中央改札 交響曲 感想 説明

悠久行進曲第4話
正行


果て無き道を歩む者
悠久行進曲:第四話



その女性はいつもの澄んだ水色の瞳を、今は曇らせていた。
本当は今すぐあの人の前に行きたい。だが、それはできない。
身を引き裂かれる思いでじっとその衝動に耐えていた。

なぜなら、あの人は『今』を生きているから。

私は信じます。
あの人が再び立ち上がる事を。
あの人の周りにいる人がその力になってくれることを。
『今』を生きているあの人は、同じ『今』を生きている人によって立ち上がるキッカケ
を与えられるべきでしょう。

私はずっとあの人を見ていました。そしてこれからも見ていきます。
あの人がまた、一人で歩けるようになるまで・・・・・



街の通りを歩いていたシーラは人だかりが出来ているのが見えた。
家への帰り道、その人だかりの中から知り合いの名前が出てきた事に驚き、尻込みしなが
らもその輪の中に入っていった。
するとそこにはナイフと袋を片手ずつに持った雅信が皮肉な微笑みを浮かべながら立ち尽
くしていた。
自然と周りの囁き声が聞こえる。その中から雅信が宝石を盗んだ、という話が聞こえた。
(え・・・どうして・・)
そんな呆然としているシーラにさらに追い討ちをかけるようにして、
「ああ、そうさ。俺がやったのさ」
雅信がそう言った。
その言葉の意味を理解して、シーラは足が震えた。
(そんな・・・まさか・・・・雅信君が・・?)
信じられない、信じたくない。友達がそんな事をしたなんて。
しかし、現実は残酷だ。そんなシーラの思いに構わず、周りは殺気だっていく。
そして更に残酷な事に雅信がシーラに気づき、目を向けてきた。
目を逸らすことも何かすることもできずにそのまま空白の時が流れる。
(あ・・・・・)
何か言わなければ。何か応えなければ。
そんな思いが胸中で渦を巻き、何か言葉を紡ごうとするが周りの雰囲気に呑まれ、必死で
ただ声にならない声を出すだけだった。
伝えられない思いはもどかしく、それが臆病な自分を嫌っていてそれでも何も言えないと
自覚しているならばなおさらだ。
やがて雅信はそんなシーラの思いに関わらず、何かを諦めてそれを甘受しているそんな優
しく穏やかな顔を向けた。その表情はシーラに突き刺さり、衝動的に何かを言いかけたが、
そんなシーラの前に誰かが出てきて雅信との壁になった。
やがて群衆が爆発していく。主に前にいる人の何名かが口々に雅信に強く当たっていった。
徐々に付和雷同して騒ぎが大きくなっていく。
「止めて・・・ください」
シーラが弱々しく懇願するがその声は掻き消され、届かない。
「あ・・・・」
シーラは人波に押されて少しずつ後ろに追いやられていった。それでも彼女は前にでよう
と人波の中を震える心を叱咤しながら必死で前に掻き進もうとしていた。
箱入りのお嬢様のあのシーラにしてはこの行動はとても考えられなかった。
しかし・・・雅信のあの目・・・・ガラスのように透明で、人を映し、割れやすい、いや、
もう亀裂が入っているかもしれないあの目を見たら・・・
今ここで雅信をそのままにしておくならば完全に自分を許せなくなる。
何かを裏切ってしまう。そう感じ取ったのだ。だから恐怖で今にも足が竦みそうな状態で
も小さな勇気を振り絞っていた。
しかしどうしても前に出ることはできなかった。
そんな時―――
「雅信くん!?」
騒ぎの中、一際存在感のある声と共に一人の女性が輪から抜け出して、雅信の下へと危なっ
かしい足取りで歩み寄っていった。


人ごみの中で偶然シーラを見つけた雅信だが、シーラはただこちらを凝視して、驚いてい
るようだった。
(ま、それも当然か。知り合いが犯行に及んでいたと知ればな)
実際はやってないのだが、もうどうでもよかった。
ただ、なんとなしに視線を外さずにそのままシーラを見ていた。
少しして雅信は一つの感情に思い当たった。
(俺は何を期待してたんだか)
何か言いたげなシーラを見ていて、何かを望んでいる自分がいるという事に思い当たり
可笑しくなった。
(仕方ないんだよな・・・・シーラは何も悪くないさ)
そしてシーラの表情は変わらぬまま、前に出てきた一人によって遮られた。
次いで、追ってきた男に目を向けた。
男は初め雅信が犯行を認めたとあって戸惑いが浮かんでいたが、もう引っ込みがつかない
のか民衆を煽っていた。
だが、その言葉も耳に入らない。周りが何か騒いでいるようだが雅信の頭には入ってこ
なかった。白黒の世界。それが雅信の周りを映しだしていた。
・!・・・・!!・・・・!・・!!・
・・・・・!・・・・!・・
・・・・!!・・
・・!・

