中央改札 交響曲 感想 説明

エンフィールド幻想譚 時を越えて
正行


エンフィールド幻想譚
時を越えて:中編





ワイワイガヤガヤ・・・・
今日もエンフィールドの門では様々な人が行き来している。
旅行者もそんな人達に含まれている。
ザッザッザ・・・ザ。
「ここがエンフィールド・・・」
一人の人間の女性が立ち止まり、門を見上げた。
歳の頃は20を過ぎた辺りだろうか。金色の眼をしており、長い金髪をゆるくウェーブし
ている。充分美人の部類に入るが、エンフィールドの中では上の下辺りだろう。
顔立ちは可愛いというより美人といった方が似合う。
「ほんとうに・・・あったのね」
そうポツリと呟いた女性は複雑な表情を浮かべている。
そこでしばらく立ち止まり、彼女は昔の記憶を辿っていった。
やがて一人の門番がその女性に近づいてくる。
「あ、ちょうどよかったわ。この街の宿屋はどこにあるか教えてもらえません?」
「エンフィールドは初めてですか。では、まずこの道をまっすぐ行って・・・・・
 そこの曲がり角を右に行くと左手にあるさくら亭という大衆食堂兼宿屋がこの街唯
 一の建物です」
「ありがとう」
「いえ。では、ようこそエンフィールドへ!」





ここがおじいちゃんの言っていた街・・・
あ、まだ名前を言ってなかったわね。私は葛葉(くずのは)っていうのよ。
後の自己紹介は上で済ましたとして、とっとと先に進めましょう。
「じゃあ、まずは宿屋をとらなきゃ・・・・」
え〜っと、確かこのままコロシアム通りを進んで、橋を渡るのね。
進んでいくと、なるほど。左手にコロシアムらしき建造物がある。右手には自警団と
書かれている建物があった。大体のこの街の仕組みは理解している。どうやら治安維
持関係は主にここが受け持っているらしいわね。
そんな風に街を眺めながら歩いていると・・・・

チュドォォォ〜〜〜〜〜ン!!!!!

「きゃあっ!」
え?何?何?何なの?
道を行き交う人達も驚いて・・・・ない?何だか普通みたい・・・ううん、きっと気の
せいね。――何事かと足を止めていると、

「マリアーーーーーーーー!!!!!」

引き続いて誰か若い男の人の怒声らしき声が轟き渡る。方角的には爆発音が聞こえてき
た方からね。そしてその方向を向くと・・・
「・・・・・・・・きのこ雲?」
そう、ずっとずっと遠くにきのこ雲があったの。
私は生まれて初めてきのこ雲というものを生で見たわ。心なしか笑っている髑髏のように
も見えたけど・・・・・
ってそうじゃないわ!!
「た、大変!すぐさま連絡しないと・・・!!」
えっと、こういう場合にはまずバケツリレーで火を消さなきゃ。そしてけが人を手当て
して・・・・・って、違うわ!落ち着いて・・・そう、自警団に連絡を!幸運にもすぐ
近くにあるし。
もしかしたら何かの事件かもしれないし、急がなくちゃ。でも、あんな派手だったから
もう動いてるかも。・・・それでも行くだけは行ってみましょう。
そこで私は気付いた。ある一つの事に。それはハッキリいって異常とも思えたわ。
「どうしてみんな何事もなかったようにしてるの!?」
通りの人達は平然としていたの。何事もなかったかのように振舞っている。
「もしかして催し物かなにかかしら・・・・」
だとしたら恥ずかしい・・・・一人で慌てふためいていたのが滑稽だ。
でも―――

ひゅーーーーーー・・・・・ドスン!!

