中央改札 交響曲 感想 説明

<ヒロ・イン・マジックパラレル> 中編hiro


 ――――
 港湾都市シープクレストの地下にある巨大下水道に、ぼくたちはいた。
 下水路の両端には、五人がならべるほどの道があって、そこをぼくたちは歩いている。
壁にしつらえてある、等間隔の照明がぼわぼわとした光を放っていた。
 ぼく――ヒロ・ソールは、丸メガネ越しの紅の瞳に不安を満たしながら、前方をいく薄
紫の髪の青年に問いかけた。
「ルシード先輩……ぼくたちだけで来てよかったんですか? 応援が到着してからでも遅
くなかったんじゃ……」
「んなわけいくかっ。このまま間に合わなかったらどうなるかくらい、おまえだってわか
ってるだろうが」
「それは、そうですけど……」
 ぼくは、沈んだ返事をしかえす。
 この青年、ルシード・アトレーには、ぼくは頭があがらない。一歳年上で、保安学校で
も一年先輩。そして二ヶ月前ぼくが配属されたここ保安局第四捜査室――通称ブルーフェ
ザーでは彼は室長だ。対等とか、まさっているところなんてどこにもない。
 ルシードは、ぼくのとなりを行く青い髪の女の子――フローネを振り返り、
「フローネ。皆既日食まであとどのくらいだ」
「……三十分、切ってます」
 彼女は腕時計に視線を落とし、告げる。
 疲労が極限に近いのか、呼吸がかなり乱れている。ほかにも、普段は活発な男の子でも
通るルーティ(女の子だ)も、つらそうだ。
 ムリもない。
 もう四時間以上、この下水道内を探索しているのだ。
 鼻をつく臭気と、どんよりとした地下の暗さ。これによりストレスのたまり方もいちじ
るしい。体力のないこのふたりでは、あとどのくらい持つか……
 ここの古株の女性であるバーシアと、拳法を得意とする少年ビセットも決して楽ではな
さそうだ。この中でしゃべれるほどの体力をいまでも持ち合わせているのは、ぼくとルシ
ードくらいだろう。
 ブルーフェザー所属の六人が、こんなところに来ているわけというのは……
 ――と、唐突に視界がひらける。 
 四角で区切られた、広場のような場所へと出たのだ。四方向のうち、三方向から排水が
流れてきて、それが一本の水路につながっている。その一本は下水処理場へとつづいてい
るのだろう。ここは街の下水道の、最終的な合流地点と言ったところか。
「このあたりが、アレクトール広場の真下ってこと?」
「だろうね。地下にして数十メートル。ここまで深い下水道も、世界ではマレなはずだよ」
 見るものがかわって気分がよくなったらしいルーティに、ぼくが答えた。
「ってことは、ここのどっかにあるってことだよな?」
 ビセットの言葉は、全員の言葉でもある。
 この広場か、それかこの近辺に、皆既日食に自然界の魔力が増幅する現象を利用し、こ
の街中に散らばった魔力式爆弾を起爆させるための発火装置――魔力集積機器があるはず
だ。
 もし爆弾が起爆すれば、シープクレストはおろか、この地域一帯数十キロが死の大地に
一変するだろう。文字どおり、地図上から消え失せる。
 この事実に気づいたのが、五時間前。街のいたるところに設置された爆弾をとりのぞい
ている時間はなく、そのカナメとなる魔力集積機器の破壊しかない。
 爆弾の存在は、三週間前から薄々と感づいてはいた。
 知り合いの店であるミッシュベーゼンでの一件。新品のオーブンが、突然に火を噴いた
のがはじまりだ。さいわいにして不発だったから、おかみさんも更紗も無事だった。それ
からそのオーブンの起動装置である魔動プロセッサーに異常を発見したぼくたちは、保安
局本部に報告したのだが……返ってきたものは、この一件は忘れろ、だ。
 この魔動プロセッサーは保安局本部の上層部、連邦政府に加入しているメーカーが作っ
たもので、もしこれが露見すれば連邦にとってのマイナスになるという……たったそれだ
けの理由で圧力がかかったのだ。プロセッサーに組み込まれた魔力式爆弾についても、通
常の数倍の魔力によってしか起爆しないから、もうこんなトラブルは起こらないという楽
観的見解だ。
 連邦のメンツと、市民の命。
 どちらがより大切かはあきらかだ。
 そんなことだから、今回のような事件が起きたのだ……!
