中央改札 交響曲 感想 説明

果て無き道を歩む者:外伝1(後編)
正行


 果て無き道を歩む者
 外伝:・・・を道連れに (後編)

 
 
 
 「……………………………」
 体が震えている。もう濡れてはいないのに。
 今、俺はどんな表情をしているだろう。
 
 
 
 「人は決して一人では生きてゆけぬ。また、それが人間というものじゃ。」
 ピクッ
 突如聞こえてきた声に、微かに体が反応する。横には椅子に座ったカッセル・ジークフリードがいた。声から既に彼の死期が近い事が伺える。
 俺達はローズレイクという湖を眺めていた。天気がいいにも関わらず、周りは誰の気配も無く、水の流れる音がやけに大きく俺の耳を打つ。
 「…………………」
 無言。それで俺は拒絶の意を表している。
 「人が全てを避け、それでどうやって生きていくつもりじゃ?」
 無風。ややあって口を開く。
 「……俺は………人間じゃない。」
 やっとそれだけを言う。
 「人間じゃよ、お主は。」
 「っ!」
 手に力が入る。
 「決して忘れてはならぬぞ。ワシらはお主を仲間・家族だと思っておる。例え、他の人間がどう言おうと、ワシらはお主が人間だという事を知っておる。
  これはアリサや他のみんなとて同じ事じゃろうて。ワシらは決してお主を忘れたりせぬ。」
 
 サァァァーーーーー
 
 風が吹いた。
 
 今まで溜まっていたもの全てがよどみなく流れていく。
 
 (ああ、思い出したよ。)
 顔を上げると視界一杯にローズレイクが映った。
 側の森は風で揺れ、水の音と合わさり、調和のとれた音楽のように聴こえる。
 「綺麗だな……。」
 思った事が自然と俺の口から出ていた。普段の俺は絶対に思っていることをこぼすことは無いのだが…。
 
 「ありがとう。」
 
 
 
 果たしてその言葉は霞に埋もれていくカッセルに届いただろうか。
 「ありがとう。」
 もう一度、ここには居ない人達に向かって……万感の思いを込めて………。



 「さて、次は何かな?」
 
 
 
 「なによ!この怪力弾圧主義女!!」
 マリア・ショート。彼女はショート財閥のお嬢様で魔法主義者だったな。うん。
 「ハン!悔しかったらできるようになってみな!そしたら謝ってやるよ!!」
 エル・ルイス。あ〜彼女は力持ちのエルフで口は悪いが動物好きという一面があったな。
 「なによ!!」「なんだよ!!」
 エルとマリアの仲が悪いのは周知の事だ。もっとも、ただじゃれ合っているという感も多分にあるが。
 これもいつも通りなんだよな〜。おそらく次も……。
 「ぶ〜〜☆見てなさいよ!今日のマリアは一味違うんだから!!」
 ほら、やっぱり。となると次の行動もお決まりの……。
 「…ヴァニシング・ノヴァ!!」
 わ〜〜い、やっぱりぃぃ〜〜〜。
 爆音。上から叩き付ける爆風。何も防御策を取らなかった(取れなかった?)ため、極めて自然の法則に従い、地面に猛烈な勢いで叩き付けられ、したたかに頭を打った。
 「いった〜い。何であんなとこで魔法が発動するのよ〜。」
 「マ〜リ〜ア〜。どうやったらあんな失敗ができるんだろうねぇ〜〜?」
 爆心地に近いハズなのに、さながら冬眠から目覚めた熊もようにエルが(何故か)無傷で復活した。
 そう、何故か魔法はエルの数メートル上空で発動したのだ。脇から二人を見ていた俺もしっかり巻き添えをくっている。
 しかし、そのおかげでようやく俺は現実(?)を認識した。
 「う〜、マリアは悪くないもん。」
 「しっかりアンタのせいだろ!」
 「何よ!」
 再び緊張した空気が流れる。
 「えーい、やめんかい!!お前らは無限ループしかできんのか!?」
 「「うるさい(わよ)!!!」」
 そしてまたキッと両者睨み合いが始まる。
 (まさしく龍虎相うつ、だな。やっぱりエルが龍か?)
 不幸中の幸いは、ここ、サーカスの隣の広場に誰もいない事か。……もしかしたら避難しただけかもしれないが。
 「・・・・・・・・・!」
 「・・・・・・・・・!!」



