中央改札 交響曲 感想 説明

EVE
埴輪


 数日ふり続いた雪もやみ、久しぶりに太陽が空に覗く。
「しかしまあ、見事に積もったもんだ。」
 雪掻きと雪降ろしが必要かもしれない。
「しかし、ここんところ雪ばっかりだ。」
「冬だからな。」
「おはよう、ヴァルティ。」
 とりあえず、雪掻きの準備をしながら朝の挨拶をする。
「飯食ってからにしたらどうだ?」
「お客さんはいつくるか分からないからね。せめて店の前ぐらいは歩きやすくしときたい。」
 カンティスの突っ込みに平然と応えるアイン。
「ま、どうでもいいっちゃどうでもいいんだけどな。」
 などとほざいて台所のほうへ向かう。どうせつまみ食いでもするのだろう。
「早く戻ってこんと、マリーネの朝食の時間がなくなるぞ。」
 そう言って2階に上がっていくヴァルティ。すでにマリーネの命を狙っていた天使、という面影はない。
「さっさと終らせるか・・・。」


 店の前の雪掻きをあらかた終らせた後、やや遅めの朝食が終った時、不意に来客があった。
「トーヤ、どうしたんだ?」
「時間、いいか?」
「ああ、かまわない。」
 別段、急ぎの仕事もない。大体、この雪のおかげでジョートショップも開店休業状態だった。最も、昔と違って、今は1月ぐらい仕事がなくても、びくともしないが。
「急いできてくれ。」
「何があったんだ?」
「歩きながら話す。」
 心底急いでいるらしい。思わず首を傾げるアイン。
「落ち付け、トーヤ。僕ならいつでもクラウド医院へ行ける。歩く時間のほうが惜しい。」
 アインがトーヤを宥める。珍しい光景である。
「そうだったな・・・。」
 一つため息をついて、椅子に腰掛ける。
「で、何があった?」
「イヴが、倒れた。」


 今朝方、図書館を休んだイヴが、トーヤのもとを訪れた。どうも体の調子が悪く、トーヤに診て欲しいとの事だった。
「で、診察している途中に倒れて意識を失った、と。」
「ああ。しかも、原因が皆目分からない。」
「トーヤが匙を投げるなんて、よっぽど妙な症状なんだな。」
「そもそも、イヴの体については、全然分からないからな・・・。」
 小さくため息をつくトーヤ。頭を掻くアイン。
「お前も、気がついてるんだろ?」
「イヴの事? まあね。詳しいことは当人と十六夜しか知らないみたいだけど。」
 あっさりという。ピートのこともエルのことも、結局アインはほとんど最初から知っていた。
「向こうも、僕がある程度のことに気がついてるってことは、多分知ってるだろうね。」
「そうか・・・。」
 どうやら、十六夜は相当信頼されているらしい。
「まあなんにせよ、実際に見てみないと分からない。」
 とりあえず、ジャケットを羽織って立ち上がる。
「とっとと行くよ。」
 その台詞と同時に、二人してジョートショップから姿を消した。


 ベッドに横たわっているイヴは、まるで人形のようであった。全く、生気というものが感じられない。
「アイン・・・。」
「大丈夫。まだ間に合う。」
 イヴの額に指を当てていたアインが、それだけを言う。
「どんな手を使っても、怒らないでもらえるかな?」
「ああ。助かる患者なら、助ける手段については何も言わない。」
 マリアやヤスミンを弟子にしてから、トーヤのここらへんの考え方もずいぶん柔軟になった。
「それじゃあ・・・。」
 人差し指で額を強めに突く。そのまま正中線を下っていく。いくつかの正中線上の急所をついた後に、両の手を組み、心臓のあたりに叩きつける。相手が女性だとか、そう言ったことは一切お構いなしである。
「どうだ?」
「まずは、第一段階って所かな?」
 どうやら、最初の処置は成功したらしい。
「原因はわかるのか?」
「分かったけど言わない。」
「そうか・・・。」
 マリアあたりだったらまず納得はしなかろうが、さすがにトーヤはそんなことはなかったらしい。
「後、出来れば二人だけにして欲しい。」
「分かった。」
 そう言って、あっさり部屋から出ようとする。出る間際に・・・。
「襲うなよ。」
「襲わないって。」
 という微笑ましい会話があった。


