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ある魔術師の物語 第6話
埴輪


 夜。プリムは椅子に座って手元の錠をいじる。灯りは机の上のランプぐらいであるが、実際のダンジョンなどでは、この程度の明かりしかないことなどざらである。
「う〜、うまくいかないよ〜。」
 思わずぼやくプリム。手元の錠はレベルとしてはかなり単純な物にはいる。駆け出しで5分5分ぐらいのものだ。技術的には駆け出しよりやや上の彼女だが、その不器用さがハンデとなり、解錠などの腕前は駆け出しと大差ない。つまりは、二回に一回は失敗するのだ。
「あう〜。」
 手元が狂う。失敗したようだ。とはいえ、今日の成績は5勝3敗。勝率が五割を超えているのだから徐々には力量が上がっていっているようだ。
「明日にしよう・・・。」
 最後にもう一回だけ練習してから、プリムは机の上のランプを消した。


 近頃、プリム・フォーサイトは非常に多忙である。週のうち3日は盗賊ギルドでシーフの訓練、残り4日は学院で魔法の訓練である。その上、当然の如く毎日夕方から夜にかけては、古代王国の扉亭での仕事がある。
 この日は、盗賊ギルドでの訓練であった。
「え〜っと、ここに罠があって・・・。」
 それを見て、あきれたように教官が言う。
「相変わらず、罠をみきんのは無茶苦茶上手いな。」
 やや難しいめの罠をあっさり見ぬく。問題は、それを解除するには不器用に過ぎることである。
「う〜ん、ここをこうして・・・。」
 かちり。運良く罠を解除できる。不器用さを技術で補えたようである。要は、何事も経験である。
「よーし、次は戦闘訓練だ!!」
 そう声をかけ、部屋中の訓練生を外に出す。彼らは皆、基本的に動きやすい服装をしている。当然の事ながら、プリムも例外ではない。
「めいめい、得物は持ったか!?」
「はい!」
「いい返事だ!」
 こうして、戦闘訓練が始まった。


 得物といっても、重りを真綿でくるんだだけの代物である。そう簡単には怪我をしないよう、クッションは十分に巻いているが、それでも激しく叩きつければ、中の重りが十分なダメージを与えてくれる。
「ひゃあ!!」
 大慌てで目の前に迫ったナイフをかわす。そのまま牽制の一撃を放つ。相手の少女は、踏みこみを制されて大きくかわす。
「動きが大きいわよ!!」
 と強がりを言うが、実のところ、非常に分が悪いと言わざるをえない。プリムの武器はほぼ標準サイズの剣なのに比べ、彼女の得物は大ぶりのナイフである。リーチの差が非常に大きい。ほぼ互角程度の腕前なので、このリーチの差は非常にきつい。
「えい!」
 プリムが咽元を狙って剣をつきこむ。シーフの信条、急所への一撃を見事に示した攻撃である。スピードで負けている為、簡単に先手を取られてしまう。だが、
「まだまだ甘い!」
 すばしっこく急所を狙っては来るが、刃の軌跡がいい加減なため、結構簡単に回避できる。ここでも、プリムの不器用さはハンデとなっているようだ。いっそ、ハンマーなどの鈍器の方が有効なのかもしれないが、シーフにとっては、刃物が最大の武器となる。
「隙有り!」
 踏みこんで相手のわき腹にナイフを突っ込もうとするが、
「えい!!」
 プリムの迎撃が彼女の頭を捕らえる。結構大きな衝撃を受け、目から火花が飛び散る。
「おいおい、プリム。そりゃ、シーフの戦い方じゃねえぞ。」
「す、すみません!!」
 教官に突っ込まれ、思わず恐縮するプリム。彼女とて、当るとは思わなかったのだ。
「しかし、一撃で脳天をかち割れる攻撃を牽制で使うか・・・。絶対おめえは戦士向きだったな・・・。」
 その言葉に、顔を真っ赤にするプリム。最も、実際のところ、シーフを選んだ理由には、魔術師は皮鎧ぐらいしか身につけられないから、シーフとして訓練をつんだほうが効率がいい、と、カルドに勧められたためであるが。
「ま、心配するな。多少不器用なぐらい、技術で何とかカバーできるさ。」
 プリムの頭をぽんとたたき、教官が豪快に笑う。実際は、それほど前途多難でもないようだ。


