その学校は、一風変わった学校であった。幼等部から大学院までの一貫教育を行っている学校であり、広大な敷地を有している。世界各地からさまざまな学生が集まるその学園は、創始者のポリシーゆえに、学園そのものに名前がついていなかった。それゆえ、学園は単に『学園』と呼ばれるようになった。
クリシード家は、今日は妙に騒がしかった。
「なんで、ここで作業してるのかな?」
わいわいがやがや人んちで作業(といっても小物作りだが)をしている連中に、思わず突っ込みを入れるアイン。クラスの、約半分が集まっている。
「だって、ここが一番広いんだもーん。寝る場所にも困らないし。」
答えになっていない答えをトリーシャが返す。確かに、アインの家は広いだろう。下賜されてアインのものになっているとはいえ、仮にも一国の王族の別荘だ。最も、よその国のこんな学校ぐらいしかない場所に、普通別荘を建てるはずはない。アインが留学することになった時、入学祝とかいって、勝手に用意したものである。まあ、実は王族の無駄遣いとしてはささやかなものだったりするが。
「それはいいんだけどね・・・。」
「なにか問題でもあったの?」
「上まで、声が響いてるよ。もうちょっと静かに出来ない?」
確かに、少々騒ぎすぎたようだ。少し沈黙するトリーシャ達。次の瞬間、別の角度から反撃をしてくる。
「じゃあ、アインさんも手伝ってよー。」
「そうだぞ。お前だけサボりなんて、ずりぃよ。」
トリーシャの言葉に、ビセットが同調する。
「元々、僕の分は終ってるよ。それとも、パテント申請、手伝うって言うんだったら考えてもいいよ。」
「なんでそんな事しなきゃなんないんだ?」
「ほほう? 昨日の夜食とか今日の夕食とか、誰のお金だと思ってるのかな?」
邪魔くさそうに言った紅蓮に、アインが意地悪く言う。昨日も場所こそ違え、ここで作業をしてる連中のために夜食を手配していたりするし、今日も成り行きで、夕食を振舞うことになってしまっていたりする。
「金持ちがせこい事言ってんじゃねえよ。」
「たかるんだったら、少しは協力するか、せめて邪魔しないでくれる? 娘が出来て、ただでさえお金がいるんだから。」
この場合、誰の言い分に理があるかは一目瞭然であろう。もっとも、だったら領主業をやればいいだろう、という反撃も出来るのだが・・・。
「とにかく、時間を考えてやって欲しい。マリーネがもう寝てるんだから。」
確かに、小学生はすでに寝ている時間だ。
「後2時間しても終らないようだったら手伝ってあげるから、静かにやって。」
それだけ言って出ていくアイン。思わず顔を見合わせる一同。
「さすがに、騒がしすぎたかな・・・。」
乾いた笑いを浮かべて、パティが言う。基本的にはこの手のことにおおらかなアインが、珍しく文句を言ってきたのだ。彼女なりに拙いと思ったらしい。
「いくらなんでも、あれだけ騒ぎゃ文句の一つも言われようが。」
黙々と作業を続けていたルシードが突っ込みを入れる。隣では、ルーが一つうなずいている。
「第一、ほとんど詐欺みたいなやり方で場所を借りてるんだから、もっと静かにするのが礼儀だと思う。」
ルフィーナが更に突っ込む。この連中、元々作業のさの字も出さずに乗りこんできて、ちゃっかり夕食をに便乗して、挙句の果てに一番広い部屋を乗っ取って作業しているのである。まあ、どうせ使っていない部屋だし、と、大目に見ていたアインも、さすがに看過できなかったようだ。
「アタシ達が悪いって言うの!?」
「ここにいる時点で、アンタ達も同罪じゃない!!」
激昂したルーティとシェールの声が、思いのほか大きく響く。
「ルーティ、シェール、おちついて・・・。」
パティが宥めに入る。
「ルーティちゃん、静かに。騒いだら、また怒られるわ。」
隅のほうで、シェリルやイヴ、総司あたりと作業をしていたフローネが宥める。ぶすっとして黙るルーティ。だが、気遣いは遅かったりする。
「・・・・・・。」
手遅れが、部屋の入り口でぼんやり立っていたりする。どーやら、さっきの言葉がとどめだったようだ。
「ルーティ・・・、シェール・・・、明日、全員分の昼飯、奢りな・・・。」
「そんなあ・・・。」
がっくり来るルーティとシェールであった。
彼等が何をしていたのかというと、何の事は無い、近所の神社で行われる七夕祭、その準備の手伝いである。毎年、学園から2、3クラスほどが当日まで手伝いとして駆り出される。そのうちの一つが、アイン達のクラスであった、ただそれだけのことである。
「しょうがないなあ、全く・・・。」
上に上がってから5分とせずに戻ってくる羽目になったアインが、苦笑しながら言う。
「とりあえず、夜食用意するから、一息入れたら? それと、きついと思ったらとっとと寝ること。部屋はとうに準備できてるし。」
「ご、ごめんなさい・・・。」
気まずそうにセシルが謝る。
「いいよ。」
