中央改札 交響曲 感想 説明

正行


エンフィールド幻想譚
影人:第2話





小さな部屋。
オレンジ色の夕日が部屋を照らす。
窓は壊れ、壁から隙間風が吹いている。
赤く染め上げられた床はあちこちに踏み抜かれた穴がそのままになっている。
ビュウビュウと吹き込む風は陽が落ちるに従い部屋を冷たく打つ。
その部屋の主である女性は安楽椅子に揺られながら子守唄を歌っていた。
女性は母であった。
今、眠っている我が子を抱きかかえた女性には全てが満ち足りた時間で。
至福の微笑みをもって歌う甘く、優しく、美しく、安らかな声の子守唄が斜陽に彩られ
た部屋を埋める。
何度も何度も静かに我が子の髪を撫で、愛しげな眼差しを向ける。
女性は我が子を誰よりも大切に思い、誰よりも愛し、誰よりも必要としていた。
今、子は自分の元にいる。
それだけで女性は嬉しかった。
強い風に窓が悲鳴をあげる。
母は冷えた子の体を自らの温もりで暖め、子守唄を続ける。
外ではいよいよ狂った風が嵐の来訪を告げていた。










―――まで後7日










「ちょっと〜どこまで行くの〜?」
「まだまだ先さ」
鬱蒼とした森を切り開きながら進む男の後ろをおっかなびっくりで追う10代半ば程の
少女が一人。
「う〜…はっ! 人気の無い森の奥深くまで連れ込む理由は一つ…さてはあたしのこの
 若い体が目的なのね!! 身の危険を感じるわ!」
大仰にバッと飛び離れる少女。
「ああ、そっちの茂みに入らないことだ。もし噛まれたら一分で天国逝きの蛇がよく出る
 からな」
「きゃー! それを先に言って!」
ダッシュで男の側へ。
「ってわーわー! 蜘蛛の巣が手に引っかかった〜。って、やーーー! 蜘蛛がー蜘蛛ー
 なんでこんな大きいのよぉ。い゛ー、こっち、こっちに伝ってくるーー!! 
 来るなぁーー!!」
ドタバタと手を振り回して暴れまわる。ブンブンと振り回す手には糸がついて、その先に
は手と同じ大きさの蜘蛛がさぞ迷惑そうに振り回されていた。
「賑やかだなぁ」
もはやほとんど泣きが入っている少女に男が近づき、速やかに蜘蛛を掴んで近くに放して
やる。
「はああぁぁ〜……」
とりあえず当面の危機は解消したが・・・。
「ほら、そんな情けない顔しないでもうすぐだからがんばれ」





あれから・・・

翌朝に少女は目が覚めた。
少女の名はセラ・ハルトイン。現在14歳で母と二人暮しだったが1年前に母が亡くな
り一人で暮らしていたが、つい2週間程前に家へ怖い連中がやって来て逃げていたそう
だ。だがどこへ移っても必ず追いついてくるので、町にも寄らずに無我夢中で走ってい
たらしい。セラが覚えているのはそこまで。発見した時のことについて聞くと何も覚え
ていないとのこと。
昨夜襲ってきた連中に対してセラは頑なに「何も知らない」の一点張りだった。だがセラ
はあまり嘘がつけるタイプではなく、何かを隠しているのは分かったのだがあまりの必死
さに今回は聞く事はできなかった。
そしてセラたっての強い希望で今はカッセルの家にやっかいになっている。
今のところ何もなく至って平穏無事に過ごしている。





