中央改札 交響曲 感想 説明

異郷へ 2.猫の空間
埴輪


 世界が自分を否定する。自分が自分で無くなる。
(さむい・・・。)
 水の中をふらふら漂っているような、不安定な感覚。悪寒、吐き気、発熱、ありとあらゆる病気の症状が、同時に襲ってきたような気がする。意識が朦朧とする。だが、気絶することも出来ない。
(あ・・・。)
 不意に、地に足がつく。今まで自分を襲っていた感覚から解放され、ようやく、自分を取り戻すことが出来た。


「なかなか、いきなりだな・・・。」
 アインの顔が目に入ってくる。
「あ、あの・・・。」
 思わず赤くなりながら、とりあえず今の状況を質問しようとするウェンディ。
「とりあえず、他のメンバーもサルベージしないと・・・。」
 アインの言葉で気がつく。周囲に誰もいない。
「何が、あったんですか?」
「今、ちっとばかり変な空間が展開されてる。で、僕以外は、誰も対応が出来なかったみたいだね。」
 気配を探りながら、アインが言う。
「私、どうなってたんですか?」
「実体を保てなくなって、単なる情報として空間内を漂ってた。他のメンバーも同じ。ウェンディを一番最初に引っ張り上げたのは、一番近くにいたから。」
 質問しようとしたこと全てに、簡潔な回答が返される。
「空間の特性は後で説明したげる。まずは全員を回収しないとね。」
 それだけを言うと、アインはサルベージ作業を再開した。


 オーギュメント使いと思われる牧師を探しに、渋谷まで足を伸ばしていた十夜達。ハチ公前でよく演説をしている、と言うことを聞いて、とりあえずチェックをしに来ていたのだが・・・。
(SC空間を感知しました。)
「ちっ! またディゾナントか!!」
 いつのまにか囲まれていた。仕方が無いので、十夜はセイクリッド・デスを構える。周囲に人はいない様だ。
「十夜君!!」
「大丈夫だ、カスミ! 俺達が守ってやる!」
「そゆこと!」
 十夜に倣い、バルバドスを準備しながら誠志郎も答える。後ろでは、理子もすでに戦闘体制に入っている。不意にカスミの姿が消える。
「さっさとかかってきやがれ!」
 相手のほうが有利な位置にいるとは言えど、ディゾナントごときに負ける気はない。
「誠志郎、空木さん、さくさく片付けちまうぞ!」
「分かってるって!」
「無茶は駄目よ!」
 威勢のいいことを言う十夜と誠志郎に、理子が一応釘をさす。
「言われるまでもねえよ!」


「なんか、派手なことをやってるな・・・。」
 すぐ傍で始まったドンパチに、アインが顔をしかめる。
「えーっと・・・、あれ?」
 手近なところにいたルシアを引っ張り上げようとして、別人の情報が一緒に引っかかっていることに気がつく。
「まあ、いいか。」
 まとめて引っ張り出す。
「な、なんだ・・・?」
「な、なに・・・?」
 鳩マメな面をしているルシアと、えらく動揺している見知らぬ少女。美人と言っていいだろうが、えらく地味な印象がある。
「ありゃ、知らない人まで引っ張り上げちゃったか・・・。」
「おい、アイン・・・。」
 顔をしかめるルシア。それを無視して、他の人間を引っ張り上げようとする。
「これは、禅鎧と紅蓮かな?」
 手を伸ばして、ひょいっと引っ張り出す。冗談のような光景である。
「あの・・・。」
「話は後。まだ朋樹が残ってる。」
 ほどなく、一番遠くまで流されていた朋樹が引き上げられ、全員そろう。
「あ、あの・・・。」
「さて、何から説明すべきか。と、言うか、僕も何が分かってるわけでもないんだけど・・・。」
 ややこしい状況に、珍しく口篭もるアイン。第一、この知らない少女がなにものなのか、ということにも問題がある。
「俺達は、一体どうなってたんだ?」
「この空間に干渉されて、実体が保てなくなってたんだ。」
「実体が?」
「うん。巧く説明出来ないけど、感じとしては・・・。」
 少し考えこんで、先を続ける。
「お前は実体を持っていない、とか、お前は人間じゃない、とかをすごい説得力を持って言い聞かされた、って感じかな? 本人はもとより、世界全体がそれを納得してしまったため、情報の一部が変わって、結果として実体が保てなくなった、というところだと思う・・・。」
「は?」
 言いたいことは分かる。だが、納得できるかといえばできない。
「そんなことで、あんな真似が出来るのか?」
「世界そのものを言い負かすことができれば、ね。」
 そもそもがよくわからない話である。
「じゃあ、あっちの連中はなんだ?」
 ドンパチをしている連中を指す。
「分からないよ。さっき言ったでしょ。僕だって何が分かってるわけでもないって。」
「あ、と、十夜君!!」
 先ほど引っ張り上げた少女が、鎌を持った少年の苦境に声を上げる。
「さて、どうしたもんか・・・。」
 的確に厄介事に巻きこまれているのは分かる。ふと、後ろに気配を感じる。近くにいた少女とウェンディを抱え、大きく飛びのく。
「伏兵、って奴かな?」
 飛んできた何かをかわし、呟く。
「カスミを離せ!!」
 見ると、鎌使いの青年が、凄まじい形相でこちらに向かってきている。とことん、厄介なことになりそうだ。