 「ふぅ。」
 ため息をつき、ちょっとその場を離れ川のほとりに来る。
 (しかし、ここまで聞こえるな。………誰かに聞かれているとか思わないのか?)
 そして草の上にゴロンと仰向けになった。青い空と白い雲、視界の隅に太陽が映る。河原にはリンドウ、曼珠沙華、桔梗等の花が咲いていた。
 対岸を見ると、10歳前後の子供達が走ってきた。一人やや遅れて付いてくる子がいる。
 「まってよ〜。」
 「ホラこっちだよ!早く早く!」
 「お〜よかった。まだやってるぜ。」
 やがて子供たちが集まり、こちらに視線を向ける。
 「?」
 否、彼らは俺でなく、ちょっとズレて俺の後方を観ていた。
 「よお。何やってんだ、お前ら?」
 子供たちに声を掛けると元気な声が返ってきた。
 「お兄ちゃん誰?」
 「ん?俺は雅信ってんだ。」
 「あ〜〜俺知ってる!確かどろぼうでしょ!」
 「え〜〜!?そうなの?」
 「違わい!!」
 ガバッっと跳ね起きる。
 「アハハ。冗談だよ、お兄ちゃん。」
 (……なかなか将来が楽しみなガキだな。)
 「で、最初の質問だけど、僕たちはアレを観に来たんだ。」
 俺の後ろを指しながら。そこは見ずとも分かる。
 「そうそう。さっき”合図”があったからもう終わったのかなって思ったけど。」
 「それで、どちらが勝つか決めて、負けた方が罰ゲームをするんだ。」
 (……子供の賭けの対象にまでなってたんかい!)
 各々の応援をする子供たち。後ろではまだ言い争っているらしき気配がある。
 鳥の鳴き声に耳をすましながらまた寝転ぶ。
 天はどこまでも高かった。
 
 今、こうして過ごす時、全てが……懐かしく、俺の体の渇きを癒してくれる。
 
 
 
 ゆっくりと大地が平坦になっていった。
 「ん……何だ終わったのか。」
 ゆっくりと上体を起こし、立ち上がる。
 (しかし、本当になんなんだろうな。この空間は。)
 胸中で一人ごちる。



 
 
 
 「ほら、これで終わりだ。もう無茶はするんじゃないぞ。」
 病院独特の臭いが鼻をつく。それでここがクラウド医院だと分かった。
 「そんな事言ってもさー。」
 ここの主であるトーヤ・クラウド医師の向かいの椅子に座って治療を受けていた赤い髪の少年ピート・ロスが困ったようにしている。
 「まったく何て理由で火傷になるんだ。ああ待たせたな雅信。これが注文の薬草だ。二十枚あるか確認してくれ。」
 そして戸棚から袋を取り出し、俺に手渡した。
 俺は言われた通りに確認する。確かに二十枚ある。
 「ああ、確かに。」
 「ピートももう治療は終わったんだ。早く帰るといい。これから新月の日には気を付けるんだぞ。」
 「はーい、わかったよ。それじゃありがとな。」
 「じゃあ、ドクター俺もこれで失礼する。」
 二人で部屋から出る。そしてそのまま玄関へ行くと後ろから何かが壊れる音がして、その後女の声が謝っていた。
 (ディアーナだな。)
 そう見当をつけつつ医院を後にした。



