中央改札 交響曲 感想 説明

エンフィールド幻想譚 時を越えて:後編
正行


エンフィールド幻想譚
時を越えて:後編





翌日。

葛葉は朝から再び街へと繰り出した。
今日はどちらかというと散歩に近い。ゆっくり見て回るつもりだ。
「・・・・・・・あら?」
そして葛葉は見てまわる内に一つの摩訶不思議な事実に気づいた。
(確か・・・ここは昨日潰されたはずのお店・・・・よね)
確かにここは昨日の第一破壊地だった。そして見事大破した。
まあどうでもいい店だったが。
                        (あっ、てめえまたそう言うか!?)
(黙殺)昨日の『部下から隊長への書類仕事要請』の余波で街のところどころに被害がで
ていた・・・のだが。
(どうして、どうして元通りになってるの・・・?)
修理した形跡は微塵も無い。かといって急ピッチで新しく建て直してピッカピカというわけ
でもなく、汚れ具合もまるで昨日までちゃんと存在していたと言わんばかりだった。
建物も道も昨日のことは夢幻だったとばかりに自然な状態である。
そしてそれはこの街の住人にも当てはまる。
そこかしこで挨拶が交わされ、昨日のことなど話題にも上がらない。
(・・・・・きっと一日中かけて直したのね)
一瞬自分はどこか戻れない世界に踏み込んでしまったのだろうか、という思いが頭をよぎ
る。
・・・別の意味でそれは当たっていよう。
この街に底知れない不気味さを感じつつ、そう納得した。いや、そう思い込んだ。





昼過ぎ。

「どうもこれはあまり効果がないようですね。では今度はこちらで試してみますか?
 これと今まで服用してきたものの違いは・・・」
雅信は顧客の対応中。健康改善薬の効果があまり表われないようなので他のを勧めている
ようだ。
     ・
     ・
     ・
「さて、今日はあと一件で終わりか」
頭で次の客のデータを整理しつつ、足を動かしていた。
そして唐突にスッと握手を求めるようにして無造作に手をさし出した。
パシィ
その手に何かがぶつかったと同時にすぐさま掴み取る。
”キーキー”
その手の中にいたのは子鬼を模した人形だった。
(・・・なるほど。何かの意思が人形に入り込んだタイプか)
先程チラリと見たのだが、これはなぜか人の家の玄関をノックすると同時に逃げ出していた
という変な行動をしていた。
つくも神という長年使いつづけた物に意思が宿るというタイプの一種だろう。
中には凄まじく強い怨念が込められているのもあるのだが・・・
(確かに害はあるが、子供のいたずらレベルだな。ここまで低レベルの怨念も珍しい)
などと変な感心をしてしまう。
いたずらばかりしている子供の側にずっといたのだろうか?
まあ、なんにせよあとでメルクやアインにでも浄化を頼めばいいだろう。
とりあえず一般に魔物が嫌がる紋様を、たっぷり念じてその人形に施して動きを封じた。
こういった紋様や色の組み合わせなどで、魔力のない雅信でもこういった事ができるのだ。
実に色々と知っているものだ。
(次のところに行く途中にジョートショップがあるから寄っていくか)





川沿いの人通りの少ない道を葛葉は一人歩いていた。
何か当てがあるわけでもない。足の向くまま気ままに歩いていた。
そして見て回る間のその顔は昨日とは幾分違っていた。
歩いている間、なんとなしに昨日の事を思い出してしまう。
(・・・あの人たち、十分騎士のレベルだったわね)
一般に騎士といえば、馬に乗って戦う位の高い人を思い浮かべるかもしれないが、
ここでいう騎士とは一般人とは比べ物にならない程の戦闘能力を有する、所謂一流前後か
それ以上の戦士のことである。
ちなみにこの街はその一般の騎士が2,3ぐらい束になってもまったく敵わない化け物、
もとい騎士が集っているのだが。
葛葉は昨日の戦闘もどきを目の当たりにしたのだ。戦いの目的は低レベルであっても、
その内容は十分高レベルだった・・・と思う。
「・・・・・・ふう」
考えている内に溜息がもれてしまった。





