中央改札 交響曲 感想 説明

異郷へ 4.牧師と聖書
埴輪


 次の日。テーブルの上には、10人分のご飯と味噌汁、それにハムエッグが並んでいた。正確には10人分ではないのだが・・・。
「こりゃまた豪勢だな。」
「豪勢か?」
 十夜の台詞に首を傾げるルシア。
「ルシア、ジョートショップを基準にしちゃいけない。大体、米は昨日調達してきたもんだし。」
 アインが窘める。十夜の家には、炊飯器はあっても米はなかった。食料品も大幅に不足していた。そのため、アイン達が昨日金を稼いだ後、比較的営業時間の長いスーパー(といよりはむしろコンビニ)を見つけて、そこで買って来たのだ。
「買い物してきたわりには、冷蔵庫の中身は対して変わってなかった気がするが?」
 十夜が突っ込みをいれる。
「もう少し買ってきてもよかったんだけどね。一杯買っても、冷蔵庫に入らなきゃ意味がないし。」
「まあ、いつまでここが拠点になるか分からないしな・・・。」
 アインと禅鎧の台詞に、思わず納得する一同。黙々と食事を続ける。
「あ、そうそう。忘れてた。」
 食事が終った当りで、アインが手を叩いて言う。
「なんだ?」
 十夜が聞きかえす。
「みんなにオーギュメントを返すの、忘れてた。」
「そう言えば、そうだったな。あれがなきゃ、俺達ただの高校生だもんな。」
 誠志郎がおどけるように言う。
「一応、色々強化はしてみた。」
「きょ、強化、ですって!?」
 アインの台詞に、理子が驚愕の声を上げる。
「昨日言ったじゃないか。改造するって。」
「言ったけど・・・。」
 本当にするとは思わなかったようだ。
「で、具体的にはどこを変えたんだ? つまらねえ事だったら、俺、なくぜ・・・。」
 誠志郎の言葉に、苦笑を返す。
「つまらないかどうかは、聞いて判断して。とりあえず、起動にかかる時間を1%以下まで落した。起動とほぼ同時にSC空間が展開される筈だ。」
「1%ってことは・・・、0.1秒か?」
「もうちょい短い。」
 十夜の言葉に、答えを返す。確かに、ほぼ同時と言って差し支えない。
「そりゃまた、すごいな・・・。」
「で、出力が20倍になった。というより、出力を上げなきゃ起動時間が早くならなかった。」
「に、20倍!?」
 理子が悲鳴を上げる。
「うん。ただ、エネルギー効率その他は全く変わってない。オーパスまでは作ってる暇はなかったから。だから、これまで同様、あまったオーパスがあったらどんどん吸収させてほしい。それでパワーアップできるはずだから。」
「吸収させる意味、あるの・・・?」
「結構色々と。」
 理子の突っ込みを軽く受け流しながら、腕輪をいくつか取り出す。腕輪、と言っても単なる紐、に近い物だが。
「なんだ、これは?」
「簡易オーギュメント。」
 ルシアの疑問に簡単に答える。
「SC空間の展開も、カレイドフェノムの発生も出来ない。ただただひたすら、所有者をSC空間内で固定するだけだ。」
「役に立つの?」
 朋樹が素朴な疑問をぶつけてくる。
「これで相手を直接殴れる。あと、機能を限定してある分、オーギュメントなんかよりはるかに防御力は高い。カレイドフェノムをどれだけ食らおうと、簡単にやられたりはしない。」
「そっちのほうが、便利なんじゃねえか?」
「ただし、カレイドフェノムを食らえば、やっぱり痛いから。」
 突っ込みを入れた紅蓮も、アインの反撃に沈黙する。
「カスミの分もあるけど、どうする?」
 とりあえず、カスミたちに水を向ける。
「あった方が、有難いかもな。やっぱ、守る相手が見えないって言うのは、やりづらくてしょうがねえ。」
「うーん・・・、今はない方がいい気がする・・・。」
「カスミがそう言うんだったら、俺達は別に構わないが・・・。」
 十夜たちのやり取りをきいたアインが、苦笑しながら最後の腕輪(というか紐)をしまう。
「じゃあ、準備はこれでいいね。とりあえず、カスミは僕が実体化させとくから。」
「なんか、それはそれで釈然としねえんだが・・・。」
 アインの台詞に、ジト目で呟く十夜だった。


