中央改札 交響曲 感想 説明

これからの詩 邂逅―Bサイド―
正行


果て無き道を歩む者
これからの詩:邂逅―Bサイド―



その日の深夜は一部の人間にとっては不思議な日となる。
街の中の幾人かが何かに誘われようにどこか一点を目指して集っていった。



ここは保安局の刑事調査部の四つに別れている内の第四捜査室、通称ブルーフェザーの
事務所である。
ブルーフェザーは主に魔法犯罪の捜査を扱っている。
今ででこそ第一捜査室が花形の部署だが、昔は魔法犯罪が活発であったためここが花形
であった。その名残でブルーフェザーの事務所は特別に離されて設置されていた。
ここはこの街を旧市街と新市街とに分かつように流れているバードソング・リバーとい
う川の中州に建てられている。
しかし、ここ数年は魔法犯罪は減少の傾向があったため、お荷物部署という扱いを受け
ていたが。
また、一時期職員が辞めたことでほったらかしにされていた事務所をある酔狂な貴族が
買い取り、その時改築されたので前より大きくなっている。
なお、余談だがその貴族には奇妙な点がある。
150年以上も前から同じ名前がずっと続いているのである。
何代か同じ名前が続いたのか、それとも・・・
新月の夜、ベッドの中でふとスミレ色の髪をした女性が目を覚ました。
もう深夜だというのに何故か懐かしい何かが聞こえたのだ。
だがそれは弱々しく、普通ならば絶対に聞こえない程の音だった。
窓の外に視線を向けるがそこには僅かに街の光にキラキラと反射している川と、その先
にあるシープクレストの夜景しかない。
「・・・あっちかな?」
彼女のその瞳はぼーっとしているように見えるが何か一点をハッキリと見据えていた。
行くべきか迷ったがなぜか引っかかるものを感じ、そして決断した。
主のいなくなった部屋を後にそっと皆を起こさないよう事務所を出た。



「ん・・・?」
ぼくは何かの異変を微かに感じて目をこすりながら起き上がった。
ここはブルーフェザー内のヒロ・ソールの個室である。
(気のせいかな?)
そう思い何気なく窓の外を見ると人影がこの事務所から出て行くのがぼんやりと見えた。
(あれは・・・フローネさんじゃないな。マリーネさん?)
その人影は長い髪をしており、明りに映し出された時に見えたその人影は遠目だったが
まずマリーネさんだろう。
彼女はそのままどこかへ行ってしまった。
ブルーフェザー内の長髪で何の音もなく外に出られるのは彼女くらいのものだろう。
(一体こんな時間にどこに?)
そんな当然の疑問を人影が消えた新市街の方向に問うが、夜の静寂とそれを切り裂く市
街の営みの声、そして周りを囲む川のせせらぎの音だけが帰ってくる。
しかし・・・
(なんだろう・・・この胸のざわめきは)
いつもと変わらぬ夜のはずだ。でも・・・
(・・なつか・・しい・・・のか?)
何故ぼくはそう感じるのだろう・・・
もしかしたら彼女も何かを感じ取ったのかもしれない。
(・・・・・・よし)
周りと同化しているような黒塗りの鞘を闇の中、見えているように自然に手をのばした。
いつもと少し違う夜。彼もまたそんな不思議な夜に迷い込んでいたのかもしれない。



深夜、街灯に照らされた街の入口付近の道を二人の男が並んで歩いていた。
すでに時刻は日付が変わり、二時となっていた。
「ったく、こんな時間まで働かせやがって」
その内の長身の男がぼやく。
と、その時車のライトがその男を照らし、若者の姿がハッキリと映し出された。
若者は黒髪黒目で、さらに黒い服を着ているといった黒づくめの姿だった。
どこか怖い印象を与えるが、その奥には優しさと激情を内包している。
「・・・なんで俺まで付き合わされんだよ」
もう一人の男、こちらは薄暗いなかでも映える紅い目と髪をもっている少年だった。
少年は髪や目の色と同じように激しく荒々しく燃え盛るような炎を連想させられるが、
それは限りなく澄んだ炎だ。その紅の瞳は純粋という言葉がよく似合う。
「事件に巻き込まれたのが運の尽きだと思え」
長身の男、アシュレー・シャインフォード(通称アーシェ)と少年、ソウイ・ソールは
今まで事件に巻き込まれ、結局こんな時間になるまで解放されなかったのだ。
二人して夜の街の南側を東西に走る湾岸大通りを歩いているとやがてどこからか歌が流
れてきた。
「ん?誰だこんな時間に歌ってるヤツは」
ソウイが立ち止まって耳をすましてそう呟いた。
「・・港公園かららしいな。・・・行ってみるか」
悩むより即行動のアーシェは隠している好奇心と何故かその歌から感じる懐古の入り混
じった瞳を音源へ向け、さっさと歩いていった。
「あ、おい!ったく・・・俺も行ってみるか」
ソウイも後に続いた。
「しっかし、特に素晴らしく上手いって程じゃねえな」
(ねえんだが・・・どこかで・・聞いたことがあるのか?
 この歌を遥か遠い日々に・・・)
自分で自分の考えがおかしかったのか自嘲したように頭を振って、光の届かない闇の中
へと足を踏み入れていった。