(さて、これからどうするか・・・・そうだな川沿いで川を見ながら歩いてみるか)
仕事を済ませた雅信は他に何か用事がないか考え、無いと結論に至ったらそう決めた。



葛葉が川沿いに歩いていると前から3人組の若者がやって来るのが見えた。
ただ・・・どう贔屓目にみてもいい人そうとは言い難かったが。
何やら楽しそうにふざけ合っていると、どうやらこちらに気付いたようだ。
お互い目配せ合って何やら仲間内で言い合っている。
あとは・・・・お約束と言っておこう。





(ん?)
雅信が川に沿って歩いていると何やら三人の男が女性一人を囲んで何やらやり取りをして
いる。
「生憎私はあなた達に付き合う気はないわ」
「まぁまぁそう言うなって・・・」
「面白い所知ってるんだぜ。俺達と行かないか?」
「残念ね。あなた達と趣味が合うとは到底思えないから遠慮させてもらうわ」
「ひょー、気が強いねぇ」
「ぼくちゃん痺れた〜」
「いいからいい加減に放してどいてくれない?」
女性――葛葉は毅然とした態度を崩さずに三人に対応しているが、力ではかなわないのか
突破口を見つけられずにいた。
「何をしている?」
雅信は近づいて話し掛けてみた。
すると男三人は「あ?」といった風にジロジロと眺めてくる。
「・・・・・状況としてはからんでくる男達に困っている女性、であってるか?」
そう言ってぐるりと四人を見る。
「だったらどうすんだ?」
「あんたが助け出すってか?」
「ぎゃははははは、それいいねえ」
一人が雅信に近づき、女性についているのは二人になる。
「ええ、その通りよ」
葛葉が雅信を探るように返してきた。雅信も少し探るような目を向け、男達と見比べていた
のだが、やがて品定めは終わったようだ。
「どうやら本当に合っているようだな」
雅信の経験上、こういう場合は必ずしも女性が助けを求める立場とは限らないということ
を良く知っている。それに、女と男がグルでハメようとする事も多々あったぐらいだ。
だから昔から自分で判断するようにしている。それで騙されればまだまだということだ。
もっとも今ではほとんど騙されることはないのだが。
「で、どうする?助けが必要か?」
「断る理由は無いわね」
「・・・・・・・・・・・・」
葛葉のその答えにしばらく雅信は黙考していたが、それは男達によって中断された。
「ははははは。カッコイイ〜〜」
「何?俺達はな〜んにも悪いことしてないよ」
いまだふざけた態度を続ける男達に溜息を吐いて雅信は、
「え〜と、その、い、嫌がってるんだし放してあげてくれないかな」
急におどおどとした態度になった。
「あ〜ん、よく聞こえねえな」
雅信についている一人の男が強気になり、必要以上に迫ってくる。
「だ、だから・・・・」
言葉を濁しながら後ずさる。そんな雅信を男は捕まえて腹に膝を入れた。
「・・・・・・・」
葛葉についている二人の男は笑っており、葛葉は助けようと割って入った雅信が蹴られて
も、こちらに火の粉が飛ぶのが怖いのか何も言わずに黙って見ていた。
やがて何度か殴られている内にだんだん葛葉の所から離れていった。
「あのな、俺達は彼女とちょっとお話がしたいだけなんだよ」
雅信の肩を掴んでいる手に力をいれながら『説得』してくる。
「別に悪さをするつもりなんてないんだよ。だから安心してくれ」
「・・・・で、でも」
なおも食い下がる雅信にまた男が拳を振り上げた。
「うわ!」
ここで初めて回避行動をとった雅信だが、足がもつれて男の方に倒れこみ、押し倒した形
になった。
ゴン。
・・・結構痛そうな音がした。見ると雅信の下になって倒れた男の頭には出っ張った石が
あった。
「あちゃぁ・・・(予想外だな)えっと、すいません。その、大丈夫ですか?」
おろおろと呼びかける。しかし何の反応もない。
そ〜っと雅信が残る二人の方を見ると・・・
「・・・えっと、偶然って言って信じます?」
「てめえ!!」
やはり聞く耳もたないようだ。いきりたった二人が雅信に向かって―――
シュ
「なっ!?」
―――いこうとして葛葉から注意がそれた瞬間、葛葉は一人に鮮やかな足払いをかけた。
一人は無様に地に這い、その事に驚いたもう一人の隙を見逃さずに背負いで投げ飛ばす。
「さぁ、起き出す前に早くこの場を離れるわよ」
葛葉は雅信にそう呼びかけて、雅信と一緒に三人を残して去っていった。
     ・
     ・
     ・
「ふう、ここまでくればいいだろう」
「そうね」
二人はローズレイクの近くまで全力で走ってきて止まった。葛葉が息を整えて顔を上げる。
「まずは謝罪とお礼を言わせてもらうわね」
「?」
怪訝そうな顔で葛葉を振り向く。
「あなたが殴られていた時、何もしなかった事はごめんなさいね。せめて私につく男の数
 が一人になればなんとかできると思って、それまでずっとチャンスを待ってたの」
どうやらあの時葛葉は怖くて黙っていたのではなく、ずっと隙を窺っていたらしい。
「あなたが注意を引きつけてくれたおかげで何とかなったわ。ありがとう」
「どういたしまして。お役に立てれば何より。まるっきり道化だったがな」
雅信はおどけたように肩をすくめる。要は葛葉は雅信を囮にしていたのだ。
「ただ助けを待つのも、一人で何でもしようとするのもごめんよ。
 私はどんなものでも活用して自力でなんとかしてみせるわ。」
そう言ってにっこりと笑う。つい雅信もつれれて苦笑する。
「それと、あなたは私を試してたんじゃないかしら?」
笑顔のままさらっと言う。
「何を言ってるんだ?」
「あなた随分鍛えてるわね。現に今も息がきれてなかったし。それに私も少しかじってる
 から分かるけど、あなたの場合少なくともさっきの連中を相手にしてやられるとは思え
 ないけど?」
「体を鍛えるのが趣味でああいった荒事の経験はないんだ」
「わざわざ演技をしていたのは?さっきとずいぶん違うわね」
「・・・・・いい目をしてるな」
「ありがと。昔、目を養うよう言われたから、ね。でも試していたのかどうかはハッキリ
 確信があったわけじゃあないけど、どうやら合ってたみたいね」
「そうか」
「それで、私の答えは何点なのかしら?」
その問いに雅信はまた苦笑した。
「残念だが、これに得点はないさ」
「それもそうね」
今度は葛葉が苦笑する番だった。
「さて、走れるか?」
「?・・・まだちょっと」
どうもスタミナはあまりないようだ。
「そうか。連中が追いかけてくるから逃げるぞ」
「え?」
いきなり葛葉の視点が変化する。
「ちょ、ちょっと下ろしなさいよ!!」
「ほらほら、暴れないでくれ。いてっ、いたた」
葛葉を荷物のように肩に担ぎ上げた雅信は葛葉の抵抗を受けながらも追ってきた3人を
振り切った。