「! カスミ!?」
 カスミの声を聞き、慌ててそちらを見る。見れば、カスミが見知らぬ男達に囲まれている。その隙を逃すことなく、ディゾナントが一撃かましてくる。
「うるせえ!!」
 食らった攻撃をものともせずに、そのディゾナントをどつき倒す。
「誠志郎、空木さん! ここ、任せる!」
「おい、十夜!!」
 誠志郎の制止を振り切り、カスミを見たほうに駆け出す。目の前では、蒼い髪をした男が、カスミを抱えて大きく飛びのいている。
「カスミを離せ!!」
「ちょっと待って!」
 更にもう1度飛びのき、言われた通りにカスミを離す。
「十夜君!!」
「テメエら、なにもんだ!!」
 その言葉に、困ったような表情を浮かべる謎の男。
「さて、現状をどう説明するべきか・・・。」
 よく見ると、遠くにディゾナントがいる。
「テメエらもカスミが目当てか!?」
「どうやってカスミをSC空間内で実体化させた!?」
 あとから、誠志郎と理子も合流してくる。ますます困ったような顔を浮かべる青年。
「その前に、この厄介な空間をどうにかできないかな・・・?」
「テメエらが展開してるんじゃねえのかよ!!」
 話は、平行線をたどりそうだ。


「さて、どうしたもんだろう?」
 アインは、一応仲間のほうを振りかえる。
「俺に聞くなよ・・・。」
 ルシアが顔をしかめる。
「それより、さっきっからうるさい後ろの連中、ほっといていいのか?」
「どうだろ?」
 確かにうるさい。
「目の前の怒ってる人達と、後ろの無生物、どっちの問題を先にかたすべきかな?」
 アイン達の会話を、虚を突かれたような表情で見つめる4人。後ろの無生物が攻撃モーションに入る。
「ああ、もう、うるさい!!」
 一つしかない赤い目に石をぶつけて黙らせる。姿が消える。
「なんなんだか・・・。」
 小さくため息をつきながら呟く。
「う、うそ・・・。」
 アインと同年代ぐらいの女性が、呆然と呟く。
「どうかした?」
「あんなカレイドフェノムは、無いはずよ!?」
「カレイドフェノム?」
 知らぬ単語が飛び出してくる。
「何の事かはわからないけど、僕は小細工はしてないよ。単に石を投げただけだ。」
「嘘・・・。」
 信じられない、という顔をする。
「こいつ等、案外硬いな・・・。」
「そう?」
 斬ってみたルシアが、顔をしかめながら言う。
「結構、厄介そうだ・・・。」
 禅鎧も顔をしかめながら言う。
「そんなに硬いかな?」
 試しに一体、殴り倒す。あっさり消える。
「そうでもないよ。」
 その様子を唖然としてみている4人。
「殴って効きが悪いんだったら、こういうのはどうだ?」
 紅蓮がヴァニシング・レイをぶっ放してみる。3体巻き込んで消滅させる。
「魔法は、ちゃんと効くみたいだね。」
 目が点になる4人。
「そっか。ちゃんとコツが飲みこめてないんだ。」
「コツ?」
「うん。それとも、みんなを固定してる場が、邪魔をしてるのかな?」
 手近な奴の目を抉り出しながら、アインが何事も無いように言う。
「どうやら、この空間の発生源はこいつ等らしいから、とっとと片付けて落ち着こう。」
 さほど時間をかけずに、謎の物体Xは全滅した。