・・「雅信くん!?」

その声は不思議とこの騒ぎの中よく耳に響き、白黒の世界に色が戻り、血液の流れが止ま
りそうになった。
「・・・・・・あなたか」
群衆の中を飛び出してきたのはアリサだった。テディの姿は見えない。
「みなさん、どうしたんですか?」
どうやら今の状況は分かってないらしい。ただ険悪な雰囲気は感じているらしいが。
「どうしたもこうしたも。そいつは盗人だ!俺に傷も負わせたんだぞ!」
「あんたはそいつを庇う気か!」
まず騒ぎの中心となっている男が。次に騒ぎに便乗している一人の男が勢いのまま言った。
しかし大部分の人間は勢いを削がれたのか、先程よりは強く敵意を感じない。
その場の雰囲気に気付かない一部の人間は今までのあらましを無知な飛び入りの彼女に自分
達こそが正義の糾弾者のように説明した。男に言われた事をそのままなぞり、あたかも自分
は全てを知っているように。
説明を聞いたアリサはただ、
「雅信くんはそんな事をする人じゃありません」
そう堂々とそう言った。
彼女のその態度に一部の人間は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐさま噛み付
いていった。
「何を言ってるんだあんたは!」
「それにこいつは自分で認めたんだぞ!」
しかしそれでもアリサは首を横にふった。
「雅信くんは決してそんな事はしません。もし、やったとしても何か止むを得ない理由が
 あるはずです」
その言葉に、雅信を含めその場にいた全員がしばし絶句した。
彼女のあまりにも毅然とした姿に圧倒されたのだ。
「そうか・・・さてはあんたもグルだな」
それにいち早く脱した中心の男が邪推する。
そしてその言葉に場が凍りつく。そして緊張の糸が張り詰めていった。
犯罪者を庇いだてする彼女も敵意をぶつけられる対象と見なされたのだ。
「大体俺はそいつに傷を負わされたんだぞ!そいつが持っていたナイフでなぁ!」
顔を赤くし、唾でも飛ばしていそうな様子だ。
「あのナイフはあいつがもともと持っていたのかい?」
男の後方の人垣の中から誰かの声がした。その声の様子から女性だろう。
どこか冷たげに、そして面白げだった。
だが、先程からずっと興奮している男には分かるはずもなかった。
「当たり前だろ!急にあいつが懐からナイフを取り出して俺に切りかかってきたんだ!」
男は振り向かずに雅信を指差しながら叫んだ。彼はその声の主を確かめようとはしなかった。
「アンタはあいつと初対面だよねぇ」
「あんな奴が知り合いなわけないだろ!」
それが男の運命を決定させた。
「へえ・・・・面白いことを言うね。アタシは確か今日アンタにあのナイフを売ったはず
 なんだけど?」
「え・・・・・?」
そこでようやく男は恐る恐る声のする方に振り向くと、そこにはエルがいた。
「どうして今日雅信と初対面のアンタがあのナイフを持ってないんだい?」
「え・・・・あ・・う・・・・・」
はっきりと男は蒼白になり、うまく言葉を出せない。
要するにエルは今日の午前中にもその男にナイフを売ったのだろう。そしてエルと男はお互
いに顔を覚えていたのだ。
「あのナイフはアタシが作ったヤツでね。あれと同じ物はないはずだよ。それにあのナイフ
 にはアタシの銘があるしね」
エルは自分の作ったナイフを買い取ったと言う事で、男はエルが珍しかったので印象に残っ
ていたのだろう。
つまりこの世に一振りしかないナイフをエルは今日その男に売ったのだが、どうして同じ日
にその男と会ったこともない雅信が持ってたのか?そう尋ねている。
たとえ男が無くして偶然雅信がそれを手に入れたとしてもそれは極めて確率が低い。
「それと・・・アンタ、ベラードだね。前に少なくとも二度他の街で宝石を盗んだっていう。
 ここにも一応店のネットワークでアンタの手配書は回ってるんだよ」
ザワリ・・・・
不機嫌そうなエルの言葉に周りが大きくどよめいた。
その男――ベラードは体を震わせて何も言えないでいる。
「言っておくが、ちゃんとアンタがあのナイフを買い取ったっていう売上票はまだあるんだ
 よ」
それが止めだった。ベラードは放心したように座り込み、エルはそれを冷ややかな目で見て
いた。エルが不機嫌な理由はこんな大勢の前に出たからだろう。周りは非常に気まずそうだ。
「さて・・雅信。アンタに訊きたい事がある。どうして自分から嘘の犯行を認めたんだい?」
ベラードから雅信に目をやり、斬り込むようにエルが鋭く尋ねてきた。
「・・・こいつらがそう望んだからその役を演じただけだ。お前達は望んでいたんだろう?
 俺が悪役となることをな。ただそれだけの事だ」
先程からずっと無言だった雅信はそう答え、ナイフと袋をその場に放って歩き出した。
雅信の行く先には人垣が割れて、まるで疫病神扱いだ。
「雅信くん!」
「雅信!」
「雅信君!」
その背中に三人の女性の声がかかるが、雅信は構わずに歩き去った。
アリサは危ない足取りながらもすぐに後を追った。エルはそれと向こうから誰かが呼んだの
だろう、自警団員がやってくるのを見て踏み止まる。
(アリサさんならまかせられるな・・・)