「もう大丈夫だな。よっ・・・と」
途中から諦めたのか、おとなしくなった葛葉を地面に下ろす。
「まったく・・・もっとマシな扱いしてほしいわ」
いきなり葛葉が睨みをきかせてくる。
「ん?じゃあお姫様だっこの方が良かったか?」
「どっちもごめんよ!」
真っ赤になって思いっきり断る。
「途中から大人しくなってくれたからてっきりこの状態を受け入れてくれたのかと思ったん
 だが」
「・・・・・・・あなた、もう少し女性の扱いを学んだ方がいいわよ」
「相応の扱いを要求するならもう少し歳をとってからにすることだな」
やんわり言ってくる雅信になんとなしにムッとする葛葉。
「しかしさっきの扱いの代償があれか」
そう言って雅信はほおのあたりに手を当てる。荷物扱いによる抗議で見事にヒジがほおと
アゴにヒットしたのだ。特にこれが痛かった。
「デリカシーの無さに対する罰よ」
「はいはい。俺が悪うございました」
困ったように笑う雅信。
「じゃあ俺はここで失礼させてもらう。今後は気を付けるといい」
「え、ええ」
「じゃあな」
葛葉はなんとなく急に思えたので少し返事がどもってしまった。
元々知らない者同士なのだ。偶然からまれていた所に通りかかっただけの他人。
葛葉もわざわざ呼び止めてまでする理由はない。
だからここで別れるのは自然な事である。
・・・だが、
「ねえ、もう少し私に付き合わない?」
立ち去ろうとした雅信が止まる。
「これから街の見物に行こうと思ってたんだけど用事がなければ一緒にどうかしら。
 こんな美人とお話できる機会なのよ?逃す手はないと思うけど」
後半はちょっと冗談っぽく。
「・・・そうだな。女性は世界の宝だ、なんてアメも言ってることだしな。
 私めでよければしばしのお付き合いお願いします」
ちょっと芝居がかかった風に恭しく一礼をする。
「そうそう自己紹介がまだだったな。俺は雅信・ノウス」
「あ、ごめんなさいね。私は葛葉よ。安倍葛葉」
「そうか、葛葉・・でいいかな。葛葉は旅人だろう」
「そうよ。良く分かったわね」
「なんとなく、旅人の匂いがしたんでな」
注意して見れば葛葉の服装にはちょっとした汚れの跡がある。それは一日では染み付かない
汚れである。そういった総合的な雰囲気からそう判断したのだろうか。
「それはそうと、OKした後で言うのもなんだが、よくこんな得体の知れない若者を誘う
 気になったな」
「言ったでしょう。人を見る目はあるって。それと・・・・」
「ん?」
「さっき気付いたんだけど、私が昔に会ったある人と匂いが似てたから、とだけ言っておく
 わ」
さっきというと雅信が葛葉を肩に担いだ時だろう。その時葛葉は雅信の匂いからその人の
匂いをどこか感じ取ったのだろう。
「・・・・葛葉にとってはいい人だったんだな」
「・・・分かる?」
「ああ。そんな表情してれば誰だってな」
(でも一度だけしか会ってないのよね。それに名前も知らないし。さらに言うなら夢だった
 んだけど、ね)
「じゃあ行きましょう。今日はよろしくね、雅信」





