおっきいのは?」
「あんた専用の武器、って所かな?」
「その腕輪をつければちょうどいいはずよ。」
 そう言って腕輪を無理やりはめ込むファナ。そこへ間髪いれずに包みから出した剣を持たせるミリアム。呆然としている内に、プリムは刀身が2メートル近い剣を持たされてしまう。軽い。身につけた賢者としての知識とシーフとしての目利きが、反射的にこの剣は最高クラスの品質を持っていることを(不本意ながら)見ぬいてしまう。
「どう言う・・・つもりですか・・・?」
「魔術師だからって、接近戦用の獲物の一つも持っていないと、後々困るわよ。」
「その腕輪、発動体にもなるから剣を持ってても魔法が使えるわよ。」
 答えになっているようななっていないような返事に、笑顔を見せて返事をするプリム。
「へぇ、そうですか・・・。」
 いきなり持たされた剣をミリアムに向けて一閃する。鎧の薄いところを狙う、シーフの一撃である。
「危ないわね、何するのよ!!」
「それはこっちの台詞です!!」
 剣を足元に置き、彼女たちが囲んでいたテーブルを持ち上げる。剣を持たされた時点で、腕輪の効果には気がついていた。
「この腕輪、いい腕輪ですね。」
 最高の笑顔を浮かべながらテーブルを振り下ろす。とっさに避けて、自分達の悪ふざけが過ぎたことに気がつく。
「ご、ごめんなさい!!!!!」
「問答無用!!!!」
 テーブルを軽々と振り回す小柄な女の子。めったに見ることの出来ない光景に、思わず拍手をしてしまうほかの客たち。
 結局、基礎体力と腕輪の効果で、喧嘩はプリムに軍配が上がったのであった。
中央改札 交響曲 感想 説明