 「ところでピートはどうしたんだ?」
 「ん?何が?」
 「なんで火傷したんだ?」
 気になった事を訊ねてみる。するとピートは急に喋り出した。
 「それがさー!聞いてくれよ雅信!」
 「ああ。」
 とりあえずおそらく愚痴であろうことに付き合う。
 「俺の専門は玉乗りだろ?なのに団長ってば次々無茶な注文すんだぜ!」
 「ほう。」
 「玉の上で、逆立ちとか傘を持ってその上にボール投げて転がすのはともかく。」
 人として大切な何かが書きかえられている気がしないでもないが……ここエンフィールドでそんな事気にしてたら暮らしていけない。
 「さすがに玉乗りの状態から空中2回ひねりで火の輪くぐりなんてできっこないだろ!やってみたけどやっぱり失敗して火傷したんだ。」
 (……やったのか。)
 「ピート、いいかよく聞くんだ。」
 神妙な顔をして話し始めた俺に、何?という顔を向ける。
 「人間はな、”できない”と思って諦めたらそこで終わりなんだ。もう絶対にできない。しかし、逆に言えば諦めない限り何度も挑戦すれば不可能を可能にさえできるんだ。」
 「え……。」
 「例えば……月に行きたいと思い、その”夢”を諦めたらそこで終わりだ。しかし、諦めず叶えようとする事が大事なんだ。しかし、それは難しく、志半ばで倒れたり、一代では無理かも
  しれない。しかし、その人の努力は別の人に受け継がれ、また”夢”に向かって行く。人はこうして過ごしてきたんだ。」
 妙に夢のところに力を入れる。
 「…でも月に行くなんて…。」
 「ホラ、そこで諦めてる。ピート、まずはやるだけやってみてから、それでダメだったら諦めるんだ。何もしないまま諦めていいのか?」
 「……おう!分かったぜ雅信!俺にできるか分からないけどやってみるよ!!」
 「よし!その意気だ!」
 「それじゃあ、さっそく練習だ!じゃあな、雅信!!」
 そして走り去っていった。一人残された俺はそんなピートの後ろ姿に、
 (う〜ん、ちょっとした冗談のつもりだったんだけどな〜。)
 などと胸中でつぶやく。かなり無責任な発言だ。 
 (途中で気付くかな?でも、もしそのままできるようになったら……ま、いいか。)
 木枯らしの風が妙に冷たく吹いた。
 
 
 
 (一体いつまで続くんだ?)
 
 
 