それから二人は街中を歩き回った。時には他の人を交えて他愛ない話をした。
この街ではこの時期これがおすすめだ、今日はこれが安いな、街の外の出来事はどうだ、
今日のご飯はどうだ、今日あいつがあんなドジをした、昨日のあれは実はああだった、
こんなことしたバカがいた、などなど。
お決まりのパターンで、トリーシャが二人を誤解して街中に噂をばらまいたというのも
あったし、それによって好奇心の強い仲間達が集まってきたりもした。
なお、雅信はトリーシャを止めなかった。理由は別に気にしないからだ。
葛葉は気にしていたようだが諦めたらしい。ただその事を聞かれるたびに潔白を訴えている
のだが。
また途中で昨日の一件で葛葉が知り合ったヒロや輝羅とも会って、昨日の事で時には口だ
けでなく手も出し合いながらわいわい過ごした。





「あら〜雅信クンこんにちわ〜」
「ふみぃ、こんにちわなの〜」
今度は由羅とメロディの二人組みだ。
「!」
葛葉が一瞬目を大きく見開いた。が、すぐにまた戻った。
雅信と葛葉も軽く挨拶を交わす。
「あら〜?もしかしてその人が今噂の恋人さんかしら」
「いいえ。まったく、ぜんぜん、影も欠片もなく違います」
葛葉がこれでもかっていうくらい力一杯否定する。
これでちょっと顔が赤かったり、照れが見えたり、どもってたりとかしてたなら希望(?)
はあったのだが、生憎と本気でその気はないようだ。
「あらら〜。雅信クン可哀想〜」
「はは、俺は別に気にしてないさ」
こっちもまったく気にしてないようだ。
「よ〜し、今日はふられた雅信クンのために宴会よ〜!」
「宴会なの・だーー!」
「今日のダシは俺か・・・・」
と、そこで由羅は鼻をクンクンと葛葉に向けた。そして何かに気付いたようだ。
「あら、あなたもしかして。でも・・・?」
「・・・ええ。あなたの想像で半分合ってると思うわ」
「半分?・・・そう、そうなの・・・・」
なにやら納得したようだ。
「二人はどこに行こうとしてたんだ?」
その隣で雅信がメロディに話し掛けていた。
「はい。今日は夜鳴鳥雑貨店にお姉ちゃんとお買い物です」
「そうか」
「じゃあアタシ達は行くわね。それじゃあ葛葉ちゃん、デート楽しんでね〜。
 きゃははははは」
「だから・・・・・」
もう訂正する気力も尽きたのか溜息でも吐きそうな表情だ。
「ああ。じゃあな」
雅信にいたっては否定すらしない。
「ふみぃ、お姉ちゃんお酒の飲みすぎは体に良くありません」
「あ〜ん、分かってるわよ。メロディのいけず〜」
などとやりあいながら二人の姉妹は小さくなっていった。