ブルーフェザーの近くのとある一戸建ての家。そこの一部屋に一人の甘栗色をした髪の
青年が床についていた。
「・・・・・zzz・・・・」
・・〜♪〜〜・・・・
(・・?この歌は・・)
俺はベッドで横になりながらも耳を傾けた。
普通の人間には聞き取れない程遠くからの歌声だったが、俺は聞き逃さなかった。
(この歌は確か・・・昔、あいつが歌ってた・・)
この家には俺の他にも家族が5人(?)同居しているが、誰も気付いていないようだ。
(一体誰が・・・?あいつはもう当然寿命で生きていないはずだが)
この曲を聴いていると、昔が偲ばれる。もう・・かれこれ100年以上も昔の事を。
(アインにもこの曲が届いているのか?)
昔からの付き合いの一人であるアインもこの曲を知っているはずだ。
(・・懐かしいものだな)
閉じた瞼の裏にかつてのエンフィールドの仲間たちの情景が走り去った。
昔は昔で楽しかったが、今も楽しいといえる時を新たな友人達と過ごしている。
ブルーフェザーの皆や、クーロンヌの姉妹、ミッシュベーゼンの親子。
他にも色々な知り合いが150年の間にできた。
そうしているうちに眠気も完全に吹き飛び、やがてベッドからその姿を消した。



晴れた夜は音がよく響く。それは昼と比べ夜では地上に近い程気温が低いのでそう聞こえ
るのだ。
当然深夜にも関わらず道路には車の姿が見える。その車の音が街を支配しているように思
える。
辺りは暗く、街灯の光も月明かりもなく真っ暗な道を迷うことなく真っ直ぐ歩いて行く。
先程から常人には聞き取れない程の歌を頼りに。
本来ならこの時間に出歩くべきではないだろう。それも絶世の佳人ならなおさらだ。しか
し、彼女にそんな自覚は欠片もない。これからもそうだろう。
わざわざ起こすまでもないと、養父にも黙って(一応手紙は残してきたが)来ている。
やがて辿り着いたのは港公園だった。しかし中に入って少しすると歌が止んだ。
それでも見当をつけ真っ直ぐ目的の場へ行く。
するとベンチに一人の人物がいた。その人物は小柄でまだ10代前半かそこらだろう。
手に簡単に持ち運びできる大きさの竪琴を持っており、少年の体には大きめの今時古く薄
汚れた深緑色のローブを上に羽織っていた。
公園の明りもここには届かないため、暗くて顔はよく見えない。
気配も普通の人となんら変わりは無い。いや、敢えていうなら普通過ぎる・・・?
「一人か?こんな時間にどうしたんだ?」
その人物はこちらを見ずに変声期前の声で話し掛けてきた。
「懐かしい感じがしたから・・・」
人によっては答えにならない事を返す。
その返事に何を思ったのか、その人物は夜空を見上げ、独白のように話してきた。
「今日はいつもと違う夜になる。何故だか心が躍るんだ。
 何か面白い、素敵な事が起こりそうな、そんな予感がする・・・」
その人物の目は夜空に散りばめられた宝石の欠片より遠くを捕らえていた。
ずっと、遠くを・・・
「・・・一曲聴いていくか?」
ただそう言って彼女の返事も待たずに少年のその腕には収まりきれない少し大きめの
竪琴を構え、一つ息を吸い込み、整えた。
表情はわからないが、少年の声にある古い・・・とても古い何かが彼女を揺さぶった。
(・・・どこかで会ったことがある?誰だろう・・・)
なかなか思い出せない。
そしてその少年の声の響きには静謐さと少しだけ共感できる悠々たる感慨があった。
やがて少年が先程と同じ歌で辺りを満たしていく。
竪琴の弦を爪弾くその指は淀みなく滑っていく。
指の軌跡の後には空気を叩き、震わせる弦の振動が残っている。
少年は決して歌も竪琴も特に上手いわけではない。だが何か強い想いを感じる。
それが彼女の心を捕らえるのだ。
新月の深夜、奇妙な少年が一人のスミレ色の髪と目の美女の聴衆に向けての小さな独演
会が始まった。