 目の前には旧王立図書館の扉がすっしりとかまえていた。
 (これは……ここに入れって事だよなぁ。)
 急に回れ右をして立ち去りたい衝動を覚える。が、やはり現状では踊らされるしかなかった。
 中に入るとやけに足音が大きく聞こえるようになった。するとここでアルバイトをしているイヴ・ギャラガーが俺に気付いたようだ。そして手に数冊の本を持ってこちらにやって来た。
 「雅信さん、前にあなたが頼んだ本が返却されたのでどうぞ。」
 その本を俺に差し出す。
 「ああ、ありがとう。」
 簡単に礼を言い取り敢えずどこか読む所はないかと見渡すと、知っている娘と目が合った。
 手招きしているのでそのまま流行の水先案内人ことトリーシャ・フォスターの元へ行く。見ると勉強をしているようだった。
 トリーシャの向かいに座ると、
 「ねえねえ雅信さん。その本何?」
 好奇心旺盛なトリーシャはさっそく気になる事を尋ねてきた。
 「ん?ああ、ほら。」
 本の題も確認せず、本をトリーシャに見えるようテーブルの上に置く。そこでどんな本か大体分かった。
 「へ〜雅信さん、こんなのも読むんだ〜。」
 その本は、エンフィールド等の地方の民話数冊と昔強大な力を持っていたといわれる者の伝記、数学書、薬草学の本だった。
 「あ、この英雄知ってる。へぇ〜こんなにいるんだ。」
 パラパラと本に目を通す。
 (英雄と呼ばれる者の中には、ただたくさんの人を殺したっていう理由の奴もいるけどな。)
 「ここ数十年で有名なのは、
  圧倒的な戦力差にも拘らず、戦況を覆し一人でベルファールを勝利に導いた『ベルファールの鉄壁』、
  一人で砦を焼き滅ぼした、巨大な湖の水を一瞬で蒸発させた等という逸話を生み出し、炎の法や理に誰よりも精通するという『爆炎の支配者』又は『炎熱の帝王』、
  剛の剣の使い手であらゆる強者をその威圧的な一撃で決着をつけ、『グローバル・ナイツ』のサイド・マスターでもある『一撃の王者』、
  『ホーレスの守護天使』と呼ばれ、魔法の最高位の使い手でホーレスの若き召喚師団長でありながら前ホーレスを一夜で滅ぼした『光翼の魔王』、
  数々の武勇伝を残し、戦争を終結させた要因の一人で、俺の知る限り最強・至高の剣士『天翔ける刃』、
  マリエーナ王国に突如現われ、見た事も無い魔法で敵を恐怖に陥れた『黒き合成魔闘士』
  同じくマリエーナ王国に現われ、敵国との戦で四人が鬼神の如き戦いぶりを見せた『四戦神』
  その圧倒的な強さから剣聖の座に最も近い人物と言われた『玄黄剣皇』。
 ってとこかな。あと、英雄じゃないが極一部で知られてる『還元者』ってのもあるぞ。」
 「雅信さんよく知ってるね。」
 新たな一面を見てちょっと驚いているようだ。
 (この内の二人はこの街にいて、お前もよく知ってる人だぞ、トリーシャ。)
 などと心で付け加える。
 「トリーシャは?」
 「ボクはコレ。」
 そういって本を見せてくれた。
 「……なんで数学なんてやってるんだ?」
 「……しかたないよ。幅広い知識を持つ、っていうのが方針なんだから。」
 「ふーん、まぁいいや。考えてどうしても分からない所があったら俺に聞け。一緒に考えてやる。」
 「本当!?助かるよ。」



 「本当に基礎だな。定理の証明なんて。……だからここは背理法、つまり逆を仮定してそれが成立しないことを証明すればいいんだ。」
 「うーん、ボクには難しいなぁ……。つまりこれをここで……。」



 「ふう、何とか終わったね。ありがとう雅信さん。」
 「いや、こっちもそれなりに楽しかったぞ。」
 意地悪い笑みをトリーシャに向ける。
 「人が困ってるのを見て楽しむなんて悪趣味だなぁ、雅信さん。」
 「ま、勉強なんてもんは自分の知らない事を知ろうとするんだから理解するまで何度も苦労するのが普通だ。」
 さりげなく論点をずらそうとする。
 「それはそうだけどボクが言ってるのは違う事なんだけど……。」
 誤魔化そうとしてない?といった顔のトリーシャ。
 (やっぱりピートのようにはいかないか。)
 苦笑しつつ席を立ち、窓の外を見て口を開く。
 「はいはい。俺が悪かったよ。もう夕方だし途中まで一緒に帰るか?」
 「うん。ボクはいいよ。」
 図書館の外に出た途端夕暮れに包まれた街が立っていた。
 「うわぁースゴイねぇ。」
 トリーシャが横を通り、俺の前で背を向けながら感嘆するように言う。
 確かにそこは赤と茶、黄に彩られた世界があった。
 風が吹くたびに上から秋に変色した様々な葉が降り注ぐ。
 空を見上げると右手に沈みつつある太陽があり、そこから光が雲を赤く染め上げ、その下を群をなした渡り鳥が整然と空を泳いでいた。
 「世界にはこんな一面もある。ただ普段気付かないだけさ。」
 そのままポツリととても小さな声で俺は呟く。その目はどこか遠くを見ていた。過ぎ去りし幻影を…。
 「さて、もう太陽も沈んでいってるし、早く帰ろう。」
 一転して明るくトリーシャに呼びかけた。
 「うん。そうだね。」
 俺達はそうして図書館を後にした。