アリサはすぐに雅信を見失った。弱視の彼女にとって一人で街をうろつくというのはかなり
危険なことだ。それでも彼女は雅信を捜していた。今ここで雅信を放ってはおけない。
そう思うから・・・。

ドンッ!

「あっ!?・・すいません。急いでまして」
人通りの少ない通りで、一人の男性とぶつかった。
アリサはぶつかった拍子に地面に手をついたが、その男性は僅かによろめいただけだった。
その男性が手を差し伸べ、ゆっくり起こされた。
「大丈夫ですか?」
その男性が声をかけてくるのと、アリサが顔を上げたのは同時だった。
「雅信くん!?」
「・・・・・・」
しかし、その男性はどう見ても雅信とは似ても似つかなかった。声も背丈も。
「あ・・・すいません。何故か知り合いの子に思えましたので」
すぐさま自分の人間違いを詫びる。男も急な事で驚いているようだった。
「・・・・・いえ・・・それよりそんなに慌ててどうしたんですか?」
「あ、人を捜しているんです。あの見かけませんでしたか。こういう外見なんですが・・・」
そう言って雅信の特徴を伝える。
「ああ、もしかすると彼の事かな?先程ローズレイクの方に足早に向かってましたよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「確か彼の名前は雅信というんですよね」
「はい」
「彼は美術品盗難事件の犯人という話がありましたが・・・」
「あの子はそんな事をする人じゃありません」
探るように声音を低くして聞いてくる男性にあっさりと答える。
「信じて・・・いるんですね。彼の事を」
「ええ。雅信くんはいい人ですから。それにあなたも」
「・・・・・どうしてそんな事がわかるのですか?私とあなたは今出会ったばかりだとい
 うのに」
アリサの唐突なその言葉に男性は息を呑んだ。
「あ、いきなり失礼な事かもしれませんが、あなたと雅信くんはどこか似ているように感
 じるんです。強く、弱く、危うく、そして根が何かに覆われている・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「すいません。変な事を話してしまって。では、私はこれで失礼します」
「・・・いえ、気にしていませんよ。彼が見つかるといいですね」
「はい」
そしてアリサは男性の横を通り先に進み、男性はそれを黙って見送った。
「ククククク、ちゃんとあいつの心を開いてくれよぉ」
男はアリサの姿が見えなくなった途端に口調や雰囲気をガラリと豹変させた。
「ヒャヒャヒャヒャヒャ、あいつの傷付いた心を癒そうと陰ながら手伝う俺様ってなんて
 『いい人』なんだろーなぁ。ヒャーーヒャヒャヒャ」
その声は三日前に図書館の地下から響いた笑い声と、先程群衆に良く響いた誰かの声と
同じ声だった。
その声は言葉の内容とは裏腹に残酷な含みを持たせていた。
「うまくいけばあいつに対して有効な手札ができるな。そして切り札が一つか」
その呟きは厚い黒雲に溶け込んでいき、不気味な沈黙だけが残る。
この季節にしてはやや冷たい風が街を駆け巡った。