「着いたぞ」
「うっわぁ・・・・」
太陽の光が目に痛い。今まで光も届かない森の中、子どもの背丈ほどある草の中を行軍
してたどり着いたのは湖。
湧き水なのだろうそこはとても澄んで清涼な空気と音が静かに流れていた。
そしてここだけまるで人の手が加えられていたかのように広々としていた。
「ね、ね。ちょっとここで水浴びしてってもいい!?」
「後でな。先にするべき事をしてからだ」
「はぁ〜い」
不承不承雅信の言葉に従うが目は従わずにチラチラと「う゛〜」といった表情だ。
それにこっそり微苦笑しながらガサガサと草や花、葉っぱを摘んでくる。
「まずセラが取ってくるのはこれとこれとこの三つだ。特にこっちは毒草と間違えないよ
 うに。よく似ているからな。それとこれはあまりたくさん採らないように。2つ、3つ
 で十分だ。そしてこっちは根っこだから」
「はーい」
「よし。じゃあ頼んだぞ。この辺りも魔物が出るから注意するように」
そしてセラは駆け出した。
こうやってセラは今、雅信の仕事を手伝ったりさくら亭でバイトをしたりしている。
彼女が来てからずいぶん家が賑やかになった。なんというか、生気が振りまかれていると
いうか・・・
(よく動く。元気な子だ)
雅信はそう思う。だがその一方でセラに張り詰めた空気のようなものを感じ取っていた。
空元気、虚勢といったような、どこか無理をしているように・・・

―――あ、あ…あああ、あ…いや……―――

―――ひっ―――――いや、あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーっ!!!―――

初めて目を覚ました時の、こちらが恐怖を覚えるようなあの怯えよう。一体何をどうした
らセラのような14歳の少女があのような目をするのか。
セラの深いスカイブルーの瞳は恐怖に濡れて、そして・・・・・・

「ねー! これくらいでいいのー?」
「ん? どれ」
赤い葉っぱを採る手を止め、見に行く。
「…これとこれは違うな。後は……ああ。これぐらいでいいぞ」
「じゃあ水浴びしてきていい!?」
「はいはい」
「あ、そうそう……絶対絶対絶対ぜぇぇ〜〜〜〜ったいに! 覗かないでよ!!」
「ああ、分かってるさ」
「………」
じー、と雅信の心のやましい部分を見透かそうとばかりに探ってくる。
「とりあえず俺は…そうだな…そこの樹の後ろにでもいるから何かあったら呼ぶといい」
「雅信さん、絶対だからねー!」



―――――罪の意識に怯えていた。



パシャ・・・・・・パシャ。
時折水の跳ねる音が届く。その音からして上機嫌のようだ。
一方雅信は、
「………」
木陰でぼーーーーーーっとしていた。
正確には風を肌で受け、周りから響く森の音や声に耳を傾け、緑の匂いを感じる。
ここは陽の光と風、そして影と辺りの草木や岩の調和がとれている。
まるで森の中に意識が散り散りになっていくような感覚を覚える。
だが周りから見れば、目を開けたままぼーっとしているようにしか見えない。
スッと腕を首の後ろにやる。
やがてハラリと束ねていた翠髪が流れる。
そのまましばらく髪を風と遊び、踊らせていた。



10分経過。

チチチチチチ・・・・
鳥の語らいが聞こえる。
風が服をすり抜け、木々の梢を鳴らす。
傍に寝転んでいた野生の熊がのんびりとあくびをする。

ぼーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・



20分経過。

緑の匂いはゆっくりと、雲は静かに流れ行く。
水を微かに含んだ空気。
目に入る彩り。
とても遠いはずの空は手を伸ばせば届きそうなくらい。
己という存在を大地がしっかりと受け止めている事で安心する。
熊がのそりと起き上がり、何処へともなく森の奥へと去って行くのを見送る。

ぼーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・



30分経過。

・・・・・・・・トッ・・トッ・・トッ・・・・・
「ん〜冷たくて体もすっきり。気分爽快♪ ―――――?」
「…………………」
「はぁ〜……」
そこには見えない境界があったのだろうか。
「あ…っと。じゃなくて」
ふるふる、と首を振って意識を引き戻し、雅信の前までやって来る。
サッサッサ。
「うわ、全然反応ナシ。もしかして目開けたまま寝てるとか? …よし」
すぅ〜・・・
「―――わっ!!!!」
バッサバッサバッサ!!!
ギャーギャーギャー…
「…………………」
「うわぁ…どしよっかな?」
「むー」
ウロウロ。
「あ! そだ」
「…………………」
「えーっと」
キョロキョロ。
「あ、これでいっか。よーし、まずは目標を……」
そ〜っと、そ〜っと。
「照準よし。風向きよし。では…ピッチャー振りかぶって第一球―――」
「……セラ、その石は何に使うんだ?」
ギシリ!!
(どーしてこっち見ないで分かったの!?)
「あうっ!? え、えーとねぇ、これは、その………ね?」
「『ね?』と言われても分からんぞ」
雅信は困ったような、それでいてちょっと意地悪そうな微笑みでやっとセラを向いた。
「あ、あははは」
「いい加減にそのポーズはキツくないか?」
「うん、そだね」
素直に上げていた足を地面に下ろす。
雅信はまた髪を紐でくくりながら、
「水浴び、気持ちよかったか?」
「え!? あ、うん。とっても」
「風の精ジルフェ、シルフィードだな」
セラの側に透けて見える小さな妖精、女性の姿をしたそれが見える。
そしてセラの周りだけが風の動きが少し違う。
「うん。髪乾かしてもらってるの。ここは森で湖だし火はちょっと…」
「そういえば、セラは魔法をどれくらい使えるんだ?」
「あ、えーっとね、一番得意なのが練金魔法でアブソリュートゼロを使えるよ。物理魔法
 だったらヴォーテックス、神聖魔法がティンクルライト、精霊魔法は基本の4大元素だ
 け」
ふふん、とちょっと得意気にしているセラは、本人にとっては不本意かもしれないが、雅
信から見ると何とも言えず微笑ましいものだった。
そして雅信はその言葉に思わず感嘆してしまう。
「………ほぅ、凄いな。アブソリュートゼロとヴォーテックスとは」
一般のこの年の学生、14歳で使える魔法としては優秀だ。
そもそも魔法の普及率はそこまで高くなく、世の中で10人中3人程は魔法を教わってお
らず、さらに基本は中等学校でも教わるがそれなりに上の魔法を目指すならば相応の学科
を選択したり魔術師組合に教えを請うのが一般的だ。
一般の学生、魔法学科の生徒であってもこの年くらいならせいぜい物理魔法は1ランク下
のニードル・スクリーム、練金魔法はまだ基本の4元素を習っている途中だ。
セラはそれが使えるという事は既に高等学校レベル、中級魔術師レベルに近い位置にい
るようだ。
ちなみに高度物理魔法である上級破壊魔法、ヴァニシング系を自在に扱えるようになった
ら上級魔術師であり、大学の魔法専攻でもなれる者の数はそれほど多くない。
ひどい大学、ひどい年だと20人いて1人もなれない。
そして上級から導師となる。

・・・・・・・・・あくまでこれは一般の話である(笑)
             ↑
      なんでこんな文を入れたかって? なんででしょーねぇ?

「セラは…自分の身につけた力を何のために使う?」
「え? ごめんなさい、ちょっと聞き取りにくくて。で、今なんて?」
「…そろそろ帰るぞ」
「あ、はーい」
     ・
     ・
     ・
「……………………」
「……………………」
森を抜ける中、珍しくセラが黙っていた。
はしゃぎ疲れたとか、そういうのではない。
「何か聞きたい事でもあるのか?」
「はへ!?」
「はは、なんだその変な声は」
「うー…だって突然だったから」
「で? どうなんだ?」
「…………ねえ雅信さんの姓って『ノウス』…よね」
「ああ」
「もしかして…ダーンドール国の『ノウス家』の人なの?」
ダーンドール国のノウス家。
エンフィールドと同じ大陸のフィーラル大陸のダーンドール国は大まかに中央と四方の
領土から成る。
四方はそれぞれ古くからの名家『ノウス家』『イースター家』『サザンド家』『ウエス
タ家』が治めており、各領地には初代からの武術『神天無双六翼』が一派『北水流』
『東炎流』『南黄流』『西空流』が今だ継承され続けている。
いわば四方の領土の頂点に立つ大貴族である。
また世界三大騎士団の一つと謳われる『聖騎士団(ホーリーオーダー)』を擁する国で
あり、それぞれの領地に『四方守護騎士団』があるが、各名家がその騎士団の長である
わけではない。まあ歴史を見ると結構それぞれの名家から騎士団の長を輩出しているが。
「ハハハ、まさか。違うよ」
雅信・ノウス。
『ノウス』という姓は、いや『ノウス』だけにかかわらず四名家の姓はダーンドール国
では非常に尊いものとされており、かつて酷い時は一族以外がふざけてそう名乗っただ
けで死罪という事件もあった。そして国民一人一人も熱狂的にその姓に心からの尊崇と
畏敬の念を抱いている。
その影響からか、『ノウス』の姓を名乗る者はその一族以外には滅多にいない。
例えそれが他国でも。
「…本当?」
「ああ。だが、まあ知り合いに勘当されたノウス家の次女がいるがな」
「え?」
「ミーシャ・ノウス。といっても俺とは何の血の繋がりもない。俺はただの平民」
「そう…」
沈黙。
「……もうすぐで森を抜けるぞ」
その言葉にそれまで沈んでいたセラが目をパチクリとさせる。
そして、
突然強い風が森をさらった。