 ――これは、元保安局員のひとりが、保安局の魔法や魔物に対する気薄さに憤り、魔動
プロセッサーに細工し、犯罪史上最悪の大事件を引き起こしたのである。
 その人はすでに自殺してしまっている。
 成功する自信があったのか……オノレの凶行を見届けるのが恐ろしかったのか……
 いいやこれは、保安局の魔法軽視のせいで、彼の仲間が死んでしまったと思い込んだ、
その人の復讐なのかもしれない。
「!――ルシード先輩!」
 手分けして探そうとしたぼくたちの前に、上空から人型ではない影が舞い降りてきた。
 いや、正確に言えば人型ではある。
 そいつの背中から、一対の黒い翼さえなければ。
 おしろいでも塗ったような、白い美貌の青年だ。ぼくたちを眺め回し、にっ、と邪悪に
笑ってきた。
「魔物……?」
「違う、フローネさん! そいつは……そいつは……」
 フローネは、あいつから流れてくる恐ろしいまでの気と魔力を感じていないらしい。多
分、あまりに大きすぎて感知力がマヒしているのだ。
 ――来る!
 あいつから放たれた高周波が、こちらをふわりと持ち上げようとする。全身の内外のあ
らゆるものが悲鳴を上げ、外皮が引き裂かれそうだ。
 これを食らって、昏倒できる者はいない。
 しておいた方が、幸運だろうが。
 あいつも、これはお遊びのような攻撃だったに違いない。
 痛めつけられ、くすんでしまった肌色は、ところどころで赤が混じっていた。鋭利な刃
でかすめ斬られた感じだ。
 でも、その刺す痛みよりも、内臓や脳が受けたダメージの方がやっかいだ。
 この高周波は、あまねく同程度の破壊を与えてくるのだ。これを防御するには鉄壁の魔
力障壁――それか、あいつにやらせないことだ。
「ルシード先輩! みんなを率いて早く魔力集積機器を探してください!」
「ちょ……! ヒロはどうするの? まさかひとりであんなのとやる気なの!?」
「ぼくひとりの方がいい。見たでしょう、あいつの能力を。こちらの人数が多ければ多い
ほどやりにくくなるんだ」
 悲鳴混じりに問いかけてくるルーティに、ぼくが概説する。しかし、はたで聞いていた
フローネも憤慨したように、
「行けるわけないじゃないですか、ヒロくんひとりを残して……!」
「そうだよ、フローネの言う通りだ! おまえみたいなガリ勉タイプなんか、すぐやられ
ちゃうのがオチだって!」
 付け足すビセット。
 ……結構、ヒドい言い草だね、ビセットくん……
 バーシアは、静かに事の成り行きを見守っている。そしてルシードはというと、ぼくの
襟元を乱暴に引き寄せてきて、
「おめぇが命令してんじゃねぇ! 俺がここのリーダーだろうがッ!!」
 下水道全体に響き渡るような大音声だ。
 その目は、真剣に怒っていた。
 ルシードのダークレッドの瞳と、ぼくのカーマイン(鮮紅)の瞳がぶつかり合う。
 彼は、ぼくの決意の光を見たのか、しかしそれをよしとしない意志をたぎらせたまま、
ほかのメンバーに半面を向け、
「……フローネ、ビセット、ルーティ。おまえらは探しに行け。俺とバーシア、それとヒ
ロはあいつのせん滅だ。これは室長命令だ。口答えすんじゃねーぞ!!」
 反論を先に封じられたフローネたちは、それでも反論したげだったが、さらに奥の方に
駆け出していった。
 ……ふう……
 ぼくの口から、漏れるため息。
 ヒュン! と槍を演舞のように回してみせたバーシアが、
「アンタの腕前、とくと見せてもらうわよ?」
 ……知っていたのか、バーシアさんは。
 ぼくは、争いごとが好きじゃない。フローネとおなじで、本を読んだりするのが好きな
んだ。故郷にいるぼくの弟はその逆で、争いごとが大好きみたいだが……
 だからぼくの習った剣術も、好きじゃない。
 神閃流の継承なんて、弟に任せればいいと考えていた。
 弱いフリをしていれば、一生使うこともなかったはずなのに……
 ――ぼくは、ぼくの両目をさえぎっていた伊達の丸メガネをゆっくりとはずした。
「ええ。見せたくなかったですけど見せますよ、こうなったらね。そして倒します、あい
つを!」


 護身用といつわっていた腰のカタナ――先祖代代に伝えられてる紅魔(こうま)を、ひ
といきに抜き放つ。
 何年ぶりかに見たその刀身の輝きは、銀の光沢を不変に放っていた。
 ――なんだ?