「どうだった?」
 理子の問いかけに、首を横に振る十夜。
「今日はまだ来てねえんだとよ。」
「どこに住んでるか、とかは分からなかったのか?」
「みんな名前は知ってるんだが・・・。」
 十夜と誠志郎の会話を聞いていたアインが、ふと思いついて、そこらへんの木に手を当てる。
「・・・・・・。」
「アイン、何やってんだ?」
「ビショップについて、聞いてみた。」
 紅蓮に聞かれて、肩をすくめながら答える。
「残念ながら、複雑すぎて分からなかった。」
「複雑?」
「地形が、ちょっとね。」
 言われて納得する紅蓮。確かに、東京の地理と言うのは分かりにくい。
「あ、そうだ。ちょっといいか?」
「何?」
「こんな人数でぞろぞろ動くのもあれだし、俺ととも、何日か別行動をとりてえんだが。」
 それを聞いた理子が、露骨に嫌な顔をする。
「ちょっと、貴方達! 今がどう言う状況か!!」
「構わないよ。防具、いくついる?」
「そうだな・・・。とりあえず10個もあれば十分だな。」
「ほい。」
 理子の言葉をさえぎり、例のただの紐にしか見えない防具を受け渡しするアインと紅蓮。
「後、交通費その他が欲しいんだけど・・・。」
「いくら?」
「うーん、何があるか分からないから、5千円ぐらいは欲しい。」
「了解。」
 朋樹の言葉に、あっさり二人に千円札で一万円ずつ渡すアイン。
「いいのか?」
「また稼ぐし、すぐにどうこう言う状況でもないよ。」
 驚く紅蓮に、あっさり答えを返すアイン。一つ頭を下げると、駅のほうに向かう二人。
「さて、どうしたもんだろう?」
「ここでごちゃごちゃやっててもしょうがない。他の場所で探そう。」
 結局、ルシアの一言で全部決まる。


 その後センター街と東口商店街が完全に空振りに終り、理子の提案で警察に行くことになった。
「じゃあ、お願い。」
「はいはい。」
 アインの言葉に軽く返事を返しながら警察署に入っていく理子。しばらくして出てきた理子が、結論を答える。
「聞いてきたわ。ビショップって人は、すごく有名人みたいね。」
「有名人?」
「警察に目をつけられてるなんて、そのビショップって奴、本気で大丈夫なのかよ。」
 理子の言葉に、疑いの目を向ける十夜と誠志郎。
「目をつけられてるって言って、悪い意味だけとは限らないでしょ? 大体、悪さをしてるんだったら、警察がほっとかないって。」
「そ、そう言うものですか?」
 アインの台詞に、ジト汗をたらしながら突っ込みをいれるウェンディ。ちなみに、男物のだぶだぶの服が、バリバリに似合っていない。色っぽいと評するには少々清楚すぎるし、ワイルドと評するには少々雰囲気が貧弱すぎる。場違い過ぎる服装のため、妙に浮くのだ。まあ、そのギャップも魅力的に映るのだから、美人は得である。
「二人とも、人を疑うのはよくないよ。」
「そうは言ってもな、カスミ・・・。」
「そうよ。大体、さっきアイン君が言ったように、評判が悪くて有名になってるわけじゃないんだから。むしろ、逆よ。」
 ごちゃごちゃやってるカスミたちに、理子が突っ込みを入れる。
「ありゃ、長引きそうだな。」
「だね。」
 ルシアの台詞に、アインが肩をすくめるのであった。


