中央改札 交響曲 感想 説明

正行


果て無き道を歩む者
悠久行進曲:第十一話





―――それは新月に近い日の事だった―――





長い翠髪の男性が本を読んでいる。雅信だ。
なんというか、時々目を丸くしてその後姿・・・というより背中に垂らしている長髪に
を眺めている人がいる。
雅信はそんな後ろに気付かないままずっと一冊の古めかしい変色した本を読みふけって
いた。

<『星の精霊』に関するレポート>
                             著者:雅人(ヤーレン)

・精霊の中では特異な存在。輝月の日にだけ接触が可能。
 普通、精霊は下位、上位、王とランク付けられるが、これは唯一単体の存在。
 いや、これは精霊とは呼ばないかもしれない。
 この精霊は二つの性質を有する。
 1、この世界の全ての存在の上に位置付けられ、三次元を支配する存在の一つ。
 2、世界=星の精霊。よって世界中のモノと同一、同等の価値を有する。
 一見矛盾しているようだが、私はあくまでこの説を推す。
・この精霊自体は何ら意思を持たず、ただ存在するだけで己が力を自分から振るうことは
 まずないだろうと思われる。
・この精霊の力で自然界そのものを動かしたりこの世界からの強制排除、世界の全生物の
 意思に干渉、物理法則の操作、星への還元という意味での存在消滅・分解等ができるも
 のと推論する。
 しかしもしかするとまだ我々人知の及ばない力もあるやもしれない。
・この精霊の力は人間の手にはあまり、誰一人とてこの精霊を召喚・使役する事はでき
 ない事が断言できる。
 性質1より、召喚する事は3次元の存在では絶対不可能。
 また人間という3次元の肉の器には到底その力は収まりきれず、この精霊の力をその
 身に宿そうとしても、体が霧散してしまう。
 逆に三次元より上の、高位の『意思体』ならば可能性はある。
・仮にこの精霊の力を行使する人間がいるとしても扱う者が3次元であるが故にその力
 を完全に執行するのは絶対不可能。
 また、性質2より精霊の力は執行者の力量に左右され、対象者が存在するならばその
 抵抗次第で変わる。

「・・・・・なんだこれは」
パタンと本を閉じる。
(まあいい。それよりそろそろ出るかな)
本をもとあった場所に戻そうとした時、
(! またか)
急に視界が滲んでいった。
机に手をつきながら頭を振る。ほどなくして正常になった。
(どうも最近調子悪いな)
ここ数日ほどこんな調子だ。1日に多い時で6,7回程意識が朦朧とする。
ひどい時には白昼夢を見たり、幻聴までする。
こんな状態では仕事も思うようにはかどらないので、少ない仕事から店でできるのを選
んでいる。無理に仕事をして失敗したら元も子もない。それにこれは主に体が資本なの
だから。
「ふう」
と、何やらカウンターで本を借りているシーラを発見。





シーラと一緒に雑談をしながら外に出て、一つ話をふってみる。
「それにしてもシーラはこの庭をどう思う?」
「え?」
シーラが図書館の庭園に目を向ける。そこには実に色とりどりの花が咲き乱れていた。
「とても綺麗なんじゃないかな」
「ああ。確かに綺麗だな」
そう。確かに綺麗だ。俺でもそれくらいは理解できる。
「だが、ここは一年中ずっとこの状態のままだって知っているだろう?」
「ええ・・・」
ここ、旧王立図書館の庭園は何故か春も冬も変わらずにずっと、それこそ何十年も昔から
花は枯れずに咲きつづけているとの事だ。
「こういうずっと色あせないままでいる事って素敵ね」
永久に衰える事のない美・・・・か。
永遠にその美しさを保ちつづける事が素晴らしいとシーラが思うのは自然なのかもしれな
い。しかし、
「そうだ。シーラ、ちょっと変な事を聞いてもいいかな」
「なに?」
「シーラ、仮に君が2人いるとしよう」
「え?ええ・・・」
「一人は結婚して子供を産み、普通に幸せな家庭を持つ。そして更に後には孫もできる。
 このシーラをAとしよう」
「ちょ、ちょっと雅信くん!」
シーラがちょっと赤くなりながら慌てている。思春期のシーラにはマズかったかな?
けど、俺は構わずに続ける。
「もう一人はAの未来を知った上、これを永久に捨てる事で年をとらずに永遠の若さを
 与えるチャンスを魔法使いが一度だけくれたので、このシーラはそれを受けました。
 このシーラをBとしよう」
「・・・・・・・」
今度はやはり困惑してるみたいだ。
「さて、今のシーラはどっちを選ぶ?」
「え・・・え〜と」
考え中。
「まあ、シーラにはまだ早かったかな?若いうちは・・・・・な」
適当にお茶を濁しておく。
若いうちは老い等といった事には無関心なものなのだ。なにせ自分が老いた姿が想像でき
ないものだから仕方ないのだが。
「なにそれ。雅信くんだって私とあまり変わらないでしょう」
「・・・だよなぁ」
自分でこんな事を考えてしまう自分にちょっとブルーになる。
しかし、自分が老いた姿を何故にこうもクリアーに想像できるのだろうか・・・・?
「変なの」
「ははは・・・」
前と比べて最近時々シーラがキツく感じてしまう。
こういう所でふと、時間というものを意識する。
「止まった時間に、次に進めなくなったモノに価値はあるのかな?」
そう問い掛けてみようかと思ったが止めておいた。
また今度、前の質問にシーラがどう答えるか聞いてみよう。





