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テオリア星系戦記 第10話 約束
埴輪


「ハイ、姉さん。」
 金髪の、シンディによく似た繊細そうな少年が、籠に盛られていた梨を一つむく。
「ありがとう。」
 弟のむいた梨を受け取り、柔らかく微笑む。手術が終り、面会謝絶もとけた時、真っ先に来たのは彼、レオン・マクガルドであった。13になったばかりだが、すでに高等過程に入っている。
「そう言えば、他の人は?」
「アクセルさん達は、後始末だって。手術が終るまでは居たんだけど・・・。」
「そう。」
 別段気にした様子もなく言う。
「ひと段落したら、こっちへ来るって。」
「ずいぶんごたごたしてるみたいだしね。」
 正直、とても手伝いは出来そうにない。
「姉さんの仕事は、ゆっくり体を休める事。」
 今にも出ていきそうな姉を、やんわりと窘める。
「無茶と無謀の違いぐらいは分かってるって。」
 苦笑しながら言うシンディ。
「どうだか。」
 肩をすくめるレオン。
「それにしても・・・。」
「なに?」
「泣き虫だった姉さんが、こんなに無茶するようになるなんて・・・。」
 少し顔を曇らせて言う。
「無茶、か。」
 部下たちにも散々言われる。慎まなければいけない事でもある。が、ここしばらくは、無茶をやらねば生き残れなかったのも事実だ。
「私としては、全員生き残る確率が一番高い事をしてるだけなんだけど・・・。」
「それで姉さんがぼろぼろになってちゃ、意味無いよ・・・。」
 少し怒ったように言う。
「勝利の女神だなんだって言われて舞いあがってるのかもしれないけど・・・。」
「それだけは無いわ。」
「え?」
「状況が、慎重な行動を許さないだけ。最も、慎重になれない性格なのかもしれないけど。」
 穏やかに言う。
「姉さん・・・。」
「この怪我をした時もそうだけど、基本的に弱いから、すぐ追い詰められちゃうの。」
 思わず沈黙するレオン。
「追い詰められて、足掻いて足掻いて、結果的に後から見れば猪突猛進としか言い様の無い行動をとる。やっぱり、追い詰められると本質って出るものね。」
「姉さん・・・。」
 泣きそうな顔をしているレオンの頭に、軽く手を添える。
「ほらほら、泣かないの。そんなんじゃ、またユミルに心配かけちゃうぞ。」
「最近は姉さんの方が度合いが大きいよ。それに、子供扱いしないでよ!」
 髪をくしゃくしゃにしてくる姉の手に抵抗しながら、そう抗議する。
「うーん、反論できないかな?」
 手をどける。
「しかし、1ヶ月の間に2回も病院送りになるとは思わなかった。」
「姉さん・・・。」
「なに?」
「もう、軍を辞めて欲しい・・・。」
 その言葉に苦笑する。
「戦争が終ったら、ね。」
「今すぐ!」
「終るまでは、辞めるに辞められないと思う。少し派手に暴れすぎたみたい。」
 追い詰められて無茶をし、有り得ない状況から生還をする。すると評価が上がってもっと厳しい状況に持ちこまれる。それを覆すために足掻いては更に厳しい状況に追いこまれていく。きりがない。
「中途半端な状態で引っ込むのが、一番危ないから。」
 そう、仮に今辞めたところで、シンディを見逃す者はいないだろう。
「どうして、姉さんなんだよ!」
「そいつは、俺も知りたいな。」
 不意に割りこんできたアクセルの声に、顔をあげるシンディ。
「調子はどうだ?」
「上々ね。来週には本調子に戻ると思う。」
「普通なら全治六ヶ月はくだらねえぜ。」
 苦笑しながら突っ込むアクセル。
「伊達に鍛えてないわ。それに、致命傷じゃなきゃ大抵の怪我はすぐ治るじゃない。」
「まあそうだがな。」
 実際、マジックブースターのおかげで、通常、魔法双方から高度な医療が行える。即死でない限り、怪我や病気で死ぬことは、滅多に無くなった。
 最も、人間、死ぬ時は死ぬが。


