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エンフィールド幻想譚 影人:第2.5話
正行


エンフィールド幻想譚
影人:第2.5話





―――――数ヶ月前



国が一つ、滅亡した。

かねてより劣悪な友好関係にあったラールエイン王朝とダーンドール国。
ラールエイン王朝から戦端を開いたその戦争は周りの予想通りに世界5大国であるダーン
ドール国の勝利に終わった。
更に、ラールエイン国は世界の禁忌に手を出していた事もあったために国王以下、重鎮は
全て処刑され、王直系の血族は女子供問わずに全て殺された。





「バカな!」
閑散とした玉座の間にしわがれた絶叫が木霊する。
「バカなバカな!!」
ほんの数時間前までは帝と呼ばれていた者はまるで子どもが癇癪を起こしたように何度も
何度も帝の証である龍をかたどった金色の錫杖を床に叩きつけた。
「ハアハア、こんな筈では……」
力なく玉座に座り込み、両手で顔を覆う。
落城はもう時間の問題だった。
既に城の者達は逃亡している。
そしてこのままでは己が逃げられない事も分かっていた。

相手は世界三大騎士団を擁する国で宗教国家としても名高いダーンドール国。
だが勝算はあった。
確かに開戦当初はこちらの目論見通りに連戦連勝。勢いに乗っていた。
予定では国土の7分の一を奪い、最終目的であった茶の生産地と取引して和睦する筈
だった。
恐い程順調。浮かれながらも西のウエスタ領を侵攻していった。

そして、開戦から3ヶ月後、

彼らは初めて遭遇を果す事になる。



「何故だ…何故こうなった……」
確かに一般兵団では押していた。そしてこちらの騎士団と魔導団も世界三大騎士団の銘
には劣るものの決して勝てないというわけではない。特別予算で傭兵団も組織した。
何も本腰を入れて事を構えるのではない。さすがに全面戦争を、神聖騎士団――四方守護
騎士団と中央騎士隊――全てを相手取るほど愚かではない。
それでも2、3の騎士隊ならば確実に渡り合える。
開戦前はやり方次第では大勝もあり得ると思っていた。
思っていたのだ・・・・・・
「化け物め……!」
憎々しげに口からきしみ出るのは完全な読み違いからの絶望。
投入されたのは四方守護騎士団のラファエル隊、ガブリエル隊のたった2部隊。
当然ウエスタ領を守護するラファエル隊が出てくるのは予想済み。
更にラファエル隊は3割を残し、ガブリエル隊も半数以上をノウス領に残している。

混成の実質1騎士隊弱。

混成とあらば多少は集団戦の連携にも影響がでるであろう。
聖騎士団の最大の恐ろしさは集団戦の一糸乱れぬ団結力・チームワークにあるのだから。
最悪3騎士隊を相手にする事も考慮した戦。そしてそれでも引き分けに持ち込めるよう手
を講じた戦。
いざ、蓋を開けてみればこれだ。
早速こちらの騎士団も投入。
正直笑いが止まらなかった。議会でももはや平和ボケをした戦知らずの国とバカにし
あったものだ。ここで破ればもはや目標は達成できる。そして後は外交交渉を残すのみだ
が、大国ダーンドールを相手に戦で勝ったのだ。これで国にも箔が付く。
こちらの騎士団は200を超え、対する相手は100にも満たない。

結果は―――



508×年 ダーンドール国、神聖騎士団(ホーリーオーダー)投入。

  同年  聖騎士団投入から2週間後、ラールエイン国首都完全包囲。



ウエスタ領を占領していた拠点を解放し、そのまま攻め入り数ある防衛線・拠点を最短
最小で抑え、3ヶ月続いたのが笑えるくらいにこの戦は投入後はあっという間に首都包囲
という悪夢となっていた。

