マリエーナ王国の高原都市エンフィールド。
その遙か北に広がる、ウィナ山地の中腹、標高1600メートルの地点に
王国第三の魔法学園を擁する、高原の街がある。
エンフィールドとよく似ていてエンフィールドと異なるこの街。
ここもまた別荘地・リゾートとして名高い街であった。
そんな高原の街、ウィナリートが今回のお話の舞台。
オリジナルアンソロジー
『悠久幻想曲4 Eternal White』
Eternal 02 霧 〜 ウンディーネ 〜 1
春河一穂
* これは「Eternal 01 高原の街と共同授業」の続編です。 *
「うむ。」
男子寄宿アルビオレと同じ建物内に併設された、ウィナリート自警団・公安事務所。
ただならぬ雰囲気がその場を包み込んでいた。
いつもの霧ではないことを、自警団団長のハルトは薄々感じていたのだ。
「そういえば、エンフィールドからフェザー隊が休暇で訪れていると聞きましたよ。
街の北部の高級別荘地に滞在していると聞いています。」
隊員の一人が言う。
「この霧が何か異常であれば・・・・クレスト君だけでなく、彼らにも手伝ってもらわなければ
いけないのかもな。とにかく、この件をパールフェザーへ伝達を行ってくれ。」
ペンを走らせると、ハルトはそれを隊員へと手渡して言った。
晴れることのない霧に、ウィナリートは覆われていた。
・・・・・・・。
何か調子が狂う。
アレグロ・ミューゼスはトランペットをテーブルに置いた。
北部の高級別荘地域のはずれに位置したミューゼス家別荘。
ローゼンシュタインの名門音楽家として名高い家柄である。
「どうしたの、アレグロ?」
「ええ・・・・・気持ち、音がおかしいの・・・・。どこかいつもと違うような・・・・。」
「あなたも?実は私もよ・・・・・。」
名匠の作品と謳われている愛用のチェロを手に、姉のフォルテが言う。
「おかしいね。」
別荘の練習部屋は完全に防湿・防音構造になっているため、通常の霧とか雨では、
楽器に影響はないはずなのである。
「感じるよ・・・・・・何かを言いたがってるよ・・・・」
「え、フィーネ・・・・?」
「・・・・・・・会いに来て・・・・・って・・・・」
ポロン・・・・
それだけを言うと、フィーネはピアノを弾き始める。
どことなく悲しく、そして神秘的な旋律が部屋を包み込む。
そのピアノの弦の音もどこともなくこもった音に聞こえた。
「この曲は・・・・・確か・・・・」
「『水鏡の水盤』・・・・・・。確か、ウンディーネ伝承を元にフィーネが書いた曲よね?」
「そう・・・それをお父様が編曲して下さった・・・・・。だけど何故!?」
窓の外はほぼ真っ白であった。こんな中をこの街の人間以外で外出するのは自殺行為にほぼ等しかったのだ。
「何か、魔力絡みかも知れないのわね。この街にはウンディーネを祭った大きな祠『水鏡の水盤宮ユミル』があるし。」
ミューゼスの3姉妹は魔楽師姉妹として有名であった。その演奏に潜在的な魔力を込めることにより、数々の
効果を具現化させることが出来るのであった。しかし、滅多なことではこの能力を使いたがらなかったのである。
「ウンディーネが会いに来て・・・・・・か・・・・・。」
フォルテは窓の外を見ながら一言つぶやいた。
「おい、幻想。到着早々これはないだろ?」
「アルベルト君、もうすこし落ち着きなさいよ。」
「落ち着いていられるか、ヴァネッサ!!折角この街に着いたら、噂のメンズエステに行こうって考えていたのに。
この霧では身動きがとれないではないか!噂の高級メンズエステ・・・・・!!」
「お兄様、エステだなんてそんな事をおっしゃらないで下さい!!」
「アル、僕だってスキーを楽しみに来たんだ。滑走不能は仕方ないと思っているよ。今日のところは諦めよう。」
「納得いかねぇぜ、俺は!!」
「幻想、こいつはいつもこうなのか?」
「化粧の事になるとアルベルトはいつもこうだ・・・・・」
フィスター家の第二別荘に到着したグリーンフェザーことエンフィールド自警団第3部隊、そして、
シープクレスト公安第4捜査室ブルーフェザー。多忙な日常をしばし忘れるため、この街へ来ていたのだった。
到着が前日の夜だったためすぐに就寝。夜が明けてみればこの霧だ。全く予定が狂ってしまい、
アルベルトが荒れる事となった。
「さて・・・・・どうするかな。」
