マリエーナ王国の高原都市エンフィールド。
その遙か北に広がる、ウィナ山地の中腹、標高1600メートルの地点に
王国第三の魔法学園を擁する、高原の街がある。
エンフィールドとよく似ていてエンフィールドと異なるこの街。
ここもまた別荘地・リゾートとして名高い街であった。
そんな高原の街、ウィナリートが今回のお話の舞台。
オリジナルアンソロジー
『悠久幻想曲4 Eternal White』
Eternal 02 霧 〜 ウンディーネ 〜 2
春河一穂
* これは「Eternal 01 高原の街と共同授業」の続編です。 *
「パールフェザー隊の隊長さんがいらっしゃいましたわ。」
フィスター財閥所有の別荘。現在はエンフィールド自警団第3部隊とシープクレスト公安第4捜査室
の面々が、しばしの休暇を楽しむために滞在していたのであったが・・・・・・・・
ルシードと幻想、そしてそれぞれのパートナー、ティセとクレアが出迎えた。
「ウィナリート自警団パールフェザー隊長、クレスト・リーフです。こっちはパートナーのフロウ・スノウテイル。
ウィナリート自警団を代表し、是非皆さんに協力をお願いしたいのです。この霧の件で・・・・・。」
「霧・・・・?」
「ええ、この霧は普通の霧ではありません。魔力を含んでいます。しかし、人為的に作られた霧ではありません。
そこで、魔法事件に対して経験豊かな皆さんのお力をお借りしたいのです。」
クレストが事の概略を簡潔に述べた。
「・・・・まぁ、乗りかかった船だ。僕は協力しようと思うが、ルシードはどうする?」
「・・・ちっ・・・面倒くさいなぁ。」
「諦めるんだな、ルシード。」
ルシードが渋ったが、ゼファーに窘められ、嫌々これに従うことになった。
「シープクレストでは魔法犯罪、魔法事件は皆無だ。こういう時にこそ経験を積むべきだと思うが、どうだ?」
「確かに道理に叶っている・・・・。仕方ないな。」
「では、ルシードさんと幻想さんには、自警団本部へ打ち合わせのために来ていただきます。」
フロウが後部ドアを開け、隊長達を迎える。
「お時間はとらせない予定です。2時間ほどで終わると思いますので、よろしくお願いします。」
エンジン音を上げて走り去る四駆を見つめる一同。
「ま、幻想達が戻るまで、俺達はヒマって事か。」
リビングのソファーに身を投げ出し、アルベルトが言う。
「ヒマってわけではないですけどね。霧さえ晴れていれば色々出来たんですよね。」
「それと、ローゼンシュタインからシーラが休暇でここに来ているって手紙・・・・・知ってるよな、
ほら、3日ほど前に、さくら亭で見ただろ?」
「見たと言うより・・・・・メロディさんがが自慢していたのを聞いたぐらいですけれど。」
「それ・・・・自慢なのでしょうか・・・・」
あっと言う間に話題に花が咲き、わいわいと隊員達で盛り上がる。
「確か、シーラの別荘って・・・・・」
「そう。音楽家達の別荘が集まっている地域にあるって聞いたけれど・・・・・・」
☆ ☆ ☆
「・・・・・・・・・・・迷った。」
特攻バカ、ミューゼス3姉妹は道に迷っていた。
喜び勇んで出発しては見たものの、いくら魔法で霧を防ぐ障壁を張ろうとも、たかだか知れていた。
一寸先は・・・・全周囲とも見通しのきかない濃霧だったのである。
「はぁ・・・・・こういうことだと思ったよ・・・・・」
ジト目のフィーネが言う。
「お姉様の『思い立ったが吉日』的思考には困ります。もっと慎重に行くべきですよっ。」
次女のアレグロも同意見だった。
「あら、姉に口答えする気?」
フォルテはそういうとバイオリンを構え、力任せに弓を引いた。
狂音波が妹たちの鼓膜を直撃し、二人は倒れ、悶絶している。
それはまさに、釘で黒板をひっかいたかのようであった。
