中央改札 交響曲 感想 説明

テオリア星系戦記 第9話 勲章
埴輪


「みんな、いいか?」
 改まった態度で、アクセルが話しかけてくる。
「なんだ、アクセル?」
 怪訝な顔でグレイが問い返す。首筋から見える包帯は、前回の戦闘の後遺症である。彼だけではない。全員、どこかに全治2週間程度のダメージは受けている。
「お前達に、勲章の授与が決まった。一端バルティアルにもどるぞ。」
「まあ、あれだけ色々やらかせば、勲章の一つも授与されようがな。」
 アルが、淡々という。
「メインはシンディでしょ?」
「まあな。とはいえ、おまけというほど評価低くねえから、安心しな。」
 その台詞に苦笑する。
「でも、ついでなんでしょ?」
「かもな。」
 とはいえど、実際のところは勲章の授与自体がついで、とも言えるのだが、そのことは言わないで置く。
「それで、メインは何かしら?」
「さあな。」
 シンディの問に、あっさり逃げの答えを返す。ちなみに、謹慎期間が解けたばかりだが、謹慎というよりはどちらかというと休養、と言った方が正しかった様だ。
「別に、逃げなくてもいいのに。」
「実際のところ、よく分からないのは確かだぞ。」
 アクセルとて、全てを知っているわけではない。
「まあ、全部着いてからのお楽しみ、って事かしら。」
「そういうことだ。」


「なんだか・・・。」
「なんだ?」
「全部同じに見える・・・。」
 渡された勲章を見て、そう感想を漏らすシンディ。
「は?」
「形の区別がつかないとか、そういう事じゃないんだけど・・・。」
 授与された4つの勲章を見比べて考える。とりあえず、条件にあっていた勲章を全部授与したらしい。
「よーするに、価値の違いが分からない、って事?」
「そ。全部安っぽいメダルにしか見えない。高くて文庫本一冊って所かな?」
「おもちゃ屋で売ってるバッジじゃないんだから・・・。」
 少なくとも、それよりは高いはずである。
「ホント、誉めがいのない相手だこと。」
 苦笑しながら言うアクセル。
「さて、セレモニーも終ったことだし、シンディ、ちょっとこっちへ来てくれ。」
「本命、ってヤツ?」
「ああ。他のメンバーは、先にグレイロックに戻っておいてくれ。」
 アクセルの言葉に、とりあえず見ていたパンフから目線を上げるアル。
「シェルはどうする?」
「サイフレックスだけ置いて、後は撤収しておいてくれ。こっちに置いといても、乗り手がいなきゃ意味がない。」
「了解。」
 そのまま、撤収作業に入る3人。
「で、私だけ足止めを食う理由は?」
「作戦会議だとよ。」
「怪我人引っ張り出して?」
「俺に言うな。」
 その言葉に苦笑するシンディ。アクセルは確かにお偉いさんだが、別段元帥でもなんでもない。軍全体を動かすのは、彼の仕事ではない。最も、本人は階級以上に好き勝手に動ける立場だが。実際のところ、アクセルにとって、軍人というのは副業に過ぎない。
「ま、いいけどね。それで、サイフレックスはどの程度使えるの?」
「ロックバスターがまだ使えねえが、他は問題ねえな。」
 1週間そこそこで行った修理としては、上出来であろう。正直なところ、あたらしい機体を用意したほうが早いんじゃないか、とさえ思われるような惨状だったのだから。
「とはいえ、そろそろ本気で考えたほうがいいかな。」
「なにを?」
「お前さんの無茶に対する、根本的な対策をだ。」
「それって、私が法外な要求ばかりしてるように聞えるんだけど・・・。」
 その言葉に、ジト目を返すアクセル。
「十分してるんだって。」
「じゃあ、もう一つ法外な要求いい?」
「もう、何言われてもおどろかねえよ。」
 それを聞いて満足したシンディは、気になってたことをあっさり言う。
「反応速度、倍ぐらいに上がらない?」
「そいつはまた、法外だな・・・。」
 確かに、アクセルは驚かなかった。どちらかと言えば普通の要求だったからだ。だが、倍とは・・・。
「そんなに遅れるのか?」
「このあいだの戦闘なんか、こっちが反応して入力してるのに、5テンポも遅れてたわ。」
「5テンポ、か・・・。」
 実際のところ、こう言う場合のパイロットの言い分は信用しないほうがいい。嘘ではないが、かなり誇張されているからだ。一種の異常感覚状態を、いちいち間に受けていては追いつかない。
「で、いつ頃から遅れ出したんだ?」
「そうね、騒がれだしたあたりからかな? あの頃はそれほど酷くなかったし、元々余裕を持って動かしてたから問題無かったけど・・・。」
「・・・何故すぐに言わなかった?」
「単なる異常感覚だと思ってたの。それに、遅れるって言ってもそんなに頻繁じゃなかったし。」
 それが、はっきり自覚できるようになったのは、つい最近のことだという。今ではありとあらゆる状況で、レスポンスが遅れるように感じるようになっている。
「今のところは、遅れがわかる範囲で補正かけてるからいいけど、いつかそれが通用しなくなって来るような気がしてね。」
「補正、だと?」
「うん。敵の挙動から射線を予測して、出来る限り早めに動くようにしてるの。只、5テンポとなるとちょっと、ね。」
「本当に5テンポか?」
 少し考えた末に、意を決したように言う。
「笑わないでよ。」
「ああ。」
「体感時間で10秒、遅れたことがあった。」
 あの時の恐怖は、とても口では言えない。目前まで迫る弾丸を、見えているのにかわせない恐怖は。
「体感時間で10秒、だと?」
「実際にはコンマ何秒の単位なんでしょうけど・・・。」
 どうやら、サイフレックスは完全にシンディの能力について行けなくなったようだ。
「とりあえず、限界まであげてみるが・・・。」
 だが、反応、操作、実行、というステップを踏んでいる限り、またいつかこの問題にぶち当たるのは目に見えているだろう。制御系を大幅に強化するか、全くの別システムにするのが一番だが、さすがに時間が無さすぎる。どちらも、新型をつくるぐらいの手間がかかる。
「やっぱり、本気で考えるか・・・。」