 いま、一瞬……おかしな記憶が脳裏をよぎったような……
 そう言えばさっきから、何かがおかしい。
 たとえるなら――そう、ぼくの中にもうひとつの心がある感じなのだ。それはひとつに
は交わらず、しかし離れることもない。ひとつの容器に入れられた水と油に近しい属性と
言ったところか。
「啖呵切っといて、ボサっとしてんじゃねーよ!」
「……あ、はい」
「あんた、メガネはずしてカッコよくなったと思ったけど、やっぱり中身はヒロみたいね」
 まあ、あれが地ですから。
 悠然とこちらの動向を眺めていたあいつは、邪悪な笑みを消そうともしていない。
 フローネたちの邪魔もしなかったし。あいつには自信があるのだ。ぼくたちを皆殺しに
できる絶対的な自信が。
「ふたりとも、気をつけてください。あいつは高次元生命体ですから」
 ゼファーさんやフローネさんならそれで納得してくれるんだけど、このふたりは「なん
だそれ?」と表情で問いかけてきていた。
 言い方が、まずかったか。
「一般的に呼ばれる、神や悪魔のたぐいですよ! つまりあいつは堕天使(悪魔)です」
 と言っても、神と悪魔では存在の構造が別物だが。
 神は魂のみ、悪魔は魂はなく霊体――幽体や精神体をも差す――だけだ。
 悪魔――元天使は神の創造物。だから、神の秘密にふれる魂を与えなかった。なのに神
は、人間をはじめ地上の生命体に魂を宿らせた。その結果、嫉妬した天使の一部が反乱を
起こした。
 目の前にいるこいつは、その反乱した天使のひとりなのだ。
 召喚されたさい肉体をさずかっているから、人間にも倒すことができる。むろんその能
力は、想像を絶するだろうが。この世界の人間を超えた生命体である、魔族や神族をも凌
駕しているはずだ。
「そんなのに勝てるのかよ!?」
「それは、やってみなければなんとも。ただあいつは、しょせんは下のランクですから。
そうですね……高位魔族の倍くらいの強さってところですか」
 翼がふたつしかないからだ。
 もし六枚とか、十二枚あったりしたなら、絶望的だ。
 というか、そんなのが降臨したら、世界がコンマ一秒以下で消滅させられる。
 ま、物理的に束縛されてしまっているから、かれらは本来の数万分の一から数億分の一
の能力しか発揮できないが。
『…………』
 ぼくの概説に、ルシードとバーシアが口はしを大きく引きつらせた。
 高次元生命体――魔神は、まさに圧倒的。
 でも、そのための神閃流だ。
 神閃流は、対魔神用剣術。
 二千と三百年も前に、ある特異な神族が開祖に生まれた流派。
 ぼくのカラダにも、その神族の血が脈々と受け継がれているのだ。
「……――おおおおッ!!」
 内に内在させていた神気を、解放する。ぼくのカラダから、プロミネンスのような猛々
しい闘気が立ち上ってきた。
 神速の踏み込みから堕天使との距離を詰め、神速の斬撃を繰り出した。
 無造作に堕天使は後ろに引き、そしてよどみなくこちらへと前進してくる。打ち込んで
くるのは、ただの手のひらだ。捕えら個所を、あっさりと握り潰す怪力を秘めてはいるが。
 そこを、ルシードが機敏に剣撃ごと割り込んでくる。
 横手から突き込んだそれは、手首を貫き、空間に縫いとめた。さらにバーシアの穂先が、
堕天使の心臓を破壊していた。
 ぼくは冷静にルシードとは逆の横手へと回り込み、堕天使の首をひとふりではね飛ばす。
 堕天使の頭部が空中を舞い、そして――静止する。
 ぼくたちは身を震わせた。
 堕天使は、にたぁ、っと狂喜に似た表情を彫り、
「汝らに、死の安らぎを――」
 両手が、まだ抜きさっていなかった槍の柄をつかみ、バーシアごと上へと持ち上げた。
豪速で、床へと振り落とされる。
「くっ……!」
 バーシアはとっさに槍から手を離し、宙で一回転してからなんとか着地する。
 その彼女に、投げつけられた槍の穂先が迫っていた。
 ギィンッ!
