中央改札 交響曲 感想 説明

青年と妹
埴輪


 ジョートショップの鈴がなる。そよ風とともに小柄な女性が入ってくる。初対面なのに、顔の造形やら全体的な雰囲気、なによりその青い髪を知っているような錯覚に陥りそうになる。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用件で?」
 とりあえず、愛想よくマニュアルにしたがって応対するカンティス。
「あの、こちらにアイン・クリシードという人物がいると聞いたんですが・・・。」
「ああ、大将の家族か。通りでなんか知ってるような気がしたんだ。」
 顔の造形は、似ていると言うほどではない。アインがかなり中性的なのに対し、彼女は立派に女性である。だが、パーツパーツの造形を見ていれば、にている。
「私はそんなに兄に似ているのでしょうか?」
「一番似てるのは、見た目と一致しないその馬鹿力かな? それ見たらどんな神様だってふるえあがるぜ。」
「あら、それはかいかぶられたものですね。」
 頬に手を当てて、首をかしげながら言う。
「私達は、基本的には大人しい一家なのに。」
「何人、それを信用するかだな。頭があるとどうしてもその辺は疑っちまう。」
 その言葉に思わずうなずく。何度も難癖をつけられてるからだ。
「そういや、アンタはどれだ? 一番下の三つ子か?」
 アインの家族構成は多少知っている。またこの一家は、多少なめた口調でも怒りはしないことを。
「いえ。双子の妹です。」
「なるほど。子持ちのやつか。旦那と子供ほっぽり出して、こんな辺境になんの用だ?」
「兄さんに用が出来たんです。」
 どんな用か、とは聞かなかった。プライベートなことだし、聞く必要もないと判断したのだ。
「あれ? お客様?」
 仕事が終ったらしく、シーラとマリーネがそろって戻ってきた。
「お邪魔しております。」
 シーラより若干背の低いその女性は、にこやかに微笑んで頭を下げる。マリーネと顔を見合わせて、少し首を傾げるシーラ。
「大将に用だってさ。」
「アイン君に?」
「ま、身内の話だから、あんまりかかわるべきじゃないだろうな。」
 身内の話、と聞いてますますきょとんとする。アインの身内が来たのは過去に一度だけである。何を今更、という感がぬぐえない。
「まあ、別段焦ってるわけでもなさそうだし、大したことにゃなるまいよ。」
 この場の話はそれだけだった。


 当人が帰って来たのは、それからしばらくしてからのことであった。
「どうしたんだ? みんなそろって。」
 アインが不思議そうな顔で、みんなの顔を見る。
「大将、アンタに客だ。」
「客?」
 きょとんとした顔で、とりあえず応接室のほうへ移動する。
「レア・・・?」
「お久しぶりです、兄さん。」
 少し微笑んで、レアが挨拶をする。
「色々と話したいことはありますが、先に用件を言います。」
 一呼吸置いてから、話を続ける。
「アルトが、結婚します。」
「アルトが?」
 アルトとは、アインの弟であり、数少ないクリシード家の男である。
「それはめでたい。いつ?」
「兄さんのほうの都合がつけば、いつでも。」
「それじゃあ、すぐに・・・。」
「ただし、今の兄さんでは駄目です。アルトもその婚約者も、決して結婚をよしとはしないでしょう。」
 思わず?マークを浮かべる。
「アルトが言うには、兄さんが恋人を作らない限りは、結婚できない、だそうです。」
「なんで?」
「今のままでは、兄さんがいつまでたっても人を愛そうとしないのが、あの子にもわかっているからでしょう?」
 レアの言葉に、沈黙で応えるアイン。
「異性として好きになった相手がいないのなら、私はこう言うことはいいません。複数の相手を好きになってしまったとしても。」
 真剣な表情でアインを見ながら、レアが言葉を続ける。
「ですが、好きになりそうな方がいて、それでも好きにならないように自分を戒めるのはいけません。」
「レア・・・。」
「それは、兄さん自身にも、相手の方にも失礼なことです。」
 アインを正面から見据え、言葉をつむぐ。
「臆病者って、笑ってくれてもいいよ。」
「兄さん・・。」
「確かに、言う通りだ。シーラ達にも非常に悪いことをしている。」
 小さくため息をつく。
「気付かなければ、幸せだったかもしれない。もしくは、誰のことも好きにならなければよかったのかもしれない。」
「・・・・・・。」
「僕が悩んでることは、ほとんどが些細な事だって、わかってる。聞くまでもない事だってことも。」
 小さく嘲う。
「兄さん、立ち入ったことを質問します。」
「何?」
「父さんにこの世界に落されてから記憶が戻るまでの間に、一体何があったのですか?」
 レアの勘が、アインがこの件に関してここまで頑なになってしまった原因が、その時期にあると訴えていた。
「何が、兄さんをそこまで責めているのですか?」
 妹の言葉に、少し戸惑いの表情を浮かべる。
「・・・・・・。」
 心配そうな妹の顔に、どう答えたものか戸惑うアイン。
「守れなかったんだ・・・。」
「・・・・・・。」
「情けない話だ。たった一回の失敗を、いまだに引きずってる。」
 ふと、気配を感じて入り口のほうを見る。
「どうしたの、マリーネ?」
「ご飯・・・、できたから・・・。」
 どうやら、ずいぶん長い間話をしていたらしい。見れば、外はもう暗くなっている。
「そう言えばレア、どこに泊まるつもり?」
「そう言えば、決めてませんでした。」
 苦笑するレア。父にアインの説得を頼まれてから、そのことばかりを考えていた。
「客間が空いてたよね。」
「ごめんなさい。」
「いいって。」


