中央改札 交響曲 感想 説明

<ヒロ・イン・マジックパラレル> 前編hiro


 エンフィールドの目抜き通りは、昼夜ともに活気に色取られた場所だ。それほど広いと
は言えない道の両端にはいくつもの店が立ち並び、売り子が威勢の良い掛け声をあげてい
る。
 ――が、それをものともしない大声……こほん、もとい美声がこだました。
「いいかげん、く・た・ば・れーーーッ!!」
 紅の髪に瞳、少々だらしない造作――じゃなくて、知的としか言いようのない顔。その
たぐいまれな容姿を、この街を守護する自警団員のレザーで作られた青い制服に身を包ん
だ青年――それが俺、ヒロ・トルースだ。
「にゃはははははははははははははははははははは!」
 その俺の前方を、ぴょんぴょんと飛びはねているのは、まるにゃんだ。わけのわからな
いネコ語にぴったしくる、アクセサリーのネコシッポとネコミミを標準装備している。…
…悪趣味。
 この昼間の殺人的なヒトゴミを、まるにゃんはこちらを向きながら逃走していた。つま
り、前を向きつつ後ろに走っているのだ。それでこの俺の追跡をかわしているのだから、
こいつは人間じゃない。と言うか、人間として認めん。
「サンマ一匹だろうと罪は罪! おとなしく捕まらんかい!」
「これ、いまが旬なんだよねぇ〜」
 パクリ☆
「て、てめぇ……」
 あろうことか、魚屋からかすめ取ったそのサンマを、代金も払ってないそのサンマを、
ひとくちで食べやがった……!
 舌で口のまわりを舐め回したまるにゃんは、
「うにゃ♪ やっぱおサカナさんはナマにかぎるにゃり」
「略取罪で逮捕だぁぁぁ!!」
「まーま。落ち着きなさいって、隊長」
 勇んでとっつかまえようとした俺を、後ろから羽交い締めにしてくる女がひとり。
 同僚の星守輝羅だ。黒髪をポニーテールした美人だが、口うるさいのがタマに傷。楚々
としていれば、お嬢様でも通るはずなんだけどな。
「止めるな輝羅! ヤツはこのエンフィールドの経済状態を、危機的状況におとしいれた
んだッ。あのサンマ一匹で魚のシェアは大下落! これでエンフィールドの未来は暗黒的
にサイアクなのは必然ッ!」
「あなたねぇ……」
 呆れが宙返りしている輝羅の両肩をがしっとつかみ、その黒の瞳を真っ向から見詰めた
俺は、
「……輝羅。独立都市って言うのはな、どんな産業においても弱味を見せたら負けなんだ。
たった一匹のサンマでも、起こらない保証はどこにもないんだッ」
「でもここ(エンフィールド)って、漁業なんてしてないけど」
 ――ちっ。
「たとえ海がなかろうと、加工してくれているオジサン・オバサンたちに申し訳がたたん
だろうが」
「魚を加工するのは漁獲したその港町だから、この街とはカンケーないじゃないの」
 ――ぐっ。
「その魚がこの街で不当に扱われてると知ったら、もう取り引きはしてくれないんだぞ。
それがこの街と取り引きするすべての街や国に知られてみろ? 通商問題にまで発展する
恐れすらあるッ」
「そこまでココロの底の浅い人間が、いるとは思えないんだけど」
 ……俺の卓越した口八丁が通じてない。
 とりあえず俺は前髪をかきあげ、気取ってみせてから、
「サンマを笑うものはサンマに泣くってコトワザを知らんとみえるな」
「にゃう〜〜。ヒロちゃん、もう帰っていい?」
 つまらなそうに言ってきたのは、ちゃっかり輝羅のとなりに居座っていたまるにゃんだ。
