中央改札 交響曲 感想 説明

『悠久自由曲〜デパートの熊〜』
蟲田


 パン!!!

 乾いた炸裂音と共にドサリと重い音おたてて大きな獣が倒れた。
 ルシードは大きくため息をつくと照準から目を離した。手にした銃からは、まだ、硝煙が立ち昇りあたりに鼻につく臭いをまき散らしている。
 目の前のクマは眉間を打ち抜かれてピクリともしない。




『悠久自由曲〜デパートの熊〜』



ルシード達が、そのクマと始めてあったのは、数週間前のデパートの屋上でのことだった。「デパートのフルーツパーラーから全ての果物が消える」というわけのわからない事件の調査をおこっていると、どこからか入り込んだこのクマに行き着いた。と、いうわけだ。


「なんでこんなとこに…。クマが・・・。」

 バーシアの呟きももっともだ。動物と心を交わすことのできるフローネはさっそくクマ本人(?)に事情を尋ねる。

「やはり、パーラーの果物を持っていったのは、このクマさんみたいです…。なんでも、山の食料が少なくて、お腹を空かせていたらしいんです。」
「でも、なんでデパートなんかにいるのよ…。」
「食料を探して山から降りてきた時、ここに仲間が入っていくのを見たそうです…。」

 フローネの説明で、バーシアは納得した丁度このデパートの屋上ではぬいぐるみショーが行われていたらしい、ショーステージの垂れ幕には蛍光色の文字で『くまちゃんフェスタ』と書かれている。

「果物は全部食っちまったのか?」
「いえ、残りの果物は、この裏の控え室に隠してあるそうですよ。」
「そんなとこに…。」

「で、着ぐるみと間違われたままここに居着いてたってワケか…。」
「マヌケな話ね…。どうする?ルシード…。」

 バーシアに問われてルシードは少し考えた。

「人的被害はまだ出てねぇみたいだし…。このまま山に帰ってもらうしかねぇだろ…。」
「本物のクマがデパートの中をうろついてるって知れたら、大パニックになるだろうしね…。」

 ルシードの意見にルーティは辺りを見回しながら賛同した。この屋上にはきぐるみイベントを見に来たらしい客がちらほらと見受けられる。
 ルシードがクマに山に帰る様にフローネに指示を出す。フローネが翻訳すると、クマはフゴフゴと他のメンバーにとっては鼻息にしか聞こえない言葉を発する。それを聞いたフローネは困った顔をしてルシードの方に振り向いた。

「センパイ…。」
「クマのやつ、なんて言ってる?」
「それが…イヤだそうです…。とりあえず、当分の間の食料として今ここにある果物をくれたら、おとなしく帰るそうですけど…。」

 クマの要望を聞いたとたん、他のメンバーも困った顔になる。

「でも、その果物は全部、このデパートのものよ。返さないと…。」
「ルシード、果物ぐらいおごってあげればいいじゃん。」
「そうそう。」
「ふざけんな。店一件分の果物なんていくらかかんだよ。だいたい、そんな請求書をメルフィに見せてみろどんな顔すると思う…?」
「う…。」
「あ…。」
「え〜っと…。」

「おい、フローネ。ワガママ言ってねぇで果物返してとっとと帰れ!って、伝えろ。」
「いいんですか?」
「当たり前だ。」

 ルシードはそう言いきったが、ルーティ、ビセットは納得しなかった。

「いいの?そんな事言っちゃって…?」
「あいつが怒り出したりしたら大変だよ…。」
「ダメなもんは、ダメだ。人の食ってるのも味を覚えると、クセになる。」
「で、でもさぁ・・・。あいつが怒り出したりしたら大変だよ…。」

 ビセットがクマの顔を窺った瞬間、

「きゃあーっ!!」

 フローネの悲鳴に、他のメンバーもギョッとした。見るとクマが後ろ足で立ち上がり、フゴ、フゴと吠えている。かなり迫力のある光景だ。

「センパイ!クマさん、怒っちゃいました!」
「なに!?」
「きゃーーー!!」
「ほら、見ろ。だから言ったのに!!」
「ちょっと、何とかしなさいよ!!」

 みなのでかい声にクマがますます興奮してひときわ大きな雄叫びをあげる。幸い屋上には客はいなかったが、このままクマが暴れつづければ、騒ぎを聞きつけて、デパートの従業員ぐらいは様子を見にくるかもしれない。

「おい、おまえらクマから目を離さずに下がれ。」

 そう言うとルシードはクマをギロッと睨みつける。迂闊に背中を見せようものなら、クマは本能的に襲い掛かってくるとゼファーが言っていたの思い出したからだ。

「ルシード、やっぱり果物あげようよ!」
「そうだよ、ルシードのケチ!」

 ビセットもルーティもかなり腰が引けている。

「ダメだ、つったらダメだ。町に下りてきたら食料がある。て、動物におぼえさせたら、何度でも来ちまうもんなんだよ。」
「それじゃどうすんのよ。このままにらめっこしてるわけにも行かないわよ。」
「ちっ、こうなったらしょうがねぇな。」

 ルシードが不本意ながら、拳銃を取り出そうとすると・・・

「待ってください、センパイ!」

 フローネが止めてきた。動物好きの彼女はこのクマが殺されるのはどうしても避けたいらしい、内気な彼女にしては珍しく強い口調だ。

「センパイは、クマさんが二度と町にこなければ、果物を買ってあげるのは反対じゃないんですね?」
「まあ、な。」
「じゃ、じゃあ。私が説得します!!」
「お、おい。」

 フローネは、返事を待たずにクマと話し始めた。他のメンバーがハラハラしながら見ていると、フローネが振り返った表情は明るい説得に成功したようだ。ルシードはホッと胸をなでおろした。