「なんか、ずいぶん深刻そうな雰囲気だったけど、何が・・・。」
「すみません、私からは言えないんです。」
「ごめん、まだ頭と心の整理がついてない。」
 シーラの心配そうな言葉に、兄妹そろって頭を下げる。
「私は、あまり立ち入らないようにするけど・・・。」
 言葉を切り、小さく一息つく。
「悩みがあるなら、いつでも話してね。」
「ありがとう。」
 小さく微笑むアイン。それを見て、またため息をつくレア。
「その話はともかくとして・・・。」
 それとは別に興味があったことを、この機会に聞いてみる。
「レアさんって、確か結婚なさってたんでしたっけ?」
「ええ。もう、娘もいますよ。」
 幸せそうな笑顔を見せるレア。あまり年の違わない彼女だが、それでもすでに母親の顔である。
「えーっと、いくつですか?」
「今年で5つです。」
「僕達が、年を食うもんだ。」
 アインは、サーラとは面識はない。
「そう言えば、エミリア達も少し、寂しがってますよ。」
 年の離れている一番下の妹達とは、彼女達がまだ小さかった頃に別れていたこともあり、あまり繋がりはない。だが、それでも4年ほど前の里帰りの時に半年ほど一緒に過ごしたので、それなりの絆はある。
「丁度いい機会だから、1度里帰りしてきたら?」
 アリサが言う。
「お仕事のことはそんなに気にしないで、ね。」
「はい。とりあえず一段落したら。」
「ええ。」
 それを聞いていたシーラが、少しもの欲しそうな目をする。
「どうしたの?」
「アイン君の故郷・・・、見てみたいな・・・。」
「何も無いところだよ。」
 嘘ではない。人が住む、という観点から見れば決して都会的ではない。
「やっぱり、見てみたい・・・。」
 少し考えこむ。
「やっぱり、駄目。」
 チラッとレアを見てから、アインが言葉を続ける。
「今回は少しばかり、状況が悪い。」
「状況?」
「うん。」
 それを聞いてため息をつくレア。せめて説明をしてから、と思ったのだが口を挟むことはしない。
「兄さん。」
「ん?」
「そのことについては、後でゆっくり話ましょう。」
「あ、うん。」
 アインとレアの水面下のやり取りは、当然ながら他の人には気付かれていない。
「部屋の準備が、終ってからね・・・。」