 まるにゃんはぼりぼりと腕をかいてから、あくびをひとつ。
 ――ふっ。
「な・め・ん・の・も、たいがいにせんかーーーーーーーーーッッ!!!」
「わぁぁい。こっちだよ〜〜」
 鬼ごっこでもやってるつもりか?
 こっちのシャクにさわるふざけ声とともに、その走法からは信じられないスピードで駆
け抜けていく。
 まるにゃんが、一軒の店の中に入っていった。
 さくら亭――
 ふん。あそこでなら、俺が手を出せんと踏んでいるのか。
「ふふん! 俺は最近パティには強いんだ。もうあんな女なんか恐くないッ」
 そして踏み込む。
 店内は、人という名の喧騒で、物理的にすら圧迫感があった。特に熱気がヒドい。
「いらっしゃい! あら、ヒロじゃない」
 というパティはないがしろにし、カウンター席でノンキにパフェに取り組んでいるまる
にゃんに近づいていった。
 ……にしても、どうやってこの短時間のうちの注文してパフェなんて食えてんだ?
 不用意にこいつを取り押さえるマネはせず、その背後から、
「捕まる覚悟はできてるのか」
「かふかふ……」
「――ふふ」
 その頭を床に叩きつけてやろうと、俺の右足が天井に向かってはねあがり、音速にはお
とる亜音速でかかと落としを決める。
 その直後起こったことは、蹴りが頭を砕く音や、かわされて床を砕く音とか、そういう
ものじゃなかった。ようやく来た輝羅が、それを目の当たりにして息を呑んでいる。
 指一本で、俺のかかとを支えていたのだ、まるにゃんが。
 かかとが落ちてくる寸前を見切って、止めてしまったのである。コンマ一秒にも満たな
いそのタイミングを……
「ちっちっち。まだまだ青いね、ヒロちゃん」
 ちょんと足を返されただけなのに、俺の身は空転し、背中から床に強打した。むろん、
受け身は取っている。
「ヒロちゃんが剣なら、わちきは格闘だにぇ」
「ああ、そうかよ。――いいだろう。このさいはっきりしとこうじゃねーか。どっちが最
強かをなっ!」
 俺の顔つきが残忍に塗りたくられる。
 こうなったらもう、盗みがどうとかなんてカンケーねー!
 やられっぱなしじゃ腹の虫がおさまらん!
「ちょっと! あんたたち!」
「ヤメなさいよ、ヒロ!」
 パティと輝羅がいさめようとしてくるが、俺は止まらない。足を踏み鳴らし、まるにゃ
んへと襲いかかった。
 が――
 バキィッ!
 あっさりと迎撃されて、俺は宙を飛んだ。まるにゃんのイナズマのような蹴りは、俺の
身で入口の扉を粉砕する勢いを与え、そのまま外へと放り出させた。
 次いで起こったのは、地面による衝突ではなく、通行人との衝突だった。
 ガシャーン。
 ガラスが割れる音。俺の頭に何かしらの液体が降りかかる。
 ぶつかったのは、マリアだった。
 尻モチをついていたマリアは、わなわなと震えていた。その手には、ビーカーらしきも
のが。底から真ん中くらいまではなくなっていて、キザキザの刃物に成り下がっている。
そこには緑色の液体が付着していて、気色悪い……
 ――ん?
 ポタ……
 俺の前髪から、それに酷似した液体が一粒、こぼれ落ちた。
「え……」
「あああ! ま、マリアの魔法薬がぁ!!」
「…………」
 ああ。なんだかそれを聞いたとたん、眠気が襲いかかってきたような……
 いいや。実際眠い……
 うとうとしかけていた俺は、パティの悲鳴らしきものを耳にしながら眠りに落ちた――


