中央改札 交響曲 感想 説明

悠久幻想曲Symphony 第十節『誕生日と遠い過去の記憶』
風倉天覇


それは9月27日の事

「はい、皆さんお疲れ様でしたー」
「お疲れ〜」
「お疲れ様でした」
「おつかれさま〜」

ルーカスはその場に居たアレフ、クリス、メロディに労いの言葉をかける

「さて・・・そんじゃ、俺は今から帳簿付けたりとかするから、先に飯食いに行っといてくれ」
「OK」
「あれ、アリサさんは?」
「アリサさんは孤児院の子供達に差し入れだから、きっとそこで飯食ってくると思う」
「そっか」
「つー事で先に行っとけ」

ルーカスが椅子に腰掛け、帳簿を付け始める
それを見たアレフ達はルーカスを置いて、ジョートショップを出て行った

一人になったルーカスは無言で帳簿を付けていく


  カリカリカリ・・・
  

  カリカリペキッ←シャーペンの芯が折れた


  カチカチ、カリカリカリ・・・

そうして十数分が立った時だった


  バアンッ  


突然、ジョートショップの扉が勢い良く開かれた
ルーカスは当然の如く、開かれた扉の方を見る
すると、そこには一人の少女が立っていた
そして、少女はルーカスの姿を確認するや否や―

「お兄ちゃんでしょ、トリーシャちゃんを泣かせたのは!」


それが今回の発端









悠久幻想曲Symphony 第一章『タナトスの歌』 第十節『誕生日と遠い過去の記憶』









「・・・・・・いきなり入ってきたと思ったら何をぬかすかね、ローラ」

ルーカスは訳も分からない、もとい訳も分からず少女―ローラ・ニューフィールドを見る
すると、ローラは唖然とし、数瞬硬直した後、口を開く

「・・・違うの?」
「俺は仕事終ってからずっとここで帳簿つけてましたが、それが何か?」
「そっか・・・違うのか・・・」

そう言って外に出ようとするローラ
しかし、そんなローラを放って置くルーカスでは、当然無い(爆)

「待てや嬢ちゃん、人にそんな事言っといて行っちまうってのは礼儀に欠けてやしませんか?」

ルーカスは何時の間にかローラの背後に立っており、ローラの肩を掴んでいる

「え、ちょっと、何でお兄ちゃん私掴んでるの?!」
「手に魔力を軽くコーティングさせてるからな・・・今なら幽霊少女も掴める訳です」

いきなり肩を掴まれた事に驚くローラに淡々と説明するルーカス

このローラと言う少女、実は肉体を持っていない
何でも、100年前に当時富豪であったローラの両親が当時の不治の病を患ったローラを100年後の医療技術に期待し、一時的に仮死状態にして眠らせたのだ
しかし、何らかの手違いにより、100年経った今、精神だけが起きてしまい、幽体としてセントウィザード教会を家代わりに暮らしている
ちなみに、この幽体の状態だと普通に触る事は出来ない
それはアレフが以前、身を持って証明したので間違いないことである(爆)

「幽霊少女って何よ!」
「まぁ、それよりだ・・・で、トリーシャが泣いてたってどういう訳か、ついでに何でイの一に俺の所に来たか説明して貰おうか」
「・・・分かったわ、じゃあ話すわね・・・」



「詰まる所・・・トリーシャが泣いて西の方に走って行くのを見たローラは俺が何かしたと勘違いして俺の所に来た・・・って所か?」
「うん」

ローラの話を聞き終え、話を纏めたルーカスは、突然満面の笑みを浮かべ―

「ローラ」
「何、お兄ちゃん?」
「お前は、俺を何だと思ってやがるんだ?!」

ローラの米神の部分をグリグリ―俗に言うウメボシと言う奴を仕掛けた
当然、手に魔力を込めてある為、ローラは痛い目に会う事になる

「きゃっ、痛い、痛い〜!」
「五月蝿い、俺を疑った罰だ!」
「ごめんなさい、謝るから許して〜!」
「よし、許そう」

ローラが素直に謝るとルーカスは手を離し、ローラを見る

「しっかし・・・アイツも良く迷惑かけてくれるぜ・・・はぁ」

そう言うとルーカスは扉に手をかけて、ローラにこう言った

「ローラ、アリサさん帰ってくるまで留守番頼むわ」
「へ?」


  バダン


ローラが反応しきる前にルーカスは外へと行ってしまった
そして、取り残されたローラは―

「・・・・・・お留守番・・・するしかないわよね」

と、呟いていたりする





時はルーカスがジョートショップを出て十数分後
場所はトリーシャの家であるフォスター邸の玄関
数名の自警団員が2人の男を見守っている
そして、その2人の男は言い争いを先程から続けていた

「だぁかぁらぁ、俺に詳しく説明しろって言ってんだろうが!」
「黙れ、犯罪者に説明する義理はないわ!」
「誰が犯罪者だ、この能無し猪勘違い自警団員が!」
「何だとぉ?!」

一人はアルベルト・コーレイン
そしてもう一人は―

「大体ルーカス、今回の事はお前には関係ないだろうが!」

そう、ジョートショップを出たルーカス・リディエルその人だった

「五月蝿い、兎に角事情を話せ!」
「五月蝿いのは貴様だ!」
「何をぉ?!」

ちなみにこの言い争い、既に十分以上が経過していたりする
それをいい加減、不毛に思った自警団員の一人がルーカスに言った

「ルーカスさん・・・実はトリーシャちゃん、家出しちゃったんですよ」
「外野は黙ってろ―って、家出ぇ?!」
「あ、アーノルド、お前何で言ってやがる?!」

事情を話したアーノルドにアルベルトが食って掛かる
しかし、アーノルドは淡々とルーカスに事情を話して行く

「はい・・・実は今日トリーシャちゃんの誕生日なんですが・・・」
「あー・・・そう言えば前に何か言ってた様な気がするな・・・」
「はい、それで本来ならリカルド隊長や私達と一緒に誕生日を祝う予定だったんですが・・・」

言葉を続けようとするアーノルドだが、ルーカスがそれを止める

「分かった、皆まで言うな・・・どうせおっさんのこった、仕事入って祝えなくなったとかそんな所だろ」
「・・・・・・はい、その通りです」

アーノルドはそれだけ言うと、項垂れてしまう
しかし、アルベルトはそんなアーノルドを気にもせずまくし立てる

「アーノルド、お前は何でこんな奴にそんな風にペラペラ喋るんだ、あぁ?!」
「すいません・・・しかし、あのままいつまでも言い争ってられるよりはマシかと思って・・・」
「まぁ、その通りだろうな・・・さて、おんじゃま俺は家出しちゃったトリーシャを探しに行きますか」