「・・・・ん?」
「どうしたの?」
「ああ、あそこ」
俺が指差した先には一枚の張り紙。
所謂賞金首の絵だ。
壁にあるのは数枚。それぞれに人物像と賞金額、特徴や注意などの説明文がある。
が、一枚だけ似顔絵の欄が一面真っ黒であるものがあった。
まあ近所の子供が張り紙にイタズラするという話はよく聞く。
(こういう賞金首のような張り紙に手を出すと罰せられるが)
だがそれはイタズラではない。
「また、賞金が上がってるな」
下に載せられている賞金額は―――――

「3億Gを突破したか」(注:1G=100円としています。つまり約300億円)

現在の世界最高額の賞金首。
どこへ行こうとも賞金首のポスターがある所には必ずこれがある。
しかしその知名度とは逆にその顔すら知れ渡っていないという。
年齢、容姿、性別、経歴等、全てが不明。
分かっている事といえば、彼だか彼女だかは間違いなく世界で五本の指に入る実力者と
いう事。
『メテオクラッシャー』という異名もある程だ。
文字通り、巨大な隕石群を剣一つ、身体一つで粉々に砕いたという話が元となっている。
真偽のほどは定かではないが・・・・・・・・
そんな人物の名前の欄にはただ二文字、

「・・・・・・・・・・・・『白夜』、か」

張り紙から視線を外した先でシーラが入ってくる。
「そういえばシーラが図書館で本を借りるなんて珍しくないか?」
シーラは賑やかな場所が苦手だが、かといって図書館に来る姿というのは珍しいと思う。
第一さっきの本を借りる時もイヴに色々説明されていたようだし。
「うん。実はちょっと読みたい本があって」
少し照れたように赤くなりながら、本を胸の前に上げる。
「へえ・・・・ちょっと見てもいいかい?」
キラリ
「うん。はい、どうぞ」
何か俺の言葉に我が意を得たりとばかりに目を光らせたように見えたような・・・・?
気のせいだよな。
で、本の題名は?
ん?
・・・・え?
・・・・・・・は!?
何度も何度も目をこする。だが、俺が受け取った数冊の本の表紙は、