 ――――
 永久都市イルム・ザーンから高度数千、数万メートルの高みに、それは存在していた。
 天空島――とでも言うのか。
 白皙にのみ構築された荘厳の宮殿、いたるところに植えられた緑、石柱や舗装された石
の道。視界の半分近くは、青と白の配合で塗布(とふ)された空で満たされていて、島の
ふちから下をのぞけば、真っ白な雲海と、その合間から豊沃な大地が横たわっているのが
認められた。
 当時の権力者のみが昇ることを許された、神聖なる領域。
 安穏を約束された、理想郷にふさわしいだろう。
 今は……誰も住んではいないが。
 管理者を失ったこの島は、俺たちが訪れるまで永遠と孤独と相対していたのだ。季節に
よる変化もない、この大空という海の中で――
「すごいわねー」
 俺の目の前にいた小さな少女が、身もフタもない感想をもらした。透明度の高い二対の
羽を、はばたかせている。
 妖精という種族だ。
 体格は人間そっくりだが、身長が三分の一くらいしかない。
 彼女の名前は――……
 ……あれ……
「きみ……誰だっけ?」
「はぁ?」
 ひたいに、鋭い刃先でつっつかれたような痛みが走る。
 彼女の手にした、刀身の細い剣の仕業だ。
「なに寝ぼけてんの? それとも、ここのスゴさで脳がヤラれたわけ? 一年と半も組ん
だあたしを忘れるギャグは、ヤメなさいよね!」
「どうしました、フィリー。なにか問題でも?」
 そう声をかけてきたのは、年齢不詳、性別も不詳の吟遊詩人だ。
 ……うんと。
「きみも、誰?」
「ちょっとぉ! ふざけんのもいい加減にしなさいよね。ロクサーヌでしょ? いっつも
あたしたちを手のひらの上で踊らせてくれていた」
「おやおや。フィリー? どさくさに何を言っているんですか」
「本当のことでしょ」
「私はただ、みさなんに情報を与えて差し上げていただけです。それをはたから楽しく見
学するような趣味は、持ち合わせてはいませんよ」
「ウソね!」
 きっぱりと言い切るフィリー。
「そこ! なにを内輪もめしているのだ。――それでロクサーヌ、暁の女神というのはど
こにいるんだ? そいつなら、俺様の願いをかなえてくれるんだろう」
 目つきの悪い耳長の魔族が、不謹慎に割り込んでくる。
 ……こいつも、誰だっけ?
 しかしここでまたそういうコトを聞くと、あのフィリーって妖精がうるさいだろうな。
「バカイル! あんたのためにここまで来たワケじゃないんだからね!」
 と、またも割り込んでくるのは、とても旅には似合わないワンピースを着た小柄な少女
だ。そのかたわらには、なぜかメイドというか侍女の服装をした女性が付き従っている。
 このふたりも、思い出せない。
 ……いや、待て。その前に――俺は誰だ?
 なんでこんなところにいる?
 わからない……
 汗が顔じゅうからしたたってきて、思考は壁のようなものにさえぎられ、なにも思い出
すことができない。
 ……どうしたんだ、俺……
「カスミ、あんたホントに大丈夫なの?」
 ひどく心配した声音をかけてくるのは、スマートな印象の少女だった。服飾はいっさい
なく、ラフって言葉がいい意味で合っている。
 かすみ……? 俺の名前……
 ――あ。
 そっか。そうだった。
 どうも一時的に記憶が混乱していたようだ。こんな島にまで来てしまったのだ。そうい
うこともあるのかもしれない。フィリーの言っていたことにも、一理あったわけだ。
「なんともないよ、リラ。ちょっと感動しちゃっててね。言葉がなかっただけだよ」
「ふぅん……」
 リラは、顔では「あ、そう」とか言っているが、声にはいまだ憂慮が多分に含まれてい
る。……彼女らしい。
「早いもの勝ちに決まってるでしょ!」
「なら俺様が先だ!」
「姫さまぁぁ、お待ちを!」
 順に、マリエーナ王国の第三王女であるレミットと、世界征服をたくらむ魔族のカイル、
そしてレミットお付きの侍女であるアイリスさん。
 三人はこぞって、この島で唯一の屋根のある宮殿の中へと行ってしまった。
 俺はフィリーに、
「なにがあったんだ?」
「部屋の取り合いよ」
「……部屋?」
「そ。きょうはもう女神を呼び出せないらしいから、あしたってことになって」
「だから取り合いか。――ロクサーヌ、女神を呼び出せるのは夜明けなのか」
「ええ。ご存知でしたか」
「ご存知もなにも、暁(あかつき)は夜明けって意味だろう。きょうがムリだとするなら、
そういう発想になるのは当然だよ」
 現時刻は、昼をいくらかすぎたころあいだ。
 いまから今夜の寝床の取り合いなんて、ヒマなヤツラだな。
 あれだけの宮殿なら、王室もかくやと言うような部屋くらいいくらでもありそうなのに。
「さてと――俺はこの島の探索でもしようかな。リラもくるか?」
 この島で誘うような相手は、彼女くらいしかいない。ほかにも仲間がいたのだが、地上
に残ってもらっている。念のために、だ。
「どっ、どうして……」
「もしかしたら、財宝が見つかるかも知れないけど?」
「いく!」
 う〜ん。こういうところは扱いやすいな、リラは。
 まあ結局のところなんの収穫もなく、その日は暮れていった。