「そうですか、そんな事が・・・。」
「うん。情けないだろう?」
 とてもうなずくことは出来ない。むしろ、よく立ち直ったものだと思う。
「情けないとは、とても言えません。ですが、そこまでわかっているのなら、一歩だけ踏み出してみたらいかがですか?」
「僕が立ち直るために、誰か化け物になってくれって?」
「そういうことではありません。」
「そういうことだろう? しかも、僕には全く自信がない。」
 思わず、小さく首を横に振る。
「兄さん・・・。」
 レアには、兄の心がわかっていた。そう言う点において、決して自分は鋭いほうではないが、曲がりなりにも1度恋愛をし、結婚して子供も作ったのだ。アインよりは鋭い。
「だったら、シーラさんに期待を持たせるのは、止めて下さい。シーラさんに期待するのも、止めて下さい。」
 兄にも彼女にも酷な話かもしれないが、状況が改善されない以上はそれが最善であろう。
「期待?」
「ええ。あなたから踏み出さない以上、その期待には誰も応えてくれません。」
「期待、か・・・。」
 言われてはじめて、自分の心に気がつく。
「本気で情けないな・・・。」
「まだ、間に会いますよ。」
「とことん、情けない、な・・・。」
 妹に押されるようにして、アインは階段を降りた。


 階下では、シーラがアリサに縫い物を教わっていた。もういい時間だが、シーラとてすでに成人を迎えているのだ。自分の責任ぐらいは自分で持てる。
「シーラ、まだいいの?」
「うーんと・・・。」
 外を見て少し考えこむ。
「さすがに、そろそろ帰ったほうがいいかな?」
「じゃあ、送っていくよ。」
「うん、ありがとう。」
 嬉しそうに微笑むと、立ちあがってショールを羽織る。
「二人とも、気をつけてね。」
「出来るだけ、早く帰ってきます。」
 そう言って、外に出る。遅くなった誰かを送っていくのはいつものことだ。だが、いつもと微妙に雰囲気の違うアインを、アリサ達は感じ取っていた。
「アインさん、なんだか・・・。」
 緊張していたみたい、とマリーネが言う前に、
「少し、寂しいかな・・・。」
 アリサが本当に寂しそうに漏らす。
「・・・・・・?」
「出ていくわけじゃない、って分かってるんだけど・・・。」
「・・・・・・?」
「マリーネ、あなたもいつか・・・。」
 言いかけてやめる。
「お養母さん・・・?」
「何でも無いのよ。」
 それは、いつものアリサの笑顔であった。


