中央改札 交響曲 感想 説明

びゅ〜てぃふる でいず 第02話
hiralin


びゅーてぃふる でいず 第01話
  「異世界の青年の到来とその初日」





 孝哉が目覚める。
 周りは見たことの無い景色。
「あれ?」

 自分の記憶を掘り起こしてみる。
 この場所に来た記憶は無い、それは確かだった。
「ここどこだ?」
 当然の疑問を口に出す。
 そこに、
「あっ、気がついたんですね」
 そういう声が聞こえた・
「?」
 声がした方向を見る。そこには女の子。緑色の髪をしていて眼鏡をかけている。白衣を着ているのでぱっと見に賢そうにも見える。
 見覚えは無い。
「え〜と、自分の名前分かりますか?」
 女の子はそう言ってくる。
「ああ、えっと更科、孝哉っていいます」
 孝哉がそう言うと彼女はふかくうなずいて、
「えと、コウヤさん、ですね。何かおかしなところは無いですか」
「?えっと、無いと思いますが」
「そうですか、良かったです」
 ほっとしたような顔をする。その後すぐに驚きの表情に変わって、
「ああっ、そうだ。先生に起きたら呼べって言われてたんだった」
 孝哉には状況がまったく分からない。
「あの」
「今先生呼んできますからちょっと待っててくださいね。それとついでにジュディさんも」
 そう言って女の子はあわただしく部屋を出ていった。

「何なんだあの娘、先生って言ってたけれど」
 孝哉は今居る場所を見渡す。
 部屋自体の広さはそれほどでもなく、およそ無駄なものが置かれていない。しかし掃除が行き届いているようで、孝哉が今寝ているベッドも真っ白で清潔感あふれる印象の場所だ。これに似た場所を孝哉は知っていた。それに先程の先生、という単語。
「病院か?ここ」
 そう推測してもなんだか釈然としない。記憶が少し混乱している。
 疑問を浮かべて考え込んでいると、
 さっきの女の子が出ていったドアがまた開いた。




 エンフィールドと名づけられた街。
 トーヤ・クラウドはその一角で医者を営んでいた。
 魔法を使っての治療ではない。純粋に薬品、物理的な手術を使っての治療。
 魔法を使った治療というのは確かに早いし効果もてきめんだ。しかしそのために患者の抵抗力というものを多分に削ってしまう。基本的に病気に対して無力であるし、なによりも怪我をしても大丈夫だという思いが育ってしまい、普段の注意力を失わせてしまうことにもなりかねない。

「本当に起きたのか?そうすぐに起きるものではないんだが」
「本当ですってば、なんで疑うかなあ」
 治療室に駆け込んできた少女、ディアーナに向かってトーヤはそう告げる。
 今トーヤは階段を踏み外した老人の治療を行っていた所だった。

 ディアーナはトーヤの弟子ということになっている。トーヤにとっては不肖の弟子だったが。
 それというのもディアーナには先天的に医者には向かないんじゃないかと思わせる欠点があったからだ。
 思い込みが激しいのである。
 他にもいろいろな欠点があったがトーヤにとってこれは今すぐにでも直すべきところだった。

 例えば、症状の似ている病気があったとする。
 当然その治療法もまた違ってくる。
 患者に合った治療法を処置すれば助かるだろう。しかし、もう片方の病気だったなら。
 こういった判断は医者にとって常に付きまとうものだ。だから軽はずみに病名を決定するものでもないのだ。
 ディアーナはこういった面にまだ欠けている。そこが心配なのだ。
 彼女の早とちりは一朝一夕で直らないことをトーヤは熟知していた。そのために彼は常に頭を悩ませているところだった。
 他の欠点に悩まされることも多いが。

「とにかく来てくださいよ。起きたら呼べって言ったのは先生じゃないですか」
 ここまで言うのだから本当に起きたのかもしれないと思いなおしてトーヤは今おこなっていた治療を手早く終わらせて、
「分かった。今行く」
「はい、わたしジュディさんも呼んできますね」
 目の前にいた患者に今日の治療は終わったことを告げた。