「あうあうあうあうあうあうあうあうあ・・・・・・・・・・・」
「にゃああああああああああああ・・・・・・・・・・・」
妹たちの悲鳴がそこに重なった。
「解ればよろしい。」
耳栓で完全武装していた姉はそう言った。
「にゃあああ・・・・あう、お姉様ぁ。あそこに別荘がありますよぉ・・・・」
フィーネが指さすその別荘は、シーラが休養に訪れていたシェフィールド家の別荘であった。
☆ ☆ ☆
「皆さん・・・・どうしているんでしょうか・・・エンフィールドも雪に包まれているんでしょうね・・・」
暖炉が部屋を暖かく包み込んでいた。
「ねぇ、ジュディはどう思う?」
「シーラお嬢様・・・・私もそう思いますわ。」
エンフィールドからジュディも来ていた。ジュディはシーラ専属のメイドである。
・・・・・・・・・・・・・・・・
シーラの耳がかすかにする楽曲を聴き取った。
「音楽が聞こえるわ、ジュディ。外からよ。」
「外と言っても、この霧では出歩くことは不可能に近いですよ、お嬢様。」
「だけど、誰かがいることにはかわりがないわ、ジュディ。」
シーラが心配そうに窓の外を眺めると、その視界の先、ウッドデッキの下に人影が動くのが見える。
「ジュディ、あの人達を迎え入れてあげて。」
シーラは窓辺から外を見つめながらそう言った。
☆ ☆ ☆
「何とか・・・・たどり着けたわね・・・・・。」
「最寄りの『どこかの別荘』ですがね・・・・。」
「あたし・・・・へとへとですぅ・・・・。」
三者三様、へろへろになった無鉄砲姉妹は何とかシーラの別荘に辿り着いていた。
そして、ジュディの案内で客間に通されたところで、胡の別荘の主を知るわけで・・・・。
「・・・・え・・・ミューゼスさん・・・・・?」
「ここ、シーラの別荘?」
フォルテとシーラ、二人はローレンシュタインでライバル同士であったのだ。
力強い演奏が特徴の、天才ストリングス奏者と、名曲「エンフィールドノクターン」をうみだした天才ピアニスト・・・
性格もベクトルも正反対だったが、音楽学院ではともに磨き合う仲であったのだ。
「・・・・・紹介するわ。わたしの妹。次女で管楽器が得意なアレグロと、シーラみたいにピアノを得意とする、
三女のフィーネ。ほら、挨拶なさい。こちらはわたしのライバルであり、親友のシーラ・シェフィールドよ。」
「あ・・・はい。次女のアレグロです。」
「フィーネだよ☆」
妹たちも姉に促されて挨拶をする。
「こんにちわ。私はシーラ・シェフィールド。エンフィールドからローレンシュタインに留学に来ているのよ。
よろしくね」
「さて・・・・私達が外出していたわけだけど・・・・・魔法絡みの話になるわね。」
シーラの前で、フォルテが話をきりだした。
☆ ☆ ☆
軽快なエンジン音をたてながら車はウィナリート市外の石畳の路地を駆けていく。
「もうすこしで自警団本部ですよ。」
フロウが言う。
「自警団の本部は、訳ありで、学園の男子寄宿舎内に併設されてる。お嬢さん方は用心するといいよ。」
そしてクレストは寄宿舎アルビオレ横の自警団駐車場に車を横付けした。
「団長、パールフェザーのクレストです。フェザー隊隊長をお連れしました。」
「クレスト君、ご苦労様。そういえばメアリーさんから連絡があって、フィオちゃんを迎えに来て欲しいと言っていた。
さぁ、プロキオンに行くといい。それまでに僕の方から詳細を話しておく。」
「了解しました。団長、失礼します。フロウは団長のお手伝いを頼む。」
「はい。」
笑顔で隊長を送り出すフロウ。クレストは徒歩でプロキオンへと向かっていった。
こんな深い霧でも徒歩で自由に行動できる、それは高山地域の特殊部隊として訓練を受けた
パールフェザー隊であるからこそ可能であるのだ。
「では話を進めようか。この街がウンディーネを守護精霊としているのは知っているかい?