幻想は持参した愛読書を開き、一言つぶやいた。
ウィナリートの街の外れの方、隊長の実家であるホーマルハウトインのそばに位置する、パールフェザー事務所。
その日も霧が出たと言うことで、全隊員による街のパトロールが行われていた。
「ノエルちゃん・・・・暇だね・・・・・」
「そうね・・・・ルティ。」
事務所に現在残ってるのは、最年少のルティア・テーベと、コントロール担当のノエル・スノウテイルのみであった。
「クレスト隊長・・・・いつ戻ってくるのかなぁ。」
「当分戻っては来れないわよ。ここまで霧が深いとね。あと、ヘイゼルの学生達の集団下校も引率しないといけないしね。
隊長の可愛い妹さん、フィオちゃんも多分足止めされてると思うわ。プロキオンでね。」
「そうだよね・・・・・・・」
ノエルの言葉に一言つぶやいたきり、ルティアは黙ってしまった。
パールフェザーに静かな時間が流れる。
その沈黙がふいに破られたのはそれからしばらくしてからであった。
「自警団本部から通達をお持ちしました!!」
「こちら、パールフェザーコントロール。コントロールから隊長、コントロールから隊長、応答願います。」
無線機から呼びかける。
『こちら、パールフェザー隊クレスト。コントロール、用件を。』
「コントロールから隊長、ただいま自警団本部より通達ありました、お伝えします。」
『了解、読み上げてくれ。』
「『現在、ウィナリートに発生している霧は魔力を含み、ある意味人為的なものと認められる。
この街を訪れている、ブルーフェザー及びグリーンフェザー隊に応援を要請し、原因究明に当たれ』。以上です。」
『コントロール、了解した。フロウと僕で本部へ向かう。後はカインに任せる。以上だ。コントロール、交信を終了する。』
「了解。隊長、交信を終了します。」
無線機のレシーバーを戻し、ほっと一息つくノエル。
まだまだ時刻はお昼の一時。窓の外は真っ白であった。
「魔力を含む霧だって?」
「普通、冬場にこういう状況になると、パウダースノーかダイヤモンドダストが降るでしょ?」
「そりゃそうだよね。」
「今は12月。冬だよね・・・・」
「そうだけど・・・・・・・あ、そうか!!」
ようやく、それが何を意味するか、気が付いたルティア。
だがそれはおぼろげながらでしかなかったのである。
学園前にある寄宿舎二つ。生徒達から「お母さん」と親しまれている若いおかみ、メアリー・アンバーが経営する
寄宿舎である。もともとは安宿であったが、学園の規模が拡張され、多くの留学生を受け入れるに関し、
学生専用の宿・・・・寄宿舎に転向したのである。
アンバー家のある建物はかっては琥珀館新館と呼ばれていたが、現在は女子寮プロキオンである。
深い霧の中を、リュノの召喚したシルフの眷属、風妖精エルフィアの疾風により、霧を防ぐ障壁を張りながら
ここまで辿り着いたミーファス達であった。
「ジュリオにミーファスちゃん、それにサフィちゃんにリュノちゃん、フィオちゃん、お帰り・・・・。
今日は本当にとんだ悪天候に見舞われたわね・・・・・。私から、フィオちゃんのお兄さんにお迎えを
頼んでおくから、それまで、ジュリオのお部屋で待ってなさい。飲み物とお菓子を用意してあげるわ。」
ジュリオの母、「学生達のおかあさん」ことおかみのメアリーに出迎えられ、ミーファス達は寮からアンバー家
へと続く扉をくぐる。ちなみに関係者以外は立入禁止である。ミーファスらは全員、家族ぐるみでの
交友をしている仲なので、関係者といっても過言ではなかった。
プロキオンのロビーは数十名の少女達が学部と学年を超えて大勢集い、おしゃべりに花を咲かせていた。
その中にはミーファス達それぞれのクラスメイト達の姿もある程度確認できた。
ジュリオの部屋は、プロキオンの建物内の一角に位置するアンバー家の、さらに奥に位置していた。
「はい・・・・ミーファスお姉ちゃん達、どうぞ・・・・。」
母親からもらった鍵で自分の部屋の扉を解錠し、ミーファスらを招き入れる。
寮生らのおもちゃと半分化しているため、盗難や防犯上、ジュリオの部屋は母親により保護されているのである。
でも実際に足を踏み入れてみると、そういうことを感じさせない空間がそこに存在した。
「いつ来ても、ジュリくんの部屋は広くて気持ちいいなぁ・・・・。」
淡いパールベビーブルーの壁紙と、整然とツートンを形成する白木の腰板材が清潔感溢れる部屋を印象づけていた。