・・・否。それは―――


〜〜♪〜♪〜〜〜♪

青年は迷い人
放浪の果てに一つの街に辿り着く
そこはうららかな街
やがて渡り鳥は羽を休める

さあ、今日も青年の一日がはじまる
朝日と共に鳥が甘くさえずり、花が目覚める
家のカマドに火がくべられ、家族があいさつをする
街に生命が吹き込まれる
ある人は畑へ
ある人は海へ
ある人は山へ
青年は今日も働く
それぞれの一日がはじまる
市場が賑わい、公園には明るい声がこだまする
通りで子供が駆け回り、人は今を紡ぐ
いつもと同じ、でも少し違う今日。
日常と非日常の狭間でまどろむ
やがて陽は月に追われ、燃え尽きていく
山はもう一つの顔を見せ、森は闇の腕に抱かれる
みんなはねぐらを求め、温もりに触れる
月は空にあまたの記憶の欠片を残し
海はさざなみの歌を奏で
世界は今日という日を想い、沈黙する
今、一日が終わる
そして明日へ・・・

青年は迷い人
放浪の果てに一つの街に辿り着く
そこはうららかな街
子守り歌が聞こえる
やがて渡り鳥は旅立つ日が来るだろう
だけど、その日までこの木の枝にとまっていよう
そう思いながら眠りにつく

青年は迷い人
放浪の果てに一つの街に辿り着く
そこはうららかな街
青年はこの街で出会う
記憶に埋もれた遥かな時
静かで賑やかな時
今、仲間と過ごしているこの時

いつからか青年は迷い人でなくなった
そうここはみんなの故郷の街
悠久のぬくもりに包まれた
青年の求めた故郷の街


青年の求めた信じあえる人がいる


そんな街

〜〜♪・・・


パチパチパチ・・・
「・・・悠久幻想曲だね」
「お養父さん?」
何時の間にか隣に来ていた彼女の養父、アイン・クリシードが拍手を終えて呟いた。
・・・やがて詩の余韻も終り、その人物――少年――が初めてこちらを向いた。
「はじめまして・・・かな?」
にっこりと、それでいてどこか楽しげに聞いてくる。
「そうだね。はじめまして。そして・・・久しぶりだね。
 ―――雅信」
そんな少年、雅信にアインは微笑み返す。
遥か歳月を隔て、永い旅をしてきた星々の光が降り注ぐなか、天地開闢の時から変わらぬ
夜空の下、広大無辺の大地の一欠けらの地で三人は巡り会った。
100余年の時を経て姿は変われど、シープクレストという街で雅信は古い友人達と再会
した。