由羅達と別れた途端、葛葉は何ともいえない複雑そうな顔になった。
そんな葛葉の様子を覗き見ながら雅信は川辺の草むらに歩いて行き、腰を下ろした。
「ちょっと座らないか?」
横をポンポンと叩く。
「・・・・・・・・」
土で汚れるとでも考えていたのか、少し間があいたがそっと雅信の横に行った。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
二人とも何も言わずに川面を眺めていた。
「・・・彼女、ライシアンだったわね」
由羅のことだろう。
「ああ」
「・・・・・・・・・」
それっきりまた沈黙した。
「なあ、葛葉はこの街をどう思う?」
雅信の目はいまだ川に向いたままだ。
「この街・・・?」
それは昨日と同じ問い。しかし今度は葛葉が尋ねられる番だった。
葛葉はこの街に来て今日が二日目。この街で過ごした二日が頭を駆け巡る。

「この街は・・・・」

葛葉は言いかけて、昨日今日とこの街で出会った人の顔が次々と浮かんでいく。
そしてその言葉を引き継ぐように―――

「変な街だろ?」

雅信は川の向こうにある街を遠くから、ずっと遠くから眺めるような目を向ける。
そして隣を見てふざけるように言った。
その顔は呆れているようで楽しそうな、やれやれしょうがないなという風に彩られており、
そして・・・どこか悲しげだった。

「ええ。変な街ね」
二人ともちょっと顔を見合わせて、そして笑った。
そう。ここは変な街だ。
普通ならば強力すぎる力を持つ者は良くも悪くも敬遠され、何らかの鎖をかけられている
ものなのだ。平和な時代には強大な力はえてして恐れられるものだ。
何らかの管理下にも置かれず放置しておけば『いつか』必ず危険な事になる、などと主張
する輩は多い。
それと、人は己が種族以外つまり自らと異なる異端の者を集団から締め出すものだ。
人と違うというだけで何かあった時、すぐに疑いの目を向ける。
あいつは俺達とは違う。普段は大人しいが本性は分かったもんじゃない、などと。
人狼、エルフ、吸血鬼、ライシアン、etc,etc
もしこのような存在が近くに住んでいて何か不審な事件が起こった時、人のほとんどは
まず彼らを、彼ら固体を見ずに『人狼』『エルフ』として疑う。
人は臆病な生き物なのだから。だから集団と違う者を受け入れようとしない。
またライシアンは人より弱く、ちょっとした社会の影で様々な辛酸をなめているのだ。
なのにこの街ときたら・・・
ちゃぽん。
川に石が投げ込まれて波紋が広がった。
また沈黙が間を埋める。しかし今度はそれが心地よかった。
水がゆったりと流れていった。
「なあ、葛葉。人間ってなんだろうな」
雅信が「よっ」と平らな石を川に投げた。
ピッピッピッピ、チャポン。
石は水切りの要領で水面を数回跳ねて川の中に消えた。
「・・・どういう意味かしら」
「どういうのを人間って呼ぶんだろうな」


”ねえおじいちゃん。人間ってなに?あたしは人間じゃないの?”