入口から一番奥には、ジュリオに懐かれているミーファスですら未だ立ち入ることが出来ず、内部すら不明の
『ジュリオ専用男子トイレ』が存在する。その常時施錠され、閉ざされた扉の奥に秘やかに息づく少年だけの
安らぎの空間を垣間見ることは不可能であった。なぜなら、扉のガラスの窓の内側はカーテンで覆われていたから。
「あの扉の内側・・・・死ぬまでに一度は拝んでおきたいものだよねぇ。」
じっと扉をみつめるミーファスに、横からリュノがそっとささやいた。まるでミーファスの心中を察したかのように。
「ってちょっと、あたしにはそういうショタコン的シュミはないって!!何言うかな、リュノは・・・・・。」
一瞬、びくっとしたミーファスが必死になってそれを否定しようとする。顔を赤面させて。
「へぇ・・・・顔が真っ赤だよ、ミーファ。やはり図星だったみたいよねぇ・・・・」
「ちょっとぉ、リュノお姉様、ミーファスちゃんをからかわないでよっ!!」
あわててサフィが制止にはいるが、こうなったらもう泥沼状況に陥るのを待つだけだったが・・・・・。
ノックと共に、メアリーがジュースがなみなみと入ったピッチャーとお菓子の皿をもって入ってきたことによって
それは終結した。
「ふぅ・・・・助かったぁ・・・・・。」
ほっと息をつくミーファスだった。
街北部、高級別荘地入口、その詰め所前に一台の車が停止した。
フロントバンパーに埋め込まれたフォグライトを煌々と輝かせたそれの運転席から、クレストが降りてきた。
ちなみにこの高級感あるパールホワイトの四駆・・・・・「○りあー君」とオーナーの妹は呼んでいるが・・・・・は、
パールフェザー隊の隊長、クレストの愛車である。走行距離はまだ5000km、バリバリの新車である。
自警団の花形部隊長としてのステイタスと、山道、悪路を走破せねばならないことから選んだ、自慢の車であった。
「これはこれはクレスト様、任務お疲れ様です。」
「ハルト団長の任で、この別荘地に滞在している人物に会いたい。フィスター家別荘の場所を知りたいのだが?」
それを聞くと、自警団員は詰め所に引き返し、帳簿を調べ始めた。
数分後・・・・
「なるほど。他の街のフェザー隊ですね。」
「ああ、詳しくは言えないが、そういうことになる。」
「部隊機密ですか・・・・・・フィスター財閥の別荘はこの地図を参考にして下さい。2ヶ所有りますが、
第二別荘のほうに利用申請がされています。」
「ありがとう。こんな霧だが、頑張れよ。」
「はい。クレスト様も安全運転をお願いします。」
エンジンが力強く唸りを上げ、別荘地内へとクレストの愛車は駆け抜けていった。
「隊長・・・・こんな冬なのに霧とはおかしいですよ。ほら、積雪だって有るし。」
助手席のフロウ・スノウテイルが言う。道路の脇は雪で真っ白だ。
「僕は思うんだけどね、この霧は魔力を含んでいるらしいけど、人為的な魔力ではないと思うんだ。
どっちかというと、マナ・・・・・自然界に存在する魔力の影響だろうね。」
ステアリングを握り、40キロで慎重に走る。インパネ中央部の情報ディスプレイには、赤外線センサーによる
前方映像を補正したものがモノクロで表示されている。こういう深い霧だからこそ、障害物を察知するこういう
システムは不可欠だったのだ。
「隊長、一応、他のフェザー隊の隊長にアポイントメントを要請します。」
「ああ、任せるよ、フロウ。」
別荘地区の坂をパールホワイトの四駆が駆け抜けていく。そのボディには、翼をモチーフにしたエンブレムが
輝いていたのである。それはフェザー隊を意味する部隊章であった。
「幻想くん、ルシード、電話よ。この街の自警団の隊長さんから。」
バーシアが取り次いだ電話を幻想がまず受けた。
「エンフィールド自警団第三部隊長の幻想です。」
「こちらはウィナリート公安自警団、魔法特捜隊『パールフェザー』です。」
「パールフェザー・・・・・フェザー隊?!」
フェザー隊は、シープクレストが発祥とされる、主に魔力を扱う自警団並びに公安部隊に冠される
部隊名呼称である。シープクレスト第4捜査室の『ブルーフェザー』、エンフィールド自警団第3部隊
『グリーンフェザー』が知られていた。
「はい。フェザー隊として、マリエーナ王室より認定を得ています。」