学園の東には大きな湖があり、その中央に、水鏡ユミルの水盤宮と呼ばれる、ウンディーネの祠があるわけだ。
ところが、今朝からこの街の状況がおかしくなった。冬場は霧が発生しない筈なのにも関わらず、
この深い霧だ。僕もかってはエンフィールド学院で魔法の勉強をしていた。だから僕は感じたんだよ。
これは何らかの要因で魔力的均衡が崩れて発生している・・・つまり、ウンディーネが関わっていると。
ウンディーネは元々温厚な昌霊だと言われている。つまり、ここまでの影響を及ぼすほどの魔力暴走が
起きたと言うことは・・・・」
「ウンディーネが何らかの原因で暴走している・・・・」
「そういうことになるよ。」
だいたいのいきさつをこの街の自警団長のハルトから説明される。
幻想にも、ルシードにもこの状況がただならないと言うことを感じていた。
「そこで、偶然にもこの街に来ていた君たち、魔法に熟知したフェザー隊に協力をお願いしたい。」
「この霧が晴れない限り、僕達も足止めを喰らいます。エンフィールドに戻ることもできません。
喜んで協力させてもらいます、ハルト団長。」
「仕方がねぇなぁ・・・ブルーフェザーも協力させてもらうか。」
「ありがたい。皆さん方の協力に、この街を代表して感謝しますよ。早速、この街とウンディーネについて・・・・・」
ルシードと幻想は、この不可解な事件の捜査に協力することを決めた。それを受け、ハルトはウンディーネの祠
である、水鏡ユミルの水盤宮の資料を提示し、考えられる要因を二人に語ったのであった。
☆ ☆ ☆
ほんの数百メートルしか離れていない女子寮兼、アンバー家のプロキオン。
その看板息子ジュリオの部屋では静かな戦いにいよいよ終止符・・・争乱の幕開け・・・が訪れようとしていた。
数十杯ジュースを煽ったことで、ジュリオの膀胱はいよいよキーポイントである臨界点を迎えようとしていた。
そして、ここだけの話、ミーファスにサフィーも同様に臨界点を迎えようとしていたのであった。
ただ、サフィーはもうちょっとだけ余裕があったのだ。
ミーファスの顔色が少し悪くなり、ジュリオと同様そわそわし始める。
「時は来た。今こそ禁断の扉が開くときっ!!」
重厚なオーケストラとコーラスが響く中、たかだかと宣言するリュノ。
「も・・・・もう駄目ぇ!!!」
二つの声が同時に響く。
ジュリオが立ち上がると内股状態でトイレへと駆け出す。その後をぴったりミーファスがつける。
「ジュリくん・・・・あたしも・・・・もぉ・・・もたないよぉ・・・使わせてぇ・・・!!!」
「ふっふっふ・・・・満願成就ッ!!」
そう言うが否や、脱兎の勢いでリュノが動いた。
「させないわっ!!」
自分もだいぶ下腹部に張りを感じてきたが、今は二人を無事にスッキリさせてあげることが先決だ。
腰に着けたホルスターからさっと棒状の物を抜き取る。
左手に構えたそれは、繰魔法の上位タリスマンであるアイテム、『マエストロタクト』であった。
指揮者の用いるそれのように、振ることにより物を操ることを容易にする補助アイテムである。
「マエストロ・・・・タクト・・・やる気ね!!」
「お姉様といえども許せません。トイレの覗き見なんて!!」
「解った・・・・ミーファスお姉ちゃん、使っていいからねっ!!」
そう言いながらも、ジュリオは腰の鍵束を手に持ち、そのうちの鍵のひとつを鍵穴にねじ込む。
ぐりっとそれを回すとかちりと錠が外れた音がする。
じゅくぅ・・・・・・
悪寒がサフィを襲った。
(あ・・・わ・・・わたしも限界・・・なの?)
タクトを構えつつもトイレ入口に背を向けてリュノを威嚇する。
「サフィちゃん、早く!!」
背後からミーファスの声がした。
「その様子、サフィちゃんも限界じゃない・・・・あの飲みっぷりじゃ。」
「うん・・・・全くもって不覚だった。速飲みなんかするんじゃなかった・・・・わ。」
「なら、早く入って!!施錠するから。」
ミーファスはサフィーをトイレ内部へと引き入れると、すぐに入口部の施錠を行った。
☆ ☆ ☆
初めて見るそこは、素朴で白木のいい匂いがした。
真っ白な壁紙と白木の板のツートンで構成された、清潔感溢れる少年の城だった。
真っ正面の壁面に、床上9センチほどから上方に向けてだ円形の受け口を持つ陶器が
取り付けられていた。ミーファスやサフィの膝下に受け口はあることになる。
これがジュリオ愛用の少年用陶器であった。
「綺麗だし・・・・・ちいちゃくて可愛いねっ・・・・。」
「ミーファスお姉ちゃんにサフィお姉ちゃん。女の子用は奥だからね。」
そう言うと、ジュリオは壁の陶器に寄れるだけ寄るとズボンのチャックを降ろし、決壊寸前の堰の水門を
必死に開こうと力を入れた。
ようやく楽になれた・・・・・。ジュリオは恍惚の表情になっていた。もちろん、それはサフィからは見えない。