「エール6杯!」
「はいよ!!」
 今日も古代王国の扉邸は大繁盛である。単に食事に来る者、一仕事終えて騒ぐ者、商談に来る者、目的はさまざまだ。
「そろそろ休憩入れ!!」
「は〜い!」
 手に持ったお盆をカウンター裏の台の上に置くと、とりあえず食事を軽く作り始める。食事休憩はローテーションで、自分の食べる分は自分で用意する、というのが鉄則になっている。当然、片付けも自分で、である。
「プリム!」
 先輩ウェイトレスのアリッサが、プリムを呼んでいる。
「は〜い!」
「お客さんが呼んでるよ!!」
 それを聞いて、出来あがったまかない食をその場に残し、おもてに出ていく。とりあえず、レイン達だろう、と簡単に予想を立てる。
「この子、今食事中だった見たいなんだけど。」
「なら、食べながらで構いませんよ。」
 予想を覆して、彼女に用がある客というのは騎士風の青年であった。
「だってさ。」
 そう言った後、気を利かせてプリムのご飯を取りに行くアリッサ。
「とりあえず、話を進めときなよ。あ、ついでにお客さんの注文、言ってくんない?」
「何か軽く食べる物を。それと、果実酒を二人分。」
 青年の注文を聞いて何か言いかけるプリムだが、
「はいよ。」
 何も言わせずアリッサが立ち去る。
「・・・それで、私にご用というのは?」
 ため息を一つついてから、プリムは目の前の青年に質問する。
「その前に、自己紹介をさせていただきます。私はケイ・テトラウィンド。このオランで騎士の叙勲を受けております。」
「プリム・フォーサイトです。現在は、賢者の学院で見習をやっております。」
 そこで、口を閉ざす。二人の前に、アリッサがそれぞれの食事と飲み物を持ってきたからだ。
「しかしプリム、もっと食べないと筋肉ばかり付いて、大きくなれないよ。」
 食事量を考えると、絶対あの怪力は維持できないはずだ、というのは大多数の人間の意見である。
「いいの、出るべきところはちゃんと出てるから!」
 事実、ハーフエルフの、それもエルフよりのアリッサよりはプリムのほうがいくらかプロポーションがいい。更に、アリッサは既に成長など終っているが、プリムはこれからである。
「ほっといてよ!!」
 分が悪いとみて、アリッサは退散する。後に残されたのは、微妙に気まずい二人であった。


「・・・それで、ご用というのはなんなんでしょうか?」
 気まずい空気の中で黙々と食事をすることに耐えられなくなったプリムが、そう質問をする。
「そ、そうでした。あの、貴方の御力を借りたいのですが・・・。」
 動きが止まる。力を貸せ、というのは無論自分の怪力のことではないだろう。怪力の腕輪のおかげで、既に人間離れした筋力になってはいるが、騎士の中には腕輪無しの自分と互角か、それ以上の人間もいるはずである。
「・・・へ?」
 思わず聞きかえす。あまりにも予想外である。
「あの、ですから、御力をお借りしたいのですが・・・。」
「力って言っても・・・、私の場合、せいぜいテーブルを持ち上げるぐらいなんですけど・・・。」
 思わず間の抜けた返事を返してしまう。
「いえ、御力と言うのは魔術の腕、なんですけど・・・。」
「ええ!?」
 やっと使い魔を呼び出せるようになって、さて、何にしようかな、なんぞとやってる自分の魔術の腕で、どうしろと言うのだ。
 プリムは既に、自分の魔力と制御能力が闇で普通の人間の限界を突破しかけている事実に気がついていない。
「あの、マナ=ライ師自らのご推薦なのですが・・・。」
「えええ!?」
 驚いて硬直してしまうプリム。何故、自分のような駆け出しのところに? 頭の中はクエスチョンマークの嵐である。
「あの、引き受けてはいただけませんか?」
「え・・・、あ・・・、そ・・・、その・・・。」
 マナ=ライ師の推薦とあらば受けないわけにも行かないだろう。だが、何故?
「出来たら、もう少し、詳しい話を・・・。」
「そうですね・・・。」
 プリムの愛らしい顔が、忙しく表情をかえるのを見て、悪いことを言ったのかな、とか考えてしまうケイ。だが、国にとっても、自分にとっても重大事である。
「実は、ある魔剣の探索を手伝っていただきたいのです。」
「魔剣? 遺跡を探すのなら、他の方々にお願いするほうが、確実だと思うんですが?」
「いえ、それが・・・。」
 言いよどむ。
「何か問題でも?」
「はっきり言ってしまうと、その魔剣を見付ける為には、高い魔力と制御能力が必要とされるそうなのです。」
 やはり、自分のところにお鉢が回ってきた理由がわからない。
「だったら、このオランには他にもいくらでも・・・。」
「正直なところを言わせていただきますと、私もそう思います。貴方の能力がどうこうではなく、貴方のようなまだ若い女性にこんな危険な任務を手伝わせるなど・・・。」
 だが、宮廷魔術師も賢者の学院の最高導師も、そろって同じ人物の名を出したのだ。しかも、他の人間では絶対に上手く行かない、とまで言われて、である。
「・・・どうやら、ケイさんのほうにも何か事情があるようですね。」
 ため息をついて、それだけを言うプリム。顔つきと体型こそまだ幼さが残っているものの、頭の回転速度は既に剣の国の氷の魔女とためをはれるレベルである。ある程度裏を察することぐらいは出来る。
「分りました。私でよろしければ、ご協力させていただきます。」
 はなから、選択権はなかったような気がする。自分の押しに対する弱さを半ば呪いながら、そんなことを考えるプリムであった。
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