遠く港から船の汽笛のような音が伝わってくる。今、船が入港したのだろうか。
「二人共あれから変わりないみたいだな」
遥かな年月を重ねても変わらぬ友人達に雅信はそう挨拶する。
あれから、というのは雅信がエンフィールドで別れてからの事だ。
やはりというか、二人は全く外見が一定に達した時点から全く変わっていない。
これでは親子より同世代に見える。
「雅信さん?・・・・そう。それで」
スミレ色の髪の美女ことマリーネ・クリシードは養父の言葉にようやく胸にストンと落
ちるものがあった。
「どうしてそんな姿なの?」
ベンチから立ち上がっている雅信をしげしげと、しかし気の抜けたような目で見ながら
聞いてきた。
マリーネがそう尋ねるのももっともだ。何しろ150年前は雅信の方が年上だったから
だ。今の雅信とは明らかに立場がひっくり返っている。外見だって13,4歳くらいで
身長だって雅信の方が低い。それに対してマリーネは20前後の外見である。
何故雅信が生きているのか、はどうでもいいらしい。この点はさすがと言うべきだろう。
「言うなら『雅信』の存在の情報全てをなんらかの『核』に書き写したんだろうね。
 おそらく『核』である雅信の『本体』は今ここにいる体とは別にあるはずだよ。
 そして雅信の体の生命活動が停止したら、その核から新たな体にその情報が植え付け
 られる。そんなところじゃないかな。その体が人形みたいに複数あってその一つに書
 き込まれるのか、又は一つ一つ再生する度に生み出されるのかは分からないけど。
 多分後者じゃないかな?わざわざ少年の体をとってるってことは。
 自由自在に姿形を変えれるっていうのもあるけど、雅信にこれはできないだろうね」
アインが的確な推論を立てる。
「まあ、そういうことだ。俺の核は異空間に封じてある」
あっさりと雅信が肯定する。隠す気はさらさらないようだ。
「そうなの」
マリーネも納得したようだ。
「しかし、よく俺の体のことが分かったな」
「この結論は今会ってできたんだけどね。雅信の体は結構ややこしいみたいだから」
「確かにな」
思い当たることは山ほどある。というか育った環境が環境だからなぁ。
はっきりいって自分の体だが、まだ完全に把握していない部分もある。
「そういえば雅信、アメは?」
「ん、ああ。アメは休眠中だ。明日明後日には目覚めるだろう」
そう言いながら雅信は一匹の蛇が自らの尾を加えているような形の腕輪をはめている
方の腕をアイン達に見えるようにかざした。
「でも、雅信さんはどこか変わった気がする」
ぽつりとマリーネがそんなことを言い出した。
「前と比べてすっきりしているみたい。それにすごく自然になってる」
「前の雅信はどこかマリーネに似て、自分で自分を嫌っている節があったらかね」
マリーネが雅信だと気付かなかった大きな理由としてこの変化があるだろう。
「・・・迷い事の一つが最近解決したからな」
ついこの間の内面世界での出来事を思い出す。
あの一件でようやく自分の思いを整理する事ができたのだ。
そして昔が温もりに包まれていればいるほど、それと別れた時には孤独が強くなる。
しかし孤独が嫌ならばまた作っていけばいい。その事を改めて思えた。
それにしても、あんな昔の雰囲気まで憶えているとはすごい記憶力である。
「もう、答えを出したみたいだね」
何でも知っているような口ぶりのアインに雅信は苦笑した。
実際は知っているはずもなく、アインはその顔つきを見てそう言ったのだ。
「ところで二人とも、今なにやってるんだ?」
一応大貴族の二人に聞いてみる。
「僕は今はこの街の保安局の第四捜査室、通称ブルーフェザーっていう魔法犯罪を
 取り締まる所の事務所で住み込みで働いてる」
「私は同じ事務所の・・・お手伝いさん」
「ふーん」
そこで少し公園内の空気が動き、変化した。
「誰か来るな。それも複数だ。・・・別々の方向か」
雅信はほんの微細な空気の変化を感じ取ったのだ。
「あれ?お義父さん、この気配は・・・」
「うん、どうやらみんな来たみたいだね」
どうやら二人の知り合いのようだ。
「・・・こんな深夜にお前達の知り合いは活動してるのか?」
「ううん、たぶん私と同じ理由だと思う・・・」
「だろうね。その歌と竪琴には随分と思い出が詰まっているみたいだし。みんな雅信の歌
 に惹かれて来たんだろうね。
 しかも見事に昔のエンフィールドに縁がある者ばっかりだ」
「聞いていると俺の詩は呼子か?」
「せめてランタンとでも言ったら?」
「待たんかいアイン!それはもっと聞こえが悪いぞ!」