第3のフェザー隊はここにあったのか・・・・・。そう幻想、そしてゼファーは思っていた。
「で、この街のフェザーさんが俺達に何の用なんだ?」
ルシードが無愛想な言い方をする。
「詳しいことは後ほど、隊長よりお話しします。そちらにお伺いしますので、お時間の方を都合して
いただけませんか?」
「けっ、何か面倒っちぃ事に巻き込まれちまったなぁ。」
「ルシード、口が過ぎる。」
愚痴るルシードをゼファーが制する。
電話から数分後、別荘の前へ一台の四駆自動車(○リアー)が横付けされた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(尿)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(悶)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(辱)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(倒)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(飲)」
ジュリオの部屋を重苦しい空気が包んでいた。
おしゃべりの話題も尽き、お菓子ももはや無く、ピッチャー3杯・・・・コップ30杯以上のジュースが開けられ、
ある意味アルコール抜きの酒宴の様相を呈していた。
じっと互いの出方を観察し、そして互いに牽制しあっていた。
その行為にはっきりとした根拠はなかった。
ジュリオは少女達のスキを見て何とかトイレに駆け込もうと思案した。
ミーファスはそんなジュリオの聖域に女の子として初潜入しようと画策した。
リュノはそれだけでは飽きたらず、ジュリオの恥ずかしい行為中を見てやろうと思っていた。
サフィはそんな姉の野望を打ち砕いてやろうと決意した。
フィオはジュースのおかわりが欲しくてたまらなかった。
それぞれの思惑が、沈黙の中を激しく交錯していた。
プロキオンは平和であった。一部を除いては・・・・・。
高らかなトランペットの音色がミューゼス家別荘の玄関前に響いた。
とはいえ、その音はやはりこもっている感じがした。
「ということで、これよりこの霧の中を強行軍でユミルの水盤宮へ向かいます。」
自殺行為に近い強行軍の出発式が執り行われていた。
熱烈に演説するフォルテの隣でトランペットを吹きまくるアレグロ、ひとり、ぱちぱち手をたたく
フィーネ。もうこのミューゼス3姉妹はお気楽だった。
「フィーネのビビビ電波から推測するに、絶対にウンディーネ絡みであることは間違いない。」
「ビビビ電波ぁ〜〜〜〜〜チャネリングぅ〜〜〜〜〜〜」
熱弁を振るうフォルテの前でワイワイと勝手に盛り上がるフィーネ。どこかの宇宙戦争物小説(アニメ)の
某姉妹とキャラがかぶってきた感じがしないでもない。勿論、普段はこういうキャラではないのだ、フィーネは。
「天候操作ができる魔曲を知っているから無茶が出来るけど、それに頼りきりにならないように。
こんな状況よ。曲の魔法を発動させてもせいぜい数メートルの視界が開ける程度だから・・・・。」
「数メートル・・・・・姉さん、大丈夫?」
ふいにトランペットが止まり、アレグロがひとこともらした。
「何とかなるわ。それでは行きましょう。各自、使えそうな楽器は用意しているわね?」
フォルテは深い琥珀色に輝く、楓の木で出来た名工のバイオリンを用意した。
アレグロはトランペット。フィーネはさすがにキーボードはかさばるので、手のひらサイズの電子シンセサイザー
シーケンスモジュールを用意した。小さな鍵盤が用意されているので、3オクターブなら何とか演奏が出来る。
「ま、準備は万端ね。では、始めましょうか。」
アレグロがトランペットを構え、ファンファーレを吹く。それにフォルテのバイオリン、フィーネのキーボード(モジュール)
が加わり、霧に覆われた大気に別の魔力を注ぎ込む。
やがてゆっくりと三人を包むかのように半径4メートルの円状の領域が展開され、それが遙か頭上へと伸びる。
円柱状の領域内部に、太陽の陽射しが燦々と降り注ぐ。その外部は深い霧に包まれている。
「ばっちり成功だねっ!!」
フィーネが笑顔で言う。
「それでは水鏡ユミルの水盤宮に向けて、出発!!」
と意気込み、別荘をあとにした。
<続く>