中央改札 交響曲 感想 説明

悠久行進曲第3話
正行


果て無き道を歩む者
悠久行進曲:第三話



雅信が仮釈放の身になって三日たった。
雅信の友人である、アレフ、ピート、クリス、エル、シェリル、シーラ、パティ、マリア、
メロディ、リサ、ライフは雅信の無罪を信じているが、それ以外の過半数以上の街の住人は
雅信を犯罪者として見ているように思えた。


「ふう・・・」
ここは陽の当たる丘公園。俺は最近よく時間があればこういった所で暇を潰している。
今日の昼も雅信はここでなにをするともなしに草の上に座りながら空を眺めていた。
今日は雷鳴山の向こうに黒い雲が見えるが、この辺りは至って晴れている。
渇いた青空。雅信はそう思えた。どこまでも虚ろな、そんな青空。
街を見ると、
今のこの時全てが自分と隔絶している、
どこかこの目に映る景色全てが作り物めいている、
鈍色(にびいろ)の街・・・そう思えた。
そんな風にずっと見ていると、
「ボウヤ・・・テディから聞いたよ。最近夜遅くまで帰ってないんだってねぇ」
剣呑な色を帯びたリサの声が後ろからかかってきた。
「・・・なんだかあそこは居心地が悪いんだよ」
雅信は街を見下ろしながらそのまま答えた。
そう、雅信はここのところアリサとほとんど顔を合わせていない。
犯罪者としての烙印をおされ、その噂が広まったこの町では今店に仕事が来ることはほと
んどなかった。
朝にそんな数少ない仕事をとり、そして店を出た後は夜遅くになるまでジョートショップ
に帰ることはない。そんな生活が続いていた。
そんなだからまともにアリサさんと会話をした憶えも少ない。
今日の仕事はもう終わっていたにも関わらず、ここで家の息苦しさから逃れようとしていた。
「アリサさんが心配してたよ・・・ボウヤ、こんなトコで一体何をやってんだい」
明らかにリサは怒りを抑えていることが分かる。
「別に・・・何もしてないさ」
雅信のその投げやりな口調にとうとうリサは怒気をハッキリと浮かべた。
「何もしてないだって・・・」
そこでリサは雅信の胸倉を掴んで、雅信を強引に立たせた。
「アンタ!アリサさんの気持ちが分からないのかい!!」
リサは顔を近づけ、雅信の深い漆黒の両目を怒りで見据えながら怒鳴った。
「・・・・・・・・・・・」
雅信はそんなリサにされるがままされ、何の感情も示さなかった。
いや、その奥には拒絶があったのだが、リサにはそれを読み取ることはできなかった。
「アリサさんがアンタを助けるためにしてくれた事に少しは応えたらどうだい!!」
「あれはあの人が勝手にやったことだ」
激しく言葉をぶつけるリサに雅信は冷ややかに対応しているように見えた。
しかし、雅信は自分の中で何かが蠢くような不快な感情がある事を認識していた。
それがなんなのか雅信自身分からなかったが。
昼間の公園でこんな事をしていれば目立つ。しかも片方は今、最新の話題である人物と
もあればなおさらだ。遠目からこちらの様子を窺っていると分かる人が何人もいた。
その視線も雅信のこの感情を膨らませていた。
「ボウヤ・・・言っていいことと悪いことがあるんだよ」
そう言ってリサは掴んでいた手を離して舌打ちした。
「今のアンタは殴る価値もないね」
「・・・ああ、そうだろうよ」
「アリサさんはアンタを信じたんだ。その信頼を裏切るんじゃないよ」
―――っ!!
「お前には関係ない事だろ!!」
何かの言葉が引き金となり、雅信はリサに言葉を叩きつけた。
「・・・・・・・そうかい」
リサはもう何も言い返さずに、ただ静かに雅信を『見て』いた。
耐え切れなくなったのか、雅信はリサに背を向けてどこかへ歩いていった。
「・・・すまない。言い過ぎた」
一度立ち止まりリサの方を向いて、雅信はそう声を絞り出すことしかできなかった。
いつのまにか公園は誰の声もしていなかった。
雅信は自分で自分の感情を持て余しているかのようだ。
一人公園を後にする雅信の背中がひどく小さく見えた。