 作戦会議は、さほど身のない内容で話し合う羽目になった。
「退屈そうだな。」
 隣に座ったシンディを見て、アクセルがささやく。本来、席順で行けばもっと離れていなければならないのだが、そこはそれ、アクセルが民間権力を使ったのだ。
「なんか、無意味なことで話し合ってるな、って。」
 話し合いの内容は、AI型のオートユニットを大量生産するか否かである。
「お前さんはどう思ってるんだ?」
 どうやら、堅苦しいのは抜きにするらしい。
「こっちの技術が向こうに劣ってる以上、サイフレックス一気で何機でも相手できるようなのをいくら生産しても、無意味ね。」
 アクセルも同感らしい。
「じゃあ、何が一番いいと考える?」
「補給路を潰す。」
 その言葉にうなずくアクセル。
「問題は、どこを叩くのが一番効果的か、だが・・・。」
 全体の作戦会議を無視してごちょごちょやる二人。いい度胸である。
「そこ、私語は慎み給え!!」
 さすがにキレたらしい、ライル・マクガルド大将閣下が注意をする。
「ならば、意見として申し上げましょう。彼我の技術力の格差は、すでに物量で補える物では無くなっています。」
 堂々とした態度で、ふてぶてしく言い放つアクセル。
「な、なんだと!?」
「新型であるAS−0シリーズですら、すでに相手の新型、シャールに劣っているのです。それ以下の機体をいくら生産しても、所詮AI制御ではロックバスターで一掃されるのがおちでしょう。」
 大方の流れが生産に向かっていたのだが、最有力者の言葉でその流れが断ち切られる。
「では、どうしようというのだ?」
 マクガルド大将が聞きかえす。
「マクガルド大尉と話していたのですが、相手の補給路を叩くのが一番かと。」
「それができれば、苦労はせんよ。」
 その台詞を聞いたシンディが、挙手をする。
「なんだね、大尉?」
 発言を許可するイクス元帥。
「補給路の分断ですが、おおよそ、効果的なポイントは見当がついています。」
「本当かね?」
 その言葉にうなずくシンディ。
「バカな事を言うな!!」
 青筋を立てて怒鳴り散らすマクガルド大将。それを無視して続ける。
「とりあえず、このデータをご覧下さい。」
 元々、アクセルに見せるために作っていた星域地図を、手もとの端末を操作して表示する。
「赤い点がこれまで革命軍と共和国軍の戦闘があったポイントです。そこから推測される勢力範囲がこちらです。」
 地図が赤く塗りつぶされる。意外に広い範囲である。
「そのうちこの点が要塞のあったポイント、ここでの戦闘の時にこのルートでの輸送船を確認・・・。」
 更に地図を色々とこねくり回す。
「それらの事柄から推測できる宙域は・・・。」
 拡大する。
「この地点です。」
 その言葉にどよめく。地図の上では、近くに惑星もステーションも存在しないはずである。
「何も無い宙域ではないか!」
「この地点について調べて見たところ、不審な点が多くあります。」
 事故の多発、不審な構造物の確認など、確認済み、未確認の情報を伝える。
「少なくとも、調査の必要はあると思われます。」
「・・・よくこんなに調べたもんだな。」
 アクセルが感心したように呟く。
「漫然と戦っていても、状況が打開できるとは思えませんでしたので。」
「だ、そうです。」
 苦虫を噛み潰したような顔をするマクガルド大将。少なくとも、大将の地位にまで上り詰めただけあって、彼は無能ではなかった。だから、シンディの言葉に、理があることぐらいは認める。だが、気に食わない。
「調査については、我々の部隊が行うことにしましょう。」
 アクセルの言葉に、特に異議は出てこない。
「君達に任せよう。」
 イクス元帥の言葉で、全ての方針が決定した。