言い終った後、雅信はなんとなしに溜息を吐いた。こういう所は昔と変わってない。
「にしても深夜徘徊か。ここでも少し変わった連中がいるみたいだな」
「まあ、いいんじゃない?安眠妨害にならなければ」
「・・・っと、エンフィールド関係者?」
少し聞き捨てならない言葉があったのに気付く。
「うん。ま、もうすぐ分かるよ」
そう言ってアインは何も答えなかった。確かにもう随分と近づいてきている。
ここを目指しているのはもうはっきりと分かった。
「あ、マリーネさん。・・アインさんも」
まずベンチから少し離れた所にある角を曲がってやって来たのは丸メガネをかけた穏や
かそうな17,8歳くらいの青年がマリーネが来た方向からやって来た。
その青年は灯りの下でこちらを見つけ、一度立ち止まり二人の側の子供に目をやった。
灯りを浴びた青年は石榴のような真っ赤な髪を目をして、一振りの黒鞘の刀を腰に下げ
ていた。
その青年から発せられる雰囲気は、静かな炎だ。周りに暖と安らぎの恵みを与えるそん
な優しい炎。
しかし・・・深夜に刀をぶら下げ街をうろつく一人の青年。
例え保安局員でもヤバイのでは?
「二人ともこんな時間にどうしたんですか?それにその子供は?」
「ヒロ・・・!?」
矢継ぎ早に質問してくるその青年に雅信は思わずそう漏らした。
古い記憶にあるヒロと同じ面影の青年を目の当たりにして、不意に周りが心の奥底に埋
もれていたエンフィールドの景色とダブって見えたが、それは現実には僅かの事だった
のだろう。気が付けばその景色は朝露のように消えた。
「え?どうして僕の名前を?」
こちらもいきなり自分の名前が見知らぬ子供から出たので虚をつかれたようだ。
そして脇の二人に説明を求めるように視線をやった。
「紹介するよ、雅信。彼は『ヒロ・ソール』。で、ヒロ。この子は雅信」
アインがそう紹介した。
「・・・そうか」
その言葉を吟味しているのか、そっと目を閉じたその顔には少年の年相応でない淡く、
柔らかく、そして年相応の純粋なものがあった。
昔の友人の子孫に会う雅信の心境はいかほどのものだろうか。
「こんな時間にどうして子供が?」
とりあえず名前のことは横に置いてそう尋ねた。
「そのセリフ、そのまま返そう。キミはこんな時間にどうしたんだい?」
と、ヒロの言葉にそっと目を開けた雅信がそう返した。
「・・・面白い子だね。さっき歌ってたのはキミかい?」
少し顔を綻ばせて確認するようにしゃがみこんで目線を合わせて雅信の紫と黒の目を
見据えながら聞いてきた。
「ああ」
「・・・学芸会の練習かい?ダメだよ、こんな時間に。ご家族が心配してるよ」
ヒロも腕はたつのだが、雅信の仕草はまったく『普通』だったのであくまでも子供とし
て扱っている。
「そっちの質問に答えたからこっちも答えて欲しいんだけど?」
「あ、そうだね。ぼくはちょっとマリーネさん――あ、この女の人だよ――が一人で
 事務所を出て行ったから気になって後を追ってきたんだ」
「なるほど・・・ストーカー?」
「あはは・・・ほんと面白い子だね」
ヒロは少し引きつった笑いを顔に貼り付け、助けを求めるようにアイン達を見た。
「まあ、子供なんだし。笑って許してやったら?」
「お義父さん・・・子供だからって何でも許したら後々よくないんじゃない?」
「そこの二人、相変わらずズレてるな」
『そう?』
そんな会話におずおずといった風にヒロが割り込んできた。
「あの〜、もしかして知り合いなんですか?」
「キミもこの二人にはさぞかし振り回されてるんだろうなぁ」
と、その問いには答えずになにやら同情のこもった篤い視線がヒロに向けられた。
「なんでぼくは同情されてるんだろう・・・」
ヒロにとってその視線は痛かった。
「とりあえず知り合いでしたら親御さんに連絡を「どうした?」ます」
新たな闖入者の声がして、そちらを振り向くと、
「レニス!」
「レニスさん!?」
「やっぱり来たね」
「うん」
上から雅信、ヒロ、アイン、マリーネである。
「みんななんでここに?ん、その子は・・・」
「久しぶりだなぁ、『炎熱の帝王』!」
ズルッ、タッ、クルリ、スタッ。
いきなり初対面の子供に開口一番に忘れかけていた嫌な二つ名を爽やかに呼ばれ思わず
足を滑らしたが、そこはレニス、後ろ向けに倒れようとしたが咄嗟にもう片方の足で地
面を蹴り、胸を反らし、地面に両手をつき倒立の姿勢をとった。
そしてその勢いのままに手を屈伸させてその反動を利用し、鮮やかな宙返りが決まった。
『おおーーー!!』
パチパチパチパチパチ
