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テオリア星系戦記 第7話 休暇
埴輪


「こんなにゆっくり寝たのって、久しぶりね・・・。」
 時計を見て、思わず呟く。時計はすでに9時を示している。
「さて、どうしたものかな・・・?」
 おきてしまった以上、二度寝する気も起きない。だがこれと言ってやることもない。トレーニングなどをすれば、休暇の意味がなくなってしまう。
「買い物にでも、行くか・・・。」
 正直、服などは着たきりすずめもいいところで、くたびれてぼろぼろだ。若い娘としては、相当問題である。いい機会なので、新しい服を買ってもいいだろう。誰に見せるか、とかは横においといて。
「この服も、大分痛んできたな・・・。」
 ジャケットに袖を通しながら呟く。浮浪者、とかそんなレベルではないが、妙にみすぼらしく見えてしまう。シンディの外見の場合、凄まじくギャップを感じてしまう。まあ、それでも、それなりに様になるので、美人は得である。
「シンディ、起きてる!?」
「開いてるよ。」
 シェラの声に、苦笑しながら答える。
「今日休暇だよね。」
「ええ。で、ちょっと買い物でも行こうかなって。」
 自分の着てるものを見せながら言う。
「ほら、さすがにそろそろ限界かなって。」
「確かに。」
 苦笑しながら言うシェラ。もっとも、みすぼらしさも不思議とワイルドな印象になり、ある種の野生動物のように不思議な気品があったりするが。
「大体、服に気を使う暇なんてどこにもなかったし。」
「凄く悲しい言葉だね・・・。」
 シェラの言葉に、今度はシンディが苦笑する。
「でもよく考えれば、私って勤労少女なのよね。」
「少女って単語に微妙に違和感があるけど・・・。」
「17歳だと、そろそろその単語を卒業する時期かしら?」
「うーん、というよりシンディの場合、雰囲気がね。」
 配属されてから約8ヶ月。当初から年より上に見えがちだったシンディだが、すでに少女という面影はどこにもない。良くも悪くも、年齢不祥な雰囲気が漂っている。
「まあ、昔は15歳で大人と認められてたらしいから、ね。」
 苦笑する。
「あ、そうそう、最年少記録、おめでとう。」
「何の?」
「大尉になった記録。ちなみに、最短記録も同時更新。」
 ちなみに、中尉についても同じである。
「へえ、結局昇格したんだ。」
 人事のように言う。あまり、階級とかは気にしないらしい。
「シンディ・・・。」
 ジト目で見る。
「単に無茶が当っただけの成果をそんなに過大に評価されてもね。」
「まあ、そうだといえばそうなんだけど・・・。」
「っと、いつまでも駄弁ってたら、服買う時間がなくなりそうね。」
「アタシも一緒に行っていい?」
「いいわよ。」


「なんか、凄く視線を感じるんだけど・・・。」
「シンディは目立つからね。」
「なんか、普段のそういうのとはまた違う感じがする・・・。」
 いつもの、なめるような視線ではない。しかも、見事に男女半々ぐらいである。仕事柄、気配には敏感だ。視線の質ぐらいは分かる。
「何でだろう?」
「アタシ、そんなの知らない。」
 大体、シェラの場合は、一人で歩いていてもこうはならない。
「ま、いいか。」
 考えるのが面倒になったシンディは、速攻で思考を切り換えることにする。
「とりあえず、いつまでもこのまま、っていうのもあれだから、さっさと一着、買っちゃわないとね。」
「あ、あれなんかどう?」
 シェラが指差したのはちょっと可愛い系のワンピースである。
「私に似合うかな?」
 シンディが首を傾げる。正直、自分とは系統が違う気がしなくもない。
「大丈夫大丈夫。」
「うーん、やっぱり違うような気がするなあ・・・。」
 などと、普通なシーンを展開する二人。結局昼前ぐらいまで服選びに没頭した。最初に示されたワンピースは買わなかったが。