 会議が終った後、マクガルド大将がシンディを捕まえる。
「シンディ、軍を辞めろといったはずだが?」
「止めねばならない理由など無いはずですが?」
 ぎすぎすした雰囲気の二人を見て苦笑するアクセル。
「娘は親の言うことを聞くものだ!」
 感情的に怒鳴るマクガルド大将。
「上流階級の男と結婚せよと申されましたが、こんな阿婆擦れを押しつけられて喜ぶ殿方が、お父様の望む地位の方におられるとも思いませんが?」
 白い目で見ながら、口調だけは丁寧に言うシンディ。正直、怖い。
「阿婆擦れ、ねえ。」
 アクセルの感覚では、シンディはまだ上品なほうにはいる。大体、気品というヤツは大抵その人間の品性で決まる。いくら上品ぶっていようが、人から好かれも尊敬もされない人間に、気品などというものは存在しない。
「そもそも、職場に親子関係を持ちこまないでいただけますか。」
「う、うるさい!」
 娘に正論をつきつけられ、思わず声を荒げるマクガルド大将。
「とにかく、今回の作戦ばかりは許さんぞ!」
「イクス元帥閣下が決定なさったことです。提督の指示に優先権はありません。」
「娘が死地に向かおうというのに、黙っていられる親がどこにいる!!」
 その言葉を聞いた瞬間、シンディは底冷えのするような眼光を父親に向ける。
「息子には死ね、というくせにですか?」
 背筋に冷たい物が走る。本能が危険を告げる。
「レオンは男だ!」
 アナクロな親父である。
「そうですか。」
 それだけを言うと、シンディは父に背を向けた。


「お前さん、よっぽど親父のことが嫌いなんだな。」
「家族を、単なる道具としか見ていない男よ。」
 大体のところは見ていれば分かる。
「まあ、前からあの提督閣下は好きじゃなかったがな。」
 それから、シンディをまじまじと見詰める。
「なに?」
「全く正反対だな。頭でっかちで保守的なあの提督と、とても親子とは思えねえ。」
「似て無くてよかった、って思ってる。」
 あんなのと同類になるのは、真っ平だと言わんばかりである。
「人のふり見て我が振りなおせ、ってか。」
 型破りな天才を見ながら、ポツリと漏らすのであった。