「ディアーナさんはいつも元気ですね」
 そう言った患者に、
 (まったくだ)
 そう思った。




 ドアを開けて入ってきたトーヤは孝哉のほうを見て軽く驚いた表情を見せる。
「起きていたのか、いや失礼。俺の名前はトーヤ・クラウドという。このエンフィールドの街で医者をやっている。ドクター、と呼んでくれ」
 そう言ってトーヤは自己紹介をした。
「それでこいつが俺の助手で医者見習いのディアーナだ」
「ディアーナ・レイニーと言います。先生みたいな立派な医者になるのが夢です。よろしくお願いします」
 ディアーナが勢いよく頭を下げて自己紹介する。
「ああ、どうも。更科孝哉といいます」
 ディアーナの勢いに押されながらも孝哉は頭を下げる。
「ええとそれで、俺なんでここにいるんですか」
「?覚えていないのか。………まあ、その傷ではな」
 孝哉の反応に頭を強く打っていたのをトーヤは思い出した。

「す、すいません。私が悪かったんです」
 突然女性が前に出てきて孝哉に謝ってくる。孝哉とそう歳は変わらなさそうだった。
「それはどういう………?」
 初対面のはずだったがなにか引っかかるものがある。
「俺、君と会ったことあるような」
 女の子は俗に言うメイド服を着ている。その服装と彼女の顔にかすかな見覚えがあるのを感じる。
 孝哉はそこで様々なことに思い当たった。
「そうだ。確か俺が君に話し掛けて、それで」

 見知らぬ場所に飛ばされて混乱した孝哉。
 そこに通りかかったこの娘に孝哉は話し掛けた。
 自分が今いるこの場所をを尋ねるために。
 そこまでは良かったがその時の孝哉の状態がまずかったため(鼻血出してなぞの言動)、あらぬ誤解を受け、悲鳴を挙げられてしまう。その声に集まった人間に正義の鉄槌を受ける羽目になってしまった。

「ええ、私の名前はジュディと言います。あの時、不用意に悲鳴を上げてしまって………申し訳ありません」
「い、いや確かに自分でも怪しかったと思うし」
 実際孝哉はそう思っていた。そしてそれ以上につつかれたくないことだった。
「まったく、早とちりする前に確認することがあるだろう。無用な騒動を起こして俺の仕事を増やすな。ほかに大勢患者がいるんだぞ」
 先に大まかな事情を聞いていたトーヤがそう言う。トーヤにしてみればこんなたわいも無いことで時間を取られたくないところだった。他にもっと深刻な患者は大勢いるのだから。いや、孝哉も深刻な傷なのだったが。
「ほんとにすいません、更科さん。ドクターも………面倒をかけてしまって申し訳ありません」
 トーヤの先程の言葉に、再度体を折って謝る。
「いや、ほんとに良いんですよ。実際ここにくることになった直接の原因は、ジュディさんじゃ無いんですから」
「そうですよ、先生は言い過ぎです。ジュディさんはある意味で被害者なんですよ」
 孝哉の言葉にうなずいてディアーナが勢い込んで言う。
「………私が不用意に悲鳴を上げたりするから、本当にすいません」
 彼女はなにかを耐える様に言葉を搾り出す。
「………それより、かなりの重傷だがどうする。見たところ動けないほどでもないだろうが、日常生活に不備がでるだろう。こちらとしては入院してもかまわんが」
 話が進まないと思ったのかトーヤ医師が問い掛けてくる。
 現在ベッドは空いている。というよりこの部屋がそうだったのだが。

 トーヤに言われて孝哉は自分の体を確認する。
 服装は病院着。入院の必要性のある身なのだから当然だった。
 そして肝心の怪我。
 とりあえず左腕の骨折は分かりやすい。包帯がぐるぐる巻きになって首から吊られている。同じような理由で右足、アバラのあたりが折れているのも分かる。右の腕と手、左足は無傷。頭の鈍痛はさっき確認したたんこぶのせいだろう。他にも数カ所の打撲。
 そこでふと目に入るもの。
 ぼろ雑巾、としか言い表せられないものがあった。
 しかし、それを汚れさせたものは埃、チリなどではなく、血と泥だった。
 孝哉が着ていたスーツ。

 ………………。
「………俺、そんなに悪人面してましたか」
 悪人面だったとしてもここまでやるものでもないだろうが訊ねずに入られないところだった。
「すいません。私も止めようとしたんですけど………、頭の整理に時間がかかってしまって」
 実際に止めたのは少し後だったようだ。
「それにしてもやりすぎだと思うんだがな」
 トーヤが疑問を口にする。先程は他に患者か来ていてよくは聞いていなかったのだ。
「そこらへんのことはまだ聞いてなかったな。どういった経緯でこうまでなるんだ」
 トーヤが再度問い掛ける。
 
