エンフィールド幻想譚
平凡な街に:第七話
―――たあっ!!
キィン!
―――踏み込みが遅い!
ドカ!
―――あうっ!
あれからボク達はおじさんについてずっと放浪している。そしてボク達は、いやボクは暮
らしを奪った仇を討つため・・・ううん、ただ憎い相手を殺すためだけにおじさんに鍛え
てもらっている。ヴィルはどう思ってるかは知らないけどボクと一緒に修練をしている。
『お父さんやお母さんが殺された事について知りたいと思うなら』
おじさんはそう言ったけど、あれからそれについては何も教えてくれない。
ただ、厳しい修練を与えてそれだけ。
必要最小限のことだけ接して、あとは放任。
ヴィルはそんなおじさんをちょっと避けてるみたい。
でもボクは厳しくてもそれで十分だった。
ただ毎日、未だ見ぬ相手を殺すために剣を磨いていった。
ボク達の生活を壊した奴が今ものうのうと過ごしている事を考えると絶対に許せない。
そしてヴィルを護るために、
ボクは・・・・・・・・
《カッセル・ジークフリード家》
ボウ・・・・・・・
家の中で何かが明滅している。
光源はテーブルに置いてある一つの弓。
その銘は『神弓サルンガ』といった。
【サルンガに異変が起きる】
《エンフィールド郊外》
「・・・・・戦か」
エンフィールドから遠く離れた丘から夜の中、見えるはずのない街を目に捉えている一人
の男がいた。
その目は夜よりなお深く、獣よりなおギラギラと輝き、そして餓えていた。
「ちょうどいい。渇いていたところだ」
チャリ。
男は腰に下げた剣をかけ直して眼下の街へと向かい始める。
大地を力強く疾走するその様は強大な肉食獣のようだ。
ゴーストタウンと成り果てていた街に今、5つの純白の柱がそびえ立とうとしていた。
【???、エンフィールドへ向かう】
【結界始動】
《小国の陣営》
一方、人知れず潜入に成功した偵察組。
『こ・・・・・・これ、は』
目の前の光景にただただ唖然とする。
「あ・・・・悪魔が出た」
かろうじて搾り出せるのはその一言のみだった。
一体彼らは何を見たのか!?
【敵陣、???】
《ローズレイク》
開けた土地に人影が舞う。
「せあっ!!」
ザシュ!
リサが振るったナイフはゴースト系モンスターを切り裂く。
そしてその動きは止まることなく次々と群がってくる魔物を屠っていった。
「よし、いける。確実にこいつらは弱まってる」
リサの他にも数名、自警団員があるものを守るように囲みながら魔物を着実に撃退して
いる。
うじゃうじゃといる魔物が黒アザミの花を踏みにじり、魔物の屍を乗り越えて襲い掛
かってくるのを切り伏せて、
「この結界のおかげで随分と楽できますね。結界と霊布のおかげで霊体にもかなり攻撃が
通じ易くなってますし」
近くの団員がまた一匹止めをさして話しかけてくる。
「コラ、油断は禁物だよ!」
そうリサは言いながら、ナイフでの小回りを利かした手数の多さと経験からくる急所を
的確に狙って次々と相手を変えている。
今、エンフィールドにそびえ立つ光る五つの支柱。
それは五芒陣を描き、不死者を退ける効力を有する結界を張っている。
その光の支柱の根元―――魔方陣が膨大な光を発してそれが光柱に見える―――でリサ達
は結界を支える一つを守るため奮戦していた。
その魔方陣が発する強烈な光がかなり広範囲に渡り辺りを照らしているが、どうやらこの
光自体も目の前の死霊に効果があるらしい。
死霊らが近づけば近づくほど動きが鈍って、低級のものになると存在自体保てなくなっ
ているようだ。
「しかし、ほんとキリがないな」
また一体、また一体と命を持たない肉体が大地に重なる。
「いや、もうすぐ尽きるぞ。どうやらやっこさん種切れらしい」
多少負傷しつつも、このままだとこちらは重傷者を出さずに乗り切れるようだ。
そう団員達も少しホッとして、また気を張り詰める。
―――――そして
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー・・・・・・
声ならぬ賛歌。
己の悲鳴すら歓喜に変える。
自らを屠るその光をも恍惚とした表情をもって浴びる。
自然ならざる人は土に還る事によって自らを縛る苦痛から解放される。
では、これは再び安寧なる眠りへとつける事への悦びか。
否、
それは、
――――――――――始まり
背筋に刺すような凍える風が吹いた。
ずぶりゅ。ぐちゃ・・・・・・
「え・・・・・・?」
呆気にとられた声。
後ろでなにかが生まれいずる気配。
そして左肩に激痛が走る。
「〜〜〜!」
体を反転しつつナイフを走らせる。
突然出てきた魔物を、肉を食いちぎられ激痛の走る肩をおして素早くしとめる。
そして改めて周りを確認できた時、それは終わり無き宴の再開という事を悟った。
戦場で我を失くす事の愚かさは良く分かっていたはずのリサ。
だが、目の前のそれは到底受け入れがたい事で。
「な、バカ・・な・・・・・」
魔方陣から発せられる光が一瞬、歪んだ。
【リサ、負傷しつつ戦闘継続】
【一時結界に微かな綻びが発生】
《エンフィールド上空》
地上から数百m離れた上空に一匹の仔犬が『立って』いた。
”やれやれ。これを全部処理すんのか?”