雅信はブラブラと通りを歩いていた。
活気に満ちた通りを一人暗い顔をして歩いて行く。
(まったく・・・なんで俺はあんなこと言ったんだ)
さっきからずっと前の事が引っかかっていたのだ。
(ああ言うつもりはなかったんだがな・・・)
気が付いたら咄嗟に口から出ていたのだ。
自分で自分がわからない。
そんな自己嫌悪に陥り、自分に苛立ち、自嘲し、また嫌悪する。その繰り返しだ。
(ふぅ・・・・・・・・・ん?あれはシェリルか)
だんだん人通りの少なくなっていく道を歩いていくと、曲り角からシェリルが歩いてきた。
・・・本を読みながら。
(まったく、危ないな)
しょうがないな、といった風に雅信はシェリルの元へ近づいていった。
「ちゃんと前を見ないと危ないぞ」
「え?きゃっ!」
「おっと」
突然の声と現れた人影に対応できずに、つい後ろに倒れこみそうになった所に手を伸ばし
て支えてやる。
「まったくそんなに驚く事でもないだろ」
しっかりと立たせた所で手を離した。
しかし驚いても本を手放さなかったあたりはさすがといったところか。
「あ・・・・ごめんなさい」
「まぁ、気をつけることだ」
「はい・・・」
そんなやり取りの後、なんとなく沈黙が辺りを支配した。
「あの、雅信さん」
「・・・ん?」
「なんだか・・・元気ないんじゃないですか?」
おずおずとそうシェリルが尋ねてきた。
「・・・・・そうかもな」
それに雅信は力無く応えた。こんなに沈んだ雅信をシェリルは初めて見た。
きっと無実の罪を晴らすのは大変な事なんだろう、そうシェリルは思った。
しかしシェリルが思っている雅信が沈んでいる理由と本当の理由は食い違っているのだが、
シェリルにそこまでは分からなかった。
「あの・・・もし、何か手伝える事があったなら・・・言ってくださいね。
 みんな心配してますから・・・」
「・・・ああ、ありがとう。シェリル」
そこで雅信とシェリルは別れた。
幾分か気が紛れ、また雅信は一人であてども無く歩いていった。



気が付くと狭い街の裏通りに迷い込んでいた。
なんとなしに歩いていたら、普段来た事も無いような所まで入り込んでいた。
辺りには人一人いない。この先に行ったところで何の意味もないだろう。
ここですら滅多に人は通らないのだ。この先は皆無といっていい。
太陽の光も建物に遮られ、ここにはあまり届かない。
(もしかすると無意識に今の俺に相応しい場所に行こうとしてたのかもしれないな)
ぴちゃっぴちゃっ・・・・
どこからか水滴の滴る音が聞こえる。空虚な静寂の中その音だけが響いていた。
(・・・ここにいてもしかたがない。戻るか)
・・・カタン
引き返そうとしたら、なにやら決して誰も立ち入ろうとしないこの奥に人の気配がした。
そしてなにやらぶつぶつと聞こえてくる。
(?)
それは単なる気まぐれか、雅信は更に奥へ進んでいった。

