中央改札 交響曲 感想 説明

涙[前編]久遠の月


   悠久幻想曲   龍の戦史   第18幕   


「あなたがするべき事は、何?」

「しょうがないな〜。じゃあ、したい事は?」

「そんなこと言うもんじゃないの!あなたには幸せになる権利があるわ。少しくらい遠回りしたって好いじゃない」

「まだまだ人生これからでしょう?精一杯生きて、それからでも遅くないんじゃない?」

「よし!じゃあ行こう?」

俺は差し出された手を取った。思い出せば・・・・・・・。

これが一番最初に感じた、人間らしい温もりだった。  



扉が開かれる。横に立っているのは俺の幼馴染。扉の奥には、人がいた。
いや、いた筈だった・・・・・。
「なんだ、これ?」
「・・・・」
俺を呼んでいるのが分かる。だがそれは聞こえたわけじゃなかった・・・・・。
「何なんだよ、これ・・・・?」
「・・・・!」
五月蝿いな・・・・。静かにして欲しいんだが・・・・。
室内は・・・・赤かった。
床の赤。
カーテンの赤。
そして、赤の、ミナモト・・・・。
一人の少女がズタズタに引き裂かれて、血の海に浮かんでいた。部屋の赤は、彼女の失われた生命そのもの・・・・・。
「何で、こうなるんだよ・・・・?なんで、なんで・・・・。何で海が死ななきゃいけないんだよ!!!?」
疑問、憎しみ、哀しみ。有りっ丈の想いを込めた叫び。
「もう、喋らない・・・。もう、怒らない・・・。もう・・・・・。もう・・。もうっ!・・・・・もう、笑ってくれないんだ・・・・」
脳裏に浮かぶ彼女の顔・・・・。つまらない事で幸せを感じたり、些細な事で喧嘩して謝り倒して許してもらった事もあった。ふざけあったり、笑い合ったり、幾つもの思い出を作ってきた。それが・・・。
「・・・・・もう少し早く帰ってきてたらこんな事にならなかったかもしれない」
彼女だったものは、まだ温もりが残っていた。
「・・・・・俺と一緒にいなければこんな事にはならなかったかもしれない」
思い返せばこんな事ばかりだった。俺といたことで不幸になった人。その亡骸を腕に抱き、死に冷やされ、温もりを喪おうとする生物の最後の煌きを感じる事。
「・・・・・俺がこんな力を持っていなければこうはならなかったかもしれない」
全ては架空。有得ない‘たら、れば’。言葉遊びでも、そこに篭められるものは確かな願いだったのだ。
(こんな力なんか要らない!大切な人がいてくれて、笑顔でいてくれるなら)
「俺が生まれてこなければこんなことにはならなかった・・・」
自我が現実を否定する。これは悪い夢だと。だが、そこに在ったのは紛れも無い、愛しいと思った少女の最後の姿・・・・。
「俺が、殺したんだ。彼女を・・・・。」
「ちょっと、しっかりして?」
「護りたいと思った。けど、護れなかった・・・。これは、俺が招いた惨状だ」
「・・・!」
「忘れない・・・・・。絶対に!」
握り締めた拳は俺の血と、海の血とで真っ赤になった。唇を少し噛み切ったのか、口の端から血が滴り落ちてゆくのを感じる。
「許さない。誰が止めても、何が立ち塞がっても、このケリはつける・・・・・」
そっと海の亡骸を抱き寄せる。そして口付ける。
「卑怯だったかな、こんなやり方は?」
床にゆっくりと横たえる。
「これで、風は、君の代わりは俺がやる。安心して眠ってくれ」
思えば、俺も、海も、霞も・・・・・。この地獄のような世界で、幅の無い、自由を奪われた生き方をしてきた。
死に自由を見れればいっそ幸せなんだろうけど、生憎俺にはそうは思えない。ただ、終わりが在る。想いが、可能性が喪われる。もう会えない、永遠の別れ・・・。
ただ、それだけ・・・・・。
「これで、最後にするんだ。運命を玩ばれるヒトは・・・」
彼女に柔らかな光が絡み付いて行く。ゆっくりと彼女の身体が消えて行く・・・・。
「そう。おまえ達も哀しんでくれるんだ?」
喋るたびに鉄のような味がする。自分と彼女の血液の、生命の味・・・・。
「精霊も、俺と同じ気持ちらしい。ただの復讐かもしれない・・・・。でも、俺は止まれそうに無い」
俺を中心に風が舞い踊る。光の燐粉が風の中に散りばめられている。
「おまえはどうする、水の守護者・・・・?」
名前は呼ばなかった。辛くなるのは分かりきっていた。出来れば残って欲しかったのだ。
「私も行くわ。あの二人もきっとそう言うと思うけど?」
苦笑交じりに・・・・。そして真剣な表情でこちらを真っ直ぐに見詰めてくる。
「私は貴方を支えてみせる。それが私の戦いだもの」
俺は踵を返した。そして後ろの霞の呟きは聞こえなかった。
「貴方は幸せね?正直羨ましい・・・。ずっと、覚えて、ううん・・・。彼の心にいられるんだから・・・・・」
暫らく虚空に眼差しを向けていたが金色に輝く長髪を翻して前方を歩く人物を追いかけた。