悪夢の光景だったわ。
「招き猫?へえ、縁起がいいわね」
巨大な招き猫、あの手に小判を持って商売繁盛の縁起物だとされるやつだ、がトドメ
といわんばかりに空から一つ降ってきたのだ。
遠いはずなのにここからでも頭が見える。
・・・・・・・・・・・・・ハッ、いくらなんでも催し物のはずがない!あの大きさ
だと押し潰されたりして死傷者が出てもおかしくないわ。
「じ、自警団に通報を・・・・」
少々青ざめながらもそう呟くと、
「ああ、それなら必要ないですよ」
え?
横から声を掛けてきたのは黒い長髪の少年だった。でも下手すると少女とも見えない
こともない。男だと分かったのは喉仏が見えたから。それくらいの美少年。
「ちょ、ちょっと必要ないって・・・・・どう見ても事件じゃない!」
「あなた、この街は初めてですね」
いきなり断定された。確かにそうだけど・・・
「この街だとこういうのが日常茶飯事なんですよ。とはいえ、そろそろ処理しないと
 いけませんね」
その少年が件(くだん)の招き猫に目をやり、スッと何もない左手を開いて宙に差し
出す。
「汝は万物を形作る元、我は汝との契約者、我は契約に則り汝の力を行使する。
 我はメルク・フェルト。汝は元素の精霊王」
そして右手を鳴らしたと同時に遠くにあった招き猫がいきなり消えた。
「!!・・・まさか、あなたが?」
「ええ。まあ簡単な事ですよ。ちょっと物質の構成をいじって転移系の魔法を使った
 だけですから」
にっこりとしながらあっさりと言い放つ。この子の左手には確かに先ほど彼方にあっ
た巨大招き猫が小さくなった形で鎮座していた。
信じられないが、信じるしかない。確かにこの子の詠唱と同時に常識をバカにするよ
うな強大な魔力が放出し、相当練達された技術で収束するのが感知できた。
私は魔法はほとんどうまく扱えないけど、魔力の感知能力だけはそれなりに自身があ
るの。まあ、ただそれだけなんだけど。
信じたくないのは、あの遠距離でも正確に転移させたというのと、
「あなた、さっき『元素の精霊王』って言ったわよね」
冗談じゃないわ。こんな子供が精霊王級の使い手なんて・・・なんでこんな子がこん
な街にいるのよ。まったく聞いたことがないわ。
「ええ。それが?」
何でもないように聞き返してくる。
・・・・・・・・・・・・・とりあえず今は横に置いて、
「それより、さっきのその巨大招き猫に潰された人がいるんじゃないの?」
「ああ、心配いりませんよ。どうせ誰もけが人なんていないに決まってますから」
「・・・ちょっと、どうしてそう言いきれるのよ」
「言ったでしょう、日常茶飯事だって。この街じゃあ何故かこういった事で怪我する人
 は基本的にいないんですよね。慣れと言いましょうか、お約束と言いましょうか」

ドカン!!ヒューーーーーー・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・あれって・・・私の見間違いかしら・・・・・
私が向かっていた方向から何かがどこか遠く、空に放物線を描きながら駆けて行った。
私は目がいい方なんだけど、人型のようにも見えたわね・・・・・
「おや、あれはヒロですね」
「ひろ?」
果たしてそれは一体なんなのか。ヒシヒシと嫌な予感がするんだけど。
「ええ。知り合いの人です」
「人・・・やっぱりあれは人だったのね」
って、問題はそこじゃないわ!!
「ちょっと!人がなんであんな風に飛んで行くのよ!!それに下手するとあの人死ぬわ
 よ!!」
これって殺人じゃない!!普通ならあんな空高く飛ばされたら魔法を使っても高確率で
墜落死は免れないわよ。よほどの人じゃない限り。
それに人があんなゴミのように飛んでいく光景は完全に常識外よ!どうやったらあんな
風に人が飛ぶの!?例え爆裂系魔法だとしてもあれ程飛ばすとなるとその喰らった衝撃
だけで・・・・・・
「ああ、心配いりませんよ。なにせヒロですし」
もう絶句するしかなかった。
「これも、日常茶飯事って、いうわけ、ね」
「まあ、この街の風物だと思ってください」
嫌な風物もあったものね・・・・・
「あっと、私はまだこれから仕事がありますのでこれで失礼しますね。まあ、頑張って
 ください」
何を頑張れと言うのよ・・・・でも一番相応しい言葉かもね。
「ええ・・・・・」
そこはかとなく頭痛がしてきた頭を抱えながら私はまた目的の場所へ行くことにした。