奥の個室では、ミーファスがキュロットと下着を個室内の床に脱ぎ捨て、その奥の陶器の溝をまたいでしゃがみ
こんでいた。脱ぎ捨てているのは切羽詰まっていたからである。
この個室内部も木のいい香りがする。つねに清潔に保ち、檜油を壁面に塗って保全しているからなのだろう。
まさに満願成就。結果さえ良ければ経緯はオーライであった。
しゅぱあああああああ・・・・・
レバーを押し、水を流したジュリオがサフィのもとに戻ってきた。
「サフィお姉ちゃん、大丈夫・・・・?ミーファスお姉ちゃん・・・・長いねぇ・・・」
「だ・・・・・だめ・・・もうそろそろ危ないかも・・・・」
まだミーファスは出てこない。
でももはや・・・・・。
数ナノ秒後、サフィは決意した。
「ジュリくん、絶対にいいと言うまで入口の方を向いててね。見たら許さないからね・・・・。」
サフィは行動した。
偶然、入口ドアを覆うカーテンの隙間から覗くガラスにわずかに映る、その一部始終を目にしたジュリオは、
見て見ぬ振りをしながらも、顔を真っ赤にしてどきどきしていた。
(す・・・・・・・すっごいの・・・・・・)
それはジュリオの脳裏に強烈に焼き付いてしまった、忘れようとしても忘れることが出来ない光景だった。
☆ ☆ ☆
「なるほどね・・・・・弦楽器にピアノは特に湿度を嫌いますからね。」
シーラの別荘では、シーラのライバルであるフォルテらミューゼス姉妹によって、シーラに真相が伝えられていた。
「確か、ミューゼス家は音魔術の名門・・・・でしたよね?」
「ええ。呪文を詠唱するその代用として魔曲を演奏し、術を行使する。それが音魔術よ。」
「音と魔術が密接に結びついているからこそ、その依り代である楽器も異変を教えてくれたのね。」
「で、水鏡ユミルの水盤宮という、ウンディーネの祠に何か異変があったのではないかと私たちは思うのよ。」
「うーん・・・・・・」
考え込むシーラとミューゼス家の面々。
そこへ突然、エンフィールドノクターンが電子音で鳴り響いた。
慌てて、シーラが腰のポケットに手をやり、取り出したそれは、悠久からもらった純白の携帯電話であった。
ウィナリートの街にも、フィスターの情報インフラが行き届いているため、街中バリサン状態である。
☆ ☆ ☆
「シーラ様、このコールに気が付いてくれるでしょうか・・・・」
受話器を手に、不安な表情を浮かべるクレア
しばらくして、懐かしい声がその向こうから聞こえてきた。
『はい、もしもし。シーラです。』
「お久しぶりです。クレア・コーレインです。」
『クレアさん?ということは、エンフィールドのみなさんでしょうか?』
「お兄さまにアレフさん、ヴァネッサさん、由羅さん、そして更紗ちゃんにブルーフェザーの皆さんも一緒ですわ。
今、ウィナリートのセリーシャちゃんの家の別荘に来ています。」
『私もウィナリートに来ているのよ。うちの別荘にいるの。ローレンシュタインで一緒に勉強している
ミューゼスさんや妹さん達と一緒・・・とはいっても、ミューゼスさん達はこの霧で迷子になったみたいなんだけれど。』
「わたくしたちも休暇でここに来たのですが、到着してすぐにこの霧なので困っています。」
『で、原因はやはり・・・・・』
「ウンディーネが関係するらしいですわ。」
『やはり・・・・・・』
シーラとクレアの電話はさらに続く。
「私達も動きたいのですが、この霧では車も満足に運転できませんし、ここの自警団の隊長さんの車のように、
赤外線ビジョンシステムなんか搭載していないので、どうにもなりません・・・・・・」
『そうですか・・・・・。』
「幸いにも、この別荘は調べてみたら、シーラさんの別荘から直線距離で100メートルほどしか離れていませんわ。
シーラさんもわたくし達と合流してはどうでしょう。シーラさんが精霊魔法を使えると言うことは知っていますから、
みんなで力を合わせれば、ユミルの水盤宮までは到達できるでしょう。きっと。」
クレアが合流を薦める。シーラが来てくれれば心強い、そう感じたからだ。
クレアの背後からも、シーラに来て欲しいというアルベルトらの声があがっていた。
「お兄様と悠久さんがそちらに向かいますから、待っていて下さいな。」
悠久・・・・ジョートショップの営業担当&居候は、今回、弟の幻想に誘われてここに来ていた。
「ま・・・・いいけどさ・・・・僕でも・・・・。」
そして捨て身の行軍は始まったのである。
ただし・・・・悠久は山にはうるさかったのである。
あの深い霧にも関わらず、雷鳴山の地熱発電所を修復したというくらいである。
首には小型のGPSを下げ、腕にはトリプルセンサーを誇る腕時計「ツールセプト」をはめている。
コンパス機能をセットし、アルベルトとフローネを従え、フィスター第二別荘を出発したのである。
時刻は午後3時半をまわっていた。
<続く>