 ほんの少し考え込むようにしてから、
「ええと、私も茫然自失の状態で半分聞き流してたんですけど………」
 そう前置きしてジュディは語り出した。
「私が悲鳴を上げてすぐ、近くにいた方が数人駆けつけてくれたんです」
 そこまでは孝哉も覚えていた。聞きたかったのはその先。
「駆けつけてくれたのはユウさん、アレフさん、アルベルトさんにルーさんだったんですけど………」

 面子を聞いてトーヤは嫌な予感を感じる。
 知らない固有名詞なので、それがどういう意味を持つのか分からない孝哉。

「ええとですね………、確か最初に『こういう奴は余罪があるから、遠慮しなくて良いぞ』って、アレフさんが他の人に言って更科さんの後頭部を強打したんです………」

「………い、言ってることはともかく気絶させようとしたのは、………良いんじゃないかな」
 そう言うディアーナだったが、汗をかいていた。冷たいほうの。
 トーヤはコップに水を入れて飲もうとしている。落ち着きたかった。

「………それでアルベルトさんが『その通りだ、こういった手合いは手加減するとつけあがるから、きっちり痛めつけておかんとな』って、ぐったりとなった更科さんを持っていたハルバードで殴打し始めて………」

 バキンッ。
「ど、どうしたんですか先生」
「あ、ああすまん、このコップ、古いようだな」
 ばらばらになったコップとトーヤの顔を見比べて、孝哉はその理由がわかるような気がした。

「………そしたら、ルーさんが『うむ、こいつの手相は同じ過ちを何度も繰り返す手相だ』って、更科さんのお腹にまるでチンピラさんのように蹴りを入れはじめて………」

 大学の入学式の日、春に入ったというのに雪がちらついていた。異常気象を恨みながらも手袋をつけていったのを孝哉は覚えている。

 ディアーナは無言。
 トーヤは………

「………それで次に、ユウさんが『とすると、やはり後に残る傷をつけるべきだな』と言っておもむろに左腕の骨を砕いて、その後、俺はこの程度じゃ満足できねぇぜとでもいうように指を一本一本丁寧に、それはもう楽しそうに折っていって、………」

ガタンッ。
椅子が倒れる。
「せ、先生?」
「俺は用事を思い出した。後はディアーナ、お前に任せる」
「あの、先生どこへ?」
 問いかけむなしくトーヤは部屋を飛び出していった。走り去るトーヤのこめかみには青筋が浮いていた。
 孝哉は自分の身に起こった惨劇に打ちのめされ聞こえていない。

「これからが山場だったんですけど………。残念です。ええとそれでその後、ユウさんが『むっ、まだ動いているな』って言ったんで………」

 トーヤの脱落に本当に残念そうなジュディ。しかしかまわずまだ続く。
 何の山場だろうかと孝哉は思ったが言わなかった。というより言えなかった。
 熱を増す彼女の口調は止まらない。

「………それで最後に『それじゃ逃げられないように、足折っときますね』って、私がアルベルトさんにハルバードを借りて右足を折ったんです」
 なんだか妙に嬉しそうに言うジュディ。頬も紅潮している。


「………」
「………」
「………あ」


「「おまえがトドメさしたんかい!」」


「す、すみません。あの時ほんとに気が動転してて………。それでその、なんとなくその場のノリで………ちょいっと」


(この場所、危険人物しかいないのだろうか)
 そう思った孝哉だった。



 さくら亭。
 いつもは多数の客でにぎわう食堂兼宿屋兼酒場。
 しかし今は昼のピークを過ぎて数人の客がいるのみ。
 客の様子を見ながら看板娘のパティは一息つく。先程もごたごたがあって少し疲れていた。
 その様子を見てカウンターに座っていたアレフが、
「お疲れのようだね」
 何が楽しいのか笑顔で言ってくる。
「誰のせいだと思ってるのよ」
「俺のせい、かもしれない」
「分かっているじゃないの。大体あんたが………」
 そう言いかけて店の入り口のドアが開いたのが見えた。
 言いかけた言葉を飲みこんで応対に出る。

