中央改札 交響曲 感想 説明

心の距離久遠の月


   悠久幻想曲   龍の戦史   第20幕


「ほら、こうするのよ?」
彼と彼女の姉が二人の前で弦楽器を鳴らす。
「姉さん、こう、やるの?」
「まあ、そんな感じよ」
少女は好奇心を押さえられず嬉々として弾いてみせるが、少年は楽器を恐る恐る手に取るがそれ以上動こうとしなかった。
「弾き方わかんないの、・・・?」
少女が少年に尋ねる。少女にとっては珍しかったのだろう。何時も自分より何でも早く出来るようになる少年がやろうとしなかったのを見れば。
「そう言うわけじゃないよ。・・・・なんか壊しちゃいそうで」
少年の答えは怖れを含んでいた。
彼等の姉は弟が何かを壊す事に恐怖心を持っているのを知っていた。実の父を自身の意思ではなくとも殺したという過去。それが少年にとってとても重いトラウマになっていることも。
だから言うのだ。大丈夫だよ、と。
「大丈夫よ。ちゃんと大切にしてあげれば最高のパートナーになってくれるわよ?優しさも、愛しさも、きっと運んでくれる、最高のパートナーにね?」
そう言ってウインクしたものだ。
「ちょっと、霞。あなたはもう少し落ち付いて弾きなさい。正確に、リズムに合わせて・・・・」
「雫さんも大変だなぁ・・・・」
弾きつづける霞をぼんやり見ながら少年は呟く。
「ほら、何やってるの!あなたもやるのよ!」
「はぁ〜い」
どうやら呟きは姉に届いてしまったらしく、怒鳴り声に肩を竦めながら間延びした声で返事をする。

まだ、彼が子供の頃の大切な思い出。彼はヴァイオリンを・・・。少女はチェロを・・・。四苦八苦しながら一生懸命練習した、荒廃した街の中。異形の怪物に怯え、生きていくのすら困難な世界に潤いをもたらした、優しい時間。

誰もが祈ったろう・・・。

この時間が永遠に続いてくれますように、と・・・・。

この穏やかな夢がいつまでも続いてくれますように、と・・・・・。

そう、いつまでも・・・・・。

いつまでも・・・・・。

だけど、覚めない夢は何時だってなかった。

無かったんだよ・・・・。




夕刻のシェフィールド邸にはいつもの二人。でもいつもと違った二人がいた。ヒビキとシーラ。クロウシードとシーラ。それが実態である。
彼はいつものようにヴァイオリンを弾く。
彼女はいつものようにピアノを弾く。
それこそが問題だったのかもしれない。
小さな日常の崩壊に気付けないから・・・・・・。
彼は無心に弾き続ける。
そして彼女はどこか落ち付きなく。彼女が落ち付いていられない理由は隣の青年にこそあった。あの時以来どこか‘自分が’彼を避けている様に感じる。彼に抱いたほのかな気持ちもそのままに・・・・。相反する心。恐怖。シーラの心の内に芽吹いたその想いは彼女のピアノの音色にも影響を与え始めていた。彼女の自覚もなく・・・。
「発表会は明日なのに・・・」
嘆息するように、ポツリと漏らす。だが、青年は口を開かなかった。
分かっているからだ。自分がここにいるからだ、と・・・・。だが、
日常的に夕刻にここで練習している。もしこなかったらそれはそれで問題になるだろうと彼は思っていた。
「そろそろ時間も遅くなったし、俺はもう帰るよ」
まるでタイミングを計ったかのように彼が言い出した。
「えっ?もうそんな時間?」
「ああ。もうそんな時間だ」
窓の外は暗く、リヴェティス通りの街灯が光り始めていた。
「それじゃあ俺はこれで・・・」
「待って!」
帰ろうとしたヒビキをシーラが呼びとめる。
「・・・・何?」
彼は振りかえらなかった。
「明日・・・・・来てくれる?」
「・・・・ああ」
僅かに躊躇する。
「じゃあ、もう少し練習に付き合って・・・・・くれませんか?」
「俺がここに居てもしょうがないだろ?」
ヒビキはシーラを突き放す。彼は怖かったのだ。あの時と同じ目で見られるのが。だから彼は自分から遠ざかる。きっと傷付けてしまう。きっと傷付いてしまう。
それだけだ・・・・。
「いつも・・・・。何時もここで練習してきました。春・・・・貴方が私にお店の手伝いを頼みに来た時から・・・・・・・」
シ−ラはなおも言葉を綴り続ける。彼女の想いそのままに・・・・。
「沢山の事を教えてもらいました。お腹が痛くなるほど笑ったり・・・・。新しい出会いがあったり・・・・・。今まで知らなかった世界がそこには広がっていました」
僅かに彼女の目尻に涙が溜まる。
「いつも・・・・・。何時もその世界の中心には、貴方がいました。穏やかに・・・。楽しげに笑って・・・。まるで導く様に・・・」
「気のせいだよ。いつだって、シーラは自分で道を選んできた。俺は・・・・何もしていない」
彼は目線を床に落す。
「笑顔を・・・見せてくれた。私だけじゃない。皆にも・・・。そしてその笑顔に勇気づけられて私は、今の私になった・・・・・。」
「シーラ・・・・・」
「その私が・・・・ここで、貴方の前で自分の納得いかない演奏をするのなら演奏会には何の意味も無い・・・」
「・・・・・」
「だから・・・・後少しで良いの・・・ここに・・・・いて」
「・・・・・後、2曲だけだぞ」
「うん!」
シーラは笑顔だった。
彼は瞳を閉ざしてドアに寄り掛かる。