 ビショップの教会は、ひどくこじんまりとした物だった。着いた時に誠志郎が思わず、
「教会って、これかよ?」
 と漏らしたのも、無理はないといえよう。
「ま、ここでごちゃごちゃやっててもしかたがないな。」
 すぐに気を取りなおした十夜が、結論を出す。
「ごめんくださーい!」
 その言葉をきいたカスミが、とりあえず呼びかける。
「はーい! どなたですか?」
 中から男の声が聞える。胡散臭い牧師風の服装をしたその男は、2桁近い数の人間を見ても、全く怯まずに穏やかな声で切り出す。
「どのような御用件でしょうか?」
「突然押しかけてごめんなさい。ビショップさんをお願いしたいのですが・・・。」
「ビショップは私ですが?」
 理子の言葉に、穏やかに答える。
「よかった。私たち、貴方に力をお借りしたくて・・・。」
「おや、神の御導きが必要なのですか?」
「いえ、そうじゃなくて・・・。」
 理子とビショップのやり取りに苦笑していたアインが、単刀直入に切り出す。
「僕達が力を借りたいのは牧師のビショップじゃない。オーギュメント使いのビショップだ。」
「ほう? オーギュメントを知っているのですか?」
「そりゃそうだ。つくったのはこの人だからね。」
 ビショップの言葉に、あっさりアインが言う。
「あ、アインくん・・・。」
 理子が窘める。ごちゃごちゃやっている間に、禅鎧が割り込む。
「俺は理論やなんやについては素人だが、貴方が持ってるその聖書が、オーギュメントの一種だって事ぐらいは分かる。」
「は?」
 禅鎧の言葉に、全員が一瞬で固まる。無論、アインとルシアは別だが。
「これはこれは・・・。そんなことまで一瞬で見抜くとは・・・。」
「簡単なことだ。そんな赤い目のついた聖書なんてものが、そうゴロゴロあるはずがない。1度オーギュメントをじっくり観察すれば、その赤い目がコアだって事ぐらい、簡単に分かる。」
 ルシアの説明を絶句しながら聞いている十夜達。少しの間沈黙が流れる。
「そうですね。ここで同じ力をもったあなたたちが私に助けを求めに来たのも神のお導きでしょう。喜んで、ご協力させていただきます。」
「神の導き、ねえ。」
 苦笑するアイン。一般に神と呼ばれている存在は善意だけで動いているわけではなく、真に神と呼ぶに値する存在は、自らの意思ではこちらには干渉してこない、という事実をどう告げれば目の前の牧師を納得させられるのだろうか、などとくだらないことを考える。
「まあ、いいや。そういう事らしい。」
「ありがとうございます、ビショップさん!!」
「チョイ待ち!」
 あっさり喜びの表情を浮かべる理こを、誠志郎が制す。
「ど、どうしたの、誠志郎君?」
 カスミが、戸惑いの声を上げる。
「まだ、こいつがなんでオーギュメントを持つことになったか、聞いてねえ。仲間にするかどうか決めるのは、それからだ。」
「もっともだね。」
 誠志郎の台詞に、アインがうなずく。相手が悪人かどうかは関係ない。知らぬ間に利用されている可能性など、いくらでもある。
「おお、これは失礼。確かに、最初にそれをお話しておくべきでしたね。」
 ビショップは、現在に至るまでの経緯を説明する。理子の同僚を助けたこと、その時に自分の友人が理子の同僚の荷物を勝手に開けたこと、その友人が手違いでオーギュメントに登録されてしまったこと、その際に、残りのオーギュメントをビショップがたくされたこと。
「残念ながら、その方は数日後に息を引き取りました。」
「そう・・・。」
 理子が、寂しそうな顔をする。
「出来すぎだな・・・。」
 誠志郎が呟く。思わず、カスミが嗜めようとするが・・・。
「だけど、嘘は言ってないし、誰かに利用されている様子もない。別段、思いこんでいる様子もない。」
「そんなことは分かってるよ。」
 アインに先手を打たれる。
「誠志郎君、あんまり人を疑うのはよくないよ・・・。」
「何事もしっかり話を聞いてから判断するのは、悪いことじゃない。」
「あ、アインさん・・・。」
「誠志郎は、そこらへんの匙加減を覚えるべきだね。」
 カスミが抗議の声を上げかけて、アインの結論にそれをやめる。
「俺一人、悪者かよ・・・。」
「まあまあ、腐らない腐らない。」
 ルシアに宥められて余計に腐る。
「じゃ、とりあえず、その友人って人を紹介してくれる?」
「喜んで。」
 次の目的地が決まったようだ。
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