そう言って自警団の面々に背を向け、その場を去ろうとするルーカス
しかし、そんなルーカスを放って置く程賢いアルベルトではなかった

「あ、待てルーカス!」

アルベルトはその後を追う様に歩く
少しだけ後ろを振り向き、アルベルトの姿を確認したルーカスは露骨に嫌な顔を浮かべる

「おい、アルベルト、付いて来るなよ・・・」
「五月蝿い、それよりお前は何処に行くんだよ」
「ん〜・・・まぁ、さっきアーノルドがそっちの情報をくれたからこっちの情報も少しくれてやるか・・・」

そう言うと、ルーカスはアルベルトの横に並び、歩き始める

「実はさっき店にローラが来てな、それで俺がトリーシャを泣かせたんじゃないかって疑ってきたんだ」
「ローラがか?」
「あぁ、何でもトリーシャが泣きながら走るのを見たらしい・・・それで、だ・・・その時西の方に走ってったらしいんだよ、ローラの話じゃ」
「西・・・と言う事は西門か?!」

アルベルトはいきり立つが、それを見たルーカスはため息を吐く

「阿呆・・・あそこにゃいっつもクラウスが立ってるじゃねぇか・・・」
「あ・・・そう言えば・・・あそこは第四のクラウスの持ち場だったよな・・・」
「あの生真面目兄ちゃんがトリーシャを易々と通す訳ないだろ?」
「・・・そうだろうな」
「となると・・・トリーシャが西に行った上、外に出ようとしてるなら・・・何処から出れるかな?」

アルベルトは数秒思考に耽った後、答えを導き出した

「・・・・・・正門か!」
「正解、と言う訳で正門に行くぞ」

そうしてルーカスとアルベルトと言う、仲の悪い二人は並んで正門『祈りと灯火の門』に向かう事になった

そして、数分もしない内に目的地に到着する
しかし、その場で異常な光景を目にし、固まっている

「・・・・・・これはこれは」
「どういうこった・・・!?」

そこには―

「何でこいつ等ぶっ倒れてるんだよ・・・!?」

そうなのだ
門番として正門に立っている自警団員が倒れていたのだ
アルベルトは手にしていた槍を落として、自警団員に駆け寄る

「おい、大丈夫か、おい!」

アルベルトは倒れている自警団員の肩を掴み揺さぶる
しかし、自警団員は何の反応も示さない
それを見たアルベルトは顔面蒼白になる
しかし、そんなアルベルトを見てか、ルーカスも自警団員に近付き、脈を取る
そして気付く

「・・・・・・脈はあるし、息はしてる・・・・・・これってただ寝てるだけじゃないのか?」
「・・・・・・・・・何?」

ルーカスの一言で冷静さを取り戻したアルベルトは字形団員の脈を取り始める
確かにルーカスが言った様に脈はあり、静かにしていると呼吸も良く聞こえた

「・・・本当だ」
「でも・・・何でこんな所で寝てるんだ・・・?」

ルーカスが顎に手をやり、思考に耽ろうとした、正にその時

「そりゃあ、俺がちょっとやったからな」

ルーカスの頭上から声がした
ルーカスとアルベルトは一斉に上を見上げる
そこには、門の上には一人の男が座っていた
男は拘束衣の様なレザーのスーツを着込み、目には両目を隠す眼帯をしている
そして、ルーカスはその男を知っている
6月末に天窓の洞窟で会った男
確か名前は―

「・・・シャドウ!」

ルーカスは頭上で卑しい笑みを浮かべたシャドウを睨み付ける

「よぉ、記憶は戻ったかい?」
「生憎戻らなくてね・・・知ってるお前さんが俺の事を教えてくれるとありがたいんだけどね・・・」
「ん〜・・・やなこった」
「随分と意地の悪い性格してるもんだねぇ・・・」
「そりゃどうも」

ニヤニヤと笑いながらルーカスを見るシャドウ
そんなシャドウにアルベルトが食って掛かった

「おい、貴様!」
「あ、何だてめぇは?」
「こいつ等をお前がやったってどう言う事だ?!」

アルベルトは指で後ろで寝ている自警団員を指差す
それを見たシャドウは更に口端を持ち上げる

「くっくっくっ・・・簡単な事さ・・・そいつ等は街から出ようとする嬢ちゃんの邪魔してたからな・・・折角だから助けてやったのさ」
「街から出ようとしてた嬢ちゃんだと・・・!?」
「・・・・・・まさか!?」
「流石はルーカス・・・勘が冴えてるねぇ・・・」
「お前、トリーシャを!?」
「何!?」

ルーカスの言葉に心底驚くアルベルト
一方、ルーカスの言葉を聞いたシャドウは高笑いを起こす
その場にシャドウの高笑いが木霊する

「ヒャーッハッハッハッハ、そうさ、『エンフィールドの守護神』、『闘神』リカルド・フォスターの娘、トリーシャ・フォスターの手助けをしたのさ・・・俺って偉いだろ?」
「てめぇ・・・・・・!」
「ふふふっ・・・良い目をするじゃねぇかルーカス・・・さて、俺は少し失礼するかな・・・」

そう言って門の上に立つシャドウ
しかし、当然の事ながらそれをアルベルトが放って置く訳がない

「待て、貴様!」

アルベルトが槍を構え、鋒先をシャドウに向ける
しかし、シャドウは―

「嫌だね・・・生憎、俺は今から用事があるんだよ・・・じゃあな」

シャドウは指を鳴らす
すると、前の天窓の洞窟の時と同じ様に足元の影が蠢き、シャドウを包み込む
そして、その影は地に沈み、その後には何も残っていなかった
ルーカスはその一部始終を見届けると、アルベルトの方を向く
その目は、普段のルーカスからは感じられない冷静さが感じられた