ゆっくりと流れる旋律・・・・。
それは、彼が彼女に聞かせた曲。
彼の母親から彼に受け渡されたあの曲。
(何でこの曲を・・・・?)
曲に心を委ねながらそんな事を彼は考えていた。
(いつまでも・・・名前の無いままで置いとく訳にもいかないかな・・・・?)
優しい・・・。そして哀しい旋律が流れていった・・・・・。



「おはようございます」
「おはようッス、ヒビキさん!」
「おはよう、ヒビキ君」
ジョートショップの朝。いつもの挨拶が行われた。
「アリサさんは行くんですか?」
「行くって・・・シーラさんの演奏会の事かしら?」
「はい」
「行くわ。あの子にはお世話になってるから」
「そう・・・ですね」
「あなたは行くのよね?」
「多分・・・そうなると思います。」
「何か悩み事?」
「そんな所です。難しいですね、人生って・・・」
「まだそんな歳じゃないでしょう?もっと気楽にいきましょう?」
「そうですね」


「よ、アレフ。退院おめでとう」
「おめでとうだ〜?良くもまあ、ぬけぬけと・・・・」
引き攣った笑いを浮かべながらヒビキの胸倉を掴むアレフ。
「お前を医者のところに連れてったのは俺なんだけど」
「その医者に連れてかれる原因を作ったのがお前だろうが!」
「そんな状況を作ったのはお前じゃなかったか?」
「うっ!」
「俺はそんなお前に付き合わされただけで」
「ううっ!」
「お前の愛して止まないシーラを安全に保護するためにはしょうがなかったんだ」
「分かったよ。俺の負けだ」
両手を上げてアレフは全面敗北を宣言した。
「してアレフ。その手に持つ花束は?」
「ああ、これか?シーラに渡そうと思ってな?」
「喜ぶと良いな、シーラ・・。」
「お前は何か持ってきたのか?って見りゃ分かるな」
「ああ。正真証明完全にぶっちぎりで手ぶらだ。しかもこの服もお前のと違って普段着だし」
「いくらなんでもそれはシーラに失礼じゃないか?晴れ舞台だし」
「俺は演奏会に行くって言ったけど、ホールまで行くつもりはないしこれで構わないんだよ」
「・・・本気か?」
「ああ・・・・。俺の姿が見えるとシーラは多分、いつもの半分の実力も出せないだろうから。本当はそう言うのはプロとして失格なんだろうけど・・・・」
「そう、か・・・。後悔しないな?」
「する理由が無いよ」
ふっと小さく笑みを作るヒビキにアレフはそれ以上何か言えず、シーラのところに向かった。