大体、トリーシャ、ローラ、ルーティ、シェール、ビセットの5人がいる時点で静かに出来るとは思っていなかったので、どうせこうなるとは思っていたのだ。それに、単独ではさほどうるさくないが、パティや紅蓮当りに騒ぎを静かに収めたりは出来ないのは、本人達も認識していたりする。
「で、マリーネも食べる?」
寝る前にものを食べるのは肥るもとだが、もともと痩せすぎの娘だ。少々カロリーが多すぎても問題はないだろう。
「うん・・・。」
小さくうなずいたのを見て、電話を取る。
「こっちで適当に決めるよ。」
「ん、任せる・・・。」
疲れたように言うルー。面の皮の厚い連中も、さすがにこの状況は痛いらしい。
「そういや、部屋の準備って、いつ、誰がしたの?」
「みんながきた時点で、ブラウニーが、ね。」
最初から、完全に見抜かれていたのだ。つまり、冒頭の言葉は、分かっていてあえて言ったことになる。そもそも、ここに来ている人間は基本的に、今日の時点で自分の割り当てが終っていない。半数ほどは、言いくるめられて手伝わされているにすぎないが。
「じゃ、夜食が来たあたりでまた降りてくるから、そこから手伝うよ。」
「でも、書類、いいんですか?」
フローネがおずおずと聞く。
「夜食が来るまでに終らせるよ。どうせ、修正やなんやは明日の予定だ。」
痛い。ますます持って痛い。
「それじゃあ、まあ、ぼちぼちやってて。30分もしたら、配達も来るだろうから。」
それだけ言い残して、アインが立ち去る。さすがに気まずいのか、今度は大して誰も騒がなかった。
「そーいや、ヒロは?」
夜食が来るちょっと前に再び下りてきたアインが、夜食の席でメンバーの中に足りない顔があることに気がついて聞く。
「サボり。で、お人好しのここらへんが、肩代わりしてる。」
志郎とルシア、シーラの3人を指差して、エルが言う。
「お前も人のことを言えないくせに。」
突っ込みを、突っ込みで返すルシア。
「どうせなら、朋樹みたいに要領よく終らせりゃいいのにね。」
パティが肩をすくめる。サボって、後で痛い目を見るのは目に見えきっているのに、それでもサボってしまう当りがヒロなのだろう。
「ここにいる人の半分は、お人好しなんでしょ?」
自分も含めて、アインが言う。
「まあ、な。」
苦笑するルシード。申し訳無さそうにするティセ。ルシードは、ティセの分を半分以上肩代わりしたため、結果的に自分の作業が終らなかったのだ。
「あ、マリーネ、いいよ・・・。」
作業をはじめたマリーネを、思わず止めるビセット。
「多分、すぐには眠れないと思うから・・・。」
それだけ答えると、黙々と飾り作りをはじめる。細すぎる白い手が、繊細な動きで器用に飾りを作っていく。
「巧いね。」
感心したように言うエル。
「マリーネ、眠くなったら、さっさと眠ること。」
その後、30分かけて飾りを全て完成させ、マリーネは部屋に戻った。他のメンバーの作業も、深夜にさしかかったあたりで終り、辛うじて祭には間に合った。
当日。綺麗に天の川が見える。非常に混んでいる。これでもか、というぐらい混み合っている。
「うわ・・・、人ばっかり。」
本部のテントでそんなことを呟くアイン。ひたすら人ごみだ。ふと、泣き声が聞える。
「どうしたの?」
泣いている男の子を見つけて、目線を合わせて聞いてみる。
「お母さんが、お母さんが・・・。」
どうやら、迷子らしい。
「とりあえず、こっち来て。」
こんな人がいっぱいのところにいたら、危なくてしょうがない。手を取って、テントのほうへ連れていく。
「お母さんの名前は?」
「メリッサ・レイデム・・・。」
すすり泣きながら答える。
「すぐにお母さんを見つけてあげるから、泣かないで。」
とりあえず、冷やしてあったジュースを取り出して、差し出しながら言う。
「本当に?」
「うん。だから、ここで大人しくしてて。」
「ありがとう、おじちゃん。」
その言葉ににっこり微笑むと、マイクのスイッチを入れ、放送をはじめる。
「迷子のお知らせをします。メリッサ・レイデムさん、お子様をお預かりしています。至急、本部までお越しください。繰り返します・・・。」
放送を終えてしばらくすると、血相を変えた母親がやってくる。
「ど、どうもすみません・・・。」
「いえいえ。大事無くてよかったです。」
恐縮する母親ににこやかに対応して、迷子を母親に返して仕事を終える。ふと、視線を感じる。
「おや、お疲れ様。交代の時間?」
巫女装束のクレアとシーラ、フローネが入って来たのを見て、とりあえずそう声をかける。
「いいえ、ちょっと休憩です。」
フローネがそう答える。
「あ、そう。じゃあちょっとまって。お茶を用意するから。」
人数分のよく冷えた麦茶を用意し、全員に配る。
「ありがとうございます。」
「そっちのほうはどう?」
クレア達は、笹飾りのほうの担当である。
「すごい人です・・・。」