 その夜――
 控えめなノックの音に、俺は飛び起きていた。
 この建物の規模から言えばわりかし小さメの部屋を俺は寝る場所にしていたから、その
ノックの音は大きく聞こえたのだ。
 一瞬、カイルの夜襲かと思った。
 いままでも、数々の奇襲をしかけてきたヤツなのだ。俺を倒すためだけに。
 しかしドアの向こうには殺気もなければ、気配を殺すようなマネもしていない人物がひ
とり。だけど、いつまで経ってもうんともすんとも言ってこない。
「――誰?」
 いちおう、幽霊かトラップの一種かもと警戒しながらドアを開けば――
 横長のマクラを胸に抱きしめている、リラがいた。
「リラ……?」
 声をかけるが、彼女はうつむいたままだ。
「どうしたんだよ。どこかつらいのか?」
 だとしても、こんなところに医者なんかいないし……回復系の魔法では、病気に準ずる
ようなものまでは治せない。
 リラは、小さくかぶりを振った。
 だったらなんで――と言おうとして、俺は言葉をつかえさせた。
 顔を上げた彼女の顔が、泣きそうなくらいに沈んでいたからだ。こんなリラ、はじめた
見た。いつだってシビアで、気丈で――でも動物にはスゴく優しい、それがリラなのに。
「……あんた、あしたで帰っちゃうんでしょ……」
「あ、ああ……」
 どうにも気おくれしてしまって、答える言葉も短い。これじゃ、会話が成り立たない。
 が彼女は、つづけた。
「そんなにこの世界が嫌い? それともそんなにあんたのいた世界がいいところなの?」
「…………」
 この異世界に迷い込んだ当時は、すぐにでも元いた世界の方に帰りたいと願っていた。
ホームシックは相当にツライと聞くが、俺の場合は帰りたくても帰れなかったのだ。その
つらさはホームシックの比じゃない。
 でもそれは、精神的なやまい。
 時間が解決してくれる。むろん、時の糸車がいくらカラコロと回っても、俺独りならい
やされることはなかったろう。帰れるかもしれないという希望があったから、それと支え
てくれる仲間がいたから。
 いまとなっては……
「この世界も好きだよ。でも俺は、ここの人間じゃない。いつかは帰らなきゃ。――その
ために長い旅をしてきたんだし、リラだってそのために手伝ってくれたんだろ?」
「あ、あたしは、旅の最中にお宝があるって言われたから、だっ、だから……付き合った
んだ……最初は……」
 言い返してきたリラは、キッとした眼差しを向けてくる。
「あんた悪いんだからね! あんたがあたしなんかに優しくするから……あたしは、独り
で生きていけたのに」
 それって……あの……
「まだわかんないの? あたしはね、あんたが好きだって言ってんの!」
 叫んだあと、かかえていたマクラを俺に向かって投げつけてきた。
 開き直りというか、ヤケというか。
 なんともリラらしい。
 告白されたってのに、そんな気にならない。それに俺は――
「わかったよ。いかない」
「……え」
「俺もリラが好きだから。離れたくないから。だから、いかないよ。言ったろう? 俺は
この世界も好きなんだ。リラが残ってくれって言うんなら、残るよ」
「……カスミ」
 カスミ――か。この世界での、俺の名前だ。
「ヒロ」
「……?」
「霞 浩(かすみ・ひろ)が、俺の本名だよ。カスミってのは、この世界のファミリーネー
ムみたいなもんかな」
 フィリーにはじめた会ったとき、つい自分のいた世界でのクセで、姓から名乗ったのが
失敗だったのだ。そのせいで、カスミの方が名前だと思われてしまった。ま、問題はなか
ったから、そのままで通していたんだけど。
 晴れて相思相愛になれたはずなのに、リラは沈鬱になっていく。
 そして――
「カスミ――ゴメン。いまの忘れて」
「は……?」
「だから、あたしがあんたを好きってところ。冗談だからさ。ついつい、あんたをからか
いたくなって」
 けらけらと、リラが笑ってくる。
「あっはっは! ま、そういうワケだからさ! あした、女神があらわれるといいね。そ
いじゃ、オヤスミ♪」 
 限りなく明るく振る舞って、リラは自室へと引き込んでいった。
 だけど、俺は見ていた。彼女の目尻に、涙がこぼれかけていたことを。
 ――俺の足元に残されたマクラが、リラの心中を代弁するかのように、寂しそうに転が
っていた。