 本屋の前を通りかかった時、一冊の雑誌が目に入った。ネットワークが高度に発達しようが、本屋というのは廃れないらしい。やはり、読むための動作が手軽だからだろう。何しろ、携帯端末などと違って、手に取って開くだけでいい。
「何・・・、これ・・・。」
「なんでシンディが?」
 二人して呆然としてしまう。その雑誌の表紙には、シンディの姿が大きく掲載されていたからだ。
「ちょっとまって・・・。」
 他の雑誌も同様に、彼女の写真が表紙を飾っている。
「どう言うこと・・・?」
 半ば呆然としながら、それでも反射的に雑誌を開くシンディ。目に飛びこんできた見出しは『新たなるヒロイン、誕生』であった。
「えーっと、なになに?」
 あまりにベタなタイトルと、そこに飾られた写真に思考停止しているシンディをよそに、興味津々といった顔で記事を読み進めるシェラ。
「今世紀最強の戦乙女、麗しき勝利の女神の素顔に迫る・・・、ねえ。」
 あまりにあまりな記事の内容に、さしものシェラも思わず呆れてしまう。横では、まだシンディが硬直している。
「しかし、べた褒めじゃない、この記事。その上、全然素顔に迫ってないし。」
 シンディと違ってシェラは、この手のゴシップ系の雑誌やサイトなどもたまに見ている。だから、シンディが前々から噂になっていたことは知っていたが・・・。
「あ、こっちの雑誌は少しは詳しいみたい。」
 その雑誌は、現在に至るまでの戦果まで正確に書かれている。年齢、出身、身長に体重、3サイズまでも・・・。
「どーやって調べたんだか。」
 あまりの正確さに呆れている横で、ようやくシンディが立ち直る。どうやら、こう言う事態は予想しなかったらしい。
「こ、これ・・・。」
 どう言うこと、という前に、シェラが口を開く。
「思いっきりアイドル扱いね。どっちかって言うと、英雄かな?」
「この写真、誰が取ったのかな・・・?」
 怒りのオーラが微妙に見え隠れする。その写真は、トレーニングが終って、一息ついている状態の写真である。トレーニングウェアは汗で体にはりつき、乱れた髪に上気した頬、というある種あられもないと言っていい格好である。まがりなりにも17歳の少女にとっては、ちっとばかし恥ずかしい。
「ハッキングでもされたんじゃない?」
「見覚えのある写真も、結構あるみたいね・・・。」
 どうやら、軍も一枚噛んでいるようだ。
「アクセルに、このことを聞かないとね・・・。」
「シンディ、怖い・・・。」
 静かに獰猛な表情を浮かべるシンディ。怯えるシェラ。とりあえず、証拠品としてあるだけの雑誌を買っていった。さすがに色々恥ずかしいので、買ったのはシェラだが。


「アクセル〜、これ、どう言うことかなあ?」
「おお、いい具合に映ってるじゃねえか。まあ、実物のほうが倍は美人だがな。」
「言いたいことは、それだけ・・・?」
 冷たい目で見るシンディ。
「俺は止めたんだがな。」
「ほほう? じゃあ、なんでこんな写真まであるのかなあ?」
 例の、トレーニングの写真を見せながら言う。
「・・・ハッキングじゃないな。上層部の連中が変なことでも考えたか?」
 その言葉に、額を押さえる。
「訴えてやろうかしら・・・。」
「そいつは困る。お前さんが首にでもなった日には、折角のサイフレックスが無駄になっちまう。」
 そう言う問題なのだろうか?
「一体、何を考えてるのやら・・・。」
「ヒーローが欲しいんだろ?」
「ヒーロー?」
 怪訝な顔をする。
「ああ。お前さんの戦績って言うのはだ、並のパイロットが5年かけて築くぐらいのもんだ。戦争中って言うことを差し引いても、ちょっとばかり異常すぎるレベルだ。」
「そう言うもんなの?」
「ああ。その上、これが俺みたいにごついおっさんならまだしもだ。誰が見ても美人だと認める、とてもシェル乗りには見えねえ17の娘が、たった半年そこらでたたき出した記録だ。偶像にするのに、これほどいい条件はねえよ。」
 逆に言えば、こんな姑息な人気取りをしなければならないほど、共和国軍の評価も低くなっている、と言う事である。
「それにな。前の作戦、かなりの打撃だったみたいでな。お前さんが思っている以上に、お前さんの戦果は大きいんだ。期待も集まってくる。」
「迷惑な・・・。」
 正直、こう言う形で目立ちたくはない。今の形では、他の部隊との有形無形の軋轢にくわえ、敵の目標にされ易くなるだけである。まあ、それをのりきれば、名前だけで戦場を左右できるようになるのも確かだが・・・。
「大体、なんで私なの?」
「恨むんだったら、自分の美貌と才能を恨むんだな。」
「威張れるほどのもんじゃないんだけど・・・。」
「なんにせよ、ここまで話が大きくなっちまったら、後はなるようにしかならないからな。死なないように頑張ってくれ。」
 この時期を境に、シンディの周囲は急速に騒がしくなっていくのであった。
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