 ルシードが、上から柄を叩きつけるようにして払ったのだ。
 ぼくたちは一斉にしりぞき、『頭がふたつ』ある堕天使を凝視していた。一方は、宙に静
止していて、もう一方はなんともなさそうに堕天使の胴体にあった。まるで、はえたかの
ように……
 堕天使は、宙に浮いている自分の頭を、いとおしげに撫でていた。
 ぱぁん。
 その頭がメチャメチャに破裂し、消え去る。
 ――中身はカラだ。
 三文芸だな。最初からこいつは、ぼくに首を斬られていなかったのだ。あれは幻影だろ
う。こちらに恐怖を植えつけるのが主旨の。ルシードもバーシアも驚いてはいるが、おじ
けづいてはいない。
 ――突然にしてルシードが、片ヒザをついた。
 あっという間に冷や汗が彼の顔面を横奪し、苦鳴がノドから途切れ途切れに漏れ出した。
 なんだ? どうしたんだ……?
「ルシード!」
 バーシアが彼に手を伸ばし、すぐさま引っ込めた。
 堕天使に注意を払いつつ、ぼくもルシードに手をふれようとして――体液すらもゆるが
すようなそれを、ぼくはカラダの芯までもらった。彼から伝播してきたのは、恐ろしいほ
どの振動だった。
 これはおそらく……いや、間違いなく共鳴現象だ。
 生き物だろうとなんだろうと、個体にはそれ特有の振動数を備えているのだが、それに
近い、あるいは同等のほかの個体の振動数が空気中を伝ってきた場合、互いに呼びかけ合
うかのごとく振動しあうのだ。これを共鳴現象という。
 あの堕天使は周波(振動)の能力で、ルシードの持つ振動数とまったく同じ振動数を発
生させたのだろう。破滅属性の共鳴現象は、ルシードの身をゆるやかに死へと導くことに
なる。
「ヒロ、これって……!」
「先輩を助けるには、主因となるあいつを倒すしかありません」
 こちらの焦心を観望していた堕天使は、ニタニタとしていた。
 あいつがその気になれば、この下水道ごとぼくたちを葬り去ることもできる。それをし
ないのは、召喚されたときの契約にないからだ。ここに忍び込んだ侵入者を排除しろ、く
らいの命令しかされていないのだろう。
「速攻、いくわよ!」
「はい!」
 魔物との戦いでは、持久戦か速攻戦、知略戦の三つのパターンがだいたいだ。こういう
強敵が相手のときは、こちらも全力の技をぶつけ、長期戦に持ち込まないのが勝利への鍵
となる。
 カタナを腰だめにし、一気に加速する。 
 まるで恋人の抱擁を待っているかのような堕天使の胸に、切っ先はすみやかに侵入に、
鍔元近くまで食い込んだ。ぼくは堕天使を押し飛ばしながら突進し、水路のへりのところ
でカタナをぐるりと回転させ、心臓を切り裂きながら体外へと刀身を抜け出させる。
 堕天使が、血を奔出させながら壮絶な笑みをたたえる。
 ――瞬間、緑の魔力波に包まれていたバーシアの唇から、鋭い魔力を込めた呪文がほと
ばしった。
「ウィンドミル!!」
 風系最強の攻撃魔法。
 緑の暴風が、堕天使のカラダをぞんざいにすくい上げ、風は彼から吹き出る血の赤と混
合しつつ壁へと激突する。防水性と耐久性の強化をはかった特別製のコンクリートは易々
と陥没し、そこから生じた石片と石塵は風によってからめとられ上方へとはねていった。
 魔族なら、この連携で致命傷だ。
 堕天使と言えども、無事ではすまないはずなのだが……
 壁に身を食い込ませていた堕天使は、ふらりと揺れ――下水溝に着水する。うつぶせの
まま水の流れに翻弄され、そのまま気泡とともに沈んでいった……
 ――勝った……?