「それ・・・・本当?」
「・・・ああ。」
「アイツ・・・・気にしてるのかしら?」
アレフが部屋に入るとシーラとパティとジュディが椅子に座って談笑していた。ヒビキとの会話をアレフがした時のリアクションがこれである。
「失礼ながらヒビキさんは如何してそんな風に考えるのでしょうか?」
「ジュディ?」
「ってそりゃあ、・・・・・なんでだ?」
「・・・・・あたし達の所為かもしれない」
ポツリと呟く様にパティが言葉を漏らす。
「パティ?」
「ほのかは言ってたわ。あいつが怖かったら近づかないでって」
「・・・・・私達が怖がったから?」
「たぶんね・・」

「シーラ・シェフィールドさん。この次です。準備は良いですか?」
「あ、はい。それじゃあ行ってくるね。パティちゃん、ジュディ、アレフ君」
「頑張ってらっしゃい」
「頑張ってくださいね、お嬢様」
「これ終わったら、さくら亭で宴会するから、な?」
「ええ、ベストを尽くすわ」
「・・・・まだ私は何も言ってないわよ?」
「オッケーなんだろ、パティ?」
「アレフがツケ払ってくれるならね?」
「分かったよ・・・。まあ、そう言う事で頑張れ」

「行ってきます・・・」
その言葉はきっとこの場にいない儚げな微笑を浮かべる青年に向けられたものだろう。シーラは僅かに微笑むとステージに向けて歩き出した。


シーラは優雅に椅子に腰掛けると柔らかく鍵盤を撫でる。
(一度だけで良いの・・・・。力を貸して・・・。あの人に私の想いが届くように)
ピアノが鈍く光を発したのは気のせいだろうか?
シーラは深呼吸を一つすると、しなやかな指が鍵盤の上を動き始める。


「ちょっと君・・・。この曲はプログラムのものと違うぞ?」
「あ、はい。今すぐ止めさせてきます!」
「待ち給え。」
「グ、グレゴリオ先生・・・」
「あの曲は・・・そうか。彼はここにいたのか」
「ど、どう言う意味なのですか、それは?」
「鈍いな・・・・。彼がここにいるという事だ。シード・ユグドラシルがな」
「シードって言うと・・・・・。ああ!」
「そうだ。2年前にローレンシュタインの音楽祭で管弦楽で金賞を取ったあの少年だよ。ルナ・スカイロードと言う偽名を使ってはいたがな」
「か、彼がここに・・・」
「ふむ・・・。あの少女・・・・・まだ充分とは言えないが飛べそうな翼は持っている様だな・・・・シーラ・シェフィールド、か」

この後、演奏中に地震が起こるというハプニングが起こったものの、シーラ・シェフィールドは動じることなく演奏を続ける。

「ガイスター先生。あの少女に決めましたよ」
「ようやくここまで・・・・・・後3人見つかるんでしょうか?」
「彼がいるのなら残り二人なんですがね」
初老の男は苦笑するが、これから鍛える音楽家の卵の将来の姿に思いをはせ、確かに嬉しげだった。


(この曲は・・・・・母さんの曲だ・・・)
彼がいるのは劇場の屋根の上。寝そべる彼はそんなところにいながらはっきりとピアノの旋律を聞き取っていた。
白鳩が翼を広げて秋にしてはやや強い日差しがヒビキの顔にあたる事を防ぎ、柔らかく吹く風を感じながら。
「何を怖がっていたんだろうね?」
鳩の顎の下をくすぐる様にしてヒビキは呟く。
「こんなに思ってくれてたのにさ?」
彼が全知でも全能でもない確かな証。
「さ、行こうか?皆待ってるもんな?」
「クルックー・・・」
「そ、か。じゃあまたな?」
「クックー」
鳩は飛び立って行った。
「やっぱり・・・嫌われたくはないよな」
彼の呟きは空に消えた。