その場にいる皆がおもわず盛大な拍手をした。
「拍手はどうでもいい!それよりお前は一体何者だっ!・・・まさか雅信の遠縁か?」
その容貌が在りし日の雅信に酷似していて、さらにあの歌を知っていることから初めそ
う推測した。
ちなみに、昔のエンフィールドでの雅信は(今もだが)独身であった。
「いや・・・違う。まさかお前は雅信本人か?」
「正解」
やはり楽しそうにそう雅信が答えた。
「なるほどな。そういう仕組みになってるのか」
レニスが何やら納得顔で頷いていた。
「レニスさんも知り合いなんですか!?」
そのやり取りにさらにヒロが口をぽかんと開けた。
「ああそうだ。・・っとヒロ、お前も来てたのか」
「まさかレニスまでいるとはな・・・」
雅信も少し驚いている。
「ん・・・?ずいぶんと紫眼の制御が上達したようだな」
「ああ。だがここまでにかなり時間がかかったがな」
「あの〜、一体どういった関係なのでしょうか?」
さっきから一人蚊帳の外のヒロ。どうもこの子供と三人の関係を掴みかねているらしい。
「あ、雅信さんは・・・」
親切なマリーネが横でヒロに説明し始めた。
「ところでレニス、お前はここでどんな仕事をしてるんだ?」
「サラリーマンだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・サラリーマン?
「自称だけどね」
「そこ、アイン。余計な突っ込みを入れるな」
こっちは和気藹々と夜の公園で話し込んでいる。
と、そこへ・・・
「確かこっちからだったと思うが・・・」
そんな男の声がして、やがて二十歳過ぎくらいの男性がマリーネ達が来た逆の方角から
姿を現した。
「ん・・・?なんだお前ら、こんな夜遅くに集まって」
「!!」
その言葉で雅信は出てきたアーシェに目を向けると、大きく目を見開いた。
そこに自分の良く知っている二人の姿があったからだ。
「翔雷、志狼!?」
雅信は知らず知らずの内に叫んでしまったが、改めて目をこらすともう二人の姿は無く
そこには怪訝そうな表情をありありと浮かべたアーシェが立っていた。
「俺はアシュレー・シャインフォードってぇんだが」
「あ、すまない。ついキミの顔を見たら・・・何故か知り合いが思い浮かんでね」
そう言って頭を下げる。
しかしアインはそんな雅信を見て何やら目を細めて笑みを浮かべていた。
「どうしたんだ?」
そしてアシュレーの後ろからソウイが顔を出した。
「兄貴!?それにアインにマリーネ、レニスも!」
「どうやらこれでみんな揃ったみたいだね」
アインが皆を見渡して言った。
「これは一体どういうことだ?」
アーシェが身近にいたアインに説明を求めた。
「なに、簡単なことだよ。皆が皆雅信――あ、この子だよ――の歌に引き寄せられたん
 だろう」
「?さっきの歌はこいつが・・・?」
「はじめまして、雅信という者です」
改めてアーシェとソウイに挨拶をする。
「おう、俺はアシュレー・シャインフォード・・ってさっき言ったか」
「ほらソウイ、自己紹介しなよ」
「あ、おう。俺はソウイ・ソール」
アインに促されて未だ混乱中のソウイがついそんな挨拶をした。
雅:「ソール・・・となるとヒロとは兄弟?」
ソ:「おい、兄貴!これは一体どういうことだよ」
ア:「はいはい落ち着いて、ソウイ」
マ:「ええ。ヒロさんが兄でソウイさんが弟なの」
A:「坊主、お前がさっき歌ってたあの歌・・・名前は?」
レ:「お、マリーネ説明ご苦労」
雅:「・・悠久幻想曲だよ。同名の本もあるけどね」
A:「そうか・・・いい曲だったぜ」
雅:「ありがとう。気に入ってくれれば嬉しいよ」
ヒ:「あのー雅信・・・さん。参考までにあなたの年って一体いくつなんでしょうか」
雅:「生まれた年から逆算するなら400入る前ってとこかな」
ピキピキピキ、とそんな音が聞こえそうな程にヒロが凍ってしまった。
雅:「なあレニス、お前でもこれは溶かせないのか?」
ソ:「兄貴、何こんなガキの冗談真に受けてんだよ」
レ:「ほっとけば自然氷解するだろう」
雅:「そだな」
そんなやり取りの後、雅信は眠りについている街の中、騒々しく賑わっている皆を微笑
ましげに眺めた。
「・・・賑やかだな」
まだ視線の先には皆してワイワイとやっている。
突然夜気を含んだ少し冷たい風が雅信の体を撫でる。この風は海の香りも運んできた。
風は創世の時から変わらない。
海の方を向くと船が浮かんでいた。その後ろにはずっと海が、そして大地が続いている。
大地がある限りずっとどこまでも歩いていった。