「アルベルト・・・」
「何だ、この緊急事態に!?」

一方アルベルトは今にも街の外に出ようとしている

「一人で行く気か?」
「そうだが・・・今は無駄話をしている場合じゃないだろう!!」
「一人じゃ限界があんだろうが・・・」

そう言うとルーカスはアルベルトの隣に立つ
そして、横からアルベルトの目を見て、言い放った

「だから、今回は特別に手伝ってやる・・・ありがたく思えよ、相棒」
「・・・・・・・・・・・・」

ルーカスの突然の言葉に唖然とするしかないアルベルトであった





時は少し過ぎてから、ジョートショップ

「で、ルーカスは何処かに行っちまったって訳か?」
「うん、そうなの・・・」

アレフが目前に座るローラを見ながら話を聞く
その目は真剣そのものだ

「・・・ったく・・・何時まで経っても来ないと思ったら・・・」

アレフは髪をグシャグシャと掻き乱す
そんな様子を見てクリスはポツリと言った

「もしかしてルーカスさん・・・一人でトリーシャちゃんを探しに行ったんじゃ・・・」
「・・・・・・その可能性は高いよな・・・アイツの事だし」

クリスの言葉を聞き、アレフも同じ事を思った
そんな中、メロディがいつもの様子で話に加わる

「ふみぃ・・・るーかすちゃん、ひとりでだいじょうぶかなぁ・・・」
「大丈夫だと良いけど・・・」

クリスの言葉の後、部屋は沈黙に支配される

「・・・・・・よし!」

その沈黙を一番最初に打ち破ったのはアレフであった

「アレフ君?」
「今からルーカスを探しに行って来る」
「えぇ!?」
「何か嫌な予感がするしな・・・」
「で、でもアレフ君も一人で行ったらルーカスさんと同じじゃないか!」
「でもなぁ・・・」

そうしてアレフとクリスは言い争いを始める
そして、その言い争いが始ってから十分程経った時の事


  カランカラン


ジョートショップに来客を告げるカウベルが鳴った
その場にいた面々がドアの方を見ると、そこには―

「こんにちわ・・・ルーカスいるかな?」

いつもの自警団の制服に、額に鉢金を巻いているハースの姿
そして、その手には―

「ふみゃあ・・・そのこはだれなんですかぁ?」
「こ、こんにちわ・・・」

少し怯えた様子を見せる球体で、そのてっぺんに毛を生やした生物の姿があった





ジョートショップにハースが現れたのから少しが経ち、場所は西の山中
ルーカスとアルベルトの二人はその山中を歩いていた

「おい、ルーカス・・・本当にこっちで合ってるのか?」
「街道に出た以上、東の方は無いだろ・・・それで、北はお前が一通り探していなかった・・・」
「で、南はお前が探して・・・」
「影も形も、って感じな訳よ」

ルーカスは山道に出っ張っている木の根に足を引っ掛けないよう注意しながら歩く
アルベルトもルーカス同様にして歩く

「・・・だけど、何でそこからここになるんだ?」
「ん・・・実はシモンズさんに会ったんだよ」
「シモンズ・・・ちょっと前に引っ越してきたルー・シモンズか?」
「そ・・・そんで、探してる所で偶然会ってな・・・それで、ちょいと占ってもらったらここの頂上辺りが臭い、って言われた」

占って、と言う単語が出た辺りでアルベルトは足を止めた
足を止めたアルベルトは振り向き、ルーカスの姿を見る

「占いって・・・そんなん当てになるのかよ?!」
「まぁ、落ち着け・・・何でもシモンズさんの占いは何気に命中率が高いらしい・・・そう、トリーシャが俺に教えてくれたんだよ」

ルーカスはそれだけ言うと、アルベルトの横を通り、先に行く
アルベルトはルーカスを追いかける様に、再び歩き始める
そんなアルベルトを見越してか、ルーカスは先程の話を続けた

「で・・・トリーシャが言うには、前に失くしたお気に入りのアクセサリーの在り処をシモンズさんに占ってもらったら、一発で見つかったそうな」
「・・・・・・だけど、占いなんて信じられんぞ・・・?」
「だけど、当ても無く彷徨って捜すよりはましだと思うがね」
「それでもな!」

アルベルトが言葉を荒げる
丁度、その時だった
聞き覚えのある声がしたのは

「おやおや・・・ルーカス君と猪自警団員の仲の悪い二人でピクニックかい?」

二人は上を向き、すぐに声の主の存在に気付いた
彼等の進む道の先には、拘束衣の様な服、両目を隠す眼帯―そう、シャドウであった

「シャドウ・・・!」
「よぉ、また会ったな兄弟」

シャドウは先程と同じ様に卑下た笑みを浮かべている

「お前がここに居るって事は・・・どうやらシモンズさんの占いは結構当てになるって事か・・・!」
「今日は随分と冴えてるねぇ・・・ルーカス」
「貴様、トリーシャちゃんを何処にやった?!」

アルベルトはシャドウに噛み付く
アルベルトのそんな様子を見てか、シャドウは含み笑いをし始める

「くっくっくっくっ・・・」
「笑ってないでさっさと答えろ!」
「そう、怒るなよ・・・別に、あの嬢ちゃんには何にもしてないからよ・・・―」

一瞬だけ安堵するルーカスとアルベルト
だが、次の言葉に戦慄を感じざるを得なかった

「―代わりに、山の主たる竜に生贄として捧げてきたけどな」
「な・・・・・・・・・!!?」
「な、何ぃ!!?」

戦慄に包まれた表情をする二人を見て、シャドウは高笑いをする

「ヒャーッハッハッハッハ、良いぜ、その表情、最高だぜぇ、ヒャーッハッハッハッハッハ!!!」
「きっさまあああ!!!」

アルベルトは完全に激昂し、シャドウに飛び掛ろうとする
しかし―

「アルベルト、そんな奴に構ってる時間は無いだろ!」

ルーカスの怒声に我を取り戻す

アルベルトはルーカスを垣間見る
ルーカスは強く拳を握り締め、シャドウを睨んでいる
その目には怒りの焔を宿し、その拳からは赤い血を垂れ流している

「さっさと山頂に行って、トリーシャ助けるぞ!」

大声でそう言うと、駆け始めるルーカス
途中、シャドウを一瞥だけすると、すぐに前を向き全力で走って行く

「お、おう!」

アルベルトも一瞬遅れてルーカスを追いかける
そんな二人を後ろからゆっくりと見ているシャドウ
その口元はまるで、夜空に浮かぶ三日月が如く裂けている

「くっくっく・・・さて・・・あの時の力・・・今回は見れると良いんだがねぇ・・・」

その言葉を最後に、その場からは人の姿は消え去った





時は少し過ぎ、場所は西の山の麓の森
そこは、普段はフサの集落として自警団が立ち入りを禁止している
だが、今はそこに二人の人間の男が魔物と対峙していた

「な・・・どう言う事だよ、それは!?」

一人の男が声を荒げて魔物に言い放つ
それを、隣に居た男が嗜める

「落ち着くんだアレフ・・・取りあえず事情を詳しく話してもらいましょうか・・・長」
「・・・・・・分かり申した、ハース殿」

ハースに長と呼ばれた魔物は切り株の上に座り、事の顛末を話し始めた

「実は今日の朝・・・一人の人の男が我々の集落を尋ねて来おったのじゃが・・・その男が言うには、今日の昼頃に来る女子が我々を狩ると言ったのじゃ・・・」
「それで、この森を通り掛かったトリーシャを・・・?」
「うむ・・・そう言う事になる・・・じゃが、しかしハース殿のお知り合いだったとは・・・」
「だったとは、じゃねぇぞ、フサのおっさん!」