クレアの言葉に、そうだろうな、という感じでうなずくアイン。
「とても交代どころじゃないわ・・・。」
汗をぬぐいながら、シーラが言う。人の多さと気温の高さで、もう汗だくである。
「まあ、ゆっくり休憩してって。」
ふと、視線を感じる。
「ん?」
振り向くが、誰もいない。?マークを浮かべてこちらを見る3人。
「いや、なんか気配を感じたような気が・・・。」
と言いかけて、フェイントをかけて振り向く。そこで、悪戯をしようとしていたその人物と、目があう。
「や。」
悪戯が不発に終っても、なんてことは無いという態度で挨拶をするその人物。それは、アインのよく知っている女性だった。そう、エリス・クロードである。
「なんでまた、ここにいるかな?」
「お休み、もらったんだよ〜。」
長い金髪をなびかせて、楽しげに言う。
「え? あ、あの・・・。」
戸惑いの声を上げるクレア。
「久しぶり、だね。」
「まだ、前から1月ほどしか経ってないよ。」
「あ、あはは・・・。」
目の前にいる有名人に、どう対処していいか分からない3人。
「ああ、これについては、3人とも気にしなくていいよ。」
「これって・・・。」
有名人の余りのぞんざいな扱いに、思わず冷や汗をたらすフローネ。
「そーいや、マリーネちゃんは?」
「家で寝てる。」
「まだ早いんじゃないの?」
「昨日遅くまで起きてたからね。」
二人のやり取りに、気まずそうな顔をするシーラとフローネ。別段、この二人は気にする必要はないと思うのだが。
「でも、アイン君も人が悪いよ。こんな楽しそうなイベントがあるんだったら、どうして教えてくれないの?」
「こんな地元のローカルなお祭、普通は教えないって。」
当たり前である。
「アイン君のいぢわる。」
「あのね・・・。」
苦笑するアイン。
「で、今日は何の用?」
「案内・・・。」
「却下。」
凄まじいテンポだ。
「どーして?」
「仕事柄、持ち場を離れられない。」
「いーもん、そう言うこと言うんだったら、お酒持って君の家襲撃してやる!」
「こらこら未成年。」
ボケた会話を唖然と聞いていると・・・。
「え? ななななんで!?」
ヒロの声が事務所に響き渡る。
「ようやく来たのか、ヒロ。」
「そ、そんな事より、なんでエリス・クロードがここに!?」
実は大ファンなヒロ。
「知らない。」
どうでもいい、と言わんばかりのアイン。
「しかしまあ、あれだけサボっといて、よく顔を出せたもんだ。」
アインが呆れたように言う。
「ヒロさま、こういう形で他の方に迷惑をかけるのは、人として最低ですわ!」
クレアが、ヒロを人間失格と断定する。
「ヒロくん、少なくとも、アインさんには謝らないといけないわ。昨日、すごく迷惑かけてたし。」
フローネが、珍しい怒りの表情を浮かべて言う。因みに、フローネ自身も、ヒロがするはずだった分を手伝っていたりする。というか、あそこまでずれこんだのは、何一つ手をつけていなかったヒロのせいだったりする。
「今回はもういいけど、次からはこう言うことはないようにしてほしい。」
シーラに、止めを刺される。
「俺だって、サボりたくてサボったわけじゃねえよ!」
「ほう? それはなんで?」
アインが、興味深そうに言う。
「実家から、いきなり呼び出しがあったんだよ!」
「だったら、連絡の一つもよこすこと。それとも、言えないわけでもあったの?」
「う・・・。」
どうやら、連絡を入れたくない深いわけがあったらしい。だが、それで容赦してくれるほど、アインは甘くはない。
「さて、ヒロの罰、どうしようか?」
「だったらさ、ヒロくん、だっけ? に、ここの仕事、任せたらどう?」
エリスの言葉に、凍りつくヒロ。本部の仕事という奴は、何かが起こるまで、ただひたすら待機しているだけ、という代物である。それも、後片付けが終るまで。
「それもいいかもね。」
「で、アイン君は私に付き合う、っと。」
「どうして僕が?」
目の前で繰り広げられる光景に、唖然と見入っているヒロ。
「アイン様がどうなさるかは置いておくとして・・・。」
「罰としては、丁度いいんじゃないかしら。」
クレアとフローネも賛成らしい。
「問題は、今度は僕がサボる形になるんだけど・・・。」
「誰も、文句は言わないと思うわ。」
シーラの一言で、完全にけりがつく。
「じゃあ、そうするか。」
「それじゃあ、朝まで飲み明かそう!」
「だからダメだってば、未成年。」
「ケチ・・・。」
実は、言うだけでお酒は余り好きではなかったりするエリス。最も、未成年が酒について好き嫌いを言っている時点で問題ではあるが。
「とりあえず、アイン君を借りてくね。」
「あ、はい。」
思わず返事をするクレア。よくよく考えたら、自分達に断られても困るのだが、そのバイタリティの前には、何を言っても無駄である。
「う、羨ましい・・・。」
自業自得とは言え、寂しい状況になってしまうヒロであった。