中央改札 交響曲 感想 説明

祭りの後久遠の月


   悠久幻想曲   龍の戦史   第21弾


ギィィィ・・パタン

まだ完全には治まり切らない興奮が全身に残っているような気がして何処か心地よい気分が続く中、ヒビキはヴァイオリンをケースに収めた。古びた金具が軋み、耳障りな音が出るも、それすら満足させる要因となる。
「これで、シーラとの約束の責任は果たせたかな?」
少しでも気を抜くとそのまままどろみの中に引きずり込まれるような強い睡魔が彼を襲っていた。そしてそれを無視する様にシーラを控え室まで送り、彼は今、再び人気のないステージの上に立っている。
「ルナ・・・・これで君との約束も果たせたね?」

ルナ・スカイロ−ド。いつかステージの上でいっぱいの拍手を貰いたい、と言っていた少女。彼とクロウ、弥生の3人で旅をしていた頃の小さなめぐり合せ。でもその想いも虚しく病魔にその身体を蝕まれ、命を落してしまった。音楽家としての命を。だから彼が背負った。その願いを。その想いを。それが2年前・・・・・。

「もう、忘れたつもりだったんだけどな・・・。やっぱりここは心地が良いな」
流れるメロディ。
観客の静けさ。
向けられる想い。
否定しようの無いあの興奮。
どれも人を惹き付けるには充分なものである。まして、凄惨な現実を見続けてきた彼にとっては麻薬的とも言えるぐらいに。
だが、彼はそこに溺れる事を拒否し、‘趣味’というだけで自分を納得させてきた。そうしなければ今までの彼が保てなかったからだ。また・・・辛い現実に向き合うために。彼と彼を形作ってきた生命の決着の為に・・・・・。


ヒビキは想う。
音楽は人と人とを繋ぐもの。
確かだけれど、永遠であり一瞬である絆。
魂の交点、と。



そしてもう一人の少女、シーラ。
彼女は自分の為に用意された控え室でヒビキ同様心地よい疲労に自然と口元に笑みを浮かべていた。
「楽しかったな・・・・。今までで一番かしら?」
この発表会の為に仕立て上げられた白いドレス。彼女の顔と見事なコントラストを見せていた。
「もし・・・・あの人と会わなければ、きっとこんな風には感じられなかったでしょうね?」
世間の言う深窓の令嬢。まるで義務の様にピアノを弾き続ける自分。変化の無い、小さな世界。尊敬する両親。
でも、今は・・・・。
彼がいた。強大な力を持つ、優しげな青年。器用で不器用。茫洋さと凛々しさ。相反するものをその身体に宿す理解の難しい彼。
今までの日常を打ち砕くかのように彼は彼女の生活に入りこんできた。それも一欠けらの警戒心すら持たせずに。その事に戸惑った事もあったが、彼は気にした風も無かった。

シーラは思う。彼は、まるで風のようだ、と。
万人の心に柔らかく吹く春の風。心地良く、優しい・・・。命を育て、見護る。まるで赤子の成長を見守る父親の様に。
どれほどの想いがそこに篭められているのだろうか?
どれほどの優しさがそこに集められているのだろうか?
どれほどの想いをその身に宿してきたのだろう?
だが、その答えは未だ出ない。誰の心にも・・・・・・。

風は何も語らず、想いを運ぶ・・・・・。



「ちょっと良いかな?ルナ・スカイロード君。いや、シード・ユグドラシル君と言った方が良かったかね?」
彼はゆっくりと瞳を声を掛けてきた男に向けた。
「・・・グレゴリオさん?お久しぶりです」
「ああ、もう・・・・2年になるか。若者の成長は早いと言うが随分立派に成ったな?」
「いえ、中身は相変わらずです。変わりませんよ・・・バカのままです」
「そう言うところは相変わらずか・・・・・。」
「ええ、こればっかりは・・・・」
「弥生君とクロウ君は一緒ではないのかね?」
僅かに彼の表情が歪む。
「弥生は・・・今、オレルスと言う国にいます。クロウは・・・死にました」
「!!・・・・済まなかった」
「いえ・・・謝らないで下さい。あいつらしいって言えばあいつらしい死に方でした。自分の事なら全然死にそうに無い奴が街の女の子を庇ってあっけなく、でしたから・・・・」
「・・・・・そうか」
「それより、エンフィールドには何故?って演奏会を通しての品定めですか?」
「相変わらず察しが良いな。その通りだよ」
「更に言っちゃうとシーラ・シェフィールドが貴方の目に留まった・・・」
「そこまでお見通しか・・。だがもう一つ忘れているな?」
「?何が、でしょう?」
「君も私の目に留まった、と言う事だ」
「そう、ですか・・・・」
「君は2年前と同じ答えを返すつもりかね?そんな資格は無い、と・・・」
「・・・・」
「私は人を感動させる事のできる音楽家こそが一流だと思っている。私から見れば君は・・・・自分で自分の才能の芽を刈っている様にしか見えない」
「・・・・・考えさせてください。今の俺は・・・・ある事件の容疑者になっています。ここでお答えする事は出来ません」
「君がそんな事をする様には見えんが・・・」
「ええ。嵌められました。手段はともかく計画自体は単純なものでしたけど」
「もう解決しているのか・・・・では、いつまで待てば良いかね?」
「2月・・・。2月まで待ってください。それまでに決めます」
「分かった。良い返事を期待しているよ」
「期待されても困りますけど・・・」
いつもの如く苦笑してグレゴリオを見送った。

「さて・・・。そこにいるんだろ、お前等?」
袖の辺りをちらりと見ると、ぞろぞろと覗き魔達が出てくる。
「揃いも揃って何やってんだか・・・」
「今の人ってまさか、グレゴリオ先生?」
「シーラは知ってたか。当たりだ」
「ねえ、シーラ?どう言う人なの?」
「ええとね?簡単に言っちゃうと、有名な音楽家を沢山育てている凄い先生よ」
「ねえヒビキさん。凄く親しそうに話してませんでしたか?」
クリスがそうヒビキに尋ねるとヒビキは一つ溜息をつく。
「昔、ちょっとな。シーラ、話のとおりだ。」
「・・・・ええ」
「ちょっとどういうことよ、ヒビキ。最後までちゃんと説明しなさいよ」
「分かったから黙れ、パティ!二者択一なんだよ。彼の教室のあるローレンシュタインに行くか、ここで過ごすか。」
全員が一斉に口を噤む。
「自分にとって、納得いく答えをだしな。後で・・・後悔する事の無いように」
そう言うとヒビキはケースを手に持って帰っていった。


彼がいるのは‘希望の丘’と言われた場所だった。エンフィールドを一望できるその丘は黄金色の草で埋まり、黄金を敷き詰めた様に見えた。その中で大の字になって、流れる雲を見ている。

「後・・・5ヶ月。生きるか死ぬかの終末への・・・・」

もう少しで幕が開く。神々の一族との戦いが・・・・・。
風を感じて・・・・・。
想いを感じて・・・・。
暫らく彼は・・・・・そうしていた。





〜あとがき〜

眠い。辛い。時間が無い。どうも、久遠の月です。まあこんな話です。短いですけど、まあ間話ということで勘弁してください。

一週間以内に多分次話ができるのでイベント話はその時に。

それではまた!次回のあとがきでお会いしましょう!
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