やがて南に首を向けて鼻を鳴らす。
”これまた仕事が増えそうだな”
それはそっと目を閉じ、
”・・・・・しばらく、待つか”
しばらく沈思した後そう決断した。
そして陽の沈んだ地平を横目に、
”深いな・・・・・”
そのまま夜空に隠れた。
月は隠れ、どこまでもどこまでも続きそうな夜の闇がエンフィールドを包んでいった。
【???、静観】
《正門》
ここにも一本の光の支柱が立っていた。
が、ここには二人の姿しか見当たらなかった。
結界の維持に必要な一つなのに、当たっているのはたったの二人。
しかもここは正門。
よほどの信頼がない限りは考えられない配置だ。
で、その当の二人はのんびりと語り合っていた。
「本当にモテますね、アインさん」
「ボクがモテる?どうして?」
「少なくともアレは熱烈な求愛をしてますよ」
そう言ってメルクが指した夜空には薄らと月光を浴びる何か小さな点が無数にあった。
「あんなにたくさん迫ってこられてもボクが困る」
ひょい、とアインが肩をすくめる。
「あれは・・・・結構やっかいな魔物ですね」
メルクがわずかに眉を寄せる。
空を飛んで徐々に近づいて来る魔物の姿を遠目に見ると、それは四足の獣に悪魔の翼が
ついたような魔物。
その数は二桁ではすまない。さらに周りと比べて二回り以上巨大なものも何体か確認で
きた。
「ライフセーバーだね。それもあんなにたくさん」
「ほとんどが下位種ですが、珍しく数体高位種がいますね」
「高位種となると・・・・3ケタいくのもいるかもね」
「ええ。しかもただしぶとくなるだけならまだしも、取り込んだ数だけ強くなるっていう
のが更にやっかいです」
そう言いながらメルクは持っていた剣、『汽水』と『封耀』を地面に突き刺す。
辺りにはすでに死霊の影も形もない。
「・・・・・・ズルズルやって消耗するのも面白くないですね。ここは助けを呼ぶことに
しますか」
そう言って詠唱に入る。
「―――――汝、風を束ねる竜」
召喚魔法というのは魔法の中でも遥かに複雑で、難易度も高い。
それを詠唱のみ、道具や図形による媒体なしで成功させるとは。
それはともかくメルクが呼び出したのは風竜王。
竜王バハムートを呼び出すまでもないと判断してのことだ。
”マスター、何用か?”
「ああ。ちょっと上のあれを片付けるのを手伝ってもらおうかと思って」
”承知”
一度大きく翼を広げ、風を打つ。
そして大いなる空の覇者は己が庭へと飛び立った。
「頑張ってね」
「アインさんもやるんですよ」
「あ、そうなの?」
彼らもまた襲い掛かるものに対して牙をむく。
「どうやら今が好機と思って来たようだけど・・・・・」
アインはゆっくりと足を踏みしめ、拳を引く。
「俺は忙しい。お引取り願おうか」
メルクは手にした二刀にそれぞれ灼熱の輝きと穏やかな風を纏わせる。
そして遥か上空から急降下、いや、音すら置き去りにする刃の形をした何かの影が夜空
に羽ばたく愚鈍な魔物の塊を引き裂き、地上スレスレで放物線を描きつつ上昇していく。
最強の固体、竜。
その中で風の名を冠された王者にまさしく相応しい。
そして拳から放たれる蒼い昇竜と二刀を空に向けて振るうとそこから風を喰らいつつも
それに導かれるようにして相乗的に膨らんだ轟火が二つに分断された魔物をそれぞれ飲
み込み、派手な祝砲となった。
【アイン&メルク、魔物の群れと交戦開始】
エンフィールド、市街戦――――――開始。
続く