「へ・・・へへへ、お、俺様にかかりゃあざっとこんなもんだぜ・・・」
男はここに全く誰も来ない事を知っているので、安心して今日の成果を取り出して眺めて
いた。その手袋をはめた手には数々の高価そうな宝石が輝いていた。
「あとは・・・・前と同じようにどっか他の街で裏で売りさばくか」
その眩い宝石に魅入られたように恍惚とした表情を浮かべ、男は興奮しているのか独り言
をずっと呟いていた。
「しっかしあの宝石店もバカだよなぁ、真昼間から盗ってくださいといわんばかりだった
 からな。おかげですんなり手に入ったぜ・・・ハハハハハ」
よほどおかしいのだろう。口元がだらしなく緩んでいる。
「後は迅速にこの街から出るか。行動は早い方がいい。これだけ簡単に盗めるとは思わな
 かったがな」
「ほう、面白い事を聞いたな」
「!?だ、誰だ!」
男が慌てて宝石を袋に入れて懐に隠し、声の方を誰何した。
「なぁに、気にするな。これも運命のいたずらってやつかな」
口を歪めてそう返した。
「それより、無用心なやつだな。例えいくら気が緩んでいてもどこに目や耳があるかわから
 ないんだぞ。そんな風に独り言を言ってるなら私を捕まえてくださいと言わんばかりの
 行動だな」
と、変な風に嘲笑した。
「て、てめえ・・・」
そう勝手に自爆していきり立った男は懐から見たことのないナイフを取り出した。
どうやら一般に出回っているものと違い、誰かの手作りのようだ。
「!!」
取り出した刃物を見て、緊張が走る。ここは行き止まりだ。男が逃げるには雅信をどうにか
するしかない。必死で襲い掛かってくるだろう。対するこちらはなにも持ってきていない。
(全く、こうなる事は簡単に予測できた事なんだがな・・・)
だが、相手が犯罪者と分かったら何故か自制が効かずに何の考えもなしに声をかけてし
まったのだ。普段ならこんな事はないのだが。やはり情緒不安定らしい。
しかし、それを嘆いてもしかたがない。今はこの状況をどう切り抜けるかだ。
(声をあげてもいいが、ここは変に複雑だからな。おまけに人通りも無いといっていい)
今は硬直状態だ。ここで下手に大声をあげるならそれが襲い掛かるきっかけになりかねない。
その前に他に何か最善手がないか考えなくては。
(他に手は・・・)
狭い路地裏、こちらは素手で小回りのきく刃物を持った相手に無傷で取り押さえられる自信
はなかった。相手もそれなりの経験はあるらしく、刃物を構えたその姿はそれなりに様に
なっていた。
(辺りには・・・生ゴミとロープと投げるには不適当なブロック、濡れた布らしきものか)
「ん・・・てめえ、もしかすると雅信ってやつか?」
突然でてきた自分の名前に目を細める。
「・・それがどうした」
(やむをえん、多少無茶な賭けになるかな。こいつが魔法を使えない事を祈るだけだ)
「へ・・・やっぱりか。てめえの面どっかで見たような気がしてたんだが、同じ仲間だった
 とはな」
その発言に雅信は眉をひそめた。
「生憎と、俺はお前とは仲間じゃない。一緒にするな」
不快を顕に、そう吐き棄てる。
(さて、うまくいくか・・・・)
「大体テメエみたいなやつと同じ扱いされること自体不愉快だ。コソコソとこんな所に逃げ
 隠れして怯えたネズミみたいに暮らしているやつとな」
「なんだと・・・」
「はっ、どうした。図星だったか?そりゃそうだよなぁ、不安だったんだろ?だからあんな
 独り言をして気を紛らわせていたんだろ?違うか」
神経を逆なでするような声音で思いっきりバカにする。
「臆病なくせして似合わない事してるとその内に心臓が破裂するぞ。盗みに入った所で声を
 掛けられてショックで気絶するなんて無様な事になるかもな。ははははは」
「てめえ・・・・」
ギリギリと歯を食いしばっている。
(頼むから冷めないでくれよ)
「お、そうやってると鶏のようだなぁ、チキン野郎(臆病者)」
「っざけるなぁぁーーー!!」
逆上した男はナイフを振りかざし雅信に飛び掛ってきた。
だが、それは大ぶりの一撃で軌道も読みやすかった。
雅信は少し後ろに下がり、右手で脇にある袋を掴み、それを思いっきり中身をぶちまけ
るようにして二撃目も空振りをした男の顔に叩きつけた。
「ぶっ!」
袋の中身が辺りに散らばり異臭がたちこめる。その袋は生ゴミの入った袋だった。
男は汚いそれに耐え切れず、思わず汚水にまみれた顔を拭った。
雅信は予測していたので、臭いに構わずに今度はゴミの近くに落ちていた濡れた布を掴み、
それを男のナイフを持つ手に向けて鞭の要領で手首を返し、打ち据えた。
パァン!!
濡れたこの布は立派な武器ともなる。
男の顔は激痛に歪んだが、男はそれに耐えてナイフを手放そうとはしなかった。
しかし、手は痺れているのかもう片方の手を添えてナイフを握っていた。
男はそのまま脇をすり抜けて逃走した。
「チッ」
軽く舌打ちして、雅信もその後を追った。
街の裏通りをあちこち曲がりながら少しずつ男の背中が大きくなっていく。
そしてその背中に今までの苛立ちをぶつけるように体当たりを仕掛けて路上に転がった。
その拍子に男から宝石の袋がこぼれたが、二人は組み合いでそれどころではなかった。
二人は転り、雅信が奪ったナイフが偶然男の腕を裂いた。
やがて雅信は下に組み伏せられ、近くに転がっていた宝石の袋を掴み、思いっきり横顔
に叩きつけ、そこから巴投げのような格好で男を蹴り飛ばした。
男はややよろめきながらもすぐそこの角を曲がって行った。その直後、なにやら何かに
つまづいたような音がした。雅信はそれを追い、角を曲がる。
角を曲がるとすぐに大きな通りが見えた。男はなにやら慌てた様子で通りに転がっている。
雅信は暗い路地からそれを眺めていた。この通りは人通りが多く、当たり前だが男は目
立っていた。
(これでもう逃げられないかな)
ある種の達成感の後に、また雅信に空虚な心が訪れる。今までこれを処理するのに一杯一
杯だったので、こんな感情を感じるヒマもなかったのだ。