カララン♪
「とりあえず一部屋で食事つきの一泊をお願い」
そう言って手続きを簡単に済ませる。
とりあえず部屋に荷物を置いて、また下に降りていった。
するとさっきは見なかった紅い髪と目をした若者がいた。何故か心身ともにボロボロの
ように思えるわね。その男は黒髪の男とテーブルでなにやら話している。
「思ったより早く戻ってきたな」
「はっはっは。太陽に向かってたら途中で通りすがりのロック鳥にくわえられたからな。
 危うく飲み込まれかけるところだったが、誠心誠意をもって話したら俺の心が通じた
 んだろう。口にくわえられたままエンフィールド付近まで送ってくれたぞ。んで飛び
 降りたってわけだ」
別に聞き耳をたててるわけじゃないけど、なんとなしに話の内容が聞こえてくる。
それはエサと見られてたように思えるのは気のせい?
「で、パティは・・・・」
キョロキョロと紅い髪の男が周りを見渡してる。
「ああ、パティなら外にいったぜ」
「お、なあそこのアンタ、この街は今日が初めてか?」
紅い髪の方が私に気付いて話し掛けてきた。
「ええ、そうよ」
「アンタ旅人だろ。よかったら俺が街を案内しようか?」
ふぅん・・・・・私の見定めだと、やや軽い感じがするけど下心はなさそうね。
「まあいいわ。私もこの街を知りたかったから」
「よーし、じゃあ早速行こうか。俺はヒロ」
嬉々としながらヒロと名乗った男が近づいて、私の肩に手を回してきた。
「私は葛葉よ」
微笑みながら私も挨拶する。肩に回された手を思いっきりつねりながら。
「はっはっは。遠慮しなくてもいいぞ。俺はここの自警団の第三部隊隊長だからな。
 街を案内して、親交を深めるのも仕事の内だ」
どうやらあまり手をつねるのは効果がないようね。だったら、
「そう。それはありがたいわね。でもこの手は離してくれない―――かしら?」
ドゲシ!!
一拍おいて表情をまったく変えずに手加減なしで男―ヒロ―の足を踵で踏みつけてやっ
た。
もちろん微笑んだまま。
「おおおおおーーーー!?」
片足を抱えてぴょんぴょんと跳ねるヒロ。それを無視してさっさと出口に向かう。
「あら、何してるの?この街を案内してくれるんでしょう。早くしてよね」
扉に手をかけながら振り返り、ヒロに言い残して店を出た。
「あうううう・・・・・」
ヒロもめげずにその後を追う。もっともこれで懲りる男とは到底思えないが。
「ヒュー、中々やるなぁ、あの女」
紅蓮が何かに感心したように呟いていた。





一方自警団では・・・

くしゃ!
「ふふふふふふ・・・・・」
輝羅が机の上にあった書置きをざっと読んだ後、握りつぶした音だ。
「今日で3回目。さすがにあたしも限界よねぇ・・・・」
こわい。
それに輝羅の一人称が『私』から『あたし』になってる。
「ど、どうしたんだ?輝羅」
通りすがりの十六夜・ランカート。
「これを見なさい」
例の紙を彼に突きつける。くしゃくしゃになった紙のしわを伸ばしながら読み上げてみ
ると、

”やはり第三部隊隊長たるもの、直に街の住民の暮らしぶりを見る必要があるだろう。
 自らの目で街の実態を知り、また親交を深める目的で今日は隊長自らが街の視察に
 赴く。というわけでデスクワークはよろしく。       ヒロ・トルース  ”

隊長の机に目を移す十六夜。
「・・・・・・・・・・・・・」
チリも積もればなんとやらだ。
ちなみに1回目は
”人生を見直す旅に出る”
2時間後、今までの人生を暗示するかのようにさくら亭でパティにコキ使われるヒロの
姿が目撃された。
二回目
”ふはははは!怪盗ウィンドファング参上!!トルース隊長を返して欲しくば書類仕事を
 するように!”
筆跡によりヒロ・トルース隊長の文字と断定。後に避雷針逆さ吊りの刑に処せられる。
んで、三回目というわけだ。
「十六夜、手の空いてる人を集めてちょうだい」
輝羅、すっと十六夜の手から紙を取り上げる。その様は優雅ですらあった。
そしてその紙を宙に放り・・・・・床に落ちた時には無数の穴があいていた。
なんてことはない。一瞬の間に人差し指で穴をあけたのだ。
「ふふふ。さあ、狩りの時間よ」
十六夜、背筋が凍りながらも思った。
輝羅がついにキレた―――と。
その紙に穿たれた穴は一つの文字となっていた。

それは―――『獄』





「で、どこから案内してくれるの?」
自警団で着々と進んでいる計画があるとは露知らないヒロ。
「じゃあまずは近いところでリヴェティス劇場から行こうか」
とまあこんな風に街を案内していた。
主に喋るのがヒロ。で、それに素っ気無く返す葛葉という図式だ。
そして街の西のリヴェティス通りから街の北西に構えるマリアの屋敷の前を東西に伸びる
フェニックス通りを進み、街を時計回りで回っていた。
エンフィールドは概ね平和で活気がある、葛葉はそう認識した。
しばらくして街を眺めながら口を開く。
「・・・ねえ、あなたはこの街をどう思ってるの?」
ぽつりと。本当にぽつりと葛葉がそう漏らした。
その横顔は困惑しており、どこか・・・哀しい程静かだった。
「う〜ん?そうだなぁ・・・・」
それに対してヒロはなんとも形容しがたい人懐っこい笑みで応えた。
ただ嬉しい、楽しいだけじゃない。様々な感情が入り混じっている、そんな微笑みだ。
「この街は・・・・」