アレフは切り株の上に座るハースに長と呼ばれたフサと呼ばれる魔物に食って掛かる
フサの長は人間風に言うならば、申し訳ない、と言った様な表情を浮かべる

「・・・・・・今思えば、あの様な女子が、況してやハース殿のお知り合いが我々を狩る等あり得ない事・・・」
「・・・ですね・・・兎に角、トリーシャは今、山の頂上の竜の所に?」
「うむ・・・」
「困りましたね・・・あの龍は最近あの山に来たばかりの新参者だから、まだ話もつけてないのに・・・」

ハースは顎に手をやる
そんなハースに声をかける存在

「で、でも、だから僕達が食べられない様にって、お爺ちゃんは生贄をあの竜に差し出したんだよ・・・」

ハースは足元に居る、先程自分の手で抱えてきたフサの子供を見る

「それは分かってるよ・・・・・・しかし、長」
「何でしょう、ハース殿?」
「一体、その男とは誰なのでしょう?」
「・・・・・・分からん・・・あの男は我々に女子の存在を言うと、すぐに消えてしまった・・・」

長の言葉を最後に静かになる
そして、その静かな中、ハースが声をあげた

「・・・・・・アレフ」
「・・・何だ?」
「悪いけど先に山頂に向かっておいてくれないかい?」

そう言ってハースは懐から短刀を取りだし、アレフに渡す

「君の本来の得物程立派なものじゃないけど、コレなら代用品位にはなる筈だよ」
「あぁ、分かったけど・・・お前はどうするんだよ?」
「僕は隊長に連絡をつけて来る」

そう言うと、ハースは物凄いスピードでその場を走り去って行った





時は同じくして、西の山の山頂
そのほんの少し手前の山道

「ふぅ・・・やっと山頂が見えてきたぜ・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・待て、アルベルト・・・お前、何気に足速くないか・・・?」

アルベルトが槍を肩に担ぎ、それを追う様に歩くルーカス
しかし、ルーカスは額に玉の様な汗を流しながら息切れを起こしている

「お前な・・・俺より先に走り出した癖に、俺に追い抜かれて息切れして追い付いて来るってどう言う事だよ・・・?」

アルベルトが懐疑的な視線を投げ掛けられるに気付き、ルーカスは逆切れした

「五月蝿ぇ! 俺はお前と違って体力馬鹿じゃねぇんだよ!」
「誰が体力馬鹿だ、誰が!?」
「お前以外に居るとでも思ってるのか、この猪自警団員!」
「んだとぉ!?」

普段の様な喧嘩が始ろうとしたその時

「キャーーーーーッ!!?」

二人の耳に少女の物と思われる金切り声が聞こえた
それは、犬猿の仲である二人が手を組んでまでも捜し出そうと、そして今から助けようとする少女の声

「・・・アルベルト・・・聞こえたか?」
「あぁ・・・今のはトリーシャちゃんの声だ!」
「急ぐぞ!」
「おぅ!」

二人は一目散に頂上へと向かう
そして、そこで見た光景
それは、厳つい翼を生やした大きな蜥蜴が、縛られているトリーシャに今にも噛み付きそうな光景
それを見たルーカスは考えるのも束の間、行動に移す
掌を翼を生やした蜥蜴―要するに竜に突き出す
掌に青い力が集められ、それがルーカスの精神力によって束ねられる
束ねられた青い力は正に氷の槍
それを竜に向けて放つ
放つまでにかけた時間は一秒にも満たなかった

「アイシクル・スピア!」

ルーカスの掌から氷槍が放たれ、槍は直線状に飛んで行き、竜の背に刺さる

『ぐあぁっ?!』

竜は痛みの余りか、それとも元々からか、くぐもった声で突然の痛みに驚く
しかし、そんな竜の事もお構いなしに、攻撃は続く
ルーカスの魔法が放たれたのと同時にアルベルトは駆け出していた
そして、竜の少し手前まで来ると―

「てえりゃあっ!!」

ジャンプし、槍の鋒先を竜の背に突き立てようとする
しかし―

『GYAu!』

竜の振った尾がアルベルトを襲う
それに気付いたアルベルトは槍を急いで引っ込め、盾代わりにし、竜の尾を受け止める
竜の尾の攻撃を諸に受け止めたアルベルトは勢い良く吹き飛んだが、綺麗に地面に着地し、槍の鋒先を再び竜に向ける
受けが成功した為か、どうやらダメージは大した物ではないようだ
一方、竜はこちらを向く

『何事かと思えば・・・愚鈍な人間如きが我に刃を向けるとはな・・・』
「アルベルトさんにルーカスさん!」

縛られているトリーシャが嬉しそうに二人を見る

「トリーシャちゃん、助けに来たぞ!」

アルベルトは竜の方に気をやりながら、トリーシャに声をかける
しかし、そのアルベルトの言葉を聞いた竜はそのくぐもった声で訪ねて来た

『人間の子よ・・・我に捧げられた生贄を横取りする気かね・・・?』
「横取りじゃねぇよ」

その竜の問いにルーカスが答えた

「トリーシャはお前の物じゃない、トリーシャはトリーシャ自身の物だクソ野郎!」

そう言い放つと、ルーカスは腰のナイフを抜き放ち、竜に突撃して行った





時はそれから少し経ち、場所は分からない
ただ、ここからルーカス達の様子が見えるのは間違いない
そして、二人の男がルーカス達が必死に竜と戦っているのを見ている

「へぇ・・・思った以上に頑張ってるねぇ・・・」

一人の男は腰を下ろし、ルーカス達の様子を見ながら手にしている肉に貪り付く
その横で立ってルーカス達の様子を見ている男は仮面を付けている為表情が読み取れない―事もなく、仮面には焦燥の表情が浮かび上がっていた