ザアァァァーーーーーー・・・・・

「………………………………ごめん………なさい」

とてもか細い声。
今にも、泣きそうな声。
森が騒いでいる。
「………………………」
だからだろうか。何も聞こえなかったのか何も言わないその背中からは何の変化も読み
取る事はできなかった。
いつの間にか、太陽は随分と傾いていた。





今日はセラと二人で森へ行った。だがそれにも関わらず気配も何もなかった。
セラを狙っているとすれば今日は絶好のチャンス。仕掛けてきてもおかしくはなかったの
だが。
あれから数日。やはりあの襲撃はセラとは関係なかったのだろうか。
それとも勘違いだったのだろうか?





所変わってカッセル家。
「さぁーて、今日は森で採れた香草を添えました木の実やキノコの料理でっす♪」
エプロン姿のセラ。手にしたおたまが中々のチャームポイント。
『いただきます』
最近はセラがカッセル家の料理長となっている。何しろこの家のどの住人より上手いの
だ。それにセラ自身も料理は好きらしく進んで腕を振るい、2日で台所の主となってい
た。
「いやぁ、セラちゃんってホント料理が上手だねぇ」
アメが舌鼓を打つ。
「え? えへへ。そうかな?」
「ああ。セラ、これからも食事を作るのを頼んでいいか?」
「ぁ……うんっ! あ、お茶はどうかな?」
「ああ、もらおうか」
「わしもお願いしようかの」
「はーいっ。ちょっと待っててねー」
パタパタ。
「ふふふ、あの子が来てから随分と明るくなったな」
「アメ、その言い方だとまるで今まで暗い食卓だったように聞こえるぞ」
「やはり若い者がおるのとおらんのとでは随分と差があるものじゃのう」
「元気がいい、というのは良い事だ。そしてそれが周りにも感染(うつ)るのなら尚
 更、な」
「うむ。そのとーりっ! 女の子は元気が一番!」
「ほんに、賑やかなものじゃ」
「女の子がいるとずっと空気が華やぐものだな」
三者がそれぞれ言い合っている内にセラが戻ってきた。
「おまたせ〜。はい、お茶」
「ありがとう」
「すまんの。ではありがたくいただくとしよう」
「いえいえ。どーいたしまして」
カッセルの家の窓から漏れる光は、今まで何十年と暮らしてきた中のどれよりも暖かく、
そして瑞々しい力に溢れていた。





こうしてまた、夜が更けていく。





歌っていた。

いつまでも、いつまでも。

月明かりが煌々と射し込む。

歌っていた。

ずっと、ずっと。

起こさないように。

歌っていた。

いつからだろうか?

歌い始めたのは。

いつからだろうか?

家に火が灯らなくなったのは。

いつからだろうか?

ネジの巻かれていない柱時計はもう時を刻むのを止めていた・・・





     続く
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