中央改札 交響曲 感想 説明

異郷へ 1.強制送還
埴輪


 陽の当る丘公園。珍しいことに、今日はジョートショップの店員が集まっていた。
「ほい、チェックメイト。」
 紅蓮の咽もとに刃をつきつけて、アインがさらっと言う。紅蓮と朋樹の頼みで、軽く手合わせをしていたのだ。ちなみに、ルシアと禅鎧も尻馬に載っていたりする。
「ちっ、また負けたか。」
「紅蓮はちょっと攻撃が大味すぎるかな?」
 確かに、相手の予測を覆すという点ではパーフェクトに近い。だが、相手はアインである。
「残念でしたね、紅蓮さん。」
 ウェンディが苦笑しながら言う。今日は彼女はお休みである。というか、比較的働き詰めだったウェンディに、ティナが気を効かせたのである。ちなみに、ティナは働いている。というより、孤児院の仕事に休みなどない。
「次は朋樹かな?」
「だね。」
 立ち上がりながら言う。
「じゃあ、そろそろタッチ。」
 アインが引っ込む。
「次は俺か。」
 クールさを崩さずに立ちあがる禅鎧。
「お願いします!」
「お手柔らかにな。」
 などとやりながら、お互いに構える。一呼吸置いて、激しい組み手が始まる。互いに奥の手は隠したまま、五分ほどやりあう。
「ありがとうございました!!」
 勝負がつかぬまま、組み手を終える。
「ウェンディもどうだ?」
 何気なくルシアが聞く。
「遠慮しておきます。」
 苦笑しながら答えるウェンディ。ふと見ると、アインが何か怪訝な顔をしている。
「どうした、アイン?」
「変だ・・・。」
「変?」
 よくわからないことを言い出す。
「何かが引っかかる。でも何かがわからない。」
「怖いことを言わないで下さい。」
 ちょっと怯えながらウェンディが言う。だが、アインは表情を変えない。
「空間が不安定・・・? でも直接引き金になるようなことは今日は起こっていないし・・・。」
 周囲に目を配りながら、何かに思考をめぐらせる。
「一体何があったんだ、アイン?」
「すぐに、ここから離れたほうがいい・・・。」
 立ち上がって言う。
「どう言うことだ?」
「空間が、異常に不安定なんだ。それも、僕達のいるあたりだけ。」
「と言うと?」
「何が起こるかはわからない。ただ、手を打つためにもここから離れないと。」
 実際のところ、アインの対応は、ほんの少しだけ遅かった。
「こいつはちょっと、ヤバイかな?」
 どんどん歪んでいく空間。覚悟を決めて、大技を使う体勢を整える。不意に衝撃。
「うわっと・・・。」
 どうやら、この空間の歪みそのものが、彼等を葬り去るための手段のようだ。
「アイン!!」
「防げない! けど、どうにかはする!!」
 持っていた短剣を地面に突き刺しながら叫ぶ。その言葉と同時に、彼等の姿は公園から消えた。


 彼等が消えるシーンを、公園の外から見つめつづけていた男達がいた。
「どうやら、うまく行ったようだな。」
 拘束衣に両目を覆う眼帯という怪しげな格好のその男は、にやりと笑う。
「まあ問題はないと思うが、あの青い髪の奴がなにかしてるかも知れねえからな・・・。」
 同じ服装のもう一人の男が、静かに公園に踏み込んでいく。
「そちらは任せる。こっちは、万が一の時の準備でもしておく。」
「ああ・・・。」
 返事を待たずに消える最初の男。
「さて・・・。」
 アインが立っていた位置に歩み寄る。
「・・・なんだ?」
 柄の中ほどまで突き刺さった短剣を見て、怪訝な顔をする。抜こうとするが、がっちり食いこんで抜けない。
「ちっ。」
 魔法をぶつけて叩き壊す。跡形もなく消滅する短剣。
「しくじった、かも知れねえな・・・。」
 男の独白が、風に乗って流れた。