 でも、この勝利への不信感はなんだ……?
 たしかにあいつからは生気を感じなかったが。なんだか、釈然としない。
 その答えは、背後からのバーシアの短い悲鳴により判明した。
 振り向いたとたん、バーシアを後ろから抱きしめている堕天使がいたのだ。あのニタニ
タ笑いは絶えることもないのか、彼女越しにぼくに送ってきていた。
「おまえ……!」
「そう慌てるな、神の子よ。まだ破滅への定刻ではないのだからな。いま少し、この戦い
を楽しもうではないか」
 堕天使からのプレッシャーが増している。
 こうやって向き合っているだけでも、ぼくのヒザがいまにも笑い出しそうなのだ。
 いままで倒してきた魔族たちとは、次元が違った。
 堕天使はいやらしく手をバーシアのアゴへと這わせ、その顔をみずからの方へと向けさ
せる。
「女。汝は知っているか? あの男は、汝のことを想っているということを」
 堕天使はななめの視線で、ルシードを見やる。
「しかしそれは、親愛の情だ。汝があの男を「想って」いるそれとは、根本的に相違して
いる」
 バーシアの心を読んでいるのだろう。
 あいつにとっては、そんなことは造作もないのだ。
「どうする。汝がどれだけ「想って」いようとも、あの男の心は汝のものにはならぬ。そ
こで、どうだ? 己の手で殺しては。汝があの男を殺し、そして汝もそのあとを追えば、
男は永遠に汝だけのものだぞ?」
 バーシアの表情が、苦しそうに歪む。
 堕天使の手が、槍を持っているバーシアの手の上に置かれた。
「ためらうな。どうせ皆は等しく滅びを迎えるのだ。いまやらなければ、いつやると言う
のだ」
「……て……てめぇ……!! 黙って聞いてりゃ言いたい放題だな、おいッ!! ぶっ殺
すぞ、てめぇ!」
 剣を支えにして、ルシードが怒声を放った。
「その通りだな」
 え…… 
 見知らぬ声。
 銃声が鳴り響き、堕天使の頭部がひくんと横に揺れ動く。側頭部から血の糸を吐き、さ
らに銃声が轟くたびにがくんがくんと踊りはじめる。そのすべてが、頭部に必中している
のだ。
 六発目を最後に、堕天使は床に倒れ伏した。
「いい夢見れたか? このクソヤロウ」
 拳銃を片手に不敵に笑っていたのは、長身の男だった。


「あなたは……アシュレーさん!」
「あんた、アーシェじゃないの!」
 ぼくとバーシアが叫んだのは、ほぼ同時だ。
 びっくりして、ふたりで顔を見合わせる。
「ぼくはむかしちょっと……」
「あいつはむかしブルーフェザーにいたからね。それで」
「ええ! アシュレーさんってここに配属されていたんですか?」
「ま、ね。いろいろあって、転属しちゃったけど。――で、なんでアンタがこんなところ
にいんのよ」
 バーシアに聞かれたアシュレー・シャインフォード――通称アーシェは、拳銃をふとこ
にしまい込む。
「上からの命令だ。おまえらを援護しろだと」
「っていってもアンタは、連邦政府直属の保安庁に行ってたんじゃなかったの?」
 保安庁は、各都市にある保安局をつかさどる最上層部だ。 
「俺はいまそこの長官の護衛として、この街に来ててな。上ってのはその長官のことだ。
ここの部長とは違って、あのジイさん――いやいや長官は話がわかる人だ。――ま、ダチ
の頼みでもあるけどな。ゼファーが、おまえらを助けてやってくれだとよ」
 さすがはゼファーさんだ。
 ぬかりはない。
 この思わぬ応援に、しかし安心はできなかった。
 堕天使が、なかば浮かぶようにして立ち上がっていたのだ。
「あんだとっ? No.7「月読(つくよみ)」をあんだけ食らっといて効いてねぇだあ?」
 俊敏に拳銃を取り出し、アーシェは魔力を拳銃に送り込み出す。リボルバー式の魔法銃
は、鉛の弾ではなく、魔力の弾を込めるのだ。そのため、いちいち弾を装填しなくてもい