「もう、町の果物屋を荒らしたりすんなよ。」
「食料がこれだけあれば、しばらくは大丈夫だって言ってますよ。」
「しばらくって…。」
「食料が無くなったら、また町に来るってこと?」
「もっと食料の豊富な、山奥の方に引っ越すって言ってます。」
「良かったぁー…。」
「一件落着だな。」
「それよりも心配なのは、この請求書を見てメルフィが何て言うかじゃない…。」
「あー、胃が痛ぇ…。」

 このときは、のんき事件が解決したと考えていた。


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 ハラが減った、ハラが減った。太陽と月が何回か交替する前に青毛の人間がくれた食料はあのでかいサルに取り上げられてしまった。ハラが減った。

ハラが減った。妙なサルだワンワンやらニャーニャーやらをしたがえている。ハラが減った。最近出て来たばかりだというに偉そうなヤツ。それはともかくハラが減った。山の中はあのサルがいるから、他の場所にいこう。ハラが減った。

 ハラが減った。あの人間の持ち物は食べ物じゃなかった。ハラが減った。あそこにある人間の小さい住処はどうだろうか?ハラが減った。

 ハラが減った。さっきの白毛の人間はどうして邪魔をしたんだろう?あの青毛は黙って食料を差し出したのに?生意気なのでかるく引っかいてやったら、白毛の人間は動かなくなった。弱くてもろい。ハラが減った。

 まだハラが減っている。小さい住処にはほとんどなかった。しょうがないので仕留めたばかりの白毛を食べた。年をとり過ぎていて余り美味くはなかった。モット生き生きした獲物を食いたい。そういえばこの前の果物が合ったところには子供がいた。まだハラが減っている。

 まだハラが減っている。ふもとに前の青毛達がいた。青毛達は1つの群れらしい。あの紫毛がボスらしいが、あの二匹の黒毛は今ひとつ従っていない、きっと子供なのだろう。まだハラが減っている。

 まだハラが減っている。食べ物を差し出すように言ってみる。紫毛は食べ物をよこす気はないらしい。また少しアバ・れ・・れ・ア・あば・・・ハ・ラ・・・へ・・・・・る。      

暗い・・・。妙だ空腹がおさまった・・・。


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「猟師組合の連中よりさきだったな・・・。」
「そうね・・・。運がいいんだか、悪いんだか。」

 ルシードの呟きにバーシアが答えた。二人とも表情が暗い。他の実働メンバーにいたっては泣顔をしている。
 クマらしき大型の生物か山小屋を襲った。という通報を受け、猟師組合ともに山の周辺をパトロールしていたブルーフェザーは、あのデパート熊の遭遇した。山奥に引っ越すといっていたデパート熊がこんなところにいる理由は一つしかなかった。
 何かしていた方が気がまぎれるだろうと考えたルシードは、ハナをすすっているビセット達に雑用を命じたが、ビセット達の反応は鈍い。

(だからつれて来たくなかったのに。)

 こうなると予想していたルシードはビセット達年下メンバーを事務所に残してきたかったのだが、ゼファーに止められた。
 ゼファーいわく、『自分たちの仕事を正しく認識するため。』だそうだ。ルシードも間違っているとは思わない。しかし・・・

「ああいう面されちまうとな〜。」

 リーダーの責務というものは、ときどきずっしりとルシードの肩にのしかかってくることがある。

「しかかないわよ。仕事だしね。」

 ルシードを気遣いバーシアが声をかけてきた。

「まっ、誰かがやらねぇといけねぇことだな。」
「イヤ事は人に押し付けて、自分は文句だけってのは無責任って言うからね・・・。」
「つまりおまえは無責任ってことなんだな?バーシア。」
「・・・・・・。」

 心配して損した。バーシアは思ったが、軽口を叩けるならルシードは大丈夫だろう。


 数日前、確かにフローネはクマを説得することができた。しかし、シープクエスト周辺の山々は自然が多く、食料の豊富な土地柄ではあるが、クマよりも強いトリアケラスなどの魔物も生息している。デパート熊はそんな弱肉強食の山奥よりも楽と思っている町に降りてきてしまったというわけだ。


「センパイ、猟師組合の人たちはすぐに来るそうです。」
「そうか、んじゃ。引き取ってもらうか。」
「・・・はい。」

 クマは猟師組合に引き取られ、毛皮か剥製にされるだろう。もしかすると右手は誰かが食べたがるかもしれない。猟師にとってはあたりまえのことだが、実際にクマと話していたフローネは辛いことだろう。相手の気持ちがわかりすぎるのも問題がある。

「ルシード。」
「ん、ルーティ。ゼファーは何つってた?」
「予算の方は何とか交渉してみるって。」

 どうにもルシードは何かを買いこんだらしい、唯一雑用を頼まれなかったバーシアにはそれが何かわからない。

「何買ったの、ルシード?」
「ん、柵。」
「柵?」
「ああ、熊よけのな。」
「ふ〜ん。」
「やっぱ、自然の動物に人間の食料の味を覚えさせちゃいけなかったってことだろ・・・。」
「そう言うことになるわね今回は。ある程度の距離をとるべきなんでしょね、何かと長くつい合っていくコツは。」
「これで今回みたいなことが減ってくれると御の字だ。」

 ルシードは上申書を書くために一足先に戻る。と告げるとバーシアから離れていった。

 事務所への帰り道、銃から取り出した空薬莢を眺めながらルシードは呟いた。

「俺も、クマを殺したかったワケじゃねぇからな。」

 薬莢はまだ熱を持っていたが、手のなかであっという間に冷たくなってしまった。
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