 ウェンディが目覚めた時、あたりは見た事もない景色になっていた。公園は公園なのだが・・・。
「目がさめた?」
 誰かが、自分の顔を覗き込んでいた。見覚えのある顔。頭の裏に、少々硬いが、しなやかで温かい感触がある。
「え・・・?」
 自分の状況を把握すため、軽くまわりに視線を走らせる。アインの顔と、見覚えのない光景が目に入ってくる。
「あ、すすすすすす、すいません!!!」
 自らの状況に気がつき、慌てて身を起こすウェンディ。どうやら、自分はアインに膝枕されていたらしい。
「大丈夫?」
 体を起こした瞬間、立ちくらみを起こしたウェンディを、即座に支えるアイン。
「少し、じっとしてたほうがいい。」
 そう言って肩を貸してくれる。赤くなりながら、厚意に甘えるウェンディ。アインに持たれかかってじっとしていると、少しずつ気分がよくなってゆく。
「あの・・・。」
「多分、世界を越えた時に酔っ払ったんだろう。」
「え・・・?」
 アインの台詞に、驚きの表情を浮かべる。
「世界を越えた?」
「ああ。ここは、紅蓮と朋樹の故郷だよ。」
「え・・・、ええ〜!!!???」
 その声を聞きつけたのか、誰かがこちらに来る。
「よう、目がさめたのか?」
「ぐ、紅蓮さん・・・?」
「よもや、こっちに戻ってくることになるとはな。」
 肩をすくめて言う。
「ウェンディ、起きたのか?」
「体は大丈夫?」
 ルシアと朋樹も戻ってくる。
「どうやら、大事無いようだな。」
 いつのまにか戻ってきていた禅鎧が、そう言う。
「さて、どうしたもんかな?」
 困ったようにルシア。彼等は犯罪者扱いなので、長く開けておくことは出来ない。
「さっき、向こうとは連絡を取っておいたよ。」
「マジかよ・・・。」
 アインの台詞に、疑いの表情を向ける紅蓮。
「ああ。なんなら、もう1度連絡を取ろうか?」
「頼めるか?」
 禅鎧が聞く。
「構わないよ。」
 そう言うと、軽く手をかざす。
「アイン・クリシードの名に於いて命じる。具現せよ、賢者の瞳。」
 あっさり鏡のような物が虚空に現われ、魔術師ギルドの長の顔を映し出す。絶句しているほかのめんつをよそに、あっさり話をはじめる長とアイン。
「何か、用か?」
「そっちに戻れるまでの大体の時間がわかった。それととりあえず、他の人間に連絡を取ったことを教えておいた方がいいかと思ってね。」
「そうか・・・。こちらでも、魔法の正体は分かったのでな。一応、お前達に伝えておこう。」
 その言葉に驚くルシア。
「ちょっと待て、どれぐらい時間が経ってる?」
「お前達がいなくなってから半日、といったところだろうな。」
 怪訝な顔をする。
「こっちでは、とうの昔に半日以上経ってるぞ。」
「そこらへんは、僕が調整してあるからね。」
「調整?」
「まあ、後で説明するよ。で、ゲートを開くまで、そっちの時間で多分4日ぐらいだと思う。」
 ?マークが飛び交う。
「そうさな、魔法の正体は、多分強制送還じゃろう。」
「やっぱり。シャドウの気配は?」
 シャドウ、という単語に更に驚くルシアと禅鎧。
「お前、シャドウを知ってるのか?」
「何度か邪魔をされたからね。残念ながら、その程度で妨害されてやるほど、僕は可愛らしい性格はしてないけどね。」
 それはそうだろうな、などと考えてしまうルシア達。
「で、どう?」
「残念ながら、な。」
「そうか。残留魔力も無しってことは、よっぽど上手くやったんだな。」
 それを聞いた長が、少し考えこむ。
「残留魔力、といえば、少々奇妙な残り方をしていたが・・・。」
「どんな?」
「破壊の後じゃ。」
「やっぱり。ほかには?」
 長が首を横に振る。
「そう・・・。じゃあ、アリサさんとリカルドとレナに挨拶をしてくるから、後よろしく。次の連絡は、戻る直前に入れるよ。多分、そっちの時間で明日か明後日ぐらいになると思う。」