シーラが最後まで演奏し終わると同時にリヴェティス劇場は満場の拍手でいっぱいになった。
シーラは続く拍手の中、ピアノの手前で一つお辞儀をするとまた椅子に座ってしまう。
シェリル:「何やってるんでしょうか?」
クリス:「さあ・・・僕にはわかんないよ」
マリア:「でも良い演奏だったよね?」
メロディ:「シーラちゃん凄かったの〜」
エル:「これで最後だったっけ?」
リサ:「確かそのはずだよ」
ピート:「でも、シーラのやつ動かないぞ?」

パティ:「あの子・・・・」
アレフ:「ああ。まだ演る気だな・・・・」

その時客席の方から先程シーラの弾いた曲と同じ曲が奏でられた。ピアノではなく、ヴァイオリンとその楽器を変え・・・・・。

「「「「ヒビキ(さん)(ちゃん)!」」」」

ゆっくりとステージへと歩み寄りながら音を紡いで行く。普段着でもなく、一目で上等な布を使っていると分かる服装。蒼を基調としたシンプルなデザインのスーツ。髪は黄金に、瞳は翠色に・・・・。神々しさすら感じさせるその雰囲気を身に纏い、風を共として・・・・。

「遅れてごめん」
「・・・・・こんな派手に来るとは思わなかったわ」
シーラは最終的には来てくれると信じていた。だからこそここで待っていた。いくらなんでも協奏曲は予想していなかった。
「迷惑だったか?」
「ううん、嬉しい。楽しい、かしら?」
「これがこの演奏会最後の曲だ。今度こそ課題曲だぞ?」
「分かっています♪」


「良いのですか?一応フェアじゃありませんよ?」
「かまわん。楽しみではないかね?卵がどこまで羽ばたけるか?」
「先生の娯楽、ですか・・・。でも私も楽しみではあります。あの時私は聴くことができませんでしたからね・・・・」
「では・・・・観客の一人として聞こうかな?」
「ええ。そうしましょう」


ヒビキとシーラの協奏曲。二人とも笑顔で、楽しんで弾いていた。ピアノの音に負けず鳴り響くヴァイオリン。ヴァイオリンの音を追って行くピアノの音。追いかけて、押し上げて、共に進む・・・・。音と音。想いと想い。ヒビキとシーラ。
(覚めない夢は確かにないよね?)
(けど、覚めた後にも楽しい事、嬉しい事はあったよ?)

「うん・・・・そうだね」
どこかで、誰かが笑った気がした。
優しげに、楽しげに、嬉しげに・・・・。



ゆっくりと音の余韻、興奮の余韻が収まってくる。
「あれ・・・評価無し?」
ここ数日の深刻さを払拭するヒビキの間の抜けた声がホールに響く。
一瞬後・・・・。
先程の拍手を上回る大音量が彼らを包んだ。
「シーラ・・」
「ヒビキ君・・」
手と手を取って、深深とお辞儀をする。
その瞬間に拍手の音が僅かに大きくなる。
「さあ行こうか、皆のところに?」
「ええ!」

笑って行こう?

笑える事を見つけて行こう?

そうすればきっと幸せになれるよ?

両足で地面に立って、真っ直ぐ背筋を伸ばして、正面を見て・・・

辛い事があっても、その御かげでいっぱい幸せを感じる事が出来るかもしれない。

頑張ろう、お互いに?


ああ。頑張ろう、姉さん?







〜あとがき〜

20弾。恐怖をあっさりぬぐい過ぎと言う人、石を投げないで下さい。まあシーラの見せ場ですので。(笑)
シーラのセリフの変化とかまあ色々骨を折りましたが実際使った時間は構想合わせても5時間足らず。まあ他の人の時間知らないので何とも言えませんけどね?

それじゃあこれで!
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