「こっちのほうです」
 女性の声がしてそちらを向くと、ジュディともう一人見知らぬ男がいた。

「なんだ、シーラのとこのジュディじゃない。久しぶりね」
「パティさんお久しぶりです。………良かったです、今はあまり人がいないんですね」
 ジュディは周りを見回してそう言った。普段、人が多いのであまり寄りつかなかったのだ。
「まあね、ちょうどお昼の戦争が終わったところ。それで今日は何の用?それに後ろの半病人」
 その言葉はジュディの後ろに立っていた孝哉に向けられていた。
 孝哉の格好はほぼ全身に巻かれた包帯、左腕を吊っていて松葉杖をついている。重症患者そのものだった。
「ええ、それなんですけど………アレフさん達、いらっしゃいます?」
「アレフはいるけど、ああそっか。さっきの話か」
 そう言ってパティは視線を孝哉に向ける。先程アレフに聞いた話を思い出したのだ。
「あんたも大変だったわね。駆けつけたのがあの面子じゃ、ろくなことにならないのは目に見えているもの」
「そ、そうなんですか」
 孝哉としてはそう言うしかない。
「アレフさんはそれで分かりましたけど、他の方はどうしたか分かります?」
「残念だけどしばらく会えないわよ」
「え?」
 予想外の答えだった。
「どこかへ出かけられたんですか」
「違うわ、捕まったのよ」
「捕まった?」
「本当はさっき4人とも居たんだけど、突然フィレルがやってきて3人を捕まえてったのよ」
「?どういうことですか」
「うん、さっきアレフといっしょに3人ともここで食事してたのよ。そしたらフィレルがやってきて事情聴取が始まって………、まあその理由はわかると思うけど。それでその結果アレフ以外の3人が御用となったのよ。フィレルが言うには3人が捕まるほんの少し前にタレコミがあったそうだけど」
 その話を聞いて、孝哉はなぜ話の途中にトーヤがいなくなったかピンときた。
「そ、そうなんですか」
 ジュディは冷や汗をかいている。その理由は孝哉にはよく分かった。
「まったく、いちいちやり過ぎなのよあの3人、しかも後から聞けばアレフが余計なこと言ったって言うし」
 まあ良い薬にはなると思うけど、とパティは続ける。
「そそそ、そうですね。と、とりあえずアレフさんと話してきます」
 ジュディは早足でアレフの元へ行く。
「………?なんでどもってるの、あの娘」
「………いろいろありまして」
 孝哉も松葉杖を操ってジュディの後を追う。


「いや悪かったな。勘違いとはいえ殴ってしまって」
 ジュディと二言三言話したらしいアレフは、そう言って孝哉に話し掛けてきた。
「いえ、それは良いですけど」
「そうか、そりゃ助かるな。わびといっちゃ何だが何でもおごるぜ」
「それは助かりますね」
 本当に助かった。孝哉はお金を持っていない。
 さくら亭にやってきたのは実は孝哉のお腹の虫が鳴いたからだった。それを聞いたジュディが、それならとこのさくら亭を示したのだ。アレフ達に会うのはついで、なのだった。
 しかし金が無い。ジュディに借りようかとも思ったが、さまにならないな、とも思っていた。
「ところで聞きたかったんですけど、何でアレフさんは捕まってないんですか」
 他の人は捕まったのに、というような顔で孝哉が聞く。
「本人の目の前で言うのもなんだが、俺は気絶させようとしただけだからな。そこらへんが評価されたんだな」
 その割には余計なことを言っていた気がする、と孝哉は思った。
「俺も聞きたかったんだが。何だってあんな状況になったんだ。こうやって話を聞く分にはとりたてて変人ってわけでもなさそうだし」
 こうやって鼻血を取り払った人相を見ると、孝哉は穏やかそうな好青年だった。
「そうですね、私も聞きたいです。どうしてあんなこと聞いてきたんです?」
 ジュディもずっと疑問に思っていたことを口にする。
「う〜ん、そうですね」
 孝哉はしばらく迷ったが全て話すことにした。