 全員に挨拶を終えた後、アインを待っていたのは質問攻めだった。
「全部、話してもらうぞ。」
「そうだね。まず全員に話しておかなきゃいけないこととして、だ。」
 鞄からビンを取り出して全員に配る。中には、お茶が入っていた。
「こっちにいる時間は、最長で半年ほど見ておいて欲しい。」
「半年、だと?」
「さっきは4日っていったじゃないか。」
 アインの台詞に食って掛かるルシアと朋樹。
「時間の流れを調整してるからね。さっき連絡を入れたところで、向こうの時間とは切り離されている。ただね、転移時に発生する時差やなんやで、どうしても4日程度はずれる。」
 まだ?マークは浮かんでいるが、言ってもしかたがないと割りきったらしい。
「で、どうして半年もいるんだ?」
「ゲートを開くことが出来るのが、多分4ヶ月ぐらい先のはずなんだ。」
「それが?」
「ただ、ちょっと先のことすぎて、正確なタイミングが分からない。2ヶ月ぐらい、前後にずれると思うんだ。だから、最長で半年程度。」
 禅鎧が質問を続ける。
「どうしても、その日じゃないといけないのか?」
「うん。僕一人なら、別段すぐにでも戻れるんだけどね。ちょっと人数が多いし・・・。」
 そこで言葉を切って、お茶を飲む。
「無理やり戻ろうとすると、こっちの世界にも向こうの世界にも、ちょっとばかし影響が大きい。無茶をしたら、向こうで何百年も経ってました、なんて事にもなりかねないし。」
 実際には、もっと酷いことになりかねないのだが、あえてそれは黙っておく。
「で、正確な日付はいつわかるんだ?」
「最低でも来月までは待って。」
 ルシアの言葉に、アインが簡潔に応える。
「ほかにも色々説明しなきゃいけないこともあるけど、後回しにしよう。時間は十分ある。それよりもまずは・・・。」
「生活基盤、か。」
 アインの言いたいことを先回りして、禅鎧が言う。
「そりゃ確かにことだな。特に、一人女の子もいることだしな。」
「あの、私のことは・・・。」
「野宿って訳にも行かないでしょ?」
 ウェンディの台詞をあっさる潰して、アインが言う。
「ウチしか、ないだろうな・・・。」
 紅蓮がため息をつきながら言う。
「そうだね。」
 朋樹も同意する。
「この人数の居候、半年もいて大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。」
 あっさり請け負う紅蓮。
「とは言えど、こっちの金なんて、誰も持ってねえよな・・・。」
「うん。交通費?」
「ま、そう言うこった。・・・歩くしかねえか・・・。」
 現在位置から、自分の家までの距離を考えてうんざりする。
「と、そのまえに・・・。」
 アインが、自然に構える。
「みんな、結界ははれる?」
「なんとかなるとは思うけど・・・。」
 代表して、ルシアが応える。
「じゃあ、一番強い奴、張っといて。」
 アインの言葉が終らぬうちに、また空間が妙な風に歪む。
「な・・・!?」
 慌てて結界を張るルシア。だが・・・。
「なんだ、この感触は・・・。」
 熱く、寒い。全神経を逆撫でされているようだ。自らの体を抱き寄せようとして、それができないことに気がつく。周囲が見えなくなっている。
「こ、これは・・・?」
 どうやら、ルシアの結界は通じなかったようだ。ルシアはまるで、虚空に漂うような感覚を味わいつづけた。
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