 リリリリリリリ……
 「もう暗くなっちゃったね。」
 ヒュオーーーーーガサガサササ
 「ああ……。」
 「どうしたの?雅信さん。何か上の空だね。」
 「ん、いや、虫と風の音色と葉擦れの声を聴いてたんだ。……ほら、着いたぞ。」
 「ここまで送ってくれてありがとう、雅信さん。」
 「一応一人歩きは危ないからな。それじゃ。」
 「うん。また明日。」
 家の前で元気に別れを告げ、トリーシャの後ろ姿が霞の向こう側に消えるのを見送った。
 
 
 
 「また明日………か。」
 トリーシャにしてみれば簡単な挨拶だったのだろう。しかし俺にとっては重く心に溜まった。
 
 
 



 納得…他人の考えや行為を理解し、認めること。
 理解…1:物事の筋道や表現内容などがわかること
    2:相手の気持や立場を正しくわかること
 (そうだ、俺は今の状況を、何故自分がここにいるのか納得・理解できていない。しかし、それに対する解答の一つは分かっている。そもそもこの空間自体が分かってないのだから。
  だが、時と場合によって状況を理解していないという事は死に直結する。そのため、一刻も早く理解する必要がある。
  納得・理解していないという事は、つまり今まで自分が知らなかった事なのだ。だから納得・理解すればいい。
  こういう事もあるのだ。ただ自分が知らなかっただけなのだ、と。そう、それで全て解決する。)
 
 「きゃはははははははっ!」
 「ふみぃ〜。お姉ちゃん、あんまりお酒飲んじゃだめなの〜。」
 そう、ここは由羅の家の部屋で、中には酒を浴びるように飲んでいるキツネのような耳と尻尾を持つライシアンの女性、橘由羅。
 そしてこちらは猫のような耳と尻尾を持つ、由羅を『お姉ちゃん』と呼んで慕っている娘のメロディ・シンクレアの二人がいた。
 「ふぅ……。」
 ため息をつきながら、我が身の無常を噛み締めた。



 「なんか疲れたな……。」
 縁側に出て来て座る。
 先程日付を見たところ、夏だった。時刻は深夜あたりだろう。
 ほのかな月明かりと、由羅とメロディが眠っている後ろの部屋から漏れてくる光が雨にうたれている庭の一部を薄く照らしていた。
 ちなみに俺は酒を飲んでいない。今飲んでいるのはお茶である。
 「蒸し暑い夜だな。」
 いつのまにか今までとは違う服装になっていた。夏服になっていた事で、世界が変わる度に身に付けている物も変わるようだ。
 「うみゃぁ〜、雅信ちゃんどうしたの〜?」
 目をこすりながらメロディが出てきた。まだ眠たそうだ。
 「ん?何でもないさ。……夢に思いを馳せていただけだよ……。」
 月が雲に隠れていくのを見ながら誰に言うでもなく言う。雨もほとんど止んでいる。
 「ふみぃ。」
 「どうしたんだい?メロディ?」
 メロディが急に片手を握ってきたのに対し、穏やかに尋ねる。顔は未だに空に向いている。
 「……よく分からないの。でも何だか胸が急に重たくなって……雅信ちゃんがここにいない様な気がして……それで………。」
 ポン、とメロディの頭にもう片方の手を置き、自然と向かい合う形になった。
 「大丈夫。俺はここに居るよ。俺だけじゃなく、由羅もエンフィールドの皆も……。」
 それは俺自身に向けて言った言葉かもしれなかった。
 メロディはその言葉を聞いて、とりあえず手を離し横に座った。
 「あらあら、お似合いね〜お二人さん。まるで恋人同士みたいよ?」
 後ろから何やら含んだ声をかけられる。確かに何も知らない人が見たらそう思われても仕方ないだろう。
 「あ、お姉ちゃん。」
 メロディが振り返りながら言い、俺はそのまま庭を向きながら言う。
 「由羅、お前は恋人の一人もいないのか?……ってそれは聞くだけ無駄だな。」
 「あら、どういう意味?」
 微笑を浮かべながら俺は振り返る。
 「お前の恋人は美少年と酒と風呂だからな。それと、俺とメロディの事はお前も知ってるだろ。俺はメロディにそんな感情は持ってないぞ。メロディもおそらくないだろうし。
  それにメロディはまだ子供だろう。」
 「あら、子供だからっていって、恋ができないってわけは無いわよ?」
 「まぁ、それはそうだが。現時点で俺はそんな感情はないさ。これはなるようにしかならないからな。
  先はわからないが……。」
 庭の方に向き、お茶を一口飲んで立ち上がった。そのまま薄く石が敷き詰めてある庭に降り立つ。
 「俺はこの街に来れて、アリサさんやみんなに会えて本当に良かったよ……。」
 二人に振り向き、言葉とは裏腹にどこか寂しそうに、そして幸せそうに言った。
 そして………舞を始めた。
 すぐに汗が吹き出してくる。
 やがて最初は大地から。そして周りから蛍のような光が俺の周りに浮かんだり、まとわりついてきたりした。
 そして、それが無数に俺の周りを動き回るころ、月が大地を照らす。
 