い。魔力と、イメージで装填されるのだから。
「その翼はアクセサリーか? だとしたら、趣味がなってねーな」
「あいつは堕天使ですよ!」
「……ンなこたー、わかってる」
 前にかたむいた姿勢から、アーシェが疾走する。
 空間を無数に貫いて、闇色の弾丸が堕天使に食らいついた。
 弾速はマッハ5だ。
 ぼくの知る拳銃――というより小銃の中では、最高最速のものだろう。ライフル銃です
らマッハ4が限度。拳銃になればせいぜいマッハ1.5だ。
 堕天使は笑みを張りつかせたまま、その身をくね踊らせる。
 精神をゆるがす弾丸は、効いた様子がない。
 あいつにとっては、かすり傷にすら相当しないのだろう。
 ぼくも斬り込み、何十という斬撃を食らわせるが、一向に致命傷にはならない。血がし
ぶき、肉を切り、骨を断つ――どれだけそうしようとも、そのあとから再生がなされてい
くのだ。
 ――ヘンだ。
 いくらなんでも、不死身すぎる。
 ――……そうか。
「アシュレーさん、バーシアさん!」
 呼ぶのは名前だけ。あとは目配せでこちらの意図を知らせる。 
 了承したふたり。アーシェが拳銃にありったけの魔力を注入し、バーシアが堕天使に突
っ込んだ。
 ぼくは戦線離脱し、あたう神気のすべてをカタナに送った。
「いきます!!」
 紅い風と化したぼくはバーシアに向かって疾駆し、その手前で軽く床を蹴る。ふわっと
人の身長を超えて飛び、そこに――
「はあッ!!」
 バーシアの槍が円をかき、石突きがぼくに向かって飛んでくる。
 ダンッ!!
 その石突きを踏み台に変え、さらにバーシアの腕力を付加して、十メートル近くの跳躍
を可能にしていた。
 突き出した切っ先が、空中で停止する。
 空間がめくれ、白い姿を浮き彫りにした。
 カタナに心臓を突き通されていたのは、あの堕天使だ。
 こいつは最初の最初から、分身――あるいは自身の末端にぼくらを戦わせていたのだ。
それならば、あの不死身ぶりも説明がつく。
 気配をうまく隠していたつもりだろうが、その独特の邪気は天井付近からにおってはい
たのだ。それをぼくは、あの分身の放っているものだと勘違いしていたのだ。
「おおおおおおおおッッ!!!」
 刺さった胸部を支点にして、ぼくは上下を反転する。天井に足をついた状態だ。左手を
天井にめり込ませ落ちないよう支えにしてから、カタナを堕天使にとっては頭の方へと押
し上げていった。
「いまだ、アシュレーさん!」
「くたばれクソヤロウ! No.9「荒神(すさがみ)」!!」
 その凄まじい射撃の腕は、ことごとくを堕天使本体の顔面へとぶち込んでいた。光の弾
丸は、一発ごとに大穴を作っていく。
 カラダを巨大な弾痕に食われた堕天使は、残っている右腕で、ぼくをつかみ抱擁してき
た。その半分しかないみにくく歪んだ顔が、喜悦していた。
 まさか……!
『ヒローーーーッ!!』
 バーシアとアーシェの叫び声を下方にし、堕天使が大爆発した。
 あいつは強引に精神界に逃げかえるさい、この物質界にあるみずからのカラダに秘めた
物理的な破壊エネルギーを解放させたのだ。
 その間近にいたぼくは、原子レベルにまで分解された――はずだったのだが。
 気を失うおりに見たものは、ぼくを包む魔力障壁と、その強化のために幾重もの結界を
張ってくれたフローネたちの姿だった……


 次に目が覚めたぼくが見たものは、愁眉にオモテを曇らせた少女の顔だった。
 茶色がかった髪をうなじのあたりでくくった、瞳の大きな娘だ。面識のないはずのその
少女の名を、ぼくは『知って』いた。
「ミーリア……」
「……え……」
 戸惑ったような声音。
 その瞬間、少女の顔がボヤけ、面識のある少女のものに戻った。金髪をショートにした
褐色の瞳がキレイな少女――シェール・アーキスだ。
 ……さっきのは、幻視だったのか……?