だがヒロのその言葉は最後まで紡ぐこともなく、いよいよその時がきた。

旧王立図書館に向かっている途中、ヒロの前にいきなり大ボスが立ちふさがった。
「あら、こんな所にいたのね。捜したわよ、ヒロ」
「げ・・・輝羅」
その二人の雰囲気に周りは慣れたもので、さっさと避難して遠巻きに様子を窺っている。
自然と二人の間に道ができ、さながらモーゼのようだ。
「?」
一人、状況についていけないのがいる。言わずと知れた葛葉である。
この街が初心者の彼女はただ怪訝そうな表情を浮かべることしかできない。
周りは胸の前で十字をきるもの、修羅場を期待する者、通りに面している店に被害が及ば
ないよう淡い願いをしている店主などと様々だ。
「あらあらトルース隊長。女性とご一緒でしたか。さぞお楽しみでしたでしょうねぇ」
「おう。もちろんだとも」
胸を張って堂々と。
ピキ。
輝羅の頭に血管マークが一つ。
「ちょっと、あなた達。状況を説明しなさいよ」
輝羅がそんな葛葉を無視して続ける。
「そんなお楽しみの中非常に心苦しいのですが、こちらとしてはいいかげんに溜まった
 書類がございますのでそちらを片付けて欲しいのですが?」
「めんどい」
即答&なんて簡単明瞭な返事。
ピキピキ。
も一つマークが腕にできた。
「今日という今日は・缶詰めにしてでも・やってもらうわよ」
すでに30M四方には誰もいない。
それと10Mのあたりで円を描くように鳥がばたばたと原因不明の墜落をしている。
本能に何か感じるものでもあったのだろうか?
不幸にも彼らに一番近い位置にある店の親父さんはただただ涙を流しながら天に祈りを
捧げていた。
「ああ・・・ひいじいさんの代に興して今まで順調にいってたのに・・・・親父、俺は
 この店を守りきれなかった・・・俺の代で潰れる不幸を許してくれ」
すでにこの親父さんは分かっているのだろう。己の末路が・・・・
親父さん、あなたは何も悪くはない。ただ・・・・ただ巡り会わせが悪かっただけだ。
あなたには何の非もない。
運命。
単語一つで表すならこれが最適だろう。
―――どうでもいいことに長くなってしまったな。
     ↑
(どうでもいいのかっ!!?俺の人生は!?受け継がれてきたこの店は!?(泣))
ええもちろん。だって単発キャラの脇役ですし↑
(そ・・・そんな・・・この店の家宝『原始の巨人ユミルが履いていて水虫になった靴
 下&靴』は曾じいさんが生涯を費やした大冒険の末に自らの命と引き換えに入手した
 のに・・・他にも『玉手箱verネコミミ』という、伝説では開けた土地の近隣諸国4ヶ
 国の国民全員にネコミミとシッポが生え、低年齢化し、一部の人間がこぞって向かい
 一時は混乱の極みに陥ったという逸話を伝える珍品。妖刀『毎夜に高笑いして通りす
 がりの人の口、耳、鼻を削ぐ丸』、『ピンポンダッシュをする子鬼の人形』、『いつ
 も子供に口喧嘩を仕掛けて1歳の赤ん坊にまでも涙目にされた青年が世の怨念をこめ
 て描いた絵』、『憎いあの人にこれをプレゼント!不幸を招くお守り』とかこれだけ
 の珍品を集めるのにどれほど苦労したか・・・・って、どこに行く!?
 まだ・・まだとっておきが・・・・四代かかって見つけた伝説の・・・・)

さて、己の立場というものを理解した親父さんはほっぽって、話を戻そう。
というかとっとと潰れてしまえ、そんな店。
とにもかくもなんとなく状況がマズイとだけはわかった葛葉。こっそり離れようとする。
しかしそうは問屋がおろさない。
「あら、どうしたの?」
輝羅が目ざとく見つける。
「輝羅、いくら葛葉がお前より胸があるからってひがみはよくないぞ」
ピキーン!
一瞬の間、辺り一面の風景(バック)が黒一色に塗りつぶされた。
ゴオッ!!
そして輝羅が劫火を背負う。風がないのに何故か髪がゆらゆらとたなびく様はお子様には
到底見せられない。一週間は夢で見るだろう。もちろん悪夢だが。
美女である輝羅のそりゃあもう優しい微笑みを向けられた者は正に天国へ昇る心地だろ
う。下手すると直行しかねないが。
そうそう、葛葉の胸は由羅と同レベルかそれよりちょい下くらいだ。
「ほっほっほ。どうやら一度徹底的に話し合う必要があるみたいねぇ」
その言葉と同時に顔に縦線が入って、どんよりとした表情の十六夜、幻が出てくる。
大体気付いていたヒロは驚かない。
そして―――エンフィールドを舞台とした鬼ごっこが始まった。





