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テオリア星系戦記 第14話 平穏
埴輪


 内乱は終った。あちらこちらで多少の抵抗は残っているが、そんなものはたいした問題ではない。もっと、根本的な問題が残っていた。
「結局、シンディの処罰はどうなるんだ?」
「明らかに反逆罪だもんね。」
 そう。どう考えても反逆罪なのだ。それも銃殺刑級の。
「これが単に暴れただけだったらもっと話は簡単だったろうな。」
 問題なのは、彼女が事実上内乱を収めた、ということであり、更には、彼女の反逆行為こそが直接のきっかけだ、ということ。さらには、明らかにあのまま戦闘を続けるよりも被害が軽微だ、と言う事である。
 何せ、彼女の与えたダメージは、全て戦闘に重大な支障が出る軽微な故障、というレベルである。戦闘中でなければ、応急修理で直すこともできるだろう。例外が5隻あるが、あれは戦闘中のことで、しかも敵方の戦艦なので問題にならない。
「あの会話、全部一般誌に掲載されてるからな。」
 それどころか、そのシーンは、何故かテオリア星系中で生中継されていた。記録も残っている。
「下手に銃殺なんぞすれば、軍の株は大暴落だ。」
 古来より、組織にたてついて功績を立てた英雄の処罰ほど、紛糾する物はない。功績が大きければ大きいほど、そしてそれをした時の行動が過激であればあるほど、だ。片方だけならともかく、両方そろってしまってはなおのことだ。
「さて、どうするんだろうな?」
 テオリア星系全体の感心事である。


 謹慎中のシンディの部屋。インターホンを鳴らす。
「どうぞ。」
 シンディには、相手の出入りを拒絶する権利はない。せいぜい、着替え中だから待ってくれ、という類のことを認めてもらえる程度であろう。それでもずいぶん好待遇なのだ。
「どうやら、必死になって集めたデータ、無駄になっちまったみたいだな。」
 アクセルの巨体が入ってくる。
「ま、正直無駄になってよかった気もするが、ね。」
 肩をすくめて言う。
「そうね。」
 穏やかに微笑みながら言う。会話が続かない。
「約束・・・。」
「ん?」
「約束、どうなるんだろう・・・。」
 ポツリと呟く。
「約束、か・・・。」
 気休めを言っても無駄なのは、十分知り尽くしている。
「死にたくないな・・・。」
「・・・・・・。」
 驚いた顔で、シンディを見る。
「変かな?」
「いいや、普通だ。普通すぎて驚いてる。」
「死ぬのは怖くない。覚悟も出来てる。ただ、今のままじゃ死にたくない。」
 黙って少女を見つめる。
「今のままじゃ心残りが多すぎる。このままじゃ、死んでも死にきれない。」
 小さくため息をつく。初めて、シンディが年相応に見える。
「後悔、してるか?」
「全然。私は誰に対しても恥じるようなことはしてない。たとえ銃殺になったとしても胸をはって言えるわ。私は、正しいことをしたって。」
 壁の傷を何となく見る。
「それで殺されても、悔いはしない。ただ、死にたくないの。」
 チラッとアクセルに視線を走らせると、今度は組んでいた手に目を向ける。
「厚かましい事だけど、ね。」
 また、沈黙。
「心残りってのは?」
「約束が果たせないこと、が一番かな。」
「レオンとの、か?」
「うん。多分、死刑になったら、レオンを一生後悔させることになるんだろうな、と思うと、ね。」
 聞いていたアクセルが、小さく笑いながら言う。
「さっきっから、弟のことばかりだな。」
「うん。だって、大切な弟だもの。」
「ほかにはないのか?」
「笑わない?」
 小さくうなずく。
「恋、してみたいな、って。」
「・・・は?」
「やっぱり、似合わない?」
「というより、お前さんに恋愛願望があったとはな。」
 思わず漏らす。
「似合わない、でしょう?」
「難しいところだな。」
「無理しなくてもいいわ。自分でも柄じゃない、って思ってるんだから。」
 苦笑しながら言う。
「第一、この性格じゃそういう色っぽい話にはならないでしょうね。」
「う〜む。」
 アクセルにしてみれば、こう言うタイプはものすごく好みだ。だが、実際のところは、男と女、というよりは、父と娘、である。
「しかし、こんな殺風景な部屋で、気が変にならないか?」
「別に。部屋が殺風景なのは、なれてるから。」
 その後、他愛も無い話をしばらく続ける二人であった。