カーン、カーン、カーン。

無人の回廊を誰かがやって来る。帝はそれに肩を震わせ、呼吸が乱れる。
入り口の扉の前で足音が止まった。
「失礼します」
入ってきたのは近衛騎士隊長である初老の男性、ウラート・ダスエルオだった。
「おお、ダスエルオ! お主か。おどかすでない。いやしかしまだお主がいればなんとで
 もなるであろう。かくなる上は予備兵力を用いて軍を再編し一時レミアトスへ……」
「………」
「どうした?」
「陛下、恐れながら申し上げます。遺憾ながらこの戦は我が国の敗北で終わりです。総団
 長、王弟殿下共に下で戦死、魔導長は降伏しました」
「な……!」
「陛下、もはや大勢は決しました。こうなっては一刻も早く城を明け渡し…」
「黙れ! この役立たず!」
そばにあった物を引っつかみ力いっぱいぶつけようとした。が、それはウラートに当たる
ことなく見当違いのところへ飛んでいった。
それでも肩で息をきりギリギリと歯軋りしながら睨みつける。
まるで目の前の男が自分を死の国へ迎えに来た死神のように。
「まだ余がおるかぎり降伏など認めん! 最後の一兵まで戦え! それが名誉ある余の
 軍として当然の事だ!」
「それが無用な血をおびただしく流す事になってもですか」
「そうだ! 全ては余のために。むしろ誇りある事ではないか」
「………陛下」
「そもそも余の計画には欠陥などなかった。貴様らが無能だったせいで!」
「…………」
「あらあら、随分と器の小さな帝でいらっしゃいますのね」
「なっ!?」
音も無く入り口に一組の男女がいた。
一人は30代半ばの男性、もう一人はまだ若い20代前半であろう女性だった。
「ラールエイン王朝のラオズ・エイン国王陛下であらせられますね」
男性が女性を手で制して口を開く。
「私の名はリストアル・ウエスタ。ウエスタ家当主の命により下のダーンドール軍軍団
 長及びラファエル隊隊長を務めています」
「私はガブリエル隊副隊長シェスタ・ノウスよ」
「下の制圧はもはや時間の問題です。我が軍の副将、ガブリエル隊隊長ノウス公がただ
 いま帰順を呼びかけております。もはや残すはあなた方のみ」
「陛下…」
「何をしておる、ダスエルオ! 余を守り其奴を殺せ! それが貴様の任だろうが!
 それに大将がノコノコやってきたのだ。絶好のチャンスではないか」
「……それが御命令とあらば」
静かに太刀を携え前に出る。
「気が進まないわね」
「いえ、下がっていなさい。ここは私がお相手をいたしましょう」
「ウエスタ様!?………っ、分かりましたわ」
「さて……引けませんか」
「先帝には返しても返しきれぬ恩がある故に。そして某はこの国の『弓』。放たれた矢
 は射手の責任」
「全てを残して逃げるおつもりか?」
「某はこの国に全ての力を捧げました」
「……………………」
「……………………」
「な、何をしておる! さっさとやらんか!」
そのわめき声に後ろにいたシェスタが、何をするでもなく、ただ玉座にいるだけの帝と
やらに視線をやっただけだ。
しかしそれ以後小さく息をのんで何も言ってこなかった。
「非常に、残念です」
唇を噛み、目が揺れる。
だがそれは一瞬。目を閉じ、次に開いた時にはいっそ晴れ晴れとした春風のような穏や
かでいて強烈な闘気がこの玉座の間を駆け巡った。
シェスタの肌が粟立つ。
腰の太刀を納刀したまま外し、鞘ごと左手で持つ構えをとる。
「神天無双6翼一派西空流リストアル・ウエスタ」
「最期にかような高名たる騎士と刃を交える機会を得られた事、この上なき喜び。感謝
 いたします。良い土産話になりますな。

 ―――――近衛府大隊隊長ウラール・ダスエルオ、参る……」



それは3合目で決着が着いた。



ドン、とウラールの首が帝の前に転がる。
「ひ、ひいいぃぃぃいいーーーーー!!」
「ウラール・ダスエルオ。貴殿との一戦、久方ぶりに血が騒ぎ心躍りました。できる事
 なら貴殿からまだ色々な事を教わりたかったものです。そして私も生涯この一戦を忘れ
 ません」
恭しく頭を下げ、太刀を正眼に構えて略式だが戦場での弔いをする。
鎧で覆われていないその首には一筋の赤い線ができていた。

秘剣・変位抜刀術・風巻

もしこれを撃つタイミングを一瞬でも間違えば、3合目の結果は逆になっていただろう。
「わ、分かった。降伏する! だから頼む。命だけは、命だけは! ほら、この通りこ
 の錫杖も渡す。だから…」
床を転ぶようにして這いながら慌てふためき錫杖を差し出してくる。
「確かに。降伏を認めましょう。王家の証であるこの錫杖。降伏の証として受け取りま
 した」
(バカめ!)