「ヒロくん、意識、戻ったの?」
「……ここは、どこ……? どうしてシェールさんがここに……?」
 問いかけながらも、ここが中央総合病院であることは明白だった。大きな病院と言えば、
ここくらいしかない。
 シェールが愁眉を開き――つまり安心したように、
「あたしがここにいちゃ悪いの? それとも、お姉ちゃんにいてほしかった?」
 トゲつきの軽いジャブに、ぼくは苦笑する。病み上りの人間にこんなふうに言えるのは
彼女だけ……――でもないな。ブルーフェザーのメンバーならそれくらい言いそうだ。
「ううん。シェールさんでよかった」
「…………」
「はじめに見たのがシェールさんだったから、なんだか得した気分だよ」
 誰がかけてくれたのか知らないが、丸メガネをこすりつつ告げた。
 こつんと、拳ではたかれる。
 勝気なその表情ははにかんではいるが。怒っては、いないみたいだ。
 ちょっとキザっぽかったかな……?
 シェール、おもんばかるようにぼくを眺めつつ、
「ねえ。さっきのミーリアって誰のこと……?」
「……わからないよ。なんとなく、きみを見たらその名前が漏れてた……」
 ぼくの心中が、渦のようにうねっている。なにかを思い出しそうで、決して思い出せな
いような。悲しみが込み上げてきて、同時にシェールを抱きしめてやりたい衝動にかられ
ていた。
 シェールの瞳が、うるみ出す。
「あたしもよくわかんないんだけど……その名前聞くと懐かしくなるの。それに泣きたい
ような……ヒロくんにはじめて会ったときも、こんなふうだったんだよ」
「シェールさん……」
 こつんと、今度はひたいをぼくの胸に押し当ててきた。
「……しばらく、このままでいさせて……」
「うん……」
 ゆるやかな幸せの時間は、しかしすぐに壊された。
 病室に入って来たのは、ふたりの男だった。
 ……あ。
「志狼……? それにドクター……?」
「誰だ、そりゃ?」
 そのけげんを帯びた声にはっとする。
 ふたりの男ではなかった。ふたりの男女だ。
 アシュレーさんと、シェールの姉であるリーゼさんだ。
「どうしたんだおまえ? もしかして、後遺症か? 脳に深刻なダメージでも負ったんじ
ゃないんだろうな」
「まあ、それならすぐにお医者さまを」
 リーゼが出て行こうとするが……アーシェがそれを止める。
 せわしない人だな。ここにある緊急連絡用のボタンを押せばいいだけなのに。
「ぼくはいたって健康ですよ。――アシュレーさん、事件の方は」
「魔力集積機器は処理したし、魔動プロセッサーの方も市民に爆弾のことは伏せておいて、
無償でアップ版と取り替えることになった。……事実は闇にほうむられたわけだ」
 そうだろうな。
 連邦の取れる最善の処理法は、これくらいだろう。
 事件を起こした元保安局員が浮かばれないような気もするが……
「今度保安庁の方でな、魔法関連の特殊チームを創設することになった。今回のことで、
連邦のお偉方も多少は身に染みたらしいな。あの人も、浮かばれるかもしれねー。やった
ことは、決して正しいとは言えないがな」
 ……そっか、よかった。
 アーシェ、ニヤニヤしながら、
「――で、だ。おまえら、いつまでそうやって抱き合ってるつもりだ?」
「あらあら、まあ」
 リーゼさん……いまさら気づいたようなフリしないでほしいんだけど……
 シェール、紅潮しながらばっとぼくから飛び離れ、
「そ、そっちこそ! なに、うちのお姉ちゃんと一緒に来てんのよ!! あたしはあんた
のことを許した覚えはないわよ!」
「あ? なに言ってんだ、おまえ。リーゼとはそこでハチ合わせになっただけだ」
「シェール……!」
 睨みをきかせたリーゼさんて、恐い……
 シェール、ムキになり、
「とにかく! 用事がすんだならさっさと連邦にでもどこにでも行っちゃえ!」
「口の減らないガキだな」
「なによ!」
「……あー、はいはい。嫌われ者は退散しますかね」
 おどけたように言って、シェールの怒気を流してしまう。――と、思い出したように振
り返り、