ズドドドドドドド・・・・・・
「ちょっと!どうして私も逃げないといけないのよっ!!」
ヒロに手を引っ張られながら抗議する。
「そんなっ!?俺と君の仲はそんなものだったのか!?」
「そんな仲も何も!大体私には関係ないじゃない!」
ヒュン・・・ドゴ〜〜ン
ヒロが葛葉を抱えるようにして横に跳んだ。
そのままでいれば間違いなくヒロに当たっていただろう。
後ろを見れば輝羅がけん玉を片手で軽々と操っている。
軽々って・・・それは当たり前というあなた!
全て鉄製で、しかもバカでかいとなると話は別でしょ。
それはけん玉フレイルとでもいうべきか。発注する方もする方だが、どんなキチガイが
これを造ったんだか。(いや、これも中々面白そうだったのでな  by天津彦根)
鎖の先の鉄球は直径2M程で、表面についているトゲトゲが凶悪な鈍器として印象深い。
「・・・・・・・・・・」
それを見て思わず黙ってしまう葛葉。
その重量と遠心力とでたっぷり勢いのついたその鉄球は地面を陥没させ、すぐさま輝羅
の手元に引き寄せられる。その鉄球を片手で受け止め、そして不満気に一瞥しポイっと
草むらに投げ捨てる。
どうやら気に入らなかったようだ。
というかどっから持ち出してきたんだ?さっきまではなかったのに。
街路樹に偶々そのけん玉が当たり、根元からボッキリと折れる。
「だめねえ、最近の樹は。根性が足りないわ」
「現実逃避は何も問題を解決しないぞ」
「いいのっ!でなきゃやってられないわよーーー!」
突っ込むヒロに葛葉が絶叫で返す。
いまだ逃走中。だんだん人気のない場所に向かっているようだ。
「あの人殺す気っ!?殺す気なの!?そうなのね?そうでしょ!!」
ガクガクとヒロを揺さぶる。走りながらしているんだから案外器用だ。
彼女もこの街の住民たる能力が備わっているのかもしれない。
「心配しなくてもいいさ。必ず守ってみせる」
さわやかな笑顔だ。
「あ・ん・た・が・巻き込んでるんでしょーーーーー・がぁーーーー!!」
うん。彼女も随分と壊れてきたようだ。





「如月っ!例の物を!」
脇侍のようにすぐさま出てきて輝羅にその『例の物』を手渡す。
「さあ〜いくわよ〜」
その手に握られているのは金属製バット。そして十六夜がどっからか大量の野球ボールを
カゴごと運んできていた。そして分身した手で次々とボールを輝羅へ放る。
いわゆる千本ノックである。
カキーン・・・なんて生易しいものではない。
カカカカカカカカカカカカ・・・・・
もはや1秒に何発球を打(撃)ってるのやら。
輝羅の周りで衝撃波がランダムにあちこちとんでいっている。
しかも走りながらそれをしているのだから手に負えない。
「むっ、ならこちらも!」
ヒロが手近なとこからバットに近い形の物を見繕う。そして―――
「秘技!千本ノック返し!!」
ガガガガガガガガガガガ・・・・・・
ヒロがこちらに当たる球を選んで輝羅に打ち返す。
「なんのっ!」
さらに輝羅がそれを打ち返す。
もう二人の間は無数の球が行き交っている。
・・・・あ、流れ弾が輝羅の隣の十六夜に当たった。しかもそれで無防備なったんで次々
に球が当たっていく。