「・・・・・・シャドウ、貴方は何を考えているのですか?」

肉に貪りついているシャドウは一瞬だけ貪るのを止め―

「何って・・・アノ野郎の潜在能力解放を促してやってるだけじゃねぇか・・・ハメットさんよぉ」
「・・・・・・アレがですか?」

ハメットは再び視線をルーカス達に戻す

ルーカスは竜の振り下ろした腕をギリギリで回避し、ルーン・バレットを放つ
ルーン・バレットは竜に着弾するものの、ダメージらしいはダメージは見当たらないが、体勢は崩れる
そこにアルベルトが刺突を放ち、その刺突は竜の脚に突き刺さる
竜は痛みに耐えながら脚を振り回し、アルベルトを吹き飛ばす
そのアルベルトにルーカスが魔法を唱える
アルベルトに掌を突き出し、その掌に魔力を込める
すると、魔力の篭った掌に精霊―見た限り土の精霊たるイシュタルが集まって行く
そして、ルーカスは叫ぶ様に呪文を唱えたが、遠く離れている此処までは聞こえない
しかし、内容の予想は容易だった―イシュタル・ブレス、対象の防御力、耐久力を引き上げる精霊魔法
ルーカスの掌に集まっていたイシュタルは凄まじいスピードで吹き飛んでいるアルベルトに向かい、その体内に消えて行く
そして吹き飛んでいる最中のアルベルトは背中から岩にぶつかる
だが、すぐに起き上がり、竜に立ち向かう

その様子をしっかり見ていたシャドウは含み笑いをしながらハメットを見る

「くっくっくっ・・・ほら見ろ、案外しっかり戦えてるじゃねぇか・・・」
「・・・今の所は、でしょう」

ハメットは毒づきながらも、ルーカス達の方から目を離さない

「ふふふ・・・ハメットさんはそんなにもルーカスさんが心配なんだねぇ・・・」
「・・・・・・悪いのですか?」
「いや、別に・・・」
「・・・・・・何です、その目は?」

ハメットはシャドウを睨みつける

「おー怖い怖い・・・そんな風に睨まれたら『死んじまうぜ』」
「・・・・・・喧嘩を売ってるのなら買いますが?」
「へぇ・・・買ってもらって結構だが・・・俺に勝てるのかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

ハメットはそれきり黙ってしまった
一方、シャドウは相変わらずの卑下た笑みを浮かべてルーカス達―否、ルーカスを見る
そして呟いた

「さぁ・・・見せてくれよ・・・お前の内の力をよぉ・・・」

シャドウがそう呟いたのと同時に、山道から一人の男が山頂に顔を出した





「ルーカス!」

ルーカスは聞き慣れた声を耳にした
そして、振り向いた先には―

「アレフ!?」

そう、ルーカスの悪友、アレフ・コールソン
その手には全長60cmぐらいの短刀を持っている

「助太刀に来たぜ!」

そう言って短刀を抜くアレフ
短刀を抜き放ったアレフは一気に竜までの距離を詰める
そして、刀を一閃
刀は竜の人間で言う指に当たる部位を切り落とす

『ぬをおっ!?』
「アレフ!?」

アルベルトがいきなり飛び入り参加してきたアレフに驚く

「アルベルト!?」

アレフもアルベルトがココに言うと言うのは予想外だったらしく、驚いている

「何でお前がここにいるんだよ?!」
「それはこっちの台詞だ!」

アレフとアルベルトが言い争いを始めようとする
が、しかし、ルーカスが大声で二人を呼んだ事により、それは止まる

「二人とも、戻れ!」

二人は咄嗟にルーカスの方へと走り出す
その直後―


  ゴオオオンッ


先程まで二人の居た位置に凄まじい魔力の篭った息―俗に言うブレス攻撃と呼ばれるモノが通り過ぎる
それを吐いたのは当然の如く―

『人間如きがぁ、我を舐めるなぁ!!!』

憤慨しきっている竜である
二人と合流したルーカスは大きな岩場に隠れると、二人もそれに続く

「ったく・・・あんな隠し玉まであったとはな・・・驚きだ」
「あぁ・・・だが、しかしどうする?」
「だな・・・あんなブレス耐え切れる訳ないしな・・・」
「避ける・・・しかないな・・・よし」

そう言うと、ルーカスは手を合わせる様にして、魔力を集める
集まった魔力に精霊が集う
緑色の光を発する精霊―風の精霊シルフィード
そして、ルーカスは呪文を呟く

「シルフィード・フェザー!」

すると、ルーカスの手に集った精霊はアレフとアルベルトの体内に消えて行く
だが、そんなルーカスにアレフが不思議そうに尋ねる

「おい、ルーカス・・・お前は自分にかけないのか?」
「俺は動かないから良いんだよ・・・代わりに取って置きを使うがね」
「取って置き?」

ルーカスの言葉にアルベルトが尋ねる
ルーカスは頷きながらアルベルトを見る

「あぁ・・・それでアルベルトとアレフに頼みがある」
「・・・・・・時間を稼げ、とでも言うのか?」
「流石はアレフ・・・俺の言いたい事が良く分かってるじゃねぇか」

ルーカスはニッとした笑みを浮かべながらアレフを見る
アレフは苦笑を浮かべる

「半分冗談だったんだけどな・・・で、何分稼げば良い?」
「5・・・いや、3分だ、3分で何とかする」
「3分もアノ化物を何とかするのか・・・厳しいな」
「弱音を吐くなアルベルト・・・コイツが取って置きがあるって言ってるんだ・・・それに期待しようぜ」
「ちっ・・・仕方ないな・・・!」

アルベルトはそう言うと、立ち上がり竜へと突撃する

「おい、待てよアルベルト!」

アレフもそれを追いかけようとするが―

「アレフ!」

ルーカスに呼び止められる
アレフは首だけをルーカスに向ける
ルーカスはただ一言だけ言った

「無茶すんなよ」
「・・・分かってら!」

すると、アレフも竜に向かって行った
残ったルーカスは懐から一枚の札を取り出す
その札は魔術師組合から譲り受けた物で、何でも使用者の魔力の回復を促すと言う代物らしい