「さて、状況整理と情報の交換といこうか。」
 妙な空間が解除されたのを確認した後、全員が落ちつくのを待ってからそう切り出す。
「まずは、自己紹介からかしら・・・。」
 とりあえず、女性が切り出す。
「そだね。僕はアイン・クリシード。何でも屋の店員。」
「朝倉禅鎧、同じく何でも屋の店員。」
「ルシア・ブレイブ。右に同じ。」
 3人の言葉に怪訝な顔をする。
「何でも屋?」
「そ。なんでも請け負うから何でも屋。最も、非合法の仕事はやんないけどね。」
「しかし、ルシア、ねえ・・・。」
 バンダナをした、鎖付きの円盤を持っている少年が、ルシアの名を聞いて唸る。
「女みたいな顔だと思ったら、名前まで・・・。」
「あんまりそういうこと、言わないほうがいいよ。このお兄さん、中身はすごく猛々しいから。」
「お前等な・・・。」
 不穏な空気を察してか、ウェンディが割って入る。
「私、ウェンディ・ミゼリアって言います。孤児院で働いています。」 
「じゃ、俺かな。俺は紅蓮。ウェイターだ。」
「式朋樹。僕だけ学生。」
 紅蓮と朋樹の名を聞いて、ピンとくるものがあったらしい。少年二人が聞き返してくる。
「紅蓮と式って、もしかして・・・。」
「最近行方不明になったって言う、ツイン・オブ・デビルか?」
「案外、俺達も有名だな・・・。」
 肯定の言葉を呟く紅蓮。
「で、そっちは?」
「あ、ああ・・・。そうだな。」
 気をとりなおして自己紹介を続ける。
「俺は、雲野十夜。藍仙高校二年生だ。」
 鎌を持っているほうが自己紹介をする。金髪に染めた髪、悪趣味なアクセサリー。所謂不良スタイルだが、これがダサく見えないところが稀有といえば稀有だろう。
「柊誠志郎。十夜のクラスメイトだ。」
 鎖付きの円盤を持っている方が名乗る。髪をバンダナでまとめている。背は結構高い。
「カスミ・アインハルトです。十夜君と誠志郎君のクラスメイトです。」
 栗色の髪、大き目の瞳は、黒に近い青だ。他の3人とは、明らかに人種系統が違う。名前からいってハーフかなにからしいが、アイン達から見れば、別段珍しい物でもない。
「しかし・・・。」
 雲野と柊という名前を聞いた紅蓮が、口を挟む。
「藍仙高校の雲野と柊、か。」
「もしかして、俺達って結構有名人?」
「ああ。中坊の癖にえらく暴れまわってたよな。で、高校入ってちょっとしてから、ぴたっと大人しくなったってな。」
 カスミを見てから、納得行ったという感じで言葉を続ける。
「ま、こんな大人しそうなの連れてりゃ、下手に暴れらんねえよな。」
「ま、そう言うこった。」
「で、アンタは?」
 最後に残った女性に話をふる。
「私は空木理子。科学者よ。」
 赤い服を身にまとい、髪を短くしている。全体的な印象としては、理知的、である。
「こう見えても、博士号を持ってるんだぜ。」
「へえ? その年でねえ。」
 感心する紅蓮と朋樹。
「こう見えてもとはなによ、こう見えても、とは。」
「まあまあ。」
 ウェンディが割って入って宥める。
「まあ、自己紹介も終ったことだし、お互いに今の状況を説明しよう。」
 いつのまにか、アインが議長のような形で話を仕切っているが、まあいつものことなので気にしない。


「とまあ、これが僕達の置かれた状況なんだけど、なにか質問は?」
「そもそも、信じられる内容じゃねえよ。」
「だろうね。こんな説明で信じたら、それこそおかしい。」
 自覚はあったらしい。
「大体、オーギュメントも無しで、どうやってSC空間で無事で居られるわけ?」
「単純なことだよ。世界そのものに、僕は僕だ、それ以外の何者でもない、って言い聞かせたんだ。」
「は?」
「あの空間、結局は変な思い込みに対して、世界のほうを合わせようとしてたわけでしょ? だったら対応策は簡単だ。間違った思いこみのほうを修正してやればいい。」
 シンプルな言い分だが、そんな簡単な問題でもない・・・、はずである。
「ルシア達を引っ張り上げたのも同じやり方。ただ、単に言い聞かせただけだったらすぐに惑わされちゃうから、とりあえず簡単に誤魔化されないように、大きな字を書いた布でくるんでたんだけどね。」
「布?」
「分かりやすく言うと、ね。」
 いまいちよく分からない。
「で、さっきルシアと禅鎧の攻撃の効きが悪かったのも、布越しで相手を殴ってたから。僕のが効いてたのは、反対に布がなかったから、かな?」
「紅蓮達のは、布の外から直接ぶっ放してたから、だな。」
「そういう事。」
 禅鎧の答えに、小さくうなずく。
「じゃあ、あの状態でカレイドフェノムを食らってたら、どうなってたんだ?」
「カレイドフェノム、っていうのがさっきの攻撃のことなら、直撃すれば多分、痛いだろうね。」
「痛いって・・・、それだけか?」
「まあ、そんな嘘くさい攻撃、効くか、とか言ってやれば、多分防げると思うよ。」
 それですまされてしまっては、理子たちも浮かばれない。
「なあ、空木・・・。」
 紅蓮が疲れた様に言う。
「な、なに・・・?」
 頭を抱えていた理子が、やっとのことで返事をする。
「あのSC空間って奴、そんなに単純なシロモノなのか?」
「まさか・・・。原理的にはさっきの説明はそれほど間違ってないけど、そんなに単純だったら誰も苦労しないわ・・・。」
「だろうな・・・。」
 深く納得する紅蓮。
「とりあえず、場所を変えようか? そっちの説明、長くなりそうだし。」
「あ、ああ・・・。そうだな・・・。」
 結局、当てもないので十夜のマンションに移動することになった。
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