―――その人は今、とても傷つき、苦しみ、迷い、悲しんでいます―――
あの時の言葉が鮮明にアリサの頭に浮かんだ。
もう、彼はそれを隠そうともしない程になっている。
私は自分にできる事をするだけだ。私にできる事は・・・・
そして、ローズレイクの辺で彼女は見覚えのある背中を見つけた。

「雅信くん。こんな所にいたの」
雅信はじっとローズレイクを向いていた。
「・・・・・・・・・・」
「ここは風が冷たいわね。体が冷えるわよ」
「・・・どうしてあなたはあの時、あんな事を言ったんですか?」
雅信はローズレイクからの風を体に受けながら静かに問い掛けてくる。
風に長い髪が少し流されている。
「あの時、俺が犯人だとする以外の選択は無かった。犯行を認め、証拠の品と人を傷つけ
 る為のナイフを持っていた。・・・どこをどう判断しても俺が犯人としか思えないはず
 です。・・・・・なのに何故?」
「あら、言ったはずよ。雅信くんは決してそんな事をする人じゃないわ」
「・・・どうして俺の事がそんなに信じられるんですか?どこにも俺を信じる理由や根拠
 がないにも関わらず」
「あら、根拠ならあるわよ。だって雅信くんですもの」
「・・・・今までの俺が虚構のものだったとしても?」
「どういうことかしら」
「簡単なことだ。今までのは単に演技だったってことさ」
「そんな自分に悲しい嘘をつかないで」
「どうしてそれが嘘だと?どうしてあなたはそんなに俺、いや、人を信じられるんですか?」
「私は人を見る目は確かなつもりよ。それに人を信じようとするのは当たり前じゃないかし
 ら」
そこで雅信は暗い闇を映す黒い両目をアリサに突き刺した。
「当たり前?はっ!人間程信じるのが無意味な生き物はいないさ」
「それはとても寂しい事と思わない?」
突然の強い風がローズレイクの水面を撫で、細波をたてた。
「寂しくなんてない!どうせ群れれば人間はいくらでも残虐になり、自分の世界と違うもの
 を容赦なく排除しようとするんだ。前までは笑顔で接していたのに俺が犯罪者という目で
 見るとなると手の平を返したように余所余所しくなる。所詮人間はそんなものなんだよ。
 信じるだけ裏切られるんだ」
しかし、それでは先程からのアリサの行動は矛盾する。彼女はあの場を敵に回しても雅信を
信じようとしたのだから。だからこそ雅信は否定しようとしているのかもしれない。雅信の
自分の世界を保つ為に。
「例え何回裏切られても必ずどこかにあなたを信じてくれる人がいるわ。私は雅信くんの
 事を信じているわ。ずっと同じ家で、同じ時間を共有してきたのよ」
「俺にそんなのを押し付けないでくれ!!あんたに俺の何が分かるっていうんだ!!自分は
 俺の事を全て分かっているとでも言うのか!?」
「確かに人が人を完全に分かり合えるなんて有りえないわ。だけど、だからこそ私は信じ
 ようとするの。それに今、雅信くんがとても一人ぼっちで寂しい思いをしているという
 ことだけはわかるわ」
「俺の気持ちが分かるだと?それこそ錯覚じゃないのか?」
軽く一笑する。
「いいえ、錯覚じゃないわ。あなたは今助けを求めている。だけどそれを奥底に押し込めて
 いる・・・・」
「俺が人に助けを?」
よほどその言葉が可笑しかったのか、嘲笑していた。
「雅信くん。人はね、誰かを必ず求めるものなのよ。それが肉親であれ友人であれ恋人で
 あれ・・・そして人と人とを繋ぐものが信じようとする心なのよ。ねえ、雅信くんは信
 じあえる事は素晴らしい事と思わない?」
「信じあえるなんてのは幻想なんだよ。本の中だけの綺麗事なのさ」
雅信自身、自分が分からなかった。口がまるで自分のものではないように勝手に言葉を吐い
ていくのだ。まるで自分がもう一人いるような・・・
「どうしてそんなに怖がってるの?」
「!!・・それ以上言うな!!」
急に態度を硬化させる。
「大丈夫、怖い事なんて何もないわ」
アリサは雅信の目から視線を逸らさずに優しくそっと歩みを進める。
「来るな!!」
半歩後ずさりしながら、歩み寄るアリサを牽制するように手を横薙ぎに振るう。
じわ・・・
「信じたくないのなら何故―――」
「黙れ!!!」
・・・ツーー
雅信が近づいてきたアリサの首を握り締めようと手を伸ばす。
「―――泣いているの?」
「だま・・・れ・・・・・」
・・ポトッ・・・・
それが限界だった。その言葉で雅信は首を掴んでいた力が抜け、クシャクシャになる一歩
手前の表情で目の前のアリサを力無く睨みながら涙を一滴、また一滴と零していた。
「・・・・・・・・・信じたいのでしょう?」
「・・・・・・俺は・・・俺はもう・・・嫌なんだ。信じて何かを失うのは・・・」