十六夜・ランカート、殉職。

「もうイヤーーーーーー!!」
おそらくこの日で一番切実だったであろう絶叫が街に響き渡った。





「ふう、あいつら何やってんだ。ホントに街の治安を預かる自警団員か?」
俺はそう言いながらも次々に場所をひょいひょい移動する。
そしてその都度いつでも狙えるいい場所を捜す。
しかしあいつの気配探査域から充分離れるよう移動するのは気を使う。
まあ、おかげであいつはまだ俺の存在に気付いてないようだ。
(にしてもあいつの側にいる限り狙えないな。一応やろうと思えばできない事はないと
 思うが、やはり少しでも不確定な要素は除いた状態の方がいいだろう。
 何とかして離れてくれればいいんだが)
「やあ、こんなところでどうしたの?」
突然後ろから声がかかる。わざわざ気配を消しての登場だ。
「ん、ああ。アインか」
振り向かずとも口調や声、出現パターンで極めて高い確率でそう断定できる。
別段俺は驚かない。これで一々驚いていたらとても身が持たん。
慣れってこわい。
その間も視線はあいつらから離さなかった。
「また変わった所にいるな」
「それはお互い様でしょ。それに僕は絵を描いていただけだし」
ひょい、とまた場所を変える。
「あれを狙ってるの?」
アインが俺の手にある物と視線の先を見比べる。
「ああ。何せ俺は愛のキューピッドだからな。愛の逃避行を続けるあのカップルを祝福
 してあげるのサ」
「そうなんだ。じゃあ羽をつけてあげるね」
ぽん!
可愛らしい音と同時に煙に包まれ、晴れた時にはいわゆるキューピッドの格好だった。
背中に小さな羽がついており、オマケに体も一回り小さくなり、かつ矢の鏃はハート型
だ。
「おおっ!これで俺も立派なキューピッド!」
「でも勝手に神を名乗ったら怒られるかもね。天罰が下ったりして」
「あはは、大丈夫さ。天罰が下るとするならまずお前からに決まってるからナ」
「えーどうして?」
「天使キルマークを2桁軽々突破してるお前が言うセリフか?
 まあ、何にせよこれから俺は街中に愛を振りまいてくる!ではさらばだっ!!」
そして俺は空高く飛び上がり、太陽に向けて力一杯翔けていった・・・・数秒後、
「って、突っ込みナシかい!」
振り返って二発矢を射る。もちろんアインは避ける。その矢は一本はどっかの樹に、
もう一本はどこぞの牛に当たった。
「ああ、やっぱりアインと二人だと俺が突っ込みをするしかないのか・・・」
まあ、俺が勝手にノッただけなんだがな。
「いきなり何するの」
「何するもへったくれもない!さっさと元に戻さんかい!!」
アイン、首をかしげて
「その格好のどこが気に入らないの?」
(こ・・・こやつ本気で言っておるな)
いわゆるキューピッドの格好とはぽっちゃりした裸の子供である。
しかし情けというか、かろうじて下だけは布で隠されていた。

キューピッドの出生とは実はローマ神話で愛の女神ヴィーナスの息子であり、愛を司る
神様なのだ。でも、昔愛のシンボルである智天使の姿を愛らしい子供としたことから、
キューピッドも天使の仲間入りをしても構わないんですがね。うんちく。

「これじゃあ俺は変人だろうがっ!これが総司やトリーシャにでも知られてみろ!!
 間違いなく75日は街を歩けんぞ!」
「いいじゃないか。愛のキューピッドなんてそうそう見られるものじゃないからね。
 きっと可愛がられると思うよ」
「んなわけあるかっ!確実に岩や凶器を投げられるわいっ!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・!!」


そんな様子を見ていた二人、
「なにやってんだかな」
「いいんじゃないですか?今日も平和ってことで」
紅蓮とメルクである。二人してさくら亭の屋根で涼んでいる。
「あれを見てもか?」
すぐ前のさくら通りを一本の樹が一人の男性を追ってゆっさゆっさワサワサと『駆けて』
いった。
「追いかけられているのは志狼のやつか」
そう。さっき外したキューピッドの矢のせいだ。律儀に恋の魔法が付与してあったらし
い。その犠牲者となったのが天羽志狼君らしい。
無数の根っこを絶えず動かしながら移動する独特の走法はまったりとしてコクがありヘ
ルシーな感じだ。
「いつもの事じゃないですか。まあ今日はいつもよりちょっと多いですけど」
そう言ってメルクは小さく伸びをした。





累々たる残骸を残して疾走するその様は怪獣を連想する。
にしても冷静に考えれば人一人を引っ張りながら走っているわりにはあまりにも速すぎる
という事に今更ながら葛葉が気付く。
この状態でも人間の限界を超えているような走りっぷりなのだ。
追われながらどんどん人気の少なく、開けた場所へとなっていく。
角を曲がろうとした時ヒロが左手で葛葉の手を引いて急に横に飛びのいた。
勢いがついてたのでその反動がかなりあったが、上空からの投網からは回避できた。
しかし、その回避を読んでいたように影がサッと躍りかかる。
ヒロは咄嗟に葛葉と離れ、体勢が崩れたまま影の攻撃を納刀したままの鞘でさばく。
そして影は数合打ち合いヒロをぬかるんだ場所に追いやった後、間合いを取った。
「最初にわざわざ(輝羅以外の)追手の姿を現すことで、最後の一人の追手から注意を逸
 らす・・・か」
出てきたのは如月だ。
「トルース隊長、あなたに恨みは・・・・」
そこで少し考える如月。ややあって、
「とにかく俺たちの安全のために捕まってくれ」
怯えた子羊の如月君。身の安全のために隊長を売ったか。
「ふ、渡る世間は鬼ばかりか」
そして追いついてきた輝羅達と三人(十六夜は路上で寝てる)でジリジリと間合いを
はかり、隙を窺っている。
ヒロと離れた葛葉は一人蚊帳の外からそれを呆然と眺めていた。
と、
その時、
わずかな間無風になったその時、