「う〜〜ん。」
「ふふっ。可愛い寝顔・・・」
彼の部屋の彼のベッド。もうお昼の時間は軽く過ぎている。
「この顔は滅多に見られないわよね♪」
彼は寝ている。そして彼の部屋にはいつもと違い一人の少女がお邪魔していた。
「も・・う・・」
「寝言かしら?」
彼女から見る彼は幸せそうな顔から苦しそうな顔へと変わっていた。
「ちょっと大丈夫?起きなさいヒビキ!」
ムクッと起きあがる。瞳は彼女を通りぬけ、遥か遠くを見定めている。
「ヒビキ?」
「・・・ん?・・・・・パティ?」
焦点がパティに合い、確認するも再び疑問形で問う。
何故なら彼女はベッドで寝ていた彼の上に乗っかっていた。起きあがった彼との位置関係は?
・・・・・・・ご想像に御任せしよう。
「・・・なんでここにいるんだ?」
そそくさと彼の上から撤退するパティにそう聞く。
「アリサさんに頼まれたのよ」
「何を?」
「あんたを起すのを」
「なんで?」
「もうお昼は回っているし、アリサさんは用事があるとかで外に出ちゃったの。それであんたの世話を頼まれたのよ。たまたま今日は非番だから良かったけど・・・」

パティはさくら亭とジョートショップの両方の店で働いているので非番自体は非常に珍しい。

「そっか。ありがと」
どこか儚い微笑を浮かべて礼をいうヒビキ。
「ど、どどどういたしまして」
どもりまくりでパティが返す。
「さて着替えるか・・」
寝ぼけてるのか分かっててやっているのかパティの前で寝間着代わりのシャツを脱ぐ。
「きゃっ!あんたいきなり女の子の前で脱がないでよね!」
赤くなって文句を言うが視線はしっかりヒビキの上半身に固定されている。
「ああ、すまん。忘れてた」
細身だが鍛えられた身体。あちこちにある傷痕。そして・・・・・・。
「ちょっと、それどうしたの?!」
「これ?これは契約の証だよ」
心臓の真上である左胸にある龍を模した紋章を指差して答える。
「違うわよ!その傷!」
右肩から腹部にかけての太い傷痕。
「古傷だよ。もう痛みも無い」
あっさり言ってのける。
「でも、魔法で傷痕とか消せるんじゃないの?」
「出来るよ。でもやら無い」
「・・・何で?」
「これは戒めなんだよ」
自嘲気味に答えるヒビキにパティは声を掛ける事が出来なかった。



「悪いな。飯まで用意してもらって」
「ちゃんとお金取るから変わらないわ」
一瞬ウゲッっという表情を作る。
「平和、だな・・・」
「そう、ね・・・・」

だが、そうは問屋がおろさなかった・・・・。


「お兄ちゃん!何したの!?」
ローラ襲来と供に騒動が引き起こる。

これが彼らの‘トウドウ・ヒビキ’が消える前兆だと誰が気付いたろう?

風はただ、吹きぬけて行った・・・・・。







〜あとがき〜

2度目の18話でっす。初の前後2部作品。一回目は1話に収めたんですけど、思い付いたエピソードやら何やらでこうなりました(苦笑)。

容量的にかなり少なくなるかもしれないんでその辺は勘弁してくださいね?
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