「さて・・・効果があると良いんだがね・・・」

ルーカスは札を握り締め、目を瞑り、精神を集中させる
すると、札が薄っすらと光始める
その光は青白い光
だが、温かみのある光だ
数分間その状態でいると、その光は収まった

「・・・何気にかなりの効果があるっぽいな・・・長に会ったら礼言っとくかな」

ルーカスは札を懐にしまう
そして両掌を天に掲げ、同時に空を見上げながら呪文を唱え始める

「我、繰り成すは絶対たる破壊・・・」

呪文を唱え始めると、ルーカスの掌に魔力が集まって行く
その魔力はアイシクル・スピアやイシュタル・ブレスの比ではない

「我、望むは紅き焔・・・」

ルーカスが掲げた両掌の先に赤い焔の玉が生まれる
それは小さく、ピンポン玉サイズであった

「我、掲げるは我が内に秘めし力・・・」

しかし、ルーカスが呪文を唱えていく事により、そのサイズは膨れ上がって行く

「我、刻むは魔なる法を繰るが為の字(あざ)・・・」

そして、その火球の大きさは直径二メートル程になっていた
その火球の周囲をルーン文字と言われる魔力の篭った文字が、土星の輪の様に周囲を回り始める

「我、捧げるは我が力・・・我、望むは―!」

ルーカスは視線を竜に向ける
視界に入るのは、竜に必死で立ち向かう悪友、そして先程相棒と呼んだアレフ・コールソン
そしていつも俺を目の敵にしている自警団員アルベルト・コーレイン
正直、この三人で一つの事をやるとは夢にも思わなかった
だが、現実に今は一つの事に向かって全員が必死だ
その一つの事
それは一人の少女を助ける事

「おもいっきり後ろに飛べ、二人ともぉ!」

戦っている二人に叫ぶ
そこら中に怪我をしている二人は痛みを感じながらも無理矢理後ろに飛ぶ
そして、ルーカスは最後の呪文を唱える

「鮮血の焔、彼の者を焼き尽くせ―クリムゾン!」

破戒の為の、滅びの為の焔の球は竜に向けて放たれた





「終りましたね・・・」

ハメットは呟く
ルーカスの放った魔法『クリムゾン』
何千種類と言う魔法の内、最高位の証たる色の名を冠する魔法
単体しか攻撃出来ず、消費する魔力も絶大
だが、その分だけ威力も最強と言っても過言では無い程の威力を誇っている
事実、ルーカスの放ったクリムゾンは竜の体の半分を削り取った

「・・・・・・・・・ちっ」
「おや・・・貴方はアレが見たかったのではなかったんですか?」

シャドウの反応に意外そうに対応するハメット
シャドウは苦虫を噛んだ様な顔をしながら立ち上がり、手で印を組む

「何を・・・?」
「決まってんだろ・・・竜にもうちょっと頑張って貰う」
「な・・・!?」

ハメットは驚愕した
そんなハメットにシャドウは卑下た笑みを浮かべながら話しかける

「あの程度だったらお前だって使えるだろうが・・・」
「し、しかし!」
「俺が見たいのはな・・・あの紅玉の様な煌きさ・・・」
「・・・まさか?!」
「そうさ・・・俺が見たいのは『玉石魔法』・・・!」

シャドウは魔力を高める
その魔力は異常と言っても過言ではない程、凄まじい
もし、仮に対峙する者がいたならば、その者は間違いなく


絶望するだろう・・・





「はぁ・・・うまくいった・・・」

魔法を放った直後、ルーカスは放心しながら腰を下ろす
少しすると、アレフがこちらに寄って来た

「大丈夫か?」
「おぅ・・・ただ、魔力使いすぎて疲れ気味だけどな・・・」

そう言いながら、懐から魔力回復の札を取り出し、握り締める

「そっか・・・しかし、凄い威力だったな・・・」
「それより、トリーシャの方は?」
「ん、あぁ、アルベルトが行って―」


  『GYAAAAAAAAAA!!!!!』
  「ぐわあっ!?」
  「アルベルトさん!!!」

言葉は咆哮によって遮られた
二人は咆哮の発生源を見る
そこには

「しつこい奴は女の子に嫌われるって知らないのかね・・・」
「だろうな・・・まぁ、あんなぶっさいくな奴だから知ってる訳ないと思うけどな・・・!」

二人は軽口を叩くものの、内心では物凄く焦っていた
何故なら業火によって焼かれた竜が蘇っていたから
しかも、火傷は全く見当たらず、それ所か―

「おい・・・ルーカス」
「言うな・・・何か前より強くなってるっぽいとか言うな」

一対の翼が二対に増え、竜の腕が二つから四つに増えている
そして、その竜の腕にアルベルトが掴まれているのに気付く二人

「アルベルト!」
「ぐっ、コイツいきなり―がはっ!」
「ぐをっ!?」

アルベルトは話している途中に、竜によって投げられ、その投げつけられた先のアレフにぶつかる
二人は勢いを殺せず、吹き飛んでしまう
ルーカスは吹き飛んだ二人を視線で追いかける

「アルベルト、アレフ!」
『ニンゲンゴトキガ・・・コロス、ホフリキッテクレルワ!!!』

竜の雄叫びの様な声に振り向くルーカス
竜は口の所々から大きな牙をはみ出させ、更には頭に先程までなかった角まで生やしている

「おいおい・・・化物が更に化物になってどうするよ・・・?」
『シネェ、ニンゲン!!!』
「くっ・・・!」

竜の腕が薙がれ、その攻撃をルーカスは咄嗟に防御する
が、しかし、所詮は非力な人間
竜の一薙ぎを耐え切れる訳も無く、吹き飛び、岩場にぶつかる

「がっ・・!」
『マダオワランゾ!』

竜は岩壁に吹き飛んだルーカスに追撃を、その大きな腕でルーカスを押し潰そうとする

「がはっ!」

ルーカスは口の中を切ったのか、それとも内蔵をやられたのか、口から血を吐き出す

『ゼイジャクナニンゲンゴトキガ・・・ワレヲコロソウナドシオッテェ!!!』

竜は怒り狂い、尾を振り回す
その尾は、トリーシャの横を掠める

「きゃあっ!?」
「と、トリーシャ!」
『ニンゲンガァ、ニンゲンゴトキガァ!』

竜はその顎を大きく開く
その中からは強大な魔力を感じ取る事が出来た

「くっ、このっ、放しやがれ!」
『クックックッ・・・ゼイジャクナニンゲンガ・・・オノレノヒリキサヲクヤミナガラシヌガヨイ!』

その言葉に、ルーカスは
否、ルーカスの中で
再びあの声が
否、ある情景が浮かんだ





男が居た
男は膝まである長い髪を風に靡かせている
男の前には一匹の竜
その竜は、男よりも数倍の大きさを誇る
だが、しかし、その体は傷だらけで、背に生える一対の大きな翼の内の一枚は、半分の辺りで千切れている
男の表情は見えないが、男の放つ雰囲気から哀愁と言うものを感じる事が出来る
竜は男のその雰囲気に腹を立てる