「・・・ここは。」
 抑揚のない声で呟く。見覚えはないが、知ってるような気がする部屋だ。
「クラウド医院だよ。」
 アインが答える。手になにか、バカでかいものを持っているような気がする。
「そう・・・。」
 何事もなかったかのように体を起こす。
「どうやら、大丈夫そうだね。」
「ええ。なんだか体が取っても軽いわ。」
「それはよかった。」
 それだけ言うと、大きく息をついて椅子に座る。手に持っていたでかいハンマー(棘付き鉄球にあらず)が音を立てて足元に転がるが、こいつ相手にそんな事は、気にしてもしかたがないので気にしない。
「どうやら、倒れていたみたいね。」
「うん。それもトーヤが匙を投げるような状態でね。」
「そう。」
 服と髪の乱れを軽く整えながら、何事もなかったが如くいう。
「それで、どうだったの?」
「なにが?」
「私の体。」
「僕よりは普通、だね。」
 あっさり言う。
「そう。」
 目の前の男にとっては、その程度のことらしい。呆れるやらほっとするやら、かなり複雑な気分である。
「で、何を気にしてたのかな?」
「気にするって・・・。」
「まあ、言いたくなかったらいいんだけど、確認はしとかなきゃいけないことが一つだけ。」
 思わず身構える。
「今回の原因、トーヤに話してもいい?」


「私の躯、そんな事になっていたの・・・。」
「うん。ついでに言うと、これからどうなるかなんて、僕には言えないよ。正直予想できないから。」
 アインも、匙を投げるようなことを言う。
「まあ、そもそも明日どうなるか、なんてのは誰にも分からないことだけど。」
「別に、無理してまで保障していただかなくてもいいわ。」
 アインの言葉に苦笑する。
「そうね。私にはどうすればいいか分からないから、アインさんの判断にお任せするわ。」
「厳しいことを言わないでよ。」
「確かに、今いきなり押しつけられても困るでしょうから、私のこと、私がわかってる範囲でお話するわ。」
 そのまま、静かな口調で自分のことを語り始める。自分が、ルーク・ギャラガーの300番目の人形であること、自分の姿が母親のコピーであること、そして、それゆえに自分が普通の医療には、必ずしも適さない躯であることを。
「十六夜が知ってることって、そのこと?」
「ええ。十六夜さんは、結局私は私だって言ってくれたけど・・・。」
「イヴは、僕についてどう思う?」
 問われて戸惑う。
「とても、一口では言えないけど、正直に言うなら、変な人、かしら。」
「僕が翼を出した時も、その印象は変わった?」
「いいえ・・・。」
「じゃあ、僕が心臓をぶち抜かれても死なないって聞いたら、どうする?」
 さすがに戸惑ったような顔をするが、
「今更、あなたが何をしようと気にしないわ。」
 はっきり答える。
「もう一つ質問。自分が人形だってわかった時、性格とか生活習慣とか、大きく変わった?」
「生活習慣に付いては、些細な変化はあったけれど、大きくは変わっていないわ。性格に付いては・・・、よくわからない。」
「少なくとも、ぱっと見でわかる変化はないね。要は、知らなかったことを知ってしまっただけ。何が変わったって訳じゃないんだから、気楽に構えればいいと思うよ。」
 気楽なことを言う。
「でも、私は・・・。」
「いつまで生きるかわからないのは、普通の人間だって同じ事だ。老いるなら老いるなりの、老いないなら老いないなりの苦しみはある。逆もまた然り。だから悩んでもしかたがない。」
 優しい微笑を浮かべながら、さらっと言う。こう言うとき、この男のことがわからなくなる。
「なんにせよ、基本的には人間と同じだ。ちゃんと子供も生める体だし、子供が変なものになる事もまずない。あんまり悩まなくても大丈夫だよ。」
「どうして、そんな事が分かるの?」
「気を見れば、大体は分かるんだ。まあ、結局はどう転ぶのも、さだめの振り子の幅だ。永く生きるも小さなきらめきで終るも、なるようにしかならない。」
 優しく、諭すように言ってくる。
「まあ、何かあった時の事もあるから、トーヤにだけは話しておくよ。」
「ありがとう。」
 こうして、久しぶりの晴れの日は、静かに過ぎ去っていくのであった。
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