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ある魔術師の物語 第7話
埴輪


 翌日、プリムは、古代王国の扉亭でケイを待っていた。朝食を食べていくつもりだったので、待ち合わせ時間にはずいぶんと早い。
「で、大丈夫そうか?」
「遺跡の仕掛けによります。」
 正直なところ、モンスターとの遭遇率がよほど高くない限り、彼女にとっての一番の障害はやはり罠である。どうやら、今回は他にシーフなどが同行しない様で、罠の解除などは、すべて彼女の分担である。最も、鍵などは別に問題にはならないのだが。
「しかし、そんな大層な剣なのか?」
 こんな時間に珍しく、グインが食事にきている。一人で食べるのも何なので、グインと一緒に食事をしているプリム。口調からして、どうやら、優男の騎士とプリムが二人っきりで冒険に出かける、というのが気に食わないらしい。
「せめて、プリーストがいればなあ・・・。」
 このままでは、怪我などをしたときに心許なくてしかたがない。
「心配には及びませんよ。」
 入ってきたケイが、そう声をかける。一緒に、知らない女性がいる。
「今回同行して下さる、戦の神の司祭のマリーシア殿です。」
「はじめまして、勇者様。」
 その単語に、え? と言う顔をするプリム、グイン、ケイ。
「あの、勇者って、誰のことですか?」
 プリムの質問に、
「貴方のことです。」
 彼女の目を見てはっきり応えるマリーシア。
「え? え??」
 周囲を見回し、ついで自分を指差して疑問符を浮かべるプリム。はっきりうなずくマリーシア。
「ええ〜!?」
 かなり、前代未聞な話である。今のところ、荷物から覗いている大剣を別にすれば、彼女の見た目は戦士とはかけ離れている。最も、服装が冒険用の皮服なので、シーフか精霊使いあたりには見えるかもしれないが。
「今も、はっきりと啓示が聞えます。偉大なるマイリーが、貴方に仕えよと・・・。」
 情けない顔で二人を見るプリム。とても勇者には見えない。
「まあ、勇者か否かは別にして、とにかく出発しましょう。」
 話がややこしくなりそうな気配を察してか、二人に沿う提案するケイ。
「そ、そうですね・・・。」
 慌てて立ち上がるプリム。落ち着いた仕草で二人に従うマリーシア。平穏無事には行きそうにない冒険の幕が、この時切って落とされた。


「で、どんな剣を探すんですか?」
「はい。我々が今回探そうとしている剣は、『剣聖』と呼ばれている物です。」
「『剣聖』?」
 聞いたことの無い名前である。強力な魔法の剣といえば、名匠ヴァンの手によって作られた剣、ヴァン・ブレードが最も有名ではあるが、他にも、いくらでもそう言った剣は存在する。
「あの、剣聖って言うのは、称号じゃ・・・?」
「本来は・・・。ですが、その剣のことが記された書物には、その剣の名は、間違いなく『剣聖』であると書かれていました。」
 ならば、間違い無いのだろう。最も、剣の名前などどうでもいいことで、重要なのはその剣がどのような姿をしているのか、そして、何処に眠っていると考えられるのか、である。
「で、探す当ては、あるんですか?」
「ええ。」
 そう言って、地図を広げ、一点を指差す。
「今回、探索するのはここの遺跡です。」
 指差された場所を見て、思わず目が点になるプリム。それもそのはずで、そこはこの前、ファナのパーティに誘われて潜った遺跡だったからだ。
「ここ・・・、前に行ったことがあります・・・。」
 最も、もはや1ヶ月は前の話で、目的地まで一直線に移動したこともあり、構造など知らないも同然だが。
「ならば、もう一度隅から隅まで探しましょう。」
 空振りだったら、他の候補地を探すだけである。
「ためしもせずにあきらめるのは、勇者のすることではありませんわ。」
 ここまで黙っていたマリーシアが、口を挟む。今まで沈黙していたのは、自分が使えるべき勇者が、どのような人物か見極めるためだったようだ。
「それもそうですね。」
 記憶の隅に、その遺跡について何か引っかかる物があったプリムが、二人に同意する。
「決まり、ですね。それと、勇者様。」
「は、はい!!」
 思わず居住まいを正すプリム。
「私に敬語を使っていただく必要はまったくありません。私は、貴方に仕えるべき存在なのですから。」
 その台詞を聞いて、しばし考えこむプリム。
「じゃあ、私の事をプリムって呼んで下さって、貴方も敬語を止めてくださるのなら。」
 どうも、勇者様勇者様と連呼されるのは性にあわない。
「・・・分りました。」
 しぶしぶ妥協するマリーシア。
「じゃあ、話もまとまったところで、いきましょう。」
 もうじき目的地である。多少ペースを上げれば正午を回る前に目的地につけるだろう。