ボフ!!!

帝が至近距離で放った業火はリストアルを呑み込んだばかりか後ろの壁すら溶解し、ぽっ
かりと大きな穴が空いていた。
「ハ、ハハハ! 余を無力と思って油断しおったな。これでも余は導師級以上の魔術師
 なのだよ、フフハハハ!」
「危ないですね」
「ハハハハハ!……へ?」
蒸気が収まり、魔法を撃つ前と変わらぬ姿が目の前にいた。
「知らなかったのかしら? 私どもの『加護』を」
「あ!?」
聖騎士団は全員神と精霊の祝福を受けている。それが他国にとっては非常に厄介なとこ
ろである。抗魔に優れており、また精霊と繋がりが深い。
ダーンドール国はそういった土地なのだ。
人が節度を守る限り、加護は与えられ続ける。これがダーンドール国である所以。
如何なる理由であっても今与えられている分を越えた『侵略』は固く禁じてある。
あくまで人は譲られているのだ。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
「あ、あ、あ……」
「『――――』」
その口から出てきた単語にビクリ、と肩を震わせる。
「ひゃ、ひゃあ!? 何故、それを…」
「既に戦端が開かれる前から手を出している可能性が極めて高い事は分かっていました」
ダーンドール国の恐ろしさは広く他国まで布教している宗教を統括している事にある。
独自の情報網が形成されているのだ。
「無論、これからの処遇はご理解頂けたかと存じます」
「あ、あ、あは、あはははは」
「少々扱いが手荒くなりますが、また魔法を使われては困りますので」
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「ご理解のほどをお願い奉ります」





こうして戦は一応の幕を閉じた。





「ウエスタ様」
「何か?」
「ええ。例の施設ですが、ほぼ完全に取り押さえましたわ。ただ……」
「ただ?」
「入手した研究資料の記述によると一つだけ研究の集大成と云うべき道具が足りないそ
 うですわ」
「そうですか。まったく、新たな領地の秩序の構築もまだ終わっていないというのに」
「一つ、よろしいかしら?」
「どうぞ」
「あの男との一騎討ちの件。私にはあの男の考えが理解しかねますわ。あの一騎討ちの
 結果がどうであれ、あの男はあそこで死ぬ事を選んだように見受けられました。
 何故、何故あそこで死ぬ必要があったのでしょうか?」
「それはあの人にしか分かりませんよ。私の推測でよければ、ケジメをつけるため、も
 う自分のする事がなくなった、でしょうか。それと最後に死ぬ事になるのであれば強
 き者と死合って逝きたい…ただ同じ死であれば自らが全てを懸けた道で、もし生き延
 びる事になり無為に余生をズルズルと続けるよりは、といったところではないので
 しょうか」
「それは分かります。が、お言葉ですが我らが教えの中には生を尊ぶ、とあります。
 そう簡単に死を選ぶなどとは決して良いこととは言えません。見事な死に際よりも
 生きて後世に尽くす事が大事かと思いますわ」
「あの人は自らの死に場所を、人生の幕を引くに相応しい時を見極めたのでしょう。
 死ぬ際に満足する死に場所というのはそう簡単に巡ってくるものではありませんから。
 せめて、私などが看取る相手で満足していれば良かったのですが」
「分かりませんわ。生きていればまた新たな目標を見つける事もできるでしょう」
生きていればあらゆる可能性がある。死んでしまえばそれは0となる。
例え老いたりといえどそれは変わらない。
「相応しい死に場所を見つけ、そこで満足して終えるか。それともそれを捨て最後まで
 足掻き、例え苦しみ目標を探し流離う事になろうとも生き続けるか」
彼は死を選んだ。
だが、必ずしも死は終わりではない。そして死は
「私としては、生きていて欲しかったものです……」
(まだ、私も未熟ですね。あの決意を変えられなかった。私では役不足だった。あの時
 あの人の目の重みに比べたら私の言葉など何の力になるというのだろうか)
「もっと早く別の形で会いたかったですね」





               それは数ヶ月前の話

         歴史の片隅に残り、やがて埋もれていくであろう話

         ・・・では、幕間はこれまでにして次へと移ろうか





     続く
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