 並んで歩きながら、いつもと微妙に様子の違うアインをシーラは不思議そうに見詰めていた。
「シーラ、一つ聞いていいかな?」
「うん。」
「僕のこと、どう思ってる?」
 さり気無く発された唐突な、しかも答えの分かりきった質問に戸惑う。
「どうって・・・。」
 だが、すぐに真剣な表情になって言う。
「どんな言葉でも足りないぐらい、好き。」
「・・・他の人じゃ、駄目?」
「うん・・・。貴方でないと嫌・・・。たとえ、独り占め出来なくても、私はアイン君の傍に居たい・・・。。」
 その言葉に、いつになく真剣な表情を向けるアイン。戸惑うシーラ。
「僕が、化け物でも・・・?」
「どうして、今更そんなことを聞くの?」
 アインはそれには答えず、次の質問をぶつけてくる。
「僕と一緒にいると、いつか化け物になるけど、それでも?」
「そうなれば、ずっと傍においてくれるの?」
 穏やかな口調で、予想以上に強く激しい言葉が帰って来る。少し赤面しながら、それでも次の言葉をひねり出す。
「何もかも、捨てなきゃいけないかもしれない。」
「アイン君、知らなかったの?」
 シーラの台詞に、思わず?マークを浮かべる。
「貴方と離れている間、私はまるでなにもかも無くしたみたいだった。ローレンシュタインに留学してた時も、独りで講演に行ってた時も、貴方に会いたい想いで、いつも自分を奮い立たせてたの。」
 アインの前に回りこんで、足を止める。じっと瞳を見て言葉をつむぐ。
「私にとっては、いつも貴方が全てだった。だから、私は何もかもを捨てるよりも、貴方を失うほうが耐えられないの。」
「でも・・・。」
「それに、アイン君が心配してるようなことには、絶対にならない。私達の絆は、エンフィールドでのみんなとの絆は、そんなに脆い物なの?」
「・・・・・・。」
 小さく微笑むと、自分の想いを奏でる。
「昔、何があったのかは分からない。それについて、私は何も言えない。だけど、貴方は1度も私たちを裏切らなかった。だから、私達は何があっても貴方を裏切らない。」
「シーラ・・・。」
 少しの間、沈黙が流れる。
「ただ、私はみんなに怒られちゃうかも。」
「?」
「だって、抜け駆けしないって約束したのに、思いっきり抜け駆けしてるし。」
 正直なところ、抜け駆け云々というレベルではもはやない。
「・・・ごめん。それから、ありがとう・・・。」
「アイン君?」
「さっきの話・・・、聞いてくれる?」
 多分、食事の時の話だろう。あの後も、レアとは何かあったようだ。
「うん。」
 衝撃的な話が、シーラの耳に飛び込んでくる。
「正直、ガキの初恋がこんなに尾を引くとは思わなかった。」
「アイン君・・・。」
 少し躊躇いながら、アインに質問する。普段なら、とても出来なかったであろう質問。だが、何故かアインが望んでいたと分かった質問。
「それで、その人とは・・・。」
「生身では一度も会ってない。」
 意味深である。
「風の噂で聞いた限りでは、幸せな最後とは、とても言えなかったらしい。」
「アイン君・・・。」
「姉弟二人とも、僕が殺したようなもんだ・・・。」
 自嘲気味に嘲う。
「アイン君・・・。」
 そっと、アインを抱きしめる。何故か、この青年相手だけは、大胆になれる。
「私は、私達は大丈夫だから・・・。」
「シーラ・・・。」
「だから、そんな顔、しないで。」
「・・・・・・。」
 少し躊躇って、アインは、思いきった行動をする。
「・・・・・・!!」
 いきなり重ねられた唇に驚きながら、シーラは静かにそれを受け入れる。唇を離し、言葉を継ぐ。
「これが、僕の気持ち。」
 そして、シーラに最後の一言を告げた。
「結婚、してくれる?」
「ええ、喜んで・・・。」
 シーラは、聞き返さなかった。


 アインがプロポーズをしたからと言って、結局何が変わるわけでもなかった。さすがにシーラ達の間ではひと悶着あったが、それとて日常のひとこまと言えなくもない。
「どうでもいいが、なんで俺達の式の方が先なんだ?」
 花婿姿の十六夜が、アインに憮然として言う。前回の偽造結婚を良しとしなかったコーレイン一家が、再度の挙式を強要したのだ。
「いいんじゃないの?」
 穏やかに微笑みながらアインが言う。あいも変わらず食えない男のままだ。
「これで、堂々といちゃつける。」
「あのな・・・。」
「って、関係ないか・・・。」
 自分で言って、自分の言葉の白々しさに苦笑するアイン。
「どう言う意味だ?」
「いや、よく考えたら、いつも全開でいちゃついてたなって。」
「そう言うお前等こそ、婚約者どうしとはとても思えないぞ?」
 その台詞に、肩をすくめる。
「今更、急に付き合い方なんて変えられないよ。」
 ふと見ると、白いブーケを受け取ったシーラが、レアと一緒に歩いてくる。
「しかし、驚きました・・・。」
「なにが?」
「あそこから、まさかプロポーズまで行くなんて・・・。」
 しみじみと、兄の突飛さに感心するレア。
「せっついた癖に。」
「みんな、苦笑してましたよ。2組分1度に式をするとは思わなかった、って。」
 それを聞いた十六夜が、怪訝な顔をする。
「実家のほうでするのか?」
「ちょっと、色々としなきゃいけないことがあってね。」
「さすがに、皆様に参列していただくのは難しいかと思うのですが・・・。」
「だろうね。」
 レアの言葉にうなずくアイン。
「十六夜達を見習おうか?」
「それも、いいかもしれませんね。」
 結局のところ、何が変わるわけでもなく、日常は続いていったのであった。


 fin
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