 それは、ずっと呼びかけていた。主となるべきものに。
 それは、ずっと待ち焦がれていた。主となるべきものを。
 それは、感じていた。主となるべきものを。


「・・・・・・?」
 遺跡に近付いた時、違和感がプリムを襲った。
「どうしました?」
「ちょっと、待って下さい・・・。」
 本能的に、魔力を集中するプリム。その瞬間、彼女の感覚が人間を超えた。否、感覚だけではない。魔力も制御能力も現代の人間の限界を超えた。
「誰!?」
 精神に語りかけるそれに、思わず大声で叫び返す。
「プリム?」
 怪訝な顔をするマリーシア。
「こそこそ人の頭の中で喋ってないで、出てきたらどうです!?」
 誰かいるのか、と思わず身構えるケイとマリーシア。だが、別に何かがいる気配はしない。
「こい・・・ですって・・・?」
 いつに無く厳しい面持ちのプリム。
「プリムさん・・・、何と話をなされているのですか?」
「どこかから、声がするんです・・・。」
 警戒を解かずにプリムが応える。
「何処に行けばいいんですか?」
 問いかけに対し、頭の中に地図が浮かび上がる。遺跡の裏手に回り、地面に持ってきていた大剣を叩き込む。
「なるほど・・・。」
 かなり重い手応えと同時に、地面が陥没する。これでは、並のシーフには分るまい。いや、こんな位置をわざわざ調べに来る人間はほとんどいない。みごとに刺客を突いた隠し場所である。
「この先に、声の主がいるそうです。」
 それだけを告げ、プリムは地面の下から現れた階段を降りていく。慌ててついていくケイとマリーシア。3人は地下に降りていった。