「おお、そういや。あいつら心配してたぞ。ブルーフェザーもそれなりに忙しいらしいな。
見舞いにもこれねーみたいだ。早く退院して、元気なツラ見せてやれよ」
「はい!」
「おっし、いい返事だ。――じゃあな」
 ――アシュレーさんの背を見詰めていたぼくのまわりの風景が、ぐにゃりと歪んだ。
 シェールさんとリーゼさんの口の動きだけが確認できるが、声はなぜだか聞こえてこな
い。
 そしてぼく――『俺』は、空中に放り出されるような体感とともに、またも未知なる闇
へと落ちていった――
 ――――


「いきなり呼びつけられたと思ったら、こういう事か」
 青い髪をかきながら、僕――アイン・クリシードは、だいたいの概要を理解していた。
 病室のベッドには、横たわるヒロが。一目で、生命の息吹がないのがわかる。でもこれ
は少々くさい。死んだ人間が、水蒸気のように魔力を立ち昇らせるはずはないからね。
 もっとも、そのことに気づいているのは、僕だけらしいけど。
 ドクターやパティ、まるにゃんは魔法に関しては門外漢だし、マリアはアレだから。
「それでマリア。どんな薬を作ったの」
「……幽体離脱」
 マリアにしては言葉少なげだ。
 にしても、幽体離脱ね。
 どうしてそんな物を作ろうとしたかは今はいいとして、これじゃ幽体離脱というよりは
魂魄(こんぱく)離脱だよ。幽体(精神体)と肉体には強い絆があるからそう簡単に別々
にはならないけど、魂には依存するっていう特性が欠けているんだ。精神体と肉体という
二重の檻で囲まないと、魂は不定転移を開始しはじめる。
 不定転移っていうのは、時間や空間に縛られず、あらゆる場所に存在できる事だ。
 つまり、八十年前の過去に行っていたりとか、三百年後の未来に行っていたりとか、こ
ことはまったく別の世界に行っていたりとかもするわけだ。
 ヒロの魂も、不定転移を繰り返しているはず。
 よみがえらせるには、時空測位っていう方法で、ヒロの魂の位置を特定することが先決
だろう。
 ――ここまでのことを、パティたちにもわかるように解説した僕は、
「先にひとつ言っておくけど。これでヒロが死んだなら、それも天運だと思った方がいい
ね。僕には救う能力はあるけど、情だけでその人間の運命を変えるわけにはいかないんだ
よ。……すまないけどパティ、そういうことだから」
 冷血なその前置きに、でもパティは気丈夫にもこっくりとうなずいた。その目は、僕を
信頼しきってる……
 もしかしたら、僕が結局は最後には手を差し出す、甘いヤツとでも考えているのかもし
れない。
 悪いけど。それは誤解だね。
 いまから僕は、制約してない僕の能力を最大限に使うけど、それでヒロが助からないな
ら、見捨てるつもりだ。
 けど、そんなことを告げて、パティの希望を踏み潰すほど僕も冷血漢じゃない。ひとつ
息を吐くと、僕は真面目な表情を作り、
「――それじゃ、はじめるよ」





<ヒロちゃんアトガキ・中編>

 悠久幻想曲3ですね。
 ネタとしてはラスト・イベントですが……
 その半分ほどしかあってません。あとはボクが勝手に作った設定です。
 爆弾じゃないし、堕天使もいません。

 ゲームの悠久幻想曲のなかでは、かなり切羽詰まったイベントです。
 クリアしたボクとしては、結構よかったんじゃないのかと。
 本当の悠久3のラスト・イベントを知りたい人は、クリアしてください、ゲームを。た
たえ面倒でも、一度くらいクリアしとくといいですよ。

 アシュレーさんが新キャラですね。
 と言っても悠久3のキャラだから、今後出る可能性はほとんどありませんが。でも、組
曲の学園祭に出るかも。
 言っておくと、彼は天羽志郎の子孫です。
 つまり心伝さんのキャラですね。

 今回はワケのわからない専門用語がたくさんありましたね(^^)
 わかってると思いますけど、そんな言葉はありませんから。
 現代に伝わってる魔術論(特に黒魔術)にいろいろと加えてみて、自分なりにアレンジ
をほどこしたものですね。
 ……みんなやってるか。このくらい。
中央改札 交響曲 感想 説明