ズ・・・・

「!?」
ぬかるんだヒロの足場が急激に砂漠化し、砂に足を取られる。
ヒロは一瞬動きが止まり―――

ヒュン・・・・

次の瞬間三本の矢がヒロに向かっていた。
ヒィン!
ガッ!
ヒロはそれに対し何と微動だにせずやり過ごした。当たらないと見切っての事だ。
それでも矢は脇、腹の数センチ横を、そして両足の間を通った。
上の二本は後ろの樹を貫通し、残りの一本は地面を削り取る。
ヒロをかすめるように外れたのは果たして偶然か?
あの状況で下手に打ち落とそうとしていたら、逆に当たる確率は高くなっていただろう。
「これは雅信の仕業かっ!こっちが本命だったか!」
ヒロの知る限りではこんなことをする、且つ、できるやつは雅信しかいない。
矢の飛来した方向を見ると、500Mは軽く離れているであろう所の屋根の上から弓を
構えている雅信の姿が確認できた。
・・・・・どうやら元に戻してもらったようだ。念のため。
雅信の今回の役割はあくまで足止めである。
あの時出てきた如月もこの一瞬のための布石だったのだ。
これで動きが止まることによって生じた、ヒロのこの決定的な隙を見逃すはずはなく、
三人はヒロを捕縛しようとかかっていった。
「くっ」
矢によって動きを封じられたものの、ヒロはすぐさま斬撃を足元の砂に叩き込んだ。
バシャア!
爆発的に砂が舞い上がり、カーテンの役割を果たす。
すかさず如月と幻はそれぞれ囲むように右と左に展開した。
また矢が二本、砂煙の中に放たれる。しかし、今度は狙撃手の存在を知っていたので
あっさり潰された。
しかしそのおかげで気配が如月の前に現れる。未だ砂煙が舞っているので視覚的には判
断できない。
「!!」
「如月!それはフェイクよ!!」
輝羅のその言葉と同時に、砂煙の中から幻
に向かっていくヒロが現れた。
                        ・・・ドドド・・ドドドドド・・・
「なっ!」
如月の元へ向かおうとしていた幻は咄嗟に
対応できず―――
                        ・・・ドドドドドドドドドド・・・

            ズドドドドドドドドドドドドドド!!
              「ンモ〜〜〜〜〜〜〜!!」


                 どっか〜〜ん!


―――どこからともなく現れた暴れ牛の群れにゴミのように吹っ飛ばされ、星となった。

幻・シュトラース、戦線離脱&戦闘不能。

「なるほど。人って本当にあんな風に吹っ飛ぶのね」
朝の光景を思い出したのか、葛葉はまた一つどうでもいいことを学んだ。
ズドドドドドド!!
まだ暴れ牛は暴走している。牛達は矢が刺さっている一匹の牛を追いまわしているのだ。
もう言うまでもないと思うがキューピッドの矢の残りの一本だ。
そして十頭以上にもなる暴れ牛は真っ直ぐ葛葉へと向かっていった!!
「え?」
それに対して葛葉は頭がパニックになり、何もできない。
「マズイ!!」
この状況にすかさず輝羅・ヒロ・如月は反応し、行動に移す。
「動け!逃げろ!」
だが、それでも葛葉は足がすくんで動けない。

そしてみんなは見た。

ヒロが駆け寄ろうとし

タッタッタッタッタッタッタッタ・・・・

如月が魔法を発動させようと判断し

「ンモォォ〜〜〜〜〜〜!!!」

雅信が大地に意識を繋げて

タンッ!!

輝羅がヒロを掴んで投げ飛ばそうと手を伸ばした瞬間―――

ドカッ!!