『皆・・・皆、全てが俺の手から離れていった・・・・』

ズキッ。

一瞬視界がブラックアウトした後に、どこか見知らぬ風景が広がった。
辺り一面の花吹雪。そして上を見上げた視界に映る夜空を大樹の花が埋め尽くさんばかりに
伸ばした枝に咲き乱れている。

頭が微かに痛い。            目の前に東国の服装の壮年の男がいた。  
俺はなんでこんな言葉がでるんだ?    俺はこの男を知っている。
なんだ?この光景は・・・        雲で所々覆われた夜空に星が瞬く中、あいつ
誰だ?この男は・・・          の口が動くが、俺には何も聞こえてこなかっ
いったいなにをいっているんだ?     た。だが俺は何を言っているのかは覚えている。

             あいつの言葉は―――


     ―――ただ、もう一度人間を見てくれ。きっと・・・―――


それは刹那の事だったのだろう。気が付くと再び目の前に変わらぬアリサがいた。
「失う事を恐れてたら何もできないわ」
「分かっている、分かっているんだが・・・どうしてもできないんだ」
「なら、もう一度だけ私を信じてくれないかしら」
「・・・・・・・・・」
「あなたは私の家族なんですから」
「あ・・・・・・・・」
ピクリと肩を震わせ、恐る恐るアリサの顔を見る。
「・・・家族・・・?」
「ええ。私はあなたを家族と思い、また、家族でありたいと思っているわ」
「・・・・・だが・・・・」
ひどく危うく、頼りげの無い雅信は泣き笑いのような表情をしていた。
「大丈夫・・・・大丈夫よ・・・・・・」
それは決して無責任な者の言葉ではなく、受け入れ、重荷を背負う者の言葉であった。
「だから・・・安心して頂戴」
アリサはまるで子供をあやすようにそう言い、そこで雅信の手をそっと包み込んだ。
彼女の手に触れた雅信は胸がつまり、もう何も言えずにずっと顔を俯かせて静かに泣いてい
た。

人は・・・こんなにも温かいものなのか・・・

「さぁ、帰りましょう。私たちの家に」
「・・・・・・はい」

そうだ・・・・俺はアリサさんから目を背けようとしていた自分が、アリサさんの信頼に
応えようとしない自分に一番苛立ち、嫌悪していたんだ。

黒い雲の絶え間から陽がわずかに射しこんできた。
もう空一面に雲はたちこめているのでなく、所々に穴があり徐々に天気は回復に向かってい
るようだ。ずっと遠くには雲が切れて青空が覗いているのが見える。
曇りの時もあれば晴れの時もある。例えずっと雲っていてもいつかは晴れるものなのだ。
ここも・・・・じきに晴れるだろう。
柔らかい光が二人の立ち去った後の湖畔をゆっくりと照らしていき、湖に、何も無い空から
鳥の羽根らしきものがそっと舞い降りてくる。
その羽根は光を浴び、湖に小さな波紋を残して消えていった。

―――ありがとう・・・・ございます―――

聞こえるはずのない声を残して。



     了


>あとがき
さて、実は元々第三話と第四話は一つの話だったんです。
でも長くなりそうだから二つに分けました。
まあ、それはともかく、
・・・やっと出せました!最後のアリサさんの『家族』という言葉。
実はここで出したいが故に第二話で出さなかったんです。
ちょっと展開がおかしい所があるやもしれませんが・・・・あははははは。
とりあえず、これでようやく雅信がまずアリサさんを信じるようになりましたね。
さあ、ようやく次回から本格的に仕事が始まり・・・ません。
次は仲間集めになるかと思います。あ、その前に仲直りをさせねば。
そして新生ジョートショップ誕生・・・それから仕事ですね。
にしてもメインヒロイン(?)が誰だか分かる人いますかな〜。もう決定済みですが。
では、ここまで未熟な物書きに付き合ってくれた方に感謝します。
では〜。
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