「へ〜、異世界かあ」
 いつのまにか聞いていたパティが感心の声を漏らす。
「そうだったんですか。………それであまり見たことのない服を着ていたんですね」
 あの時孝哉はスーツを着ていたが、少なくともここらへんではよほどえらい人間でないと着ないようなものだった。
「シェリルさんの小説にもそういうのがありましたね」
 そういう話で済ませられるところがこの世界の寛容なところだろう。孝哉はそう思う。
「それで話は分かったが、どうするんだこれから」
 その質問に対する答えはもう出ていた。
「多分、このままこの世界にいると思います。帰れる方法はあるかもしれませんが………、そんな気になれない」
 向こうに残してきたものは多いが、それ以上にあの世界は息苦しかった。それがこの街を認識しての孝哉の決意だった。
「そっか、それじゃここに住むつもりなの?」
「とりあえず何をするにもしばらくはこの街にいることになると思います。もしかしたら永住するのかもしれないんですけれど。住民登録とか大丈夫ですかね」
「大丈夫だぜ、素性が知れなくても保証人がいればOKだ。これも何かの縁だ。本来ならかわいこちゃんの頼みしか聞かない俺だが、怪我させたこともあるしな、俺がなってやるよ、保証人」
 アレフにしてみれば面白いことに首を突っ込むのはライフワークのようなものだった。
「あんたもたまにはいいこと言うじゃない。この馬鹿もこう言ってることだし、甘えれば?」
 すこし考えるがさしあたって他にいないこともあって承諾することにする。
「ええと、それじゃお願いできますかアレフさん」
「ああ、大船に乗った気でいろよ」
 笑顔で言う。こういった表情が頼もしげに見えるのは、街一番のナンパ師を自称するアレフにとって大切なことだろう。
「迷惑かけついでに聞くんですけど、バイトの斡旋所みたいなの、無いですか?さすがに無一文は辛いんで」
 孝哉の言葉に少し考え込むアレフとパティ。
「アリサさんのところはどうでしょうか。あそこなら大丈夫だと思いますけど」
 ジュディの言葉に2人がうなずく。
「そうね、それが一番いいと思う」
「でもその体じゃあな」
「確かに、そうですね」
 今の孝哉は死にぞこないそのものだった。それは言い過ぎかもしれないが、少なくともまともに働けるはずが無いことは誰の目にも明らかだ。
「更科さんの世界には、一瞬に傷を治すのとか無いんですか?」
「いや、そんな都合の良いものは………。こっちの世界の魔法ならできると思うけど」
「そんなすごい魔法使う人めったにいないですよ。いえ、この街にもいるんですけどお金取ります」
 それにドクターがそういったのを好まないので、とジュディは続けた。
「そうか………、ん?」
「どうしたんだ?」

 魔法のことを考えて、はたと思い当る。
 前にこの世界でやっていたこと。自分はなぜか魔法が使えた。しかしもとの世界に戻った時使えなくなっていた。
 しかし今は魔法のある世界にいる。
 ということは。

 孝哉は自由な右手を、とりあえず左腕に当てる。
「ヒーリングウェイブ」
 そうささやいた途端、左腕が光が包まれる。
 輝きが消えた時、その痛みはまったく無くなっていた。
「えっと、………今のは?」
 ジュディが戸惑った様子でたずねる。
「ああっと、うん、直ったみたいだね」
 そう言って包帯を取っていく。軽く動かして確認してみる。
 大丈夫だった。
「魔法使えるのか?お前」
 やや驚いてアレフがたずねる。
「前のときに使えたから、もしかしてと思ってやってみたけど大丈夫だったみたいだ」
 そう言って孝哉は目を閉じ集中する。
「ホーリー・ブレス」
 今度は全身が光に包まれる。
 輝きがおさまって、何でも無かったかのように孝哉は包帯を取っていく
「すごい、ですね」
「それで飯が食っていけるんじゃねえか?」
「そんなに何度も使えないんですけどね」
 当時はそんなに大したことだと思っていなかったが、この反応を見ると充分に大したことらしい。
「誰かに習ったんですか。魔法」
「えっと、ロクサーヌって奴に習ったんだけど」
 怪しげな自称吟遊詩人を思い出す。本人は魔法を使えないようだったが教え方は知っていた。
「ロクサーヌってどこかで聞いたような」
 パティが首をかしげる。
「吟遊詩人だから、この街にも来たのかもしれませんね」
「う〜ん、そうだったかな」
 孝哉のフォローにもパティはまだ悩むが、思い出せないなら仕方ないと諦める。

「とりあえず、働くのはこれで何とかなるな」
「そうですね」
「となると住むところだな」
「ここで良いじゃない。部屋空いてるわよ」
 そう言って2階を指さす。さくら亭の2階は宿屋になっている。本来そういった使い方をするものでもなかったが、すでに一人、長期滞在のための使用を許していることから、特に問題は無いだろうとパティは思った。