しかし、これで終わりではなかった。

「た・・・助けてくれっ!!あいつが俺に襲い掛かってきて・・・そう、そうだ!ほら、
 この傷を見てくれ。あいつがナイフで俺に切りかかって来たんだ」
そう言って半円を描いている野次馬にさっきできた切り傷を見せ、訴えた。
「あ、・・あいつは宝石泥棒で俺が偶然あいつが独り言で宝石を盗んだとかなんとか言っ
 ていたのを聞いていたと知ったら急にナイフで襲い掛かってきて・・・」
雅信はそれを聞いて呆れた。まったく逆だ。
しかし、それがその場にいなかった観衆に分かる筈も無く、しかしぼーっと突っ立ってい
る俺を見て誰かが言った。
「おい・・・あれは確か雅信ってやつじゃないか」
不思議とその声は大きくざわめいているその場でも響き渡った。
その声に雅信の心は揺れ動いた。
(・・・どこかで・・聞いたような)
だが、それを思い出すことはなかった。
その声に触発され、遠巻きにヒソヒソと静かな波が染み渡っていく。
(・・・またこの視線か)

ズキッ

わずかに鈍い何かが頭を襲ったが、それは一瞬で気に掛けるものでもなかった。
ふと、ようやく自分の状態に思い当たった。ナイフと宝石の袋を持って立っている仮釈放
の男。
確かに男の言う通りの状況に見えなくもない。
辺りからこぼれてくる言葉の切れ端に、やっぱり、犯罪者、余所者、出て行け、良い人
ぶって、等とあった。
冷ややかな視線を辺りに向けると、一人の少女が目に入った。
金髪に青い瞳のその少女は、
「グレース・・・だったな」
そう言って路地裏から何気ない一歩を踏み出す。
しかしその言葉を聞いたとたんにその少女は目を逸らして、雅信が一歩近づくとその場か
ら立ち去った。
雅信は黙って薄く笑みを浮かべながらそれを見送った。
「こいつは泥棒なんだ!」
そしてまだ倒れたままで何やら再び喚き始めた男を見下ろしながら、
「ああ、そうさ。俺がやったのさ」
笑いながら犯行を認めた。
その言葉に囲んでる群衆は震え、そして逃がすまいとして緊張していく。
いつのまにか暗雲が空を覆っていた。



     了


>あとがき
うあ・・・雅信暗い!おまけに少し荒れてる・・・
あそこで普段は体当たりなんてしないんですけどねぇ。
まあ、街に来てからずっと無理をしてきてましたから。
きっかけはなんでも良かったんです。偶々逮捕というきっかけで、こういう暗の部分が
前に出てきたんです。
あと、すいません。アリサさんとの一騎討ち(?)は次回に持ち越すことになります。
にしても・・雅信弱い!たかだかナイフを持ったそこいらのチンピラ程度に苦戦。
みなさんのオリキャラと比べて弱っちぃことこの上ないですね。
といっても今の雅信のこの状態には理由があるんですが。
さて、では第四話でお会いしましょう。ではでは。
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