”みんながあたしをいじめるの。「こっち来るなよ、お前は人間じゃないんだろ」って”

”あたし、みんなと違うの?どこが違うの・・・・?”

”あたしはみんなと違うからみんなから嫌われるの?”

”ねえ、教えて・・・・おじい・・ちゃん・・ヒック・・おしえ・・・・てよ”


「人間・・・・霊長類、ヒト科の動物」
あっさりした答えが返ってきた。
「・・・・・・・・・」
「それ以上の事は私に聞かれても分からないわ」
「そうか・・・」
そう言う雅信に落胆の響きはない。
「・・・・それがダメだっていうなら」
「?」
「私の知ってる人達の言葉よ。
 『悩んで出した答えが如何なるものでも、自分が自分であることは変わりない。
  元々人間という定義は存在しない。人間自体が何者にもなれる、たくさんの可能性を
  有しているのだから。だから人間というものに捕らわれずに自分という唯一無二の定
  義を一生かけて探すといい』
 って」
例え10年以上経っても私の中ではあの時の事は色あせない。
「俺は俺・・・か。分かってる。分かってるが、俺はまだ割り切れそうにない」
俺はまだ迷ってる。俺は何者なのか、ずっと。
ふと下を見ると小さな虫が草や地面を動き回っている。
いつも歩いている時はこんな小さな虫はまったく視野に入らないのだが、座っただけで
ちょっと違うものが見れるものだ。
こんな時は何故かあの歌が恋しくなる。
「・・・・♪〜〜♪〜〜〜♪」
(え?)
横から届いてきた歌に葛葉は咄嗟に振り向いた。そこには歌っている雅信がいた。
(・・・この歌・・・ああ、そう・・・これはあの時聴いた歌だわ)
セピア色の古ぼけた絵が目の前に広がっていった。
その中には夢の中で会った二人がいた。
「・・♪〜〜・・・♪〜」
(ほう)
途切れ途切れだが、雅信の歌声に合わせて葛葉はメロディを口ずさんでいった。
これはゆっくりと流れ、しんみりとなりつつも温かい心地になる優しい歌だ。
故郷への思いが募る、そんな歌。
やがてそれも終わる。
歌い終えた雅信は軽い驚きを見せていた。
「よくこの歌を知っていたな」
「おじいちゃんが一度だけ歌っていたの。私も覚えてるなんて意外だったわ」
「・・・この歌は父さんがよく歌っていた。父さんが言うにはこの歌は父さんの滅んだ故
 国の歌だったそうだ。今では正式に伝わっておらず、もう残ってないと思ってたが」
そう、これは250年程前に亡くなった国の歌なのだ。しかもどこにも残らずに国と一緒に
伝える人はいなくなったとばかり思っていたが。
「そのおじいちゃんっていうのが葛葉の大切な人か」
「ええ」
葛葉が立ち上がりぱんぱんと服を軽くはたく。
と、突風が吹いて草の葉っぱが高く舞い上げられる。
風で目を閉じていた葛葉はゆっくりと顔を上げながら街を、エンフィールドの街並みを
目に映した。
「私・・・ライシアンと人間のハーフなの」
まだ葛葉はエンフィールドから目を離さずにゆっくりと告白した。
「父さんがライシアンで母さんが人間なの。外見は人間と変わりないけどね」
その表情はとても晴れやかだった。
「でもそのおかげで今まで随分色々あったわ。小さい頃はいじめられたりもした。
 でも父さんや母さんには言えなかった。たぶん怖かったのね。
 もしかしたらって思うと。言えなかった。
 でもそんな時、おじいちゃん達に会ったの。おじいちゃん達が好きだって言ってくれて
 本当に嬉しかった。
 その後、不安はまだあったけど父さんと母さんに聞く勇気は出たわ。
 そして私は二人の子供なんだって思ったの」
「そうか」
「でも小さな棘はどこかに残ってた。ずっとそれを抱えてきたわ。この街にくるまでは」
「ここは変な街だからな」
「ええ。変で素敵な街よ」
そして雅信も立ち上がって川の向こうの街を眺めた。
「だがどうして急にそのことを話したんだ?」
「さあ?分からないわ。なんだかどうでも良くなったみたい」