そして時が過ぎ、時代が移り・・・

姿形は変われども・・・お前達は、ここにいるんだな・・・


―――それはここにいる皆への弾き語り

―――それは始まりを告げる詩


雅信はベンチではなく側の芝生に腰をおろして、

〜〜ポロン♪

その途端にざわめきの波は引き、この時刻に相応しい静けさがもたらされた。
雅信は今日で三度、竪琴を手にとりゆったりとかき鳴らしていった。
その演奏に何を思ったのか、レニスは黙ってどこからかフルートを取り出し、そっと口
に当てた。またアインもオカリナを取り出し、新たな旋律が加わった。そしてマリーネ
が曲に合わせて歌いだし、アーシェも近くで見繕った草を手折って演奏の輪に入った。
雅信の竪琴にレニスのフルートが、アインのオカリナが、マリーネの澄んだ高い歌声が、
アーシェの草笛が加り、やがて盛大で静かな協奏会となった。
ヒロとソウイの二人は身じろぎもせずにじっと魅入られたように聞き惚れていた。
・・・どこからか光が生まれる。
木々の間を縫い、又は空や大地から吸い寄せられるようにその光球は一つ、また一つと
増えてゆき皆の周りを囲み始める。
その光は絶え間なく動き、演奏に喜び、舞い、絡み合い、その通り過ぎた跡には光の雫
が歓喜のようにこぼれていった。
公園の一角は真昼のような明るさになり、その光に照らされた光景はまさに空中楼閣の
如し。
それは儚く、
手を伸ばせば霞んで消えそうで、
こんな近くなのにずっと遠くにあるような、
見て、聴いていると何故だか体が震えて止まらない、
すぐにでも目が覚めて「ああ、夢か・・」と言っても納得できる、
一炊の夢のような・・・そんな出来事。
一枚の絵・・どこまでも暖かく、優しく、安らぎに満ち、祝福された絵がそこにあった。

ある日の深夜、シープクレストの街中に望郷と安らぎをもたらす緩やかな音楽が流れた。
街の人々は心地よい眠りの中、確かにその歌が聴こえたことだろう。



     了



>あとがき
これは『・・・を道連れに』の後の話です。
微妙に行進曲と幻想譚が重なってます。

アシュレー・シャインフォードは天羽志狼とシーラ・シェフィールドの子孫です。

レニス・エルフェイムはそのまんまです。
彼はブルーフェザーとも面識があり、よく遊びにいってたりします。
彼の家にはフィリア・エルフェイムと赤琥、フレア、イリス、レミアがいます。

ヒロ・ソールとソウイ・ソールは兄弟で、ヒロが兄です。
そしてこの二人はヒロ・トルースとパティ・ソールの子孫でもあります。

アイン・クリシードとマリーネ・クリシードは今更説明しなくてもいいでしょう。
ちなみに、マリーネは二世代目では誰とも恋愛関係にはなっていないという設定です。

それにしても、この後書きを書いている段階で21KB。
なんで私はこんなダラダラと話が長くなるのでしょうか?
・・・ふう、まだまだ未熟だな・・・
なんか最近低いレベルが更に落ちてる気が・・・
とにもかくもこれから雅信のシープクレストでの暮らしが始まります。
と、いってもとりあえず書くのは行進曲の後ですが。
そしてBサイドということは・・・もちろん♪
何故シープクレスト編を書くのか・・・それは雅信に子供がいないため二世代編が書け
ないからです。(笑)
まああまり長くなっても仕方ないので、今回はこの辺りで。
では、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
中央改札 交響曲 感想 説明