「………トントン拍子に決まりますね」
 前の時もそうだったが、なんだか身のふり方で困ることは無いようだった。
「話は決まったな。とりあえずアリサさんのトコにいってみるか。しかし俺はこれからデートだしなあ」
「あっ、私案内しますよ。今日はお休みですし。それに更科さんには迷惑をかけてしまいましたし」
「迷惑って、別にジュディがなにかしたわけじゃないでしょう」
「ええと、そうなんですけど」
 言葉を濁す。
「そうか悪いねえ。お礼と言っては何だけど今度デートでも」
 助け舟を出すようにアレフは話を先にすすめる。さっき口止めされたばかりなのだった。こういった気遣いがもてる秘訣でもある。
「遠慮しときます」
「そ、そうかい?」
 悩むそぶりすら見せずに断られてアレフは少し落ち込む。
「まったくあんたは………。それはそうと、今父さんがいないから下宿の話はまた後でね。今はアリサさんのトコとか、この街見回ってきたら?」
「そうだな、住民登録も自警団って所に行かなきゃいけないんだが、とりあえず明日だ。俺はこの後、カリンちゃんに会わなければいけないからな」
「分かりました。この場所にいれば間違い無いですね」
 孝哉が神妙にうなずく。
「ああ、それと」
「?」
「これから敬語は無しだぜ。見たとこ歳が近いしな。異世界の人間だからって別にそう変わりはないんだろ?」
「そうですけど………、いや、分かった。それじゃこれから頼む、アレフ」
「おう、それじゃ俺は行くよ。またなジュディ」
 そう言ってアレフがさくら亭から出ていった。
 パティも話はすんだので仕込みのため厨房に向かうことにした。

「それじゃ、アリサさんのところ、ジョートショップっていうんですけど、行きますか」
「ああ、お願いするよ」
 さくら亭から2人続いて出ていく。



 しばらく歩いて。

「あっ、そうです」
「何ですかジュディさん」
「さっきのアレフさんじゃないですけど、私にも敬語は要らないですよ。名前もジュディと呼んでくださって結構です」
「ジュディさんは敬語使っているじゃないですか」
「そうですね、では孝哉さんとお呼びします」
「いや名前じゃなくて」
「私はメイドだから良いんです」
「関係無いと思うんですけど」
「そういうものなんですよ」
「そういうもの、なのか?」
「そういうもの、です」
「………そうか、じゃジュディ、案内よろしく」
「はい、それでは行きましょう」

 笑顔で答えたジュディはジョートショップに向けて歩き出した。
 その後ろ姿を見て孝哉はふと思った。


(そう言えば………飯食べてなかった)




 ところで。
 場所は変わって自警団事務所。
 その地下牢。

「ええ〜い出せ、フィレル。2日間の謹慎はともかく、なぜ牢屋に入れるんだ。さては明日の休日にクレアとどこかへ行くつもりだな。許さん、許さんぞ〜!」
「何だアルベルト、まだフィレルとクレアちゃんの仲認めてなかったのか」
「当たり前だ。俺の妹をあんな頼りなさそうな奴にやれるか」
「シスコンも程々にしとけよ。しまいに嫌われるぞ。いやもう嫌われてるか」
「なんだとユウ、貴様、元犯罪者の癖になめた口をきくな」
「意味がつながってねえぞ。それに俺は犯罪者じゃないし、過去に犯罪者だった覚えもねえ」
「やかましい、お前はアリサさんと一緒に暮らしてる時点で犯罪者なんだよ」
「お前、俺に喧嘩売ってんのかよ。そのつもりなら買うぜ」
「望むところだ。いい機会だからここでお前を倒して、アリサさんの目を覚まさせてやるぜ」
「ふん、なら俺はクレアちゃんのためにも馬鹿兄貴を成敗してあげるとするか」
「………」
「………」
「死ね外道!」
「逝っとけ極道!」

 殴り合いの喧嘩が始まっていた。

 その横で、

「俺が牢屋に入ることになるとは………。そういえば、今日の注意すべきものに赤色、というのがあったな。なるほど、確かに血が出ていた。あたるものだ」

 懐からタロットカードを出して明日の運勢を占っていた。
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