しばらく二人して立っていると、また由羅達が戻って来た。
「さぁ〜これから宴会よ!もちろん皆にも伝えておいたから。さ〜さ二人とも行くわよ」
「ふみゃ〜。みんなお家に来るって〜」
「「・・え」」
後は言うまでもないと思うが、二人は引きずられていき、みんなで集まっての宴会は夜中
まで騒いでいた事を記しておこう。





翌朝。

「ああ・・・・頭が痛い」
「そりゃああんだけ飲んでればな」
「明らかに私以上に飲んでた人が何人もいたわよ」
ちなみにそいつらは今日もピンピンしている。しかし葛葉は二日酔いのようだ。
「しかしもう発つのか。ずいぶんと慌しいな」
「もともとここは寄る予定に組んでなかったの。だからこれ以上延ばすとマズイのよ。
 私は旅人じゃなくて旅行者なんだから。一応期限があるの」
今、葛葉は定期便の馬車に乗っている。葛葉はもともと今日で街を出る予定だったそうだ。
見送りは雅信と由羅だ。
「だが大丈夫か?二日酔いに馬車はきついだろう。ほら、薬をいくつかやるから一つ飲ん
 でおけ」
「・・・ありがとう」
「ん〜残念ねぇ。せっかく友達になれたのに〜。メロディも喜んでたわよ」
「そういえば随分と仲良しだったな、メロディと葛葉は」
「・・・・昨日は楽しかったわ」
「あの酒の浴びせあいがか?志狼なんかは真っ先にダウンしてたぞ」
しかしそれはそれで幸せだったのかもしれない。倒れた志狼に何人かが顔に落書きをして
いたが。なお今回は彼の十八番のどじょうすくいも披露していた。
「片付けも朝方までかかったしな」
なお片付けはいつも理性の残ってる者の役目だ。あの地獄絵図の後、泥のように眠りこけた
者が続出した。雅信は理性組だ。うまく酒を避けていた。
「・・・また会えるかしら?」
葛葉が馬車の上から顔を出す。
「縁があれば、な」
「いつでもまた来てね。歓迎するわよ〜」
ピィーーーーーー・・・・
出発の合図だ。
「そうね・・・・また機会があれば会いましょう」
ガタン。
やがて馬車が動き始めた。風景が横滑りになっていく。そして少しずつ街から遠ざかって
いく。
「ん、アメか。『書庫』に変わりはなかったか?・・・そうか」
誰かがやってきたようだ。ふとそんな声が遠くから、小さくなりながら届いてきた。
見ると雅信の横に一匹の大きな蛇がいる。
え・・・・?
思わず葛葉は目をこらす。しかしどんどん遠ざかっていく今、もう確認する事はできな
かった。
(ふふ、まだお酒が残ってるのね・・・)
馬車の中で軽く頭をふる。
(でなければ・・・・・)
葛葉がチラッと見えたのは雅信の隣にいた蛇であった。それは一つ目の蛇。
・・・・あの『夢』で会った蛇とそっくりだった。
「また、この街に来ることはあるのかしらね」
葛葉は小さくなる街をずっと見ていた。
飽きることなく。
ずっと。
風にはためく髪をおさえながらずっと見ていた。
朝の太陽が照らす彼女のその横顔はとても楽しそうな笑顔だった。





”ばいばい、おじいちゃん、へびさん。ぜったいまた会おうね”

”ああ。約束するよ。また・・・・・・会おうね”

”お嬢ちゃん、元気でね。やっぱりきみは笑ってる時の方が輝いてるよ”

”うんっ”





     了

>あとがき
葛葉は裏設定としてはるか祖先に妖狐がいた、となってます。
だから魔力感知能力が高いんです。
さて、葛葉と聞いて何か連想した人は何人いるかな?
久しぶりにかなり時間がかかった難産のSSとなりましたが、いかがでしたでしょうか。
まだまだ作者の力不足もあり、色々と作中で迷った部分があってちょっと自信ないですね。
でもまあやれるだけはやってみました。
さて、次は何を書こうかな?
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