『くぅ・・・人間如きが・・・』
「その人間如きに殺させそうになってる竜は何処のどいつだ?」

その言葉に激昂する竜
竜は瞬時に喉を膨らませ、ブレスを吐く
しかし―

「無駄だ」

男は片手を軽く薙ぐ
その手の薙いだ先には薄い青い膜が出来ていた
そして、竜の吐いたブレスはその薄い膜に飲み込まれて行くが如くして、防がれた
それを見た竜は吐き出す様に言い放った

『ぐぅ・・・脆弱な、非力な人間如きがぁ!』
「・・・非力か・・・」

男は竜を見る
その時、強い風が吹いた
風によって男の髪が翻る
そして、その隙間から見えた男の瞳はまるで紅玉

『な・・・!?』
「お前は俺の・・・いや、俺達の誇りと魂を穢した・・・」
『な、何だ、その力は!?』

竜は怯えていた
男の右腕に集う力に
まるで、破壊の為の、否、破滅の為の赫い光に

「滅びろ・・・竜」
『G,GYAAAAAAAAAA!!!!!』

竜は雄叫びをあげ、男に襲い掛かる

「・・・愚かな・・・ルビー―」





「―フィスト」

ルーカスは無意識の内に竜の腕に触れていた
その触れている右手から赫い光が漏れる
直後、竜の腕が

音も無く消えた

『・・・ナ・・・ニ・・・?』

竜には理解出来なかった

その事態が

その光が


そして、その痛みが


『GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!?』

竜は吼えた、その痛みに

「五月蝿い・・・」

対するルーカスは落ち着き払った様子で右掌を竜に突き出す
その掌に集うは赫い光

破壊の光

否・・・その様に生易しい物ではない


言うなれば・・・そう、消滅の光


「ルビー・バレット」

ルーカスの掌から放たれるは赫い光の弾丸
弾丸は吸い込まれる様に竜に当たり、そして―



音も無く滅んだ





「・・・・・・玉石魔法・・・」
「クックックッ・・・やっぱすげぇ威力だ・・・そして・・・」

ハメットは茫然自失としながら先程の光景を見ていた
一方、シャドウは腰を下ろしながら笑っている

「あの男の中にあったか・・・紅玉の玉石!」
「・・・取り込んだとでも言うのですか?」
「いや・・・取り込んだと言うよりは・・・紅玉の玉石の情報を脳内で理解した・・・と、考えるべきじゃねぇかな」
「な・・・その様な事が出来るのですか!?」

シャドウの発言に驚きを隠せないハメット
一方のシャドウはルーカスをジッと見ている

「出来るだろ・・・何てったって、あの『根源』に辿りついた男なんだらよぉ・・・」
「・・・・・・・・・恐ろしい・・・」
「あぁ・・・しかも、『力』がなくてアレだからな・・・怖いねぇ・・・」

シャドウは発言とは違い、至極楽しそうだ

「どうやら・・・十七人目にして漸く完成って所の様だな・・・よし、軽くご挨拶に行きますか」

シャドウはそう言うと、今までと同じ様に姿を消した





「はぁ・・・はぁ・・・」

ルーカスは何も無くなった空間を虚ろな瞳で見ている
そんなルーカスを心配したトリーシャは行動を起こした
奇しくも、先程自分を縛っている縄は切れた
トリーシャは起き上がり、ルーカスに近寄る
そしてルーカスの瞳を見て驚いた
その瞳はまるで紅玉

「る、ルーカスさん・・・」
「・・・トリーシャか?」

ルーカスはトリーシャを見る
その瞳は先と変わらずまるで紅玉

「う、うん・・・」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫だけど・・・ルーカスさんこそ大丈夫?」
「何で?」
「だって―え?」

トリーシャは驚いた
何故なら、ルーカスが瞬きをした直後
ルーカスの瞳は、赫い紅玉の様な瞳から普段のダークブラウンの瞳に戻っていたからだ

「だって?」
「え・・・う、ううん、やっぱり何でもない」
「・・・変な奴だな」
「あ! 何で女の子にそんな事言うかな、ルーカスさんは!」
「だって本当の事だろうが」
「もーっ!」

トリーシャが憤慨したその時の事だった

「おーおー・・・随分と仲が良さそうなこって、羨ましいねぇ・・・」

その声に、ルーカスは咄嗟にトリーシャを庇った
ルーカスは声の主を睨み付ける

「・・・シャドウ!」
「いよぉ・・・随分と怪我したっぽいねぇ・・・」

シャドウは相変わらずの卑下た笑みを浮かべてルーカスの前に立っている

「いやはや・・・そんなボロボロになってまでも守ろうとするかねぇ・・・騎士の鏡って奴だな」
「黙れ・・・」
「それでボロボロになっても何も言わずに優しく諭したりするんだろ・・・」
「黙れよ・・・」
「いやー、凄いねー、感心しちゃうぜ、ほんと―」
「黙れって言ってるだろうが!!」

ルーカスは掌を突き出し、魔力を集わせる
そのスピードは今までの比ではない
そして、唱える魔法も―

「カーマイン・スプレッド!」

今までのモノの比ではなかった
ルーカスの掌から放たれた紅い魔力の塊は真っ直ぐシャドウへと飛んで行く
そのまま着弾すれば、着弾した地点で魔力の塊は弾け、シャドウに多大なダメージを与えるだろう
しかし―

「ターコイズ・シェード」

シャドウが腕を一薙ぎする
すると、その軌跡を辿る様に青い膜が覆っていく
そして、カーマイン・スプレッドはその青い膜に着弾した

「な・・・?!」
「残念・・・って所かな?」

しかし、着弾した魔力の塊は弾けずに青い膜に飲み込まれて行く

「何・・・だ・・・!?」
「いやー・・・しかし、カーマイン・スプレッドを撃てるまでになるとは・・・恐いねぇ、ルーカス君は」
「何をした・・・お前・・・!?」
「ん〜・・・内緒♪」