―――『それ』はそこにいる誰よりも早く葛葉に駆けつけた。

ズドドドドドドドドドド・・・・・・

危機一髪。そして牛はその横を通り過ぎていく。
『それ』は葛葉を突き飛ばして助けたのだ。
「あ、ありが・・・」
葛葉がお礼を言おうと顔を上げた先には、

「コケッ?」

「・・・・・・・・・・・」
「ココ・・コケ〜?」
「・・・・・・・・・・・」
彼が心配そうに葛葉の顔を窺う。
「無事か?」とでも尋ねているのだろうか。
だが地面にへたりこんだ葛葉はもう何も言う
気力は残っておらず、うなだれている。
                          「どおおおおおーーーー!?」
ふぁさ。                       そんな葛葉の後ろではヒロが
彼はよしよし、と手で頭をそっと優しく         猛牛に追いまわされていた。
撫でてあげた。                   「紅の惨劇ね」
「・・・・ありがと・・・」             「しみじみと言うなーーー!」
何故かむしょうに虚しくなって涙をぶわっ
と流しながらお礼を言った。

・・・・・ニワトリに。

どこから見ても鶏だ。
いつもコケコケ鳴いているあの鶏だ。         「俺、何してるんだろう・・」
ちなみに彼の名前はカイザーである。         一人立ち尽くす如月君。
鶏の分際で大層な名前だ。              彼の前をドドドと牛とヒロが通
                          り過ぎる。
「コケッ」
元気を出せとでも言ってるのだろうか。
お前の存在自体が頭痛の種なのに。
                          「ふははははは、さあ行け!
「だわぁぁーーーどいてくれーーー」          我が友よ!」
志狼が100M3秒フラットでそんな二        いつの間にかヒロが牛の背に乗
人の横を疾走する。                 って牛を率いていた。
そしてその志狼の後を追ってわさわさと
樹が追いかけていった。

                          後ろではまだ牛が暴れまわって
                          いる。


         状況は更なる混迷の一途をたどっていた・・・・・


しかし、ようやくこのカオス状態にも収束される時がきたようだ。
ふぅ、と鶏らしかぬ溜息をついて、カイザーは牛達に近づいていく。
「cluck,crow!!!」
鳴き声と同時に空中に生じた火球が四つ飛んでいった。
ルーンバレットだ。
それは牛達を過剰に刺激しないようにやや距離をとって扇状に着弾した。
ズド〜ン!
牛達は驚き、その場で暴れだす。
「コケッ!!!」
どこからそんな声が出てくるのかって程の大声。しかも威圧感もあった。
大人しくなった牛達の前にカイザーは威風堂々(?)と歩み寄る。
ばさっ。
「コケ!・・・・・コココ・・コケコケ!」
「モ〜・・・」
「コッコッ・・・コケーコココ」
「ンモ、モォ〜」
「コケッ」
「・・・・・・・・・」
なにやら話しがまとまったのだろうか、カイザーが歩き始めると牛達もスゴスゴと後を
ついていった。
そして鶏が先導しながら十数頭の牛達は夕日に向かって何処ともなく去っていった。
騒動の後に残るのは静寂と相場が決まってる。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
ぽつねんと取り残された4人。影法師は黙ってその後姿を見送っていた。

さ〜おや〜〜ぁ〜〜さおだけっ・・・・・五十年に一度の大安売り・・・・・・

ポン。
誰かが葛葉の肩を叩いた。
「ま、ここはこんな街さ」
いつもの軽〜い笑顔でそう言った後、すぐさま駆け出した。
「三十六計逃げるに如かず!」
「あっ、コラ。待ちなさい!!」
どうやらもう少し鬼ごっこは続くようだ。
「じゃあな〜。ホントはもっと案内したかったんだがここでお別れのようだ。
 ま、俺を見かけたらいつでも声、かけてくれておっけーだぞ!」
ちょっと立ち止まり、ヒロが最後にこう付け加える。
「この街、気に入ってくれればいいな」
「え・・・・・」
「あなたを巻き込んでしまって悪かったわね」
今まで見たこともないような、静かで柔らかい雰囲気で輝羅が振り返った。
「私は星守輝羅よ。ちょっと見苦しい所を見せてしまったかもしれないけど、ここは
 本当にいい街よ」
今までとは違う印象に戸惑う葛葉。
「ようこそ、エンフィールドへ。ゆっくりしていってね」
「え、ええ」
「ふふ、ありがと。如月!行くわよっ」
輝羅が如月を引き連れてヒロを追いかけていった。
一人ポツンと残された葛葉。さっきまでの騒ぎが嘘みたいになくなっていった。
「一体なんなのよ・・・この街」
疲れ果てた葛葉の呟きは虚しく風にさらわれていく。

―――なぜおじいちゃんはこの街を紹介したんだろう

―――ずっとその事が頭に引っかかっていた

―――実際訪れてみると、ひどい目にあったし、散々だった

―――でも・・・・

―――たった一つ、一つだけ分かった事がある

今日のエンフィールドは旅人を歓迎しているのか、いつにもまして賑やかだった。
そんな街の中心に目を向ける葛葉の横を子供達が笑いながら駆けていった。





     続く
中央改札 交響曲 感想 説明