 俺の後ろには、絹の織物らしきものに身を包んだ、美しい女神がたたずんでいる。優麗
な瞳が、俺たちを見詰めていた。神々しさを内に秘めたその身からは、見た者をおくすよ
うな負(ふ)など微塵もなく、慰撫(いぶ)してくれるようなオーラを漂わせている。
「みんな、いままでありがとう」
 島の庭園にて、俺は頭をさげた。
 この場にいるひとりひとりの顔を、網膜に焼きつけるように凝視していく。
「カイル、俺がいないからって寂しがるなよな」
「なにを言う! きさまこそ、次に会うそのときまでに腕をみがいておけ!」
 はは。
「レミット。それにアイリスさん」
「ま、また遊びに来てよね。待ってるから……」
「カスミさん、お世話になりました」
 ニコっと笑う。
「ロクサーヌ。いろいろとありがとな」
「いえ。私も楽しかったですから」
「フィリーもな」
「あんたも、あっちに戻っても元気でやりなさいよ」
 このふたりは、これからも変わらないんだろうな。
 そして……
 俺とリラは、向き合ったまま互いにかける言葉もなく、立ち尽くすだけだった。
 かける言葉は、ある。
 でもかけてしまったら、それでもう終わりなのだ。
 そうなることを、俺も……そして多分リラも望んではいない。
 だが。
「じゃあね、カスミ」
 リラの方から、切ってきた。これ以上は、耐えられなかったのだろう。
 俺は、うなずいただけだ。
 女神を振り返る。彼女は俺をじっと見てから、
「それでは、あなたの願い――もとの世界に帰る、これでいいんですね?」
「ああ」
「……いいんですね?」
 念押しをしてくる。
 もしかしたら、俺の内心を知っているのかもしれない。
「迷いがあるなら、やめておきなさい。私には、望んでいない願いをかなえる力はありま
せん。ヘタをすれば、あなた自身が破滅しますよ」
「――――」
「もう一度聞きましょう。あなたの願いは、元の世界に帰る、これなんですね?」
 正直、迷っていた。
 どうすればいいのか……
 帰りたいという切望は、いまやしぼんでしまっている。それよりも、リラと一緒にいた
いという気持ちの方が。
 だが、ここまでの苦労はなんだったのか。手伝ってくれたフィリーたちにも申し訳ない。
 そこに合いの手を入れてきたのは、フィリーだった。
「あんたねぇ! どっちかとっととはっきりしなさいよ! 帰りたいの? 帰りたくない
の? 頭いいくせに、こういう決断力の足りなさがあんたの欠点よね」
 ざっと言ってきたフィリーが、ふいに大人びた表情を作った。声いろを優しくし、
「別にさ、あたしたちの事なんて考えなくていいよ。あんたがしたいようにしなさい。ど
んな決断でも、それがあんたの望んだことなら怒ったりしないわよ。――そんなこと、と
うの昔からわかっていて欲しかったわね。あたしたち、仲間じゃないの」
 仲間……か。
「カスミ……ううん、ヒロ!」
 ――リラ。
「あたしは、あんたにいて欲しい。あんたのことを忘れるなんて、できないもん!」
 腕に飛びついてくる。死にもの狂い、そんな感じで俺を抱きしめた。
「いかせないから! ぜったい、ぜったい!」
「……女神さま。俺の願いが決まったよ」
 決然として俺は、女神の瞳を正面から見返した。
 彼女は、母親のようにほほ笑む。
「わかりました。あなたの願いは、元の世界に帰りたい――ですね。では、目を閉じてく
ださい。次にあなたが目を開けたときには、その願いはかなっていることでしょう」
「そんな……! ヒロ! 行っちゃヤダ!」
 リラに、にこり、と笑いかけ、俺はまぶたをおろした。
 ――次に目を開けたときにそこにあった光景は、俺が望む、リラや仲間たちのいる世界
だった。
 元の世界――俺にとっての『元の世界』とは、ここのことなのだから――
 こうして俺、霞 浩(かすみ・ひろ)の旅は、終わりを告げた。
 そして――この『俺』も……?
 瞬間、『俺』の意識は、闇へと落ちていった。
 ――――