「そうそう、サイフレックスの修理、さっき始めたところなんだが・・・。」
「早いね。」
「まあ、な。それで、調べて分かったことがいくつかある。」
「なに?」
 真面目な顔をするシンディ。それに真面目な顔で応えるアクセル。
「単刀直入に言う。お前さん、本当に人間か?」
「どう言う意味よ?」
「サイフレックスのデータを解析して分かったんだが、マジックブースターのリンク値が異常に高い。」
 怪訝な顔をする。
「異常って、どの程度?」
「平均して通常の3倍。発光時で平均約10倍。前回のあれにいたっては100倍を突破してた。」
「そなの?」
「ああ。魔力値、精神力値も大体そんなもんだ。こう言っちゃなんだが、とても人間だとは思えねえ。」
 その台詞に苦笑する。
「でも、シェラだってどっちも2倍近くはいってるって話だし、セリア中尉だって3倍付近をうろうろしてたはずよ。」
「だが、10倍も行くやつはいねえ。100倍なんて数値にいたっては神の領域だ。だが、別段数値だけで言ってるわけじゃねえ。なんでこんな事を言うか、分かるか?」
「サイフレックスの破損、内側からのほうが激しかったんでしょ?」
「そういう事だ。」
 苦笑するシンディ。
「そうね。私は正真正銘人間よ。変種かもしれないけど。記録を調べたら分かると思うけど、士官学校の時も、あんなに凄まじいことにはならなかったわ。」
「ああ。運用しだした頃も、士官学校の時のデータとそう大して変わってねえ。ちょっと戦いが激しくなりだした頃から、酷くなりだした。」
「追い詰められたら、誰だって馬鹿力を発揮するわ。」
「単なる火事場の馬鹿力、ならいいんだが・・・。」
 アクセルの態度に、ふと真剣な顔をするシンディ。
「何か、厄介なことが分かったの?」
「ああ。このままだと、いつかまともな生活は送れなくなる。お前さんは多分、引き返せるボーダーライン、ぎりぎりのところにいる。」
 少し考えこんで、答える。
「それがどうかしたの?」
「姉さん!!」
 重苦しい会話に、とても口を挟めなかったレオンだが、さすがにその姉の言葉には抗議の声を上げる。
「どうなったところで私は私よ。それとも、あなたは人間としか付き合えない、って言うのかしら?」
「お前さんならそう言うと思った。わかった。俺も女房も、最後までお前さんの面倒を見るよ。」
「あら、リューベリック会長一家が総出で私の面倒を見てくれるの? 光栄ね。」
「半分は俺の責任だからな。大体、息子より若い娘の人生を狂わせたんだ。これぐらいはしねえととてもお天道様の下を歩けねえよ。」
 その言葉に苦笑するシンディ。
「まあ、元々結婚は絶望的だったし、そんなに気にしなくてもいいわ。」
「姉さん!!」
 怒りの声を上げるレオン。
「ごめんね、レオン。悪いお姉ちゃんで。」
 優しい微笑を浮かべて言う。勝利の女神、などと呼ばれる勇猛な指揮官の顔はそこにはない。
「平和になったら、きっと私じゃなくてレオンやユミル達の才能が役に立ってくると思うの。だから、私は自分が役に立つ間だけ頑張ろうと思う。」
 もう一度レオンの頭を撫でると、弟の肩に両手をおき、真正面から弟の目を覗き込んで言う。今度は、レオンも抵抗しない。
「だから、もうしばらく悪いお姉ちゃんでいさせてね。」
 しばらくの沈黙。
「・・・絶対に死なない?」
「約束は出来ない。今までだって、いつ死んでもおかしくないようなことばかりしてたし・・・。」
 正直に言う。弟だからといって、無責任なことは言わない。
「じゃあ、終ったら、絶対帰って来る?」
「生きてたら、絶対あなた達のもとへ帰るわ。戦争が終ったら、それで生きてたら軍を辞める。これだけは約束する。」
 レオンは小さくうなずいた。


「いい、弟さんだな。」
「うん。私はレオンが大好き。でも、父には単なる軟弱物に見えたみたいね。正直、息子という扱いじゃなかった。」
 マクガルド大将にとって、シンディとレオン、二人が反対だったらよかったのかもしれない。だが、現実には長女のシンディが軍人で、長男のレオンは画家を志望している。姉弟そろって父親の期待を力いっぱい裏切っている。
「軟弱、って訳じゃないんじゃねえか? あれはあれで、一つの強さだ。」
「うん。私より、よっぽど強いのかもしれないね。」
「さあ、な。」
 しばしの沈黙。
「シンディ。」
「何?」
「お前、何か見えてるだろう。」
「うん。」
「そうか・・・。」
 考えこむ。
「見えるってことは、干渉もできるんだな。」
「できるようになったのは最近だけどね。」
「わかった。お前さんのためにも、せいぜい上手く使えるシステムを工夫するよ。」
「ありがとう。」
「ま、すぐにゃ無理だろうがな。下手すりゃ、内乱終結に間にあわねえだろうし。」
 その言葉を聞いて、小さく微笑む。
「じゃあ、案外早くお払い箱になるかもしれないね。」
「うまくいきゃあ、人間のままでいられるかもな。」
 二人の会話は、そこで途切れたのであった。
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