『さあ、君も漫才を始めよう』

『マリアお嬢様にも分かるお笑いの本』

『お笑い1,2,3』

『1日で分かるお笑い』


・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・マテ

「へぇ、シーラってこういう本も読むのか」
「ええ。最近ピアノの合間に時々読むの。ボケとツッコミとは何か、とか」
「図解入りか。分かりやすく載ってあるな」
「これはね、ちゃんとどこでどう突っ込むべきなのか説明してるの」
「シーラってピアノが一番ってイメージがあったけど本も読むんだな。知らなかったよ」
「今でも私はピアノが一番好きよ。けど、最近はお笑いもちょっといいかなって思うよう
 になったの。本場とかそんな専門まではいかなくてもいいとは思うけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「じゃ、俺は急用が『できた』からここで」
「待って」
ぐわし。
後ろから俺の襟が引っつかまれる。すっごく振り向きたくねえ。
何か得体の知れないオーラが後ろからぶわっと放たれてるようで怖い。
クルリ。
「あ」
ネコのように片手でちょいっと持ち上げられたと思いきや、風景が流れた次にはシーラ
の笑顔が目の前にあった。
「ふふ。やっぱり私の目に狂いはなかったわね」
俺の気持ちを知ってか知らずかやけに嬉しそうなシーラ。
ぽとん、とようやく手を離してくれた。
「えっと、何の事だ?」
「もう。謙遜することないのよ」
いや、本気で分からないんだが。というか絶対シーラの目は狂ってる。
「ねえ雅信くん。お笑いっていうのはね、ボケとつっこみがいて輝くものなのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「一人ボケつっこみという手段もあるけど、敢えて私はそれを邪道と言わせてもらうわ。
 そう。つまり私一人では『お笑い』はできないのよ」
できない方がシーラに、引いては俺のためになる気がするんだが。
「だから私には相方がどうしても必要なの。そこで・・・・雅信くん!!」
がしっ!と手を握ってくる。普段のシーラからは想像できない積極性だ。
強くなったな、シーラ。
「あなたに私の相方になって欲しいの!!」
だが・・・・・・・だが、できればこういう方向で発揮して欲しくなかった。
キャラが変わってるぞ。
「ま、待ってくれシーラ。何故俺なんだ?り、理由。そう理由はなんだ?」
「さっき、私は雅信くんに本を見せたわよね」
「ああ・・・・・」
「あの時点で雅信くんにはいくつかの選択肢があったわ・・・・・
 1つ目はピアノ一筋だったシーラが漫才の本、についてつっこむという選択肢。
 2つ目は何故図書館に漫才の本があるのか、に関する選択肢。
 3つ目は本の中にすっごく対象者が限定されている事に関する選択肢」
『マリアお嬢様にも分かるお笑いの本』の事か、と何となしに思い浮かぶ。
にしても選択肢はつっこみしかないのか?
「そして雅信くんはそういった中から、無理矢理日常を続けるという選択肢を選んだの
 よ。その後、私も敢えてそれに乗った上でしつこくさりげに雅信くんが無視しようと
 した『お笑い』というキーワードを入れて会話を続けた・・・・」
う・・・・・
「3つという短すぎでもなく、くどすぎでもない会話の後の『間』のとり方・・・・
 この時に私は直感したの」
ああ・・・・・あれがいわゆるシナリオ分岐だったんだな。
「私にはこの人しかいない・・・・って」
シーラ・・・自分に酔ってないか?
『おおーーーっ』
いつの間にか遠巻きに人がこちらを窺っていた。
知らない人が聞けば一発で誤解の種が発芽して空の巨人の城と繋がってしまうだろう。
「・・・・・俺がその本の事を尋ねなかったらどうするつもりだったんだ?」
クス、と小さく、だがどこか艶やかに笑った。
「あの状況にすれば雅信くんが私の本について聞いてくるのは簡単に予想できたわ」
ゾゾゾ!!
行動を読まれてる!?
少し俯いて顔がハッキリ見えない分滅茶苦茶怖いぞ!
「それに、さっきから地の文で私にツッコんでいるでしょう?私にはそんなあなたが欲
 しいのよ」
なんだよ、地の文って!?
「いいのよ。どうせこういうギャグ話は何でもアリなんだから」
それは禁句だぞ。
「雅信くん。私は何も世界を目指そうっていうわけじゃないの」
何の世界だよ、オイ!
「私も他に一番好きなピアノがあることだし」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「だからね、私がちょっとした時にお笑いをするから雅信くんはそれに合わせて欲しい
 の」
・・・・・・・・逃げよう。
その結論に達するまでさほど時間はかからなかった。
幸いシーラは自分の世界に入ってる。この隙に・・・
差し足、抜き足、忍び足―――――
ふと、シーラを見るともはやこちらを見向きもせず未だ熱弁を振るっていた。
何となしにこの状態のシーラを置いて立ち去る事に罪悪感がもたげる。
今、自分の保身のみを考えて逃げる事は彼女の友人として果たして正しいのだろうか?
ちょっと考えてみる。
考え中。
出た結論。
・・・いいよな。ここで逃げたって。誰も俺を責めるヤツなんていないよな?な?
すいません、すいませんと何度も何度も何かに謝りつつも俺はスタコラと逃げ去った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ピートくんもメロディちゃんもボケ寄りだしアレフくんはアテにならないし・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「こんな私につっこむのに一番ふさわしいのは雅信くん!あなたなのよ!!」
ガシィ、と雅信(と本人は思ってる)の肩を捕まえる。
―――――が、
「・・・・・・・・・・・・・・・」
先程からそこにいたのは信楽焼のぽんぽこ狸さんだった。
「ママー。あの人さっきから置物に喋ってるよー」
「しっ! いい、ああいう人に近づいちゃダメよ。分かったわね」
と、ある母子がスタスタと。
「ふふふ。さすがね雅信くん。私が見込んだだけの事はあるわ。まさかこんな古典的な
 方法で出し抜くなんて・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
やっぱり狸さんは何も話さない。
「やっぱり雅信くん、私はあなたが欲しいわ」
シーラは一人燃えていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
それでもやっぱり(以下略)





―――――それからというもの。


「雅信くん!お願い、私を受け入れて!!」
「私には雅信くんしかいないの!!」
「私は雅信くんから絶対離れないわ!!」
「雅信くん、私をこんなにした責任をとって!!」
などと有名ピアニストのシェフィールド家の一人娘が強盗容疑のあるジョートショップ
のある意味有名な店員に熱烈な求愛をしている姿が時々ちらほらと目撃された。
そんな一途で情熱的な想いで迫る彼女からその若者はことごとく逃げ回って避けている
事や、シーラのその容姿の高さもあって街の老若男女問わず、その若者の態度に憤慨す
る者が続出した。
おまけにその若者には本人にとって不名誉な噂まで流れてしまった。
そんなこんなで大いに信頼が下がったそうな。

ついでに他の仲間からも色々誤解され、一騒動どころか二騒動や三騒動あった事は・・・
今更いうまでもないだろう。
(ここにパティ、リサ、ローラ、トリーシャ、アレフの名を挙げておこう)





「俺が何をしたっていうんだーーーーーっ!」





     了?


>あとがき
HAHAHAHAHAHA!!

・・・・・・・・・・・・ではこれにて!
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