 不意に衝撃が走る。
「なんだ!?」
「敵襲ね!!」
 シンディの行動は早かった。すぐさま格納庫のほうへ走り出す。最初の衝撃から10秒で、サイフレックスの起動シークエンスに入る。
「こちらシンシア・マクガルド大尉! 格納庫のハッチを開いてください!」
「了解しました!!」
 ハッチが開ききるかいなかのタイミングで飛び出す。サイフレックスの動いた後を、何発かのビームが着弾する。
「完全に囲まれてる!」
 こうなると、取るべき行動は一つだ。
「サイフレックスより司令部へ! 突破口を開きます! 基地を捨てて脱出してください!」
「バカな事を言うな! ここは共和国軍の本部だぞ!!」
「建物なんて、いくらでも用意できます! 大事なのは人を失わないこと、特に敵に奪われないことです!」
 至近距離に居たブラインを殴り倒しながら怒鳴りつける。周囲では、すでにシュバイクが何機も叩き潰されている。
「どうやら、敵は私を目標に定めたみたいね・・・。」
 シャールが3機、こちらに向かってきている。一番手強いのさえ落としてしまえば、後はどうにでもなる、と踏んでいるようだ。
「しかも、こちらは飛び道具をかわせないときてる。」
 今のところ、シールドは持っている。だが、いつ使えなくなるか分からない。せめて、接近戦の攻撃は食らうわけには行かない。
「もはや、この基地は持ちません! これ以上被害が出る前に、脱出を!!」
 そう、数も質も違い過ぎる。更に、シンディは本格的な地上戦は始めてだ。よけられる方向がほぼ2次元である、というのはかなりしんどい。
「基地を捨てるのは構わん。だが、突破口を開いて脱出しても、追撃を逃れるのは難しくないか?」
「ぎりぎりまで基地に引きつけて、全部まとめて爆破すればいいんです!」
 無茶なことを言ってのける。
「勝算は、あるのだな!」
「少なくとも、ゼロじゃありません!!」
 その言葉を聞いたイクス元帥は、指示を下した。
「総員、持ち出せる全ての機密データを持って脱出せよ!」


「アクセル! ロックバスターを射出して!」
「死ぬ気か!?」
「一番確率のマシな手段をとるのよ!」
 どうやら、どんな事態になっても死ぬ気はないらしい。
「分かった!」
 ロックバスターを射出する。空中にジャンプしてキャッチすると、背中にマウントする。
「さて、一世一代の大勝負・・・、いくわよ!!」
 目をつぶって、マジックブースターと可能な限りのリンクを図る。戦場と敵味方の位置、そしていくつもの線が見える。
「シンディ! 内部の人間の脱出が完了した!」
「了解!!」
 引き金を引き、基地を薙ぎ払うように銃身を振る。
「撃ち漏らした!?」
 大気による減衰が、思った以上に大きかった。まだ、敵が残っている。
「シンディ、引け!!」
「今引いたら、総崩れになるわ!!」
 しんがりを勤めている以上、そう簡単には引けない。
「どうするつもりだ!?」
「考えてない!!」
 ロックバスターを捨て、突撃する。瞬く間に蜂の巣になるが、もともと避けるような余力などない。
「まだよ、サイフレックス! あなたにも意地があるのなら、その意地を私に見せなさい!!」
 至近弾によりひしゃげた構造材から腕を引きぬきながら、シンディが魂のそこから吼える。治りかけだった体が、また悲鳴を上げる。だが、ここで屈するわけにはいかない。蒼い光が、体を包む。
「シンディ! 止めろ!」
 アクセルの声を無視し、更に踏みこむ。突如、機体が軽くなる。
「まだ出し惜しみをする気!?」
 すでにアクチュエーターが完全に破壊され、装甲板やカバーだけでつながっていた腕が、突如動くようになる。もげかけた足が、整備したてのように機能を取り戻す。
「武器が無いなら、私が作ってあげる!!」
 ジェネレーターとの接点が壊れ、使えなくなったエネジーソードを横にふるう。敵が1機、上半身と下半身に分けられる。不可視の刃が、空間ごと相手を切り捨てていく。
「なんて非常識な・・・。」
 呆れ、怯え、感動、それらがない交ぜになったぐちゃぐちゃの思考で、その光景を見守る。誰一人として、その場から動けなくなる。
「これで、終わりよ!!」
 不可視の刃を振りぬく。敵が切り捨てられ、同時にサイフレックスの腕がちぎれ飛ぶ。膝から足がずれ、前のめりに各坐する。蒼い光によって支えられていたパーツが、全て外れ落ちる。
「担架だ! 担架持って来い!!」
 ぼろぼろになった女神は、奇跡的に命を取り留めたのであった。
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