 ただ舞う。
 
 風と、光と、闇と、木々や虫の声と、月明かりの中で。
 
 それはひどく現実とかけ離れた光景で、誰もが魅了されただろう。
 
 「………………………」
 「………………………」
 由羅はじっとその光景に魅入っていた。メロディですら動くのを忘れたように心を奪われていた。
 
 やがて二人や周りの光が霞に包まれていった。
 
 「さようなら。」
 
 俺はそんな二人に別れを告げ、完全に姿が見えなくなった後も最後まで舞を続けた。
 
 
 



 次の変化は今までとは違った。
 足元より下に夜のエンフィールドの街全体が見えた。まるで遥か上空から俯瞰(ふかん)しているようだ。
 徐々に辺りが白んでゆき、空がほんのり明るくなって、紫ががった雲が細くたなびいている。
 そして春の一日が始まった。
 不思議な事に注意を向けた辺りの人の顔が遠く離れているにも関わらず見え、声や音らしいのも聞こえてくる。また時間の流れもおかしいようだ。
 
 アレフは通りでナンパをしている。
 クリスは夜鳴鳥雑貨店で店主と話している。
 ピートはなにやら走ってどこかに行っている。
 エルは街外れの森で散歩をしている。
 シェリルは図書館で本を読んでいる。
 シーラは家でピアノを弾いている。
 パティはさくら亭で忙しそうに働いている。
 マリアは魔術師組合の建物の前で組合員と口論している。
 メロディはさくら亭に酒を買いに行っている。
 リサは陽の当たる丘公園で訓練をしている。
 アリサはジョートショップでテディと料理をしている。
 トリーシャは同世代の友人とのお喋りに興じている。
 アルベルトは街を見回っている。
 リカルドは自警団の自室で書類の仕事をしている。
 由羅は街外れの家で昼寝をしている。
 ローラは教会で子供たちの相手をしている。
 イヴは図書館の整理を黙々と続けている。
 カッセルはローズレイクの前でうたた寝をしている。
 トーヤは患者と相談している。
 
 そして夕暮れになり、人が家の帰路につき、家に明かりが灯る。
 そんな中、ジョートショップに一人の青年が向かっていた。
 そのまま青年は店の扉を開け…………
 
 「ただいま。」…「お帰りなさい。」
 
 
 
 頬に何かが流れてくる。だが俺はそんな事も気にせずただ白に埋め尽くされ、見えるはずの無いエンフィールドを見ていた。
 流れてくるものが止まらず、次々と零れ落ちていった。