「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
 3人とも沈黙してしまった。行き止まりである。壁を調べてみると、継ぎ目が有ることが分った。だが、扉のような物ではない。
「少し、下がっててください。」
 魔法を剣にかけたプリムは、そう言って二人を下がらせる。下手な考え、休むに似たり、ということらしい。いや、少し壁をたたいてみて解決方法がこれしかない、とわかったというのが真相だが。
「は!!」
 私シーフで魔術師なんだけどなぁ、などと考えつつ、躊躇なくグレートソードを力いっぱい壁に叩き込む。シーフの習性か、思わず壁の隙間を狙ってしまう。
「・・・お見事です。」
 みごとに壁が崩れる。純粋に物理的なパワーは、ケイの二倍に達するのではないだろうか?
「・・・誉められたって嬉しくないです・・・。」
 当然である。後ろには、通路ではなく部屋があった。
「なんか、あっけないですね・・・。」
 ど真ん中に鎮座した馬鹿でかい剣を見て、思わず呟くプリム。
「本当に、あれが『剣聖』なのでしょうか?」
「さあ? それは本人に聞いてみないと・・・。」
 だが、そんなことを待っていられなかったケイが、剣に近付いて行く。
「ケイ殿、いけません!!」
「ケイさん、不用意に近付かないでください!」
 二人の言葉は少し遅かった。剣は、彼を拒否するように弾き飛ばしたのだ。
「ケイさん!!」
(汝は我が主にあらず!!)
「だからって何もあんなに手荒なことをしなくても!!」
(主よ、早く我を!)
 だが、プリムは動かず、
「そんな乱暴なことをする剣なんて、知りません!!」
(何故!?)
「あんなことをする人を手にとったりして、操られでもしたら目も当てられません!!」
(そんな・・・。)
 心底悲しそうに答えを返す剣。折角何百年も待った新たな主が自分を拒絶したのだ。無理もない。
「大体、人の頭に直接話し掛けてひそひそ話をしようなんて根性が気に入りません!!」
「それはすまなかった。基本的に、主の考えをスムーズに実行するために、我にはああいう力が与えられていたのだが・・・。」
「あのねえ・・・。頭の中を読まれるっていうのははっきり言って気持ちいいものじゃありませんよ。」
 プリムと剣が会話をしている間、マリーシアとケイは思わず唖然とその光景を見つめてしまった。
「すまぬ。手荒なまねをするつもりは無かったのだ。」
「・・・まあいいでしょう。で、どうして貴方はそれほどまでに新しい主を求めるんですか? 第一、ケイさんでは駄目なんですか?」
 その言葉の答を、固唾を飲んで見守る二人。
「そこの騎士には、魔力もその制御技術もない。そちらの女性の魔法技術は、我が求めているものにあらず。また、これまでこの近くに来たものは、ほとんどが未熟過ぎて我をふるえぬ。」
「・・・魔法使いに、貴方を振るう力があるとは思えないんですけど・・・。」
 刀身はミスリル銀製で、更に最高峰の技術が使われていることは分る。だが、それを差し引いても振り回せる人間はさほどいまい。重量的には軽く見積もってもプリムの大剣と大差ないはずで、平均的な冒険者の筋力では振り回せないだろう。
「だが、主よ。貴方にはそれだけの力があるはずだ。高度な制御能力、高い魔力、そして壁を砕くことの出来る力。」
「う・・・。」
 魔力と制御能力はともかく、物理的なパワーについては否定できない。
「たのむ。我は500年待った! これ以上待ちたくない!!」
 あまりにも真剣に頼んでくるので、とても断れなくなってしまうプリム。
「わ、分りました・・・。」
 仕方が無く、その剣を手に取る。サイズはプリムの剣より一回り以上大きい。普通につくった場合、まともに振り回せる人間はいないであろう。たとえ、ストレングスなどの魔法補助があっても。
「主よ。貴方に贈りたい物がある。」
「何ですか?」
「鎧だ。」
 それを聞いて、思わずあきれるプリム。
「私、まともな鎧を着たら魔法が使えなくなりますよ。」
「大丈夫だ。魔法を使うための鎧だ。」
 その言葉と同時に、床がめくれあがり、正体不明の指輪が現れる。
「ソーサリー・メイルだ。これなら、動きを阻害することはない。」
「単なる指輪にしか見えないんですけど・・・。」
「つけてみれば分る。」
 指輪を身につけると、光がプリムを包んだ。光が消えた後、要所要所を半液状のミスリル銀が守っていた。
「なんか、本当に効果があるのかどうか怪しい鎧ですね。」
 少し恥ずかしそうにプリムがいう。確かに動きは阻害されない。複雑な動きを要求する古代語魔法とて問題なく使えるだろう。だが、液体金属などというものが防御力に貢献するのだろうか・・・。
「少し、大胆な鎧ですね・・・。」
 何となく目のやり場に困りながらケイが言う。防御方法の都合上、どうしても体のライン、特に胸から腰にかけての線がはっきり出てしまうのだ。下に服を着ているので、まだましといえばましだが。
「まあ、あって困る物ではないのなら、受け取っておけばいいわ。」
「そうね・・・。」
 マリーシアの意見に従うプリム。数日後、選択肢が正しかった事がシーフギルドで証明されるのであった。
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