「結局、どうする気だ?」
「今回は、軍の株を取るつもりだ。」
「ほう?」
 アクセルとイクスが、酒の席で気軽に機密級の話をする。
「理由、聞いていいか?」
「簡単なことだ。あのまま続けていた場合と比べて、圧倒的に安くついているからだ。大破や撃沈の戦艦一隻と、小破の戦艦10隻とでは、大破の戦艦1隻のほうが圧倒的に高い。」
「本当にそれだけか?」
 アクセルがそう突っ込むと、テレ笑いを浮かべ、恥ずかしそうに答えた。
「誰にも言うなよ? 私も、彼女のファンなんだ。」
「は?」
 私情が絡んでるだろう、とは思っていたが、よもやそう来るとは・・・。
「それに、死にたくない、と言っていたしな・・・。」
「やっぱり、部屋にしかけてあった盗聴機はそっちのか・・・。」
「本音が聞きたかったのでな。」
 苦笑するしかないアクセル。
「まあ、彼女のことだから、気がついていたとは思うが。」
「だが、ありゃ紛れもない本音だ。気がついたからって、そう言う演技を出来るほどすれた娘じゃねえよ。」
「分かってる。」
 二人とも、ほぼ同時に、一口飲む。
「納得すると、思うか?」
「させてやるさ。大体、それだけの功績も立てている。それにな・・・。」
「ん?」
 小さく苦笑を返して、続きを告げる。
「本気で楯突かれて、こっちが何とかできたと思うか?」
 ほとんどの武器の射程外から、正確に火器の制御系だけを斬り捨てる。そんな真似をするパワードシェルだ。本気で喧嘩を吹っかけたのなら、全滅とまでは行かなくても相当な被害が出ていたであろう。
「いんや。補給さえ完璧なら、全軍相手に一人で戦えるだろうな。」
「つまりはそういうことだ。」
「了解。ま、頑張れ。」


 結局、シンディに下された処分は、2階級特進、であった。正確には、一つ格下げをしたのち、3階級昇進させる、と言う事だった。保留となっていた基地からの撤退戦での功績、今回の本拠を発見し更に壊滅させた功績、そして敵のリーダーを捕獲した功績、などを考慮した結果、である。
 味方の被害状況も、考査には入っている。
「なんだか、気が抜けたかな・・・。」
 渡された辞令を見て、ポツリと呟く。1年以内に中佐まで上り詰める、という破格の昇進速度は、正直いらぬ軋轢を生みそうだ。だが、昇進したことよりも、生きているという事が有難かった。
「で、これからどうするんだ?」
「うーん・・・。」
 正直、軍にいる理由はない。頭の硬い親父相手でも、多分ちゃんと戦えるだろう。
「大学にでも、通おうかな?」
 使う暇がほとんどなかったので、恩給はずいぶん溜まっている。学費ぐらいには、なりそうだ。
「ま、なんにせよ、そいつはちょっと待ってくれ。」
 シンディの辞表を手で制する。
「なんで?」
「もうじき、誕生日だろ?」
「・・・・・・ああ、そっか。」
 少し考えこんでから、手を打つ。
「でも、今出しても同じじゃないの?」
「月が変わるからなあ。」
 まだ上旬なので、今辞表を出しても月をまたがない。
「うーん・・・。」
 どうしたものかを考えこむ。
「まあ、どっちにしても今日すぐ、ってのはまずいだろう?」
「そう、かも・・・。」
 辞令をもらってすぐ、である。とはいえ、軍法会議やなんやは大分前に終っている。人事上で処分が行われたのが今日、と言う事である。
「そうね。少しの間、保留にするわ。」
 不意に、通信が入る。
「どうした? ・・・それは本当か?」
「何があったの?」
「また、きな臭くなりそうだ。」
 一呼吸置いてから、事実を告げる。
「侵略者、だとよ。」
「侵略者?」
「ああ。宣戦布告と同時に、迎撃に出た連中を全部血祭りに上げたそうだ。」
「相手は、何と名乗っていたの?」
「ガルバード帝国軍・銀翼突撃部隊、だとよ。ようするに先遣隊らしい。」
 何事かを思案したシンディは、手にしていた辞表を握りつぶした。
「どうやら、まだ引っ込めそうにはないみたいね。」
 どうやら、平穏ではあっても、平和にはなりきれなかったようだ。
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