「……この際だ。はっきりと告知しよう」
 クラウド医院。その診察室で、ベッドに横たわったヒロからあたしに視線を移したトー
ヤ――つまりドクターがそう言った。
「こいつは死んでいる」
「ど、どういことよッ」
 声がうわずっていることぐらいわかっているけど、そんなことは、どうだっていい。あ
たしは、ドクターに詰め寄った。
「どういうことも何も、死んでいる、と言ったんだ」
「う、ウソよね……? ウソなんでしょ?」
「パティ……」
 こちらの動揺をくんでのドクターの眼差しに耐え切れなくなったあたしは、鳴咽をこぼ
しかけた。
 そんなのってない……!
 あんなことくらいでこいつが……ヒロが死んじゃうなんて……あたしは、認めない……!
「なにか、なにかあるんでしょ? マリア!」
「…………」
 彼女は、淡い緑色の瞳に恐怖を浮かべ、顔を青ざめさせていた。故意ではなかったにし
ろ、マリアにもヒロがこうなる原因の一端があるのだ。
「なにかないの? 魔法でさあ。あんた日頃から言ってるじゃないの……魔法は万能だっ
て!」
「ううぅ……」
 責めてるつもりはなかった。けど、マリアはそうは思わなかったみたいで……おもむろ
に泣きはじめてしまった。その彼女を輝羅が、なぐさめようとしている。輝羅も、突然の
ヒロの死をにわかには受け入れがたいのか、戸惑いがあった。
 この中で沈着だったまるにゃんが、ぽそりと言った。
「ヒロちゃんは、死んでなんかいない」
「まるにゃん、悪いがこれは事実だ」
 と、ドクター。
「……俺と、似た感じなんだ。あのときの、俺と――」
 以前、まるにゃんも仮死に近い状態になったことがあるんだけど、そのときまるにゃん
は死んだものとされた。心臓が動いていないんじゃ、ドクターがそう判断するのは至極当
たり前だ。
 ――と、すると……
「ヒロは、助かるってこと……?」
 あたしのつぶやきに、まるにゃんは力づけるようにうなずいてくれたのだった。
 




<ヒロちゃんアトガキ・前編>

 かなりムチャな話ですね。
 事件の出だしは気に食わない〜。

 まあ、わかるヒトにはピンとくるでしょうけど。
 エターナルメロディです、思いっきり。
 普通だとこの話はかけないんで、相当に強引な手法を使わせてもらいました。
 異世界に突如にして引き込まれた主人公が、なんとかして元の世界に帰ろうとするお話。
それがエタメロですよね。
 あれは最後のシーンです。
 無人の都市イルム・ザーンから五つの魔宝によって天空の島へと昇り――
 あとは読んだ通りですよ。

 ……ってこのエタメロの設定、当っているんだろうか?
 もうプレイしてから数年がたっているんで、記憶が曖昧すぎなんですね。
 いちいち確かめてませんので。お許しを(^^)

 次は中編ですね。
 さてさて。次の舞台はどこなんでしょう?
中央改札 交響曲 感想 説明