そう言うとシャドウは軽くジャンプする
すると、ジャンプしたその空中で滞空した

「な・・・・・・!?」
「さて・・・最後にルーカス君に一言」

シャドウはニヤリとした笑みを浮かべて言った

「貴方はやはり凄い・・・『根源』に辿りつくだけではなく、玉石を情報に変換し、それを理解した・・・」
「何を・・・?」
「だから・・・私は・・・貴方が欲しい・・・」

それだけ言うとシャドウは周りの風景からフェードアウトして行った
残ったルーカスとトリーシャは呆然としている
そして、呟く

「・・・愛の告白?」
「冗談じゃねぇよ」

ルーカスはトリーシャの呟きに即答する
そして―

「野郎から愛の告白なんぞ受けたくねぇよ・・・・・・」


  バタン


前のめりに倒れこんでしまった
そこで、意識は遠ざかった





ルーカスは目を開けた
その目に映ったのは木の板で出来ていると思われる天井
そして、いつも目が覚めた時に目に入る天井

「・・・・・・俺の部屋?」

ルーカスは半身を起こし、辺りを見回す
見慣れた机に見慣れた椅子に見慣れた箪笥に窓が一つの簡素な部屋作り
此処は間違いなくルーカスの部屋であった

「・・・・・・はて・・・俺は何故ここに?」

ルーカスはベッドから降りる
節々が少し痛むが大したものではないので気にしない
ルーカスはドアを開け、部屋を出る
部屋を出た先は―

「・・・・・・ジョートショップだな」

普段と何一つも変わらない
そして、いつもの様に階段を下りて行く
そして、居間を越え、普段事務仕事等を行う部屋に行くと―

「・・・皆?」
「ルーカスクン!」

ジョートショップのオールメンバーがいた

「あ、アリサさん、おはようございます」
「ルーカスクン、そんな事より体の方は大丈夫なの?」
「体・・・?」
「・・・・・・お前、竜と戦ったろうが」

アリサの隣に居たアレフが答える
しかし、体の至る所に包帯を巻いており、普段の色男ぶりが台無しだ

「・・・そういえばそうだったっけ?」
「おいおい・・・寝惚けてんじゃないのかい?」
「ルーカスの事だし・・・ありえるかも」
「そこ二人、普段仲悪い癖にこんな時だけ意見を合わせるな」

ルーカスは少しドスの利いた声で二人に釘を刺す

「でも、ルーカスさんも息が合ってたそうじゃないですか?」
「えぇ・・・あたしもそれ聞いた時は流石に驚いたわ」
「・・・・・・何がで何を?」
「アルベルトと協力したって所さ・・・」
「・・・・・・・・・あ」

そこでルーカスは思い出した様に、周りに聞いた

「そう言えば、アイツは無事なのか?」
「見た目は酷いけど、怪我自体は酷くないってドクターが言ってたぞー」
「アルちゃんぶじなのだー!」
「そっか・・・流石にしぶといな、猪」
「誰が猪だ、犯罪者」
「む」

ルーカスが声の主の方を向く
そこにはアレフ同様包帯を沢山巻かれているアルベルト
その隣に苦笑して様子を見ているハースとトリーシャ
その後ろに普段の表情を浮かべているリカルドの姿があった

「お、ハースにトリーシャにおっさんもか」
「やぁ、ルーカス・・・ん、思ったより元気そうだね」
「本当、本当、元気そうで安心したよ」
「ふむ・・・」

各自が各自の反応を示す

「はは・・・で・・・それよりも・・・何で俺は何時の間にここに?」
「私が運んできたんだよ」
「・・・・・・おっさんが?」
「うむ・・・それより、ルーカス君」
「・・・・・・なんでしょう?」

ルーカスが訝しげにリカルドの顔を見る
すると、リカルドは頭を下げ、一言

「娘が世話になったルーカス君・・・礼を言う、ありがとう」

ルーカスが数秒間呆けた後

「・・・・・・・・・いえいえ、どういたしまして」

律儀に頭を下げ返した
そんなルーカスの態度を見たハースがポツリと呟いた

「・・・予想外、ルーカスの事だからこれで司法取引辺りを申し込むと思ったのに」
「そこ、失敬な事をサラリと言うね」
「いや、だってルーカスの性格を考えた上で・・・」
「幾ら俺が失礼な輩とて、そこまで言うわねぇよ」

ルーカスとハースのやり取りを微笑ましく見ている一同
そんな中、先のハースの様に呟いた人物が一名

「失敬な輩じゃなかったらアリサさんの所で居候して無いだろう・・・」(ポソ
「そこ・・・男の僻みは見っとも無さすぎだぞ、アルベルト」

アルベルトの呟きを聞き漏らさなかったルーカスは反論する
その反論を聞き、一気に激昂するアルベルト

「何だと、この犯罪者!」
「ほぅ・・・アリサさんの前でよく言うねぇ・・・」
「ハッ!?」

アルベルトは咄嗟にアリサの方を見た
アリサは珍しく眉間に皺を寄せアルベルトを見ている

「アルベルトさん・・・ルーカスクンはそんな事する子じゃあ・・・」
「あ、いえ、し、しかし、現状ではルーカス以外の奴が美術館には―!」

アルベルトは必死に弁解をする
そんな様を見て、ルーカスはほくそ笑む

「ふふふ・・・アリサさんの前じゃアルベルト如き敵ではないわ・・・」

「ルーカスさん・・・ちょっと極悪入ってるよ・・・」
「ルーカスさんらしいと言えばルーカスさんらしいっスが・・・」
「でも、ちょっと酷いんじゃあ・・・」

そんなルーカスの影でルーカスを行動を批判する人達も少々

それまでの様子を見ていたハースはポツリと一言

「ん〜・・・結局はこう言う事になるんだねぇ・・・」
「でも・・・」
「ん?」

ハースは隣にいるトリーシャを見た

「こう言うのって素敵だと思うな、ボク」
「・・・・・・そうだね」




こうしてトリーシャ・フォスターの誕生日は終わりに向かっていった・・・



余談
この後、そのままジョートショップでトリーシャの誕生日パーティーが開かれた
ただ、途中由羅が混ざり豪い事になったのは言うまでもない(爆死)
中央改札 交響曲 感想 説明