 どれほどそうしていただろうか・・・。
 わずかに白い世界に変化があった。霞の向こう側から誰か来るようだ。人影が見える。
 俺はその人物が誰なのか、唐突に分かった。そして、この世界がなんなのかも・・・。
 その人物はこちらに近づき、薄く姿が見える距離で立ち止まった。
 その青年は女性が羨むほど艶やかな長い黒髪を首の後ろで紐で結んでいて、左目が紫、右目が黒の若者だ。
 右腕には布が巻いてあった。
 腕の布を除けば服装、背丈等ほとんど今の俺と同じだった。
 
 「……あのときの問いの返事をもう一度聞こうか。」
 俺はフッと笑い、
 「お前に答える必要があるのか?」
 「言葉にすることに意味がある。」
 その青年は強く言った。
 「……そうだな。」
 そして、俺は昔友に聞かれたことにもう一度答えた。
 「人は良くも悪くも変わる。……いや、人は変わらない。変わることも含めて人の本質はみんな同じなのだから。
  それは全ての存在、モンスターや動物、天使、神にいたっても同じことだ。同じ世界で、同じ時間で過ごし、ここにいる。
  そして、俺はそんな世界がどうなるのか見ていきたい。……そんな世界が好きだから。
  これが俺の答えだ。」
 「それが聞ければもう私の用はない。」
 少し考えて聞いてみる。
 「なぁ、俺は…変わったのか?」
 「私がお前に答える意味はあるのか?」
 「はは……そうだな。この世界での事が答え……か。」
 「私はじきに消えるだろう。ようやく自分を好きになれたようだな。」
 「……そうか、これで俺もやっと一人前になれたのかな…。」
 そして、今疑問に思ったことを訊ねてみる。
 「なぁ何でお前は俺にこんなものを見せたんだ?自らの消滅を意味するのを知りながら。」
 「……孤独。それが私の存在理由。だが、それ自身である私も孤独には耐えられなかった。だからここ、お前の内面世界に引き込んだ。…そういう事だ。」
 「おかげで忘れていたのを思い出せたよ。ありがとな。」
 「私に礼を言ってどうする。……さらばだ。」
 「じゃあな……。」
 
 「お前はもうシャドウじゃない。」
 最後にその言葉を供えて。
 
 
 
 目を覚ました。
 「……なるほど、違和感の正体はこれか。」
 読んでいた本を閉じる。
 
 
 人はいったいどこに行こうというのか……
 
 俺は人間が滅びの時を迎えるまで見続ける…… 

孤独と……
 
大地の温もりと……
 
風が届ける刻と共に……
 
 人から人へ伝わる想いを胸に……
 
俺は歩きつづける。

そこに大地がつづくかぎり……
 
また、人と触れ合うために……

 ……永久に……。
 

 「さあ、次はシープクレストっていう港町か。」
 そう言い残して少年は『書庫』を出た。
 彼の腕にはまるで生き物のような腕輪がある。
 後にはただ膨大な本と壁にかけられている武器と、
 何かの培養槽の中に浮かんでいる小さな『もの』が残されていた。
 
 
 「さて、どんな街なのかな?」





あとがきです。>
どうもはじめまして、正行といいます。
さて、いかかでしたでしょうか?このSSのテーマは2つあります。それを感じ取っていただければ幸いかと。
今回初めてこのSSを書こうと思ったのですが……、処女作ということもあり、完成まで数ヶ月かかりました。
お目汚しになるかもしれませんが、どうか今回が初めてということで見逃してください。
また、これを書くにあたって異名のみの出演ですが、キャラを貸してくださった、
心伝さん、神堂さん、ティクスさん、ともさん、埴輪さん、hiroさん、本当に協力感謝してます。
うう・・・感想聞くのが恐い・・・だけどそれ以上に気になる・・・。ああ〜。
よければ感想ください。
こんなSS書きですが、できれば続けようと思いますので、どうか暖かい目で見守ってください。
これに最後まで付き